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漫画家アシスタント物語 もう終わりで章 〈4〉 少年時代の大切な思い出‥‥

 
《 写真上:東京、目白駅近くにある立ち食い蕎麦屋さん。出勤の途中でたまに立ち寄っていました。この写真を見ると「かけそば」270円! 統計では2024年には400円! ちなみに、2016年月給の平均は30万円、2024年は33万円。給料は上がらず、物価ばかりがどんどん上がる‥‥! 2016年撮影 》
        < この『もう終わりで章〈4〉』は、文庫本約10ページ分 >

 
 
「もう終わりで章」は、独立した「章」ですので、「古い話で章」の続きではありません。 無料で、各話、お楽しみいただけます!
 
ただし‥‥ 各話が連続していますので、
「もう終わりで章〈1〉」からお読みいただく方が、よろしいかと思います。
 
はじめての方は、
「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
 

 さて‥‥ 本文の前に‥‥ 
 

「漫画家アシスタント物語 第3章」を、連続して購読してくれた方を紹介させてください。 すぱいくさん ‥‥‥‥‥ ありがとうございました!
今回は、すぱいくさんの裁判記録記事の中から一編を選んで、リンクさせていただきました!

 
 
 
               その7
 

   《 漫画家アシスタントが・・・やる気のないわけ・・・!? 》

私は19歳の時( 1974年頃 )に怪奇漫画家のアシスタントを始めてから、60歳になるまでの40年間、漫画の背景を描いて食ってきたわけですが・・・・・・・・

このアシスタント業というものは、毎日、下積みの陽の当たる事のない仕事ではありますが・・・・・・・・やりがいや、ささやかな誇りを感じる事だって、ただの一度もありません。

つまり・・・・・・・・

「 今日は、やる気を出して頑張るぞ~! 」

・・・・・みたいな爽快で健康的な気分になって仕事をした事なんぞ、一度もないって事なのです。

築50年になって壁や天井にヤバそうなクラック(でかいヒビ!)が走るこの目白のマンションに出勤する時、いつも憂鬱な気分になるのは、今も昔もちっとも変っていません。( この秋山プロには勤続38年 )( ※参照 )

『 まだアシスタントをやっている・・・・ 』

とか・・・・・

『 ろくな漫画が描けない・・・・ 』

『 このまま半端者で終わるのか・・・・ 』

・・・・・・こうした焦りを感じないで過ごす日などまれなわけです・・・・・・

10年ほど前の事だったと思うのですが・・・・・

ある朝の仕事場で、二人の先輩アシスタント( 二人とも当時50歳代! )が・・・・

「 仕事場のデスクに座ると気合が入るなぁ、やっぱり・・・・ 」

「 うん、気持ちが引き締まるね~ 」

「 これが生きがいなんだよなぁ・・・・ 」

・・・・とても充実した表情で先輩たちが喋るのを、私は落ち込んだ気分で黙って聞いていました。

『 どうして、他人の漫画の背景なんか描いていて生きがいを感じるんだろう・・・? 』

それは、きっと誠実で立派な事なのかも知れませんが・・・・・ 少なくとも、私は長年、漫画の背景を描いているのに・・・・・・・・ 背景を描くこと自体好きになれないのです。

自分の漫画を描く事とのギャップがあまりにも大きいので、背景の仕事というのはまったく楽しくありません。

集中したり、気合をいれたりなどといった事は、まったくなく・・・・・ ただ、無理やり手を動かしている・・・・・・ といった感じなのです。

漫画家になれないのに、漫画の背景を描いている理由がわかからないので困るのです・・・・・・・・・・

その「 わかからない 」まま40年が過ぎようとしているわけで・・・・・・・・

それでもきっと、絵にかかわる事で隠居するまで飯が食えるって事は、きっと幸せな事なのかも知れません。

少なくとも、このブログを読んで下さっている方の中には「 好きな事やって飯が食えるんだからいいじゃないか 」と思われる方もおられるでしょう。

ところで・・・・・

漫画家に成れずにアシスタントを辞めていった多くの若者が、その後、どうなっているのでしょうか・・・・・・・・

私の知る限り・・・・ 何人かの人は・・・・・・・

田舎へ帰って実家の家業を継ぐとか、地元の零細企業に就職するとか・・・・ そんなパターンが多いようですが・・・・・・・・

中には・・・・・

東京でアルバイトを転々としていたり、清掃員やガードマンをやったり、産廃業や風俗業、土木業・・・・ 朝から晩までビルの谷間で体を酷使している人もいるわけです。

中には、横領、窃盗、ちょろまかし・・・・ 猥褻犯に殺人犯・・・・・・・・

そして・・・・ 精神障害者‥‥ 自殺者など・・・・・・・

個性的な方々もおられます。

 

 


東京、目白にある仕事場のマンションから撮影したものです。 隣のビルで外装の修繕工事をしているのですが、その鉄骨の足場に作業員がいます・・・・画面中央の木をバックに立つ小さな黒い人影です。 命綱一本で立っている場所は、幅が30㎝ほどの鉄板の上です・・・・・ 2016年9月、撮影

 
                その8

   《 漫画家アシスタントが・・・昔の友人を思い出す・・・!? 》

仕事中は、まったく楽しくないという話を書かせていただきましたが・・・・・・・・

自分の漫画を描いている時には、どんなに困難な作業であっても、緊張感と充実感があり、達成感だってあるのです。

これは、20年以上前の話ですが‥‥

仕事場( ※参照 )の先輩方に私の漫画を見てもらっている時でした・・・・・・・・

その一枚の背景画は、数日を要して緻密に描かれたSFの戦闘シーンです。

「 凄いねぇ この絵・・・・ でも、Y君(私)なんで仕事場でこれ位の絵描かないの? 」

・・・・と、そんな事を言われたものですが・・・・

私は、いつも笑って誤魔化していましたが・・・・

実際には・・・・・・・・・・・・

『 自分の漫画でもねぇ~のに頑張れるかっつ~~の! 』

・・・・・・・・ってな事を心の中でつぶやいていました。

ちなみに、私が頑張れば頑張るほど師匠の感性に嫌われる( 大嫌いな )暗い絵になってしまう・・・・・・・・・ そんな矛盾もあるのですが・・・・・・・・・・

さて、前回、漫画家に成れずにペンを折るアシスタントがその後、どうなるのかといったお話を書かせていただきましたが・・・・・

漫画家になる夢を抱きつつ挫折していった人の中には、精神病や犯罪者‥‥

最悪のケースでは、自殺するケースに至った人たもいるわけですが・・・・・・・

注意すべきは、漫画家に成れないから精神病になったり自殺したりするわけではないんだという事です。

また、精神病になったり、自殺したりするような「 弱い人間 」だから漫画家に成れないといったわけでもないと思います。

プロに成れないのは‥‥ 努力が足らないとか、勉強が足らないとか、ハングリーじゃないとか、結局才能で決まるんだ、とか・・・・・・・

そんな理由をあげる人がよくいるのですが・・・・

私には、そんなに難しい問題ではないような気がするのです・・・・・・・・・・( 第一、努力だのハングリーだのって目に見えないし、計れない。 )

私の結論は簡単です・・・・・・・

『 楽しく夢中になっているだけで良い 』

・・・・・こんだけです。

実は・・・・・・・

この単純な事がなかなか出来ないし、また、この事に「運」の良し悪しが絡んでくるので、さらに「狭き門」になってしまうのだと思います。

「 夢中になっているだけ 」・・・・・・・そんな理屈では納得出来ない方も多いかも知れませんので、少し説明しておきたいと思います・・・・・・・

売れる漫画を描いている時に「 楽しく夢中になっている 」のは、誰でも納得がいくと思います。

でも、売れない漫画を描いて、ボロ糞に文句言われて、年だけ取って貧乏になっていく状態で、「楽しく夢中に」なれる人間は、もはや狂っているとしか言いようがありません。

ほとんどの漫画家は、子供の頃から多くの人々から褒められ、喜ばれ、期待され、評価され、「 実力と自信 」そして「 創作の喜び 」を当たり前のものとして身に着けています。

ですから、机に向かって黙々と漫画を描き続け、気が付けば寝食を忘れてしまう・・・・・ そんな事が起こりますし、どんな苦労や忍耐を伴う作業中も、楽しくて仕方がないポジティブな精神状態を簡単に維持します。

好きな事をやって、自分で面白がって、気が付けば預金通帳に毎週20万円振り込まれる。( 新人漫画家が週刊連載を持った場合の例 )

ただし、連載を維持出来なくなる時の苦しみは、生き地獄ではありますが・・・・・・・

逆に・・・・・・・

人から期待もされず、評価もされず、欠点ばかり突かれる・・・・・・・その結果が明るい未来のわけがないのは、誰だって簡単に予想できるはずです。

それでも、かすかな「 希望 」( 麻薬 )を胸に漫画を描いていた私ですが・・・・・・・

我ながらよくもまあ漫画家に成る気で40歳、50歳と年を重ねてこれたものだと思います・・・・・・・
 
 

では‥‥ ここで‥‥ 

私が高校生の1年生の時‥‥

漫画家を目指す、大きな原動力になった出来事を紹介したいと思います。
( この事がなかったら、もっと早く漫画をやめていたと思います )

病弱だった私は、小学生の時に三浦半島にある養護施設で3年ほど暮らしました。 その時に知り合った荒居君とは、卒園後も高校へ行く頃まで付き合っていました。

彼も、私と同じように病弱で色白、内向的で人見知りするタイプで、声を荒げたりする事などただの一度もない優しい男の子でした。

中学生になっても仲が良かったし、よく一緒に遊んでもいましたが・・・・・・ 彼の家には行けませんでした。

彼には母親と病気の「 姉 」がいたのですが、どうしても私が家へ行くことを嫌がっていたのです。( 母子家庭で生活保護を受けていた )

高校生になって、私は漫画の同人誌クラブに入り、作った肉筆回覧誌( 会員の生原稿を集めてとじた本 )を彼に貸した事がありました・・・・・・・

意外にも‥‥ 彼の「 姉 」がその同人誌を見て、とても気に入ってくれたそうで、私は初めて彼の家へ招待されました。

東京の三軒茶屋から世田谷線に乗って少し行った所に荒居君たちが暮らす小さな古い公営の木造アパートがありました。

駅前公園に隣接する地面に沈み込みそうなアパートです・・・・・・

木造のガラス引戸の近くまで来た時でした‥‥ 彼は立ち止まって、深刻な表情を浮かべながら・・・・・・・

「 お姉さんってのは、ウソなんだよ 」

「 ? 」

「 本当は、妹なんだ 」

「 ??? 」

    
  
 
  
    「 漫画家アシスタント物語 もう終わりで章〈5〉」へつづく・・・・
                「もう終わりで章〈3〉」へもどる‥‥
                         「もくじ」 へ‥‥
 
 
 
 
 
~~~ 参照  もう終わりで章〈3〉~~~

【その7】
・秋山プロ : 漫画家ジョージ秋山先生の仕事場。東京目白にあり、バブル期には6~7人のスタッフが在籍。2015年はスタッフ2名。連載は1誌。【その8】
・仕事場 :
 上と同じ秋山プロ。1970年代には沢山スタッフがいましたが‥‥ 最近(2015年)はスタッフが2名だけ。ちょっと淋しい今日この頃です。

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