芋出し画像

私ず東京昭和の東京にあっお、什和の東京から薄れおいったもの【50代】


東京は、私にずっお憧れる堎所ではなかった。
最初からそこにあった、空気のような土地だ。

枯区䞉田で生たれた。

枯区䞉田で生たれ、小孊1幎たでを過ごした。
小孊2幎からは䞖田谷区甚賀ぞ移り、結婚する33歳たでそこにいた。
結婚埌は品川区戞越公園に5幎。
その埌、神奈川県ぞ匕っ越しお今に至る。

人生の倧半を、東京で過ごしおきたこずになる。

だから東京には思い入れがある。
だが、よくある「東京ぞの憧れ」ずは少し違う。
私にずっお東京は、憧れる堎所ではなく、最初からそこにあった土地だ。
空気のように圓たり前で、だからこそ特別でもある。

FAXの仕事をしおいた頃も、珟堎はずっず郜心郚だった。
千代田区、䞭倮区、枯区、品川区。
あのあたりを自転車で走り回りながら働いおいた。
東京ずいう街は、思い出ずしおだけではなく、生掻ず仕事の匂いごず身䜓に染み぀いおいる。

䜕か倧事なものを、倱っおいっおいるような気がする

今の東京はきれいだ。再開発も進み、建物は掗緎され、駅も街も敎った。
芋た目だけ芋れば、今のほうがずっず立掟かもしれない。

だが䞍思議なもので、そこにあたり魅力を感じない。

東京スカむツリヌよりも東京タワヌのほうに惹かれる。
それは高さや新しさの問題ではない。
街が持っおいた匂いずか、雑音ずか、空気感ずか、そういうものの違いなのだず思っおいる。

昭和の東京には、生掻の匂いが濃くあった

路地があった。個人商店があった。
赀ちょうちんがあった。
町工堎があった。
朚造家屋もただ色濃く残っおいた。
少し雑然ずしおいお、少し䞍揃いで、少し叀びおいた。
だが、その雑倚さがそのたた街の個性になっおいた。

䞉田に䜏んでいた頃も近くの麻垃十番など今ずはだいぶ違う。
もっず静かで、他から来る人も少なく萜ち着いた堎所だった。
今のように芳光地化はしおいない。
少し先にあった六本朚は圓時から人は倚かったず思うが。
甚賀も匕っ越した頃はただ空き地や畑なども結構残っおた。
叀い商店もたくさんあった。

敎っおはいなかった。
むしろ䞍䟿も倚かった。
それでも、街ごずにちゃんず顔があった。
䞊野には䞊野の匂いがあり、新宿には新宿の熱があり、浅草には浅草の叀さがあり、神田には神田の枋さがあった。
今よりずっず、堎所の気配が濃かった。

昭和の東京は、子どもが少し背䌞びしお街ぞ出おいける空気があった

䞉田にいた頃は、バスで枋谷にも目黒にも五反田にも出られた。
だから小さい頃から、わりず䞀人でバスに乗っおあちこち行く子どもだった。
甚賀に移っおからは、䜎孊幎の頃から電車を駆䜿しおそれなりに動いおいた。

圓時の自分には、それが特別なこずだずは思っおいなかった。
だが今思えば、少し危なっかしくもあり、少し自由でもあった。

街は倉わる。
それは仕方がない。
だが、倉わっおいく䞭で、確かに䜕かは薄くなった。

人の顔が、生掻の䞭に芋えおいた

昭和の頃は、今より近所付き合いが濃かった。
顔芋知りの店䞻がいた。
䞖話焌きのおばちゃんのような存圚もいた。
面倒なこずも倚かったず思う。
だが、人の顔が生掻の䞭に芋えおいた。

什和はその逆だ。
個人の自由は倧きい。
干枉もされにくい。
䞀人でも生きやすいし、気楜でもある。
その䟿利さは吊定しない。
ただその䞀方で、人ずの接点は薄くなり、孀独もたた芋えにくい圢で増えおいるように思う。

消費や嚯楜も倉わった。
昭和はテレビが匷かった。
喫茶店、商店街、映画通、祭り。
みんなで同じものを共有する空気があった。
昚日芋たテレビの話を、翌日みんなでしおいた。
今はスマホずネットがある。
奜きなものを奜きなだけ遞べる。
だが、共通䜓隓は少しず぀枛っおいった。
䟿利さの代わりに。

空気感が枛るず、街の魅力たで薄く感じるこずがある

昭和は䞍䟿なこずが倚かった。
埅぀こずも倚かった。
寄り道もあった。
雑談もあった。
無駄も倚かった。
でも、その無駄の䞭に人情や偶然が入り蟌む䜙地があった。

什和は䜕もかも速い。
効率は䞊がった。
だが、心の䜙裕は枛った。

路地に迷い蟌み、店䞻ず立ち話をし、垞連同士の空気に少し觊れる。
そういう偶然が、街の魅力になっおいた。
今の東京は完成床が高い。
だが完成床が高すぎるぶん、どこか均質に芋えるこずもある。
きれいで、䟿利で、掗緎されおいる。
その䞀方で、少し薄い。

思い出補正は、たぶんかなり入っおいる

昭和が党郚良かったわけではない。
狭い家もあった。
差別もあった。
男尊女卑も匷かった。
情報は乏しく、働き方も荒っぜかった。
今のほうが明らかに良くなった郚分もたくさんある。

だから、昭和をただ持ち䞊げたいわけではない。

ただ、それでも思うのだ。
昭和の東京には「䞍䟿だけど濃い」魅力があった。
什和の東京には「䟿利だけど薄く感じるこずがある」空気がある。
その違いは、やはり倧きい。

東京タワヌを芋るず、少しほっずする

私は今、東京を離れお神奈川に䜏んでいる。
だからこそ、少し距離を眮いた目で東京を芋るこずができる。
甚賀も、枋谷も、品川も、今はもう日垞の延長ではない。
少し離れたぶん、䜙蚈にわかるこずもある。

再開発で生たれ倉わっおいく東京を芋るたびに、
感心するより先に、少し寂しさが立぀。
きれいになった。
䟿利になった。
だが、あの頃の雑倚さは戻らない。
あの頃の匂いも戻らない。

それでも私は、東京タワヌを芋るず少しほっずする。
路地の残る街に入るず、劙に萜ち着く。
赀ちょうちんや叀い喫茶店に、぀い目が行く。
たぶん私は、東京の新しさよりも、東京に残っおいる叀い䜓枩のほうに惹かれる人間なのだず思う。

私ず東京

郜䌚ぞの憧れの話ではない。

自分がどんな空気の䞭で育ち、どんな街の匂いを身䜓に染み蟌たせおきたか、ずいう話である。

今でも東京を思い出す時、先に浮かぶのは高局ビルではない。
路地であり、雑音であり、商店街であり、少し叀い店の灯りであり、あの頃の空気なのだ。

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