SBTiネットゼロ基準2.0アップデートと森林カーボンクレジットの役割
2026年6月、SBTi(Science Based Targets initiative)の憲法ともいえる文書「企業ネットゼロ基準(Corporate Net Zero Standard)」がバージョン2.0へと初めてメジャーアップデートされました。改定のきっかけとなるこれまでのバージョン1における課題と、それらに対してバージョン2ではどのように対応したかはこちらの記事が非常にわかりやすかったです。
今回の改定により、カーボンクレジットの使用に関する要件が大幅に明確化・強化され、企業がクレジットを調達し始める時期の前倒しが求められています。昨年2回出たドラフトのうち2回目のほうではカーボンクレジットに影響する記載が多数があり、その内容をベースに以下の記事を投稿しました。
ただし、今回の確定版では具体的な数値のところにかなり変更があります。
本記事では、SBTiにおけるカーボンクレジット用途である「残余排出除去」と「OER(Ongoing Emissions Responsibility、旧BVCM)」に関する改定内容と影響について意見を述べます。
1. 今回のアップデートにおける重要ポイント
今回の改定における大原則は以下の2点です。
調達開始時期の前倒し: ネットゼロ達成(多くの場合2050年)の手前の2035年からカーボンクレジットの償却が求められ、企業はより早期からの調達・体制構築を迫られます。ドラフト時よりも高耐久性の除去の調達タイミングが早まっています。
調達量と品質要件の明確化: 耐久性等の品質要件が示されたことでカーボンクレジットの種類や調達方法の検討がしやすくなりました。数量もどのスコープの何%か明確になりました。
具体的にどのような対応が必要になるのか、2つの項目(残余排出除去・OER)に分けて見ていきましょう。
2. 「残余排出除去」に関する改定内容と調達の考え方
「残余排出除去」とは、企業が削減努力を尽くした後にどうしても残ってしまう排出量を、大気中から吸収・除去(Removal)してネットゼロ達成を宣言するための仕組みです。
主な改定内容
除去の段階的開始: 2035年より、Scope 1+2+3の「1%の除去」を開始する必要があります。そして、ネットゼロ達成時には100%除去に向けて比率を直線的に引き上げていきます。
高耐久性除去の比率向上: 2035年に10%を高耐久性の除去(鉱物化、DACCS等)にする必要があります。そして、ネットゼロ達成時には100%を高耐久性の除去にするべく直線的に引き上げていきます。
残余排出の中和対象: ネットゼロ達成時の残余排出の中和は、CO2、N2O、SF6などの「高寿命GHG」の排出分に対しては、高耐久性の除去が求められます。
他社との共有: Scope 3分はバリューチェーン上の他社と共有可能となっています。
相当調整: 必須ではなく「推奨」とされています。
カーボンクレジット調達の考え方(例)
2035年に向けた体制構築: クレジット調達の体制構築を前倒しで進める必要があります。
森林クレジットの現実的な活用: 森林は「高耐久性の除去」には該当しない可能性がありますが、除去に活用可能な「吸収・除去系(Removal)クレジット」の大半は森林から創出されています。そのため、まずは調達ポートフォリオの大半を森林クレジットで賄うのが現実的です。
高耐久性除去への準備: 2030年代後半からの本格的な高耐久性除去クレジットの調達に向け、今から準備を開始します。
ステークホルダー連携: 顧客からの調達要請への対応や、サプライヤーとの連携を検討していく必要があります。
高耐久性の定義
V2.0では高耐久性の定義は明確になっておらず、今後議論(Call for Evidence)することになっています。ISOでは耐久性100年としつつ「物理的な貯留期間が100年未満と予測される場合でも、バッファープールや保険、リスク評価、複数の除去手法の組み合わせなど適切なリスク管理が行われれば、高耐久性とみなせる可能性」について言及しており、不確実性をコントロールできれば森林を取り込む意図が見えます。
3. 「OER(Ongoing Emissions Responsibility)」に関する改定内容と調達の考え方
今回の基準から、従来の「BVCM(Beyond Value Chain Mitigation:バリューチェーンを越えた緩和策)」に代わる概念として、「OER(Ongoing Emissions Responsibility:進行中の排出に対する責任)」が刷新・強化されました。これは、ネットゼロ達成を待たずに「現在進行形で排出しているGHG」に対して企業が責任を持つという考え方です。
主な改定内容
資金拠出の義務と開示: 総排出量の1%以上への対応(クレジット調達、または気候変動対応への資金拠出)の有無を公表する必要があります。未実施の場合はその理由説明(Comply or Explain)が求められます。
三段階の認定: OERの実施レベルは「Engaged」「Advanced」「Leadership」の3段階でRecognition Level(認定レベル)として評価されます。各レベルの要件は下図です。

カーボンクレジットの要件: 使用できるクレジットは、ヴィンテージ(発行年)5年以内、二重計上防止、堅牢な定量化、追加性、反転リスク対応、第三者検証といった基本的な要件を満たす必要があります。
予算拠出の要件: ベースラインの説明、測定可能なインパクト指標とマイルストーン、モニタリング、第三者検証、BaU(通常業務)以上の資金拠出であることが説明できなければなりません。
他社との共有:残余排出除去と同様に、Scope 3分はバリューチェーン上の他社と共有可能です。
カーボンクレジット調達の考え方(例)
安定調達の重視: 需要増加による需給ひっ迫に備えて、Scope 1+2+3の1%、10%、100%のうち自社が目指すレベルに応じて、安定調達を重視した調達方法を選択する必要があります。
ポートフォリオの構成: 品質基準を満たしつつ、創出量のポテンシャルと価格を鑑みてバランスの良い方法論別の調達ポートフォリオを構築します。
多様な気候変動対策との組み合わせ: カーボンクレジット調達だけでなく、低・脱炭素の研究開発投資や、気候変動緩和・適応・ロスダメ(損失と被害)支援といった資金拠出も組み合わせを検討します。(ただし、ベースラインやインパクトの第三者検証取得にはハードルがあります)
ステークホルダー連携: 残余排出除去と同様に、顧客からの調達要請への対応や、サプライヤーとの連携を検討していく必要があります。
4. まとめ:企業が今すぐ取り組むべきこと
SBTi ネットゼロ基準2.0へのアップデートにより、企業は「2035年からの除去開始」や「進行中の排出に対する責任(OER)」への早期対応が求められるようになります。
その中で、現時点で最も現実的かつ供給量が確保されている「森林カーボンクレジット」は、企業の調達ポートフォリオの核として、今後も重要な役割を担い続けることになります。
まずは自社の排出量を改めて把握し、2035年に向けたクレジット調達体制の構築や、サプライヤー・バリューチェーン内での連携について、早期にディスカッションを開始してみてはいかがでしょうか。
