芋出し画像

欧州呚遊③ノェネツィア線 🇮🇹

前回の蚘事はこちら


ナポリの混沌を埌にし、泥のように眠った翌朝。
䞀昚日バチカンを䞭心に始たったデモは、今やむタリア党域にたで広がっおいる。高速鉄道を陀く圚来線やバスはストラむキで沈黙。テルミニ駅前の倧通りには䜕千人もの矀衆が集たり、ガザ地区ぞの支揎を叫ぶ声が響き枡る。日本では䞭々觊れるこずのできない「民衆の力」の䜙波。

倧通りを塞ぐデモの参加者。

その圧倒的な熱量を暪目に、僕は喉の奥に広がる䞍穏な違和感を、持ち蟌んでいた韍角散で匷匕にねじ䌏せる。

䞖界情勢の倉化ず、自分䞀人の䜓調管理。その萜差を感じながら、䞀昚日、閉通時間に30秒間に合わず敗北した「真実の口」ぞのリベンゞを密かに、か぀確実に果たし、僕らはロヌマを去った。

リベンゞ成功✌


ロヌマを出発し、北ぞ向かう高速鉄道の座垭。
僕はスマホで、これから向かう街の数奇な運呜をなぞっおいた。



次に僕らが目指すは「氎の郜」ノェネツィア。




ここは、䞖界でも類を芋ない、あたりに矎しく、そしおあたりにも危うい堎所だ。 歎史を玐解けば、か぀お「アドリア海の女王」ず呌ばれ匷倧な軍事力ず経枈力を誇った海䞊共和囜。

この矎しい街の正䜓は、数癟䞇本もの朚の杭を海底に打ち蟌み、その䞊に倧理石を積み䞊げお䜜った「海に浮かぶ奇跡」そのものだ。

フレスコ画で描かれたノェネチアの叀地図
in バチカン矎術通


しかし今、この奇跡が消えようずしおいる。


近幎の地球枩暖化による海面䞊昇、そしお地盀沈䞋。街を救うために建造された巚倧な可動匏防波堀ゲヌトモヌれが海を遮っおいるものの、 「アクア・アルタ」ず呌ばれる高朮が来るたびに、サン・マルコ広堎は巚倧なプヌルのようになり、歎史的な建築物は塩害に蝕たれおいく。

「生きおるうちに、芋おおかないずいけない」


そう蚀われ続けお数十幎。 今この瞬間もノェネツィアは静かに、けれど確実に海ぞず沈み続けおいる。そんな、1,000幎の歎史がカりントダりンの音を刻む迷宮に、 僕らは足を螏み入れようずしおいた。


1日目嵐迫る氎の郜ぞ

ロヌマからの高速鉄道に揺られるこず玄4時間。
そんな奇跡の島に向かうにも関わらず、僕たちの衚情は翳りを芋せおいた。

倩気予報を芋れば倧荒れの情報。車窓からは暪殎りの雚が芖界を芆う。
このたた匕き返しおロヌマの滞圚を2日増やした方が良いのではないか ずいう遞択肢すら浮かぶ。

絶望のあたりスクショ。
オタク特有のTwitterダヌクモヌドに涙。


偶然にもTwitterXではないのフォロワヌが同タむミングでノェネツィアにいたずいうのもあり、状況を確認。倩気は悪いもののただ倧荒れではないずの情報を埗た僕らはその蚀葉を信じ、匕き返すのをやめ、北ぞ北ぞず向かい続けた。


䞀瞷の望みを胞に、いざサンタ・ルチア駅ぞ。


駅の改札を出た瞬間、芖界が開ける。壮倧な街䞊みず、今にも泣き出しそうな重い空。䞖界䞀矎しいはずの景色を、最悪なタむミングで匕き圓おおしたった。その衝撃ず「運の無さ」ぞの口惜しさに、出所䞍明の涙が蟌み䞊げおくる。

ノェネツィアは幟癟もの埋立小島を橋で繋ぐこずで出来おいるため、車が䜿えず氎路で移動しなければならない。駅前で捕たえた氎䞊タクシヌに乗り蟌んだ僕たちは、「せっかくここたで来たのに、この倩気か  」 そんな、匕き返すべきだったかもしれないずいう埌悔を抱えながら出発を埅぀。

だが、゚ンゞンが唞りを䞊げ、船が氎路ぞず滑り出した瞬間、僕たちの感情は䞀倉する。


氎面にゆらめく歎史の断片。雚に濡れお艶を増した石造りの壁。




開幕からオシャレがカンストしおいる。





そこは、子䟛の頃に憧れた劇堎版ポケットモンスタヌ『氎の郜の護神ラティアスずラティオス』で描かれた氎の郜アルトマヌレそのものだった。

来ちゃいたした (!!) の顔぀き。


気づけば目の前の絶景に喉の違和感も忘れ、音楜の授業で習った『サンタルチア』を無意識に口ずさんでいた。


氎䞊タクシヌはそのたたホテルの専甚氎路口ぞず吞い蟌たれる。あたりにも珟実離れした光景ず䜓隓に、埐々に珟実ず空想の境界線が曖昧になっおいく。僕たちは今、人が創り出した奇跡の島にいる。その意味を改めお理解した。


ホテルのフロントでは陜気な老父が僕らを出迎えおくれた。䌚蚈をしながら街の説明を受ける。

明日は荒れるらしいけど、倧䞈倫かな
䞍安げに尋ねる僕に、圌は笑っお答える。
「予報なんお圓たらないから平気さ」














ホンマか








信じるぞ。

寧ろ、日本の倩気予報の粟床が高すぎるのかもしれない。きっずそうだ。自分を蚀い聞かせるようにホテルの郚屋ぞず向かう。信じるものは救われるずいう蚀葉を、これほどたでに噛み締めたこずはない。

今回の拠点

既に時間は19時。

ロヌマで感じた喉の違和感は倩候ぞの䞍安に比䟋するかのように次第に匷くなっおきた。

これは険しい旅になりそうだ。


懞念材料はあるものの、所䞎の条件の䞭で僕たちは䜕ずかしなくおはならない。前向きな諊念。そう匷く心に蚀い聞かせ、手早く身支床を終え䞭心街であるサンマルコ広堎ぞずホテルを出る。

街灯によっおラむトアップされた石畳ず、運河に反射する柔らかな明かり。 その幻想的な光景に導かれるように歩を進めるず、芖界がぱっず開け、巚倧なサン・マルコ広堎が姿を珟した。

どこをどう切り抜いおもフィクションの䞖界になる街䞊みに蚀葉を倱う。文字通り海䞊に積み䞊げられた人の歎史。行き亀う人々の幞せに満ちた衚情。その党おが、この街が䞖界最高峰の芳光地であるこずを蚌明する。

適圓に入ったトラットリア。
ズッキヌニのピザがうたかった。


倕食を終え、再びサン・マルコ広堎ぞ戻った僕たちは䞖界最叀のカフェ、フロヌリアンぞず蟿り着く。

1720幎の創業以来、この堎所でどれほど倚くの旅人が、僕ず同じように広堎を眺めおきたのだろうか。 バむオリンの繊现な旋埋が、重厚な石柱に反響し、倜の湿った空気に溶け蟌んでいく。 それは数癟幎倉わるこずのない、ノェネツィアの呌吞そのもののように思えた。

泚文したのは、ポットで提䟛されるホットチョコレヌト。 そのずろりずした濃厚な甘みず、優しい湯気が、䞀日䞭悲鳎を䞊げおいた僕の喉をやさしく撫でおいく。 韍角散の爜快感に頌り切りだった感芚が、この時ばかりは「莅沢」ずいう名の癒やしに身を委ねた。

1杯2,000円。もうダケク゜である。

店内では、『Let it be』から流行りのポップス、そしお栌匏高いクラシックたで。 挔奏隊は、目の前の客の衚情を読み取るかのように、自由自圚に倜の色を塗り替えおいく。有名なメロディが流れるたび、呚りの客たちも自然ずそれを口ずさみ始めた。囜籍も蚀葉も違うはずなのに、䞀぀の旋埋を共有し、倧きな䞀぀の生き物になったかのような感芚。

僕は今、このあたりにも幻想的な街の䜏人の䞀人ずしお生きおいる。そんな䞍思議な䞀䜓感に包たれながら、ノェネツィアずいう長い倢の䞀郚になっおいた。





2日目奇跡ず執念の街

運呜の朝。祈るような心地でカヌテンを匕き開けるず、そこには信じられない光景が広がっおいた。 昚日たでの泣き出しそうなグレヌはどこぞやら、ノェネツィアの空は鮮やかな「青」を取り戻しおいた。

ホテルの郚屋からの景色。
映画すぎる。

「これは行ける  」

昚倜の沈んだ気持ちは䞀気に晎れ枡り、僕は倧急ぎでホテルの朝食を枈たせるず、光り茝く氎䞊の広堎ぞず飛び出し、ゎンドラの発着堎ぞ向かった。

ノェネツィアのゎンドラは発着堎ごずにルヌトが異なる。今回僕らが遞んだのは街䞭を通りリアルト橋を経由しおからたた戻るコヌス。早朝にも関わらず20人以䞊䞊んでいたが、流石䞖界屈指の芳光地。慣れた手぀きで客を捌き、もう自分の番だ。

ラティアスも䞊手に埅っおる。
えらいね。


船䞊で簡単な説明を受けた埌、ゆっくりずゎンドラは船着堎を出た。





















なんだこれ、最高か


船乗りの陜気な歌ずずもに、ゎンドラは街の䞭を瞫うように進む。氎面を叩くオヌル越しに䌝わる小刻みな振動。すれ違う船が立おる波が、石造りの壁にぶ぀かっおは「チャプン」ず小気味よい音を立おる。

ラティアスも嬉しそう。


しばらく進むず、僕たちはノェネツィアの生掻に出䌚う。


ゎミ収集船。

早朝の空に゚ンゞン音を響かせ、氎路に暪付けされた船に、家々から次々ずゎミ袋が積み蟌たれおいく。東京なら軜トラックが担う日垞のタスクを、ここではクレヌンを茉せた重厚な船が、波を立おながら淡々ずこなしおいる。

「ああ、この街は本圓に氎ずずもに生きおいるんだな」

1,000幎前のむンフラを、21䞖玀の生掻が䜿いこなしおいる珟堎を目の圓たりにしお、ノェネツィアが単なる過去の遺物ではないこずを、改めお思い知らされた。

倪陜の光が氎面に反射しお橋の裏に。
映画のワンシヌンのような光景。


小道を通り抜け、カナル・グランデ倧運河ぞ出るずリアルト橋ぞ。

リアルト橋。
ゞョゞョやスパむダヌマン等の聖地。
ラティ兄効もご満悊。


箄30分の回遊が終わり、ゎンドラは船着堎に着く。


「Grazie! ありがずう」



ナむスな船倫ぞ感謝ず別れを告げる。倢のような時間から地䞊ぞ戻り、少し浮足立぀心。日が出おいる今のうちに、この街のすべおを蚘憶に焌き付けたい。 そんな逞る気持ちに導かれるようにしお、僕たちは歩を進めた。

どこを撮っおも映えおしたう。
優しい䞖界。

ふず芋䞊げるず、広堎にそびえ立぀巚倧な赀煉瓊の塔が目に留たる。  å³¶å†…で最も高い92m建造物であるこの鐘楌は、16䞖玀初頭に建造されたものの、1902幎に地盀の圱響であっけなく厩萜し、1912幎に今の姿に再建された。 この優雅な街䞊みを䞀望できる塔すら、䞀床は沈没ず厩壊の歎史に飲み蟌たれおいる。それはたさに、沈みゆく運呜に抗い続けるノェネツィアずいう街、そのものの象城に芋えた。

゚レベヌタヌが最䞊階に到達し、その扉が開く。

刹那、360床のパノラマで、ノェネツィアの空ず海ず街が目に飛び蟌んできた。









倩囜。


そこには、文字通りの絶景が広がっおいた。沈みゆく運呜にあるずされるこの街が、今この瞬間、䞖界で䞀番倪陜に近い堎所に芋える。䜓調の悪さも忘れ、シャッタヌを切る指が止たらない。

僕のラティオスも嬉しそうに空を飛び回っおいる。みんな、ノェネツィアでポケモンGOをやろう。

あたりにも楜しすぎお所芁時間目安30分のずころ、1時間も滞圚。


ポケモン、お前やっぱすげぇよ。


日本の宝です。

䞖界の奇跡ず日本の宝を同時に堪胜し、高揚感が最高朮に達したずころで、急激な空腹がやっおきた。

地元のトラットリアに駆け蟌む。


ここではノェネツィア名物のむカ墚パスタを








残念ながら僕は苊手で食べられないので、代わりに食べおもらった。磯臭さも無く、矎味しいらしい。

黒すぎんだろ。


次第に空の色が倉わり、ポツポツず倧粒の雚が萜ちおきた。 連日の匷行軍ず喉の痛み。無理は犁物ず、本降りになる前に䞀床ホテルぞ戻るこずにした。

窓を匷く叩く雚音を聞きながら、ベッドに身を沈める。 普段なら「せっかくの旅行なのに」ず萜胆するずころだが、この街では䞍思議ず、郚屋から雚を眺める時間すら䞊質な䜓隓に感じられた。雚に濡れた石畳ず運河が混ざり合い、街党䜓がしっずりず深い色に染たっおいく。その景色を眺めおいるだけで、喉の痛みも、旅の疲れも、少しず぀溶けおいくようだった。


30分ほど䌑むず、幞いにも雚脚が匱たった。 空は盞倉わらずグレヌのたただが、これならただ歩ける。濡れお黒光りする路地ぞず、僕は再び足を螏み出した。



向かうは、ノェネツィアの信仰の栞であるサン・マルコ寺院。キリスト教の総本山・バチカンを芋た埌では、そう驚くこずもないだろうず高を括っおいたが、ここにはたた違った、どこか生々しい「凄み」があった。

䞭倮奥の透明床の高いガラスの柵はAGC補。
日本の玠材メヌカヌの底力。


入口の壁画に描かれおいるのは、聖マルコの遺䜓を゚ゞプトから盗み出す際、怜閲を避けるためにむスラム教の穢れである「豚の死䜓」に隠したずいう泥臭い䌝説だ。 神聖な堎所の入り口に、そんな執念の蚘録を誇らしげに掲げおいる。


ふず、昚日の自分たちが重なった。 「嵐が来る」ずいう予報に怯え、匕き返すべきか迷いながら、それでも無理やりこの街に蟿り着こうずした僕らの執着。 䞍可胜ず蚀われた海の䞊に杭を打ち、略奪しおでも聖遺物を手に入れ、1,000幎も沈没に抗い続けおきたこの街の執念。

「ああ、そうか。この奇跡は、理屈じゃない執念の積み重ねなんだ。」

曇倩の䞋、濡れた石畳を螏みしめる足裏に、埗も蚀われぬ玍埗感が䌝わっおきた。

黄金のモザむク壁画。
ビザンツ建築の最高峰ずの呌び声も高い。
早朝の晎れ間に撮ったサンマルコ寺院。


サン・マルコ寺院の熱気そのたたに、隣接するドゥカヌレ宮殿ぞ。䞀歩足を螏み入れれば、そこは共和囜の富ず暩嚁をこれでもかず芋せ぀ける黄金の䞖界。 黄金の装食に埋め尜くされた倧階段を䞊り、数々の豪華な郚屋を通り抜ける。

圓時を描く絵画には、さっきたで目の前に広がっおいたノェネツィアの街䞊みがそのたた描かれおいた。 数癟幎の歎史を経おも倉わらない景色。描かれた人物たちが、今もこの壁の向こうで生きおいるのではないか。そんな錯芚に襲われ、再び珟実ず空想の境界線が曖昧になっおいく。

その迷宮のような宮殿の最奥、か぀おの政治の䞭枢であった「倧評議䌚の間」で、それは僕を埅ち構えおいた。扉を開けた瞬間、500人以䞊の聖人がひしめき合う黄金の巚倧な色圩に気圧される。 䞖界最倧の油絵、ティントレットの『倩囜』だ。幅20メヌトルを超えるそのキャンバスは、もはや「絵」ずいうより䞀぀の「壁」である。鐘楌で芋たあの光り茝く倩囜ずは違う、ノェネツィアの狂気ず執念が凝瞮された倩囜がそこには描かれおいた。

だが、その黄金の熱気に満ちた郚屋を抜けるず、空気は䞀倉した。

「溜息橋泪の橋」の内郚。石造りの冷たい通路にある、小さな窓。そこから倖を芗き芋る。

隙間から芋えたのは、どんよりずした曇り空の䞋、音もなく流れる運河ず、行き亀うゎンドラ。絵画の䞭に描かれた黄金の「倩囜」よりも、その窓の向こうにある、灰色の「倖の䞖界」の方が、残酷なたでに矎しかった。

向こう偎にはこの橋を写真に収めようずする芳光客。

自由を奪われる囚人が、最埌に挏らした溜息。その意味を、数癟幎埌の僕は、ただ残る喉の痛みずずもに噛み締める。

橋を枡りきった先は、光も颚も届かない、ただ冷培な闇が支配する牢獄だった。暩嚁を正圓化するために積み䞊げられた黄金ず、その裏偎にある冷培な闇。この二面性こそが、僕が蟿り着いたノェネツィアの正䜓だった。

牢獄の冷たい静寂を背に、僕は再び宮殿の倖ぞず出た。雚䞊がりの倕暮れ。運河は盞倉わらず灰色のたただが、街に灯り始めたオレンゞ色の街灯が、濡れた石畳をがんやりず照らしおいる。先ほど芋た「黄金の倩囜」ず「冷培な牢獄」。そのあたりに極端な二埋背反を抱えながら、この街は1,000幎以䞊も海の䞊に浮き続けおきた。

その埌、僕らはあおもなく街を歩き、迷宮のような路地で芋぀けたお土産屋にふらりず立ち寄る。 ノェネツィアングラスの现工や、カヌニバルの仮面。さっきたで「執念の結晶」だの「歎史の質量」だのず重苊しく考えおいたけれど、こうしお棚に䞊ぶ色鮮やかな品々を眺めおいるず、それらすべおが愛おしい「旅の欠片」に芋えおくる。

色ずりどりの仮面。貧富の差を隠し、誰もが平等に自由な時間を楜しむに䜿われたずか。
芪日家が営む雑貚屋。
日本語衚蚘に涙が止たらない。


気づけば、あんなに僕を苊しめおいた喉の違和感は、消えかかっおいた。 韍角散でねじ䌏せ、ホットチョコレヌトで癒やした時間は、この街を歩き抜くための「儀匏」だったのかもしれない。

空腹に突き動かされ、最埌に持ち垰ったピザをホテルの自宀で胃袋ぞず流し蟌む。 喉を通る熱い感觊。それはもう「痛み」ではなく、確かな「生の実感」だった。 昚倜フロヌリアンで感じた幻想的な䜏人の䞀人ずいう感芚が、ピザの熱さず軜くなった䜓を通じお、もっず泥臭い、確かな手応えぞず倉わっおいくのが分かった。

「生きおいるうちに、芋おおかないずいけない」

誰かが蚀ったその蚀葉の本圓の意味を、ピザを噛み締めながら理解した気がした。

その倜、心地よい疲劎感ずずもに、僕はノェネツィアずいう巚倧な倢にたた深く沈み蟌んでいった。

パスタバッグ。倚分非売品。



3日目さらば、ノェネツィア。たたい぀か。

朝、目が芚めたずき、あんなにし぀こかった喉の痛みは、もう嘘のように消えおいた。韍角散が勝利したのか、あるいはこの街の執念に僕の身䜓が適応したのか。空枯ぞ向かう氎䞊タクシヌの䞭で、僕はノェネツィアの島々に䜓を向け倧きく深呌吞をした。

冷たく湿った海颚が、今はただ心地よく肺を満たしおいく。


海は荒れ、空には倪陜の姿すら芋えない。


だが、今はその荒倩にさえ感謝したい。

昚日䞀瞬だけ芋せおくれた奇跡のような晎れ間も、そしお今、僕らがこの街を出おいくこずすら阻むように波立぀この過酷な海も、どちらも欠かすこずのできないノェネツィアの真実だ。

䞍自由で、残酷で、だからこそ狂おしいほどに矎しい。その矛盟をすべお抱えた街の錓動を、消え去った喉の痛みずずもに、確かにこの䜓に刻み蟌む。

僕は絶察にここに戻っおくるんだ。そう匷く思いながら、音楜をかける。


『ひずりがっちじゃない。』

子䟛の頃から聎き銎染んだあの映画の䞻題歌が、ノェネツィアの颚に溶けおいく。
劇䞭のラストシヌンず、遠ざかっおいく氎の郜の姿が、今の僕の芖界の䞭で完党に重なった。


さらば、ノェネツィア。たたい぀か。


心の䞭で䜕床もその蚀葉を反芻しながら、僕たちは次の目的地である、情熱の囜スペむン・バルセロナぞず向かった。




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それでは、みなさん、良い1日を。




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