欧州周遊②|ローマ&ナポリ編🇮🇹
ホテルに到着し荷物をバラし身支度を終えた瞬間。
僕らはローマの街へ走り出していた。
目指すは、歴史の巨人・コロッセオ。
ホテルのシャワーで長旅の汚れを流したのもつかの間。 ふと時計を見ると、予約時間が絶望的に迫っていることに気づく。
前回「旅立ちもノリが命」と書いたばかりだが、現実は残酷だ。
27歳、全力のダッシュ。
せっかく流した汗を、新しい汗で「上書き保存」する。 Sくん、お前が言う「ノリ」の正しさを証明する前に、僕の体力が底を尽きそうだよ。
(前回の記事はこちら)
1日目:灼熱の都、ローマ
9月の灼熱のローマを走り抜けた先に現れた、巨大な円形闘技場(コロッセオ)。

剥き出しの歴史の重さに圧倒されながらも手荷物検査を終え、建物内部に歩みを進める。

すぐさま、ある感想が脳内をよぎった。
「大屋根リングじゃん……!!」

2025年、世間を賑わせた大阪万博のシンボル。 実はコロッセオも構造は似ており、風の通り道があり、最高の日除け。 灼熱のローマにおいて、ここは驚くほど涼しかった。
数千年前の設計が、現代の万博に繋がっている(気がする)。
歴史の連続性に一人で勝手に感動。

約2時間かけてコロッセオ内部を一通り見終え、次の予定まで余裕があるため念願のジェラート🍨。
ローマはコンビニの代わりにジェラート屋があるといっても過言ではない。
とりあえず「Recommend」を聞いて頼むのが海外での僕のスタイル。 結局何味かは不明だが、とにかく美味かった。

続いて、古代ローマの中心地フォロ・ロマーノへ。
入場列に並ぶこと約5分。観光客を狙った 「物売り」が寄ってくる。
ガイドブックには、ミサンガや白い布を売ってくるから気をつけろと書いてあった。予習はバッチリ。こう見えて僕は偉いんだ。
「Hey, モバイルバッテリー買わないか?」
人力ChargeSpot⚡️爆誕。
もはや物売りもDX(デジタルトランスフォーメーション)の時代らしい。 まあまあ欲しくて草。
歴史とデジタルのマリアージュに趣を感じつつ、入場。崩れかけた石柱の隙間に、かつての栄華を幻視するなどした。

日も暮れてきたところで初日の観光を切り上げ、待望の夕食へ。
「イタリアに来たら、まずはパスタだろ!!」ということでコロッセオからも近いこのお店に。


他にも、写真を撮り忘れたけどライスコロッケもオススメと言われて食べた。うまかった。
炎天下のローマを半日歩き倒した後に流し込むビールと美食。最高。あまりにも最高。
男子トイレは詰まってた。すごくかなしい。
また夏のローマでビールを飲みたいな…
と初日早々思いながら、夜のコロッセオを経由してホテルへ戻る。
1日目、完全燃焼で終了。

周囲は家族連れや演奏家で賑わっていた。
2日目:バチカンの奇跡
世界最小の国家・バチカン市国。
現地集合の「半日ガイドツアー」を予約していたのだが、ここでトラブル発生。 パレスチナ問題に伴うガザ支援デモの影響でサン・ピエトロ周辺が封鎖されてしまう。
数日前にメールで通知されていたらしいが、 普通に、全力で見落としていた。
結果、ツアー参加者のキャンセルが相次ぎ、集まったのは僕ら2人だけ。
まさかの「個人ツアー」開催である。
ガイドさんと3人で地下鉄を利用してローマ市内を移動すること約30分。
改札がクレジットカードのタッチ決済に対応している。外国人観光客にも優しい仕様。好きになっちゃうね。
だが、駅を出てバチカンに到着した瞬間に現実に引き戻された。入場を待機する長蛇の列。
周囲の観光客からは「デモの影響でせっかくの旅行が台無しだ。。。。」という絶望と不安がひしひしと伝わってくる。旅行2日目にして早々、僕らの頭上には暗雲が立ち込めた。
ドウナッチャウノ……

結論から言えば、「災い転じて福となす」という言葉の通りの最高のバチカン体験となった。
ツアーは正午まで。サン・ピエトロが封鎖された分、その全時間は美術館とシスティーナ礼拝堂に充てられた。域内には、世界史や美術の教科書で見たあの名作の数々が鎮座している。
ガイドさんも気合十分。
普段は省略される細かい背景から、この後のスペイン・ヴェネツィア旅行に繋がる歴史の伏線、さらには旅をより効率的にする豆知識まで。
同行者が消えたことで、ツアーは完全に僕ら専用のコンシェルジュと化した。
以下、展示作品の有名どころ。



時折「この作品は今、大阪万博にあって残念ながら見ることができない」といった説明を受けた。
イタリア館、頑張りすぎだろ。
また、この旅の深刻な副作用として、有名な作品を目の前にするたびに行きの機内で隣り合わせた「神学のガチプロ」ことロベルト(ただの一般人イタリア男性)の顔がちらつく。
もはや、ミケランジェロの筆致よりも、隣りで熱弁を振るっていた彼の顔の方が解像度高く思い出される始末だ。
僕と彼を繋いだ『最後の審判』の絵は撮影禁止である。皆、現地に行こう。
なお、海外旅行初心者はバチカンについては極力ガイドをつけることを推奨。ほんまに。
ひとりで回っていたら、膨大な作品数とカオスな人の流れに翻弄され、そこはただの「バカ広い石の部屋」と化していただろう。
せっかくの至宝も、迷子になって消耗するだけの背景に成り下がってしまう。
そもそも、バチカンへの待機列は「最後尾」の概念すら怪しく、事前予約の手配も面倒。
この「入場までのストレス」と「迷宮での遭難リスク」を考えれば、ガイド代は安すぎる保険料だと言い切れる。
昼になり、ツアー終了。
ガイドさんと名残惜しい別れ。
ありがとう。ありがとう。
公式の発表は無いものの、デモの終わりは経験上13時頃になるとのガイドさんからのありがたすぎる情報を信じ、一旦バチカンを出ることを決意。

歩いて約15分先にあるサンタンジェロ城の外観観光などで時間を潰す。

ワンピースのインペルダウンのモデルらしい。
程よく時間を潰し終えたので、再度バチカン(サン・ピエトロ広場)へ突入。昼食として買ったばかりのパニーニを頬張りながら足早に手荷物検査を終える。
そこから約20分。
一向に終わる気配がない、デモ。
視線の先では、教皇レオ14世が演説を行っている。物々しい雰囲気と「本当に13時に終わるのか……?」という不安が、じわじわと精神を削ってくる。

置いてあるディスプレイは日本製ではなかったことは覚えてる。
日差しを遮るものが何もない石畳の上。
汗が滝のように流れ落ちる。
今、全身から滴り落ちているこの汗は、単なる暑さのせいなのか。
それとも、この後の旅程がドミノ倒しに崩れていくことへの恐怖からくる脂汗なのか。
次第にその境界線すらわからなくなってきた。
ようやく長きに渡る演説が終わり、解散の様相を見せ始めた。張り詰めていた空気がふっと緩み、周囲の観光客からも安堵の溜息が漏れる。
開放された入口に向けて、人の波がゆっくりと、だが着実に動き出す。止まっていた時間が、再び歴史の深部へと流れ始めた。

なかなか見られない裏側にも感謝。
さて、いざゆかん、サン・ピエトロ寺院内部。



ボキャ貧、ついに極まる。
行きの機内で西洋美術に関する本を読み込み、「神学のガチプロ」こと隣席のロベルトから偶然にも叩き込まれた僕の教養。
ホンモノの圧倒的な質量の前では、ロベルトの教えは霧散し、語彙力は遠くアルプス山脈の彼方へと消え去った。
「ほへ〜」と声を出しながら鑑賞。
あまりにもアホの子である。
イレギュラーはあったもののなんとかバチカン観光を終え、一同は歩き次の目的地へ。にしても疲れた。。。。

サン・ピエトロ広場での炎天下でのデモ待機が想像以上に身体に負担をかけていた。しかし、次に予約したパンテオンの入場時間は迫る。僕たちの旅に休んでいる暇などないのだ。


見るからに涼しい。水が近い。

とっても人。水が遠い。

みんな疲れて日陰で座ってるね。
そこまで涼しくない。
ここで更に大問題。真実の口の終了時刻を30分間違えていたことが発覚。
急いでタクシーを捕まえ、目的地を告げる。到着見込みは終了1分前。一縷の望みにかけて祈るように、Googleマップでの現在位置と残り時間を照らし合わせながら、ローマ市内を大急ぎで走る。
……………………
これが真実の口の横顔である(敗北)。

あと30秒で滑り込めた。残念。タクシーの運転手の兄ちゃん、ここで降りてダッシュすれば間に合う!って言ってくれたのにゴメンな。明後日リベンジです。
仕方ない、近いしカラカラ浴場に行くか。。。。(世界史選択並感)
👴「今日はもうCLOSEだよ、帰りな。」
何故かいつもより早くCLOSE。

タクシー代を浪費したこともあって徒歩でホテルまで戻る(トホホ)。
不幸中の幸いか、タクシー移動で座ってたので体力は一時的に回復。トラブルが続いたが、これもこれで旅の醍醐味である。

犬も歩けば世界遺産の国。
気づけば既に夕飯の時間。
昨日からの酷暑と歩きの疲労とでレストランに行く元気も出ないよねということで、友人から勧めてもらったテルミニ駅のフードコート "Mercato Centrale:中央市場”へ行くことに。営業時間は7時30分~23時30分。駅近且つきれいなので是非。周囲を見渡すとイタリアについたばかりの日本人観光客もチラホラ。

ご飯も酒も幅広いラインナップ。

10種類ぐらい味があった。
ここでもしっかり食べて飲んで大満足。一日を通じトラブルには苛まれたものの、出会う人に助けられた1日だったなと感謝の思いを噛み締め入眠。
3日目:混沌と熱狂の街、ナポリ
朝7時。
テルミニ駅の電光掲示板に、ナポリ行きの高速鉄道が表示される。
通勤客と観光客が入り乱れる喧騒の中、乗車ホームへ向かう僕らの前に、驚きの人物が現れた。

昨日のバチカンのガイドさんだ。こんな広い街で、まさかの再会。
「ナポリはスリが多いから気をつけてね!」
そんな「愛のある脅し」を背に受けながら、列車は南へと走り出す。旅の縁とは不思議なものだが、これから向かう先が「一筋縄ではいかない場所」であることを、僕らは本能で悟った。

高速鉄道に乗車して揺れること1時間半、無事にナポリ中央駅 (Stazione di Napoli Centrale)に到着。
今回の旅の目的地、ポンペイ。ヴェスヴィオ山の噴火によって2,000年前に一夜にして地中深く埋もれてしまった悲劇の街である。
ナポリ中央駅から、ポンペイを目指しローカル線へ乗り換える。さらに揺られること1時間。冷房などという概念はこの車両には存在しない。
蒸し風呂状態の車内は、世界中から集まった観光客のイライラで満ちていた。
一触即発の不穏な空気が漂い始めたその時、鳴り響いたのはアコーディオンの音色だった。

突如始まったアマチュア音楽家による演奏。
その瞬間、車内のボルテージは「不快」から「陽気」へと一気に反転した。
さっきまで険しい顔をしていたドイツ人のオヤジも、手拍子を叩きながら歌い出す。
これだよ、これ。
汗が噴き出すような暑さすら、もはや南イタリアの演出にしか思えない。
演奏を終え、チップを回収して回る彼に、心の中で1,000円分くらいの賛辞を送った。
お前が今日のMVPだ。
気づけば、ポンペイ・スカーヴィ駅(Pompei Scavi - Villa dei Misteri)に到着。
既に3日目にして円安とインフレによる物価高騰で金銭感覚が麻痺した僕らは駅でコーラを購入。
1本(500ml)600円ぐらい。たっっっっっっっか。
うっっっっっっっっっま!!!!!!!!!!
最高。
駅を出て、人の流れに身を任せること5分。マリーナ門よりポンペイに入場。かんかん照りの南イタリアの太陽に背中を焼かれながら、まずは「秘儀荘」を目指す。当時禁止されていたディオニソス信仰に関わる儀式を秘密裏に行っていたとされる施設だ。
しかしここでも昨日に引き続きトラブルに直面。
「秘儀荘」付きのチケットを買ったはずだが、 付近で新遺跡が発掘されたらしく、急遽立ち入り禁止。
「事前説明なし、払い戻しなし」
日本では炎上案件だが、ここはイタリア。
2,000年前の時間がそのまま止まっているはずのこの場所で、「今、新しい歴史が見つかったから通れない」と言われては、納得するしかない。
ポンペイの大地を踏めているだけで良しとする。寛容の精神、大事。
実際、キレてた日本人観光客は多かった。気持ちはわかる。
遺跡を歩くと、当時の生活が驚くほど鮮明に見える。しかしあまりにも広すぎる。スマホのGPSがなければ、即座に東京ドーム約14個分の2,000年前に迷子になるところだった。



当時の歩行者は両サイドを歩いてたらしい。
メインどころは抑えたので次は娼館(売春宿)。
「ここで致すのは、膝がメチャクチャ痛そうだな」

当時の人々の関節と膝の強さに想いを馳せる。
加えて隣りとの距離感が、現代のピンサロ並みの近さである。

初心者にも優しい設計(は?)。
2,000年前の男たちも、なかなかにタフな環境で欲望を処理していたらしい。不謹慎かもしれないが、これも一つの歴史ないし生物としてのヒトへの歩み寄りだ。ロベルトなら苦笑いするだろうし、Sくんなら爆笑するだろう。崇高な歴史と、泥臭い人間の生活。駅で買ったコーラを啜りながら、僕は今、その真ん中に立っている。

2,000年前のリアルな生活に想いを馳せ、歴史の重みで若干の胸焼けを起こしながらもナポリ市街へと僕らは再び引き返す。
しかし、そこで待っていたのは2,000年の「歴史」よりも遥かに暴力的な「現代」のカオスだった。

再び1時間かけてナポリ中央駅に戻った僕らは目当てのピッツァリアへ向けてタクシーに乗車。
優雅な港町の旅がここから始まる。
運転が、荒い。
もはや交通ルールという概念がログアウトしている。 車線はただの飾り、とでも言わんばかりだ。ここはリアル・グラセフ(Grand Theft Auto)の世界。
加えてひとたび街を歩き路地に入れば至る所に伝説のサッカー選手・マラドーナ。
マラドーナBAR、マラドーナ壁画。マラドーナ神棚。
マラドーナ、こすり過ぎだろ。
街全体の「マラドーナ推し」が、コンビニの数より多い。
※彼の死後、「スタディオ・サン・パオロ」が「スタディオ・ディエゴ・アルマンド・マラドーナ」へと改名されるほどに、この街では英雄視され、愛されてやまない。

これはとっても控えめマラドーナ。
混沌と、情熱と、スリル。
ローマとは全く違う空気感に、再びカラダが染められていく。
カオスにあてられながら目的地のピッツェリア(Pizzeria Brandi)に到着。1780年に開業した老舗であり、マルゲリータ王女のために彼女の名がついたピザを発明したマルゲリータ発祥の地。

実は新卒社会人のとき、休日にピザ屋巡りをしていたのでちょっと詳しかったり。いつかまとめたいね(今回は割愛)。
本場のピザを食べ終え、腹ごなしも兼ねて港へ。

観光地でありながらも生活の色が見える。
ところで、イタリア🌏にはこんな諺がある。
“Vedi Napoli e poi mori”(ナポリを見てから死ね)
カオスな市街地を抜けて視界が開けた瞬間、その言葉の意味を理解した。そこには、クラクションの騒音もマラドーナの圧も届かない、静謐な青が一面に広がっていた。

だが、あまりにも出来すぎた絶景を前にすると、現代人は別の感覚に襲われる。
「Zoomの合成背景。。。。?」
波一つない青い海と、遠く威風堂々と佇む山々。あまりに非現実的すぎて、その手前に立つ「オサレが似合わない顔の日本人」が、完全に背景から浮いている。
試しにもう1枚写真を撮ってみる。
………
ごめんな、ナポリの絶景。僕の存在が、君の美しさを全力で否定して。

あまりにもZoomすぎた。これはZoomである。
光の港_____
合成背景(本物)を堪能した僕たちはいつも通りジェラートを堪能する。

ここで食べたジェラートがイタリアで一番美味しかった。レモンジュースもおすすめです。是非。
一歩、華やかな港から内陸の路地裏へ入ると、空気は一変した。
街灯は少なく、本能が「ここでは極力スマホも出すな」と警報を鳴らす。

身の危険を感じながら食べた揚げピザ。皮肉なことに、この旅で一番刺激的な味がした。恐怖は最高のスパイスらしい。
胃袋を満たし、冷や汗を拭いながら、なんとか大通りへと生還する。
しかし、ここでもナポリの洗礼は終わらない。
駅へ向かう道中、立ちはだかったのは、もはや「法律」の概念すら届かない横断歩道だった。
驚異的なまでに、車が止まらない。
日本では「歩行者優先」が絶対だが、ナポリの路上にそんな甘えは通用しない。そこにあるのは、迷ったら轢かれるという剥き出しの強者の法則だけだ。
文明の導き(信号機)すら存在しない路上で、車列の隙間を狙う勇気も、ドライバーを威圧する眼力もない僕たちは、ただただ途方に暮れる。
結局、隣りにいた体格のいい西洋人の後ろを、カルガモの親子のように付いていくことでしか向こう側に渡れなかった。惨めすぎる。
3日目、身も心も完全燃焼。
こうして、ナポリでイタリアの「光」と「影」を全身で浴びた僕らは、翌日、さらなる異次元の景色を目指す。
次の舞台は、水の上に浮かぶ迷宮、ヴェネツィア。
陸の常識が通用しないこの街で、僕の語彙力は再びアルプス山脈を越えていけるのか。

in バチカン美術館
番外編
ホテルの朝食を紹介。
毎回食後は淹れたてのエスプレッソやカプチーノを提供してくれた。
ナイスなフロントのおっちゃんに感謝👍


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