見出し画像

事件簿ファイル#109-4:「社長、これはただの挨拶回りです」引き抜かれた顧客たちと、巧妙な言い訳の裏



◼️「お客様が勝手に付いてきた」という大嘘。引き抜き行為を「合法」に見せかける、離職者たちの冷徹な言い逃れマニュアル

シリーズ:『退職日の法務心理戦――裏切り者の逃げ道を完全に塞ぐ技術』(全5話の4)


【はじめに】

「新井社長、本当に申し訳ない。来月からの契約なんだけど……一度白紙に戻させてくれないか」
加藤が会社を去ってから2週間後。私のスマホに飛び込んできたのは、創業当時からうちを支えてくれた大口クライアント、A社の社長からの「契約打ち切り」の連絡でした。

そこからの1週間は、まさに地獄でした。
B社、C社、D社……加藤が担当していた主要顧客から、まるでドミノが倒れるように、次々と解約や契約保留の申し出が相次いだのです。

「加藤が裏で動いている」
確信した私は、転職先の競合企業へ内容証明を送り、加藤の携帯へ怒りの弾道を撃ち込みました。しかし、ようやく電話に出た加藤の口から飛び出してきたのは、反省の弁ではなく、氷のように冷え切った【完璧な言い訳】でした。

「社長、誤解しないでください。私はただ、退職の挨拶に伺っただけです。お客様が自主的に私の新しい会社を選んでくださったんですよ」

今回は、裏切り者が必ず使う「顧客引き抜きの狡猾な手口」と、彼らが法的な追及を逃れるために用意している「言い逃れマニュアル」の正体を暴露します。



【アドバイザー】

「挨拶回りをしているだけ」

その言葉が、これほど凶悪な凶器になるとは思わなかった。
加藤に顧客データを持ち出された(第3話)と分かってから、私は営業チームを総動員して加藤の担当顧客のフォローに走らせていた。しかし、時すでに遅し。あいつの根回しは、退職する数ヶ月前から、私の見えないところで完璧に完了していたのだ。

解約を申し出てきたA社の社長に、私はプライドを捨てて頭を下げ、真相を聞き出した。

「社長、実はね……加藤くんから『新井社長の経営方針についていけなくなった。新井社長は現場を分かっていない。自分はもっと顧客第一の環境でやり直したい』と、涙ながらに相談されていたんだよ。彼が新しく移る会社(競合)なら、今の8割の価格で、さらに手厚いサービスを提供できると提案されてね。うちとしても、背に腹は変えられないんだ」

加藤は、私の悪評を捏造して顧客の同情を引き、自らの引き抜き行為を「正義の救出劇」に仕立て上げていた。

怒りで血の気が引いた私は、すぐさま加藤の携帯に怒鳴り込んだ。
「加藤!お前、うちの顧客に何を吹き込んでいる!競合にデータを持ち込んで顧客を引き抜くなんて、明らかな違法行為だぞ!」

しかし、スピーカーから聞こえる加藤の声は、驚くほど冷静だった。

「社長、人聞きが悪いことは言わないでください。私は競合に転職したわけではありません。アドバイザーとして籍を置いているだけです。それに、顧客の引き抜きなんて滅相もない。私はお世話になったお客様に、退職の『挨拶回り』をしただけです」

「挨拶回りだと? 現にA社もB社も、お前の転職先に乗り換えているじゃないか!」

「それは、お客様が『加藤さんのサービスを信頼しているから、これからもあなたにお願いしたい』と、【自主的】に判断された結果です。職業選択の自由は憲法で保障されていますし、お客様がどこの会社と契約するかも自由のはずですよね? 私が無理やり引っ張った証拠でもあるんですか?

【グレーゾーン】

泳ぎ切った目、冷徹なロジック。
あいつは、完全にプロの入れ知恵(退職ブローカーや悪徳弁護士)のシナリオ通りに喋っていた。

実は、労働法や民法の実務において、単なる「退職の挨拶」や「転職の事実を伝えること」自体は、原則として違法にはならない。加藤はその法的なグレーゾーンを完璧に突き、「私はただ挨拶をしただけ。顧客が勝手に付いてきた(営業自由の原則)」という防壁を築いていたのだ。

「データを盗んだログ(第3話)は残っているんだぞ! 不正競争防止法で訴えてやる!」

私がそう叫ぶと、加藤は一瞬の沈黙の後、フッと鼻で笑った。

「どうぞ。ですが、私が挨拶回りで使ったのは、お客様から個人的にいただいていた名刺と、私の頭の中にある記憶だけです。会社の共有サーバーのデータなんて、1秒も使っていませんよ? 裁判を起こすのは自由ですが、そちらの管理不足を棚に上げて、言いがかりをつけるのはやめていただきたいですね」

ガチャリ、と音がして通話が切れた。
二度と繋がらなかった。


【反撃のチャンス】

頭の中の記憶だけで営業した――。
これが、顧客引き抜きにおける最強の言い逃れ、【記憶の抗弁(こうべん)】だ。

データを持ち出した証拠(ログ)があっても、加藤が「あのデータは使っていない。顧客の連絡先は覚えている」と言い張れば、実際にそのデータを使って営業したという「因果関係」を会社側が立証するのは、裁判において極めて難易度が高くなる。

会社の売上は激減し、顧客からは「器の小さい社長」と白い目で見られ、裏切り者には法を盾に嘲笑われる。

私の心は、完全にポキリと折れた。
経営者としての自信も、人間不信による精神的な限界も、すべてがピークに達していた。



しかし、この絶望の底で、私はある一人の「海千山千の労務弁護士」と出会うことになる。彼の放った一言が、私の死んだ目に再び火を灯した。

「新井社長、諦めるのは早いです。加藤くんの言い訳は完璧に見えますが、実は【ある一歩】を踏み外した瞬間に、その防壁は一撃で崩壊します。彼が調子に乗って顧客を奪い漁っている今こそ、合法的に息の根を止める罠を仕掛けるチャンスです」

反撃の準備は、整った。
次回、いよいよシリーズ最終回。裏切り者の逃げ道を完全に塞ぐ、法務心理戦の結末をお見せします。


⚠️【重要】この地獄から生還するための「解決策」について

「お客様が勝手に付いてきただけ」という言い訳に、涙を飲んできた社長は私も含め、全国に無数にいます。法律の建前を逆手に取った引き抜きは、事前の防衛策なしでは本当に防げないからです。

連載が終了した直後の【 #110 :退職日当日の法務心理戦・完全解決編】では、加藤のような狡猾な言い逃れを根底から粉砕するための実戦ノウハウを完全公開します。

  1. 「挨拶回り」を違法な引き抜き行為に変貌させ、裁判で勝てる証拠に変える「外形的事実の炙り出し方」

  2. 「頭の中の記憶で営業した」という言い訳を法的に無効化する、退職合意書への「競業避止義務・顧客誘引禁止条項」の正しい盛り込み方

感情的になって怒鳴っても、法律で武装した裏切り者には届きません。自社の大切な顧客を守るための「冷徹な盾」を、#110で手に入れてください。
(明日7月7日 21:00公開、連載最終回 #109 -5「『お前を逃がさない』経営者の執念と、裏切り者をチェックメイトした瞬間」へ続く)


【著作権および利用範囲について】

本記事、および有料パートに含まれる一切のテキストデータ(通知書面、チェックリスト、スピーチ台本等。以下「本データ」といいます)の著作権は、著者に帰属します。

購入者は、本データを自社(購入者が経営または所属する法人、組織、および個人事業)の内部におけるインシデント対策、社内周知、教育、および実際の有事における対外交渉の目的においてのみ、改変し、コピーして無償で利用(チャットツールへの貼付、メール送信、書面配布等)することができます。

ただし、本データおよびそれを改変したものを、第三者へ有償・無償を問わず再配布、転売、公開、または自身のコンサルティングビジネス等の商業目的に流用することは、手段の如何を問わず固く禁じます。

【免責事項】

本データは、一般的な実務慣行に基づき、汎用的なインシデント対応の雛形として作成されたものです。実際の被害状況、社内規程、契約書の有無等により、最適な対応は個別に異なります。
実際の有事の際は、自社の責任において判断し、必要に応じて警察、弁護士等の専門家の指示を仰いでください。

提唱:先観経営論(PreVisionManagementTheory)
by新井和弘


【関連記事】

いいなと思ったら応援しよう!