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孤独という病

母の施設入所には、複雑な思いがありました。

母はまだ「要介護1」です。
一般的に施設入所をするのは「要介護3(ほぼ寝たきり)」。

まだ先は長いと思うよ。
まだ頑張れるんじゃない?
どうしてそんなに早く入らないといけないの?

そんな葛藤について書いてみたいと思います。


具合が悪い


母の口から出る言葉はいつも「具合が悪い」。

「痛いの?」と聞くと「痛くはない」と言うし、
パーキンソン病の症状である手の震えなどは、
薬の効果で明らかに改善しています。

私たちには、何がどう「具合が悪い」のか、よくわからないのです。

また、最近は「食欲もない」と言うけれど、
私が実家に滞在し食事を作れば、普通に食べました。

健康診断でも、内臓系に悪いところは一つもありません。

実際「大変」とは言うものの、
身の回りのことや家事ができないわけではありません。
歩くのも問題なく、スタスタ歩きます。

やることがなく一日ぼんやりしていたら、
不調も気になるだろうし。
昼に寝てしまうと睡眠リズムも崩れてしまいます。

何とかやることを見つけられれば、格段に元気になります。

しかし、私が実家から帰ってしまうと、元通り。
その繰り返しでした。

私が一緒に暮らしてあげれば、母は家で暮らせる。

しかし、周りを見ても「リアル人生100年時代」

母は今87歳です。
内臓は健康そのものの母ですから、
あと10年くらいは生きると思う。

この10年は、私にとっても大事な10年です。
すべてを譲歩して私がここに住むことはできない。
ごめんなさい。


自由のない生活は?


高齢者用の施設といっても色々で、「ほぼ住宅」というものもあります。
しかし、母の入所した施設は「ほぼ病院」です。

要介護1でも入れる低額の施設があるだけ、助かります。

少し古いタイプの施設ということもあり、部屋は相部屋です。
近くにはいくつか施設があり、「個室のみ」の施設もあります。
しかし母は、近所の人は「みんなそこに入る」から「自分も入る」と。

相部屋はテレビは無く、設置も出来ないとのことでした。

昼間はともかく、夕方からはテレビもなくて、何して過ごすの??

上げ膳据え膳、言われたことをするだけの、自由の無い生活
それは、生きることの放棄なんじゃないの??

母とは何度も話し合ったけれど、
どうせいつかは入るんだから」と。
そんなことを言ったら、
人は生まれた瞬間から、「どうせいつか死ぬんだから」。

足りないのは、生きる気力


孤独という病


母が罹っているのは、「孤独という病」

「自由」「淋しさ」はいつだってセット。
母は、自由を手放してでも、孤独から逃れたいのです。

母を施設に送り、兄も東京へ戻り、私一人、実家で過ごす夜。
物音ひとつしません。

一人の食事は、何とも味気ないものでした。
ADDressでもいつも一人で食べているから、何も変わらないはずなのに。

仕事や、ADDress旅や、ラン。
友達との飲みや、ショッピングや、イベント。
なんだかんだあるから、一人でも何ともない。

何もなかったら??

母は、こんな生活を何年もしてきたんだな。


話が出来て良い


入所した2日後に、母の面会に行きました。

「同じ部屋の人たちと話が出来て良い。
食事もおいしい。」

その後、施設で「個室が空いた」とのことでしたが、
母は相部屋に残るとのことでした。
一人でいると「具合が悪い」からだそうです。

施設にはいつも人がいる。
自由であることより、決められているほうがいい人もいる。
人は、家族には仏頂面しか見せなくても、他人にはいい顔をするもの。
これから降る雪や、家の庭にいてもおかしくない熊の心配も無い。

世代も環境も違うし、私は母ではない
自分がどうすれば幸せなのかは、自分で考えるしかない。

そう心を落ち着かせて、実家を後にしました。


生きることをあきらめない


今私のできることは、
母の決断を「それでいい」と認めてあげること。
田舎の、人の優しさの恩恵にも預かろう。

そして私は、私の人生を生きる。

「歳を取ったらそんなもの」なんて思うのは、一分一秒先延ばしにする。
最後まで、好きなように生き切りたい。
最後まで、生きることをあきらめない。


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