人生100年時代の、最後まで「生きる気力」
ADDress生活で相当適応力が付いたはずの私でも、
実家に長期滞在するのはなかなか大変です。
環境や生活習慣の違い
高齢の親との“世代ギャップ”
歳を取ることでの“認識ギャップ”
そもそも違う人間ですから、考え方も違います。
そして、私のできることは限られている。
そう感じた話を、書いてみたいと思います。
心配の連続
母は、私が帰省している間は、あまり家事をしません。
洗濯機が回り終わり、私が気づかないでいると、
以前ならできる範囲で洗濯ものを干していましたが、
今はしません。
食事の準備も、材料の下ごしらえなどをしていましたが、
今は「できたよ」と言うまで座っています。
お風呂も、早々に入る母が、
掃除がまだのときはしていましたが、今はしません。
ある朝、座ってテレビを見ていた母が、こう言いました。
「いつもデイサービスに行ったら血圧を測るんだけど、昨日は低かった。
どうしてだろう。」
血圧計を出して、のそのそと測り始めました。
母はもともと高血圧なので、低いのは良いことなんじゃないの?
そもそも血圧って変動するしね。
こんなテレビばかり見ていたら
実家では、テレビは一日中ついています。
昼間のテレビを、最近見たことはありますか?
CMやテレビショッピングは、完全に高齢者がターゲットです。
血圧が下がる
中性脂肪が減る
コレステロールが減る
骨が丈夫になる
胃腸が丈夫になる
睡眠の質が良くなる
肩や腰のコリが取れる
脚の関節が丈夫になる
シミが減る
目が良くなる
認知症予防になる
筋肉が増える、なんてものまであります。
何のCMかと言うと、
化粧品
運動機器
健康食品
サポーター
マットレス
マッサージ器
サプリメント
こんなテレビを一日中見ていたら、
そりゃあちこち気になるでしょうね。
しかし問題は気持ち、
「生きる気力」なんですよ。
「生きる気力」に効く薬はない
「やることがない」から、一日ぼんやりしている。
ぼんやりしているから眠くなる。
それでも母は夜も眠れるようなので、特に問題はありません。
しかし、「一日中眠い」とぼやきます。
そして時々夜眠れないことがあると、
「昨日は一睡もできなかった」
と、それはそれでぼやきます。
「一睡もしていない」ことは絶対にないし、
そもそも昼間にそんなに寝ていたら、
夜眠れないのは当然なんですよ。
問題は「やることがない」こと。
どんなに病院に行っても、
良さそうなものを試しても、
解決しません。
「高齢者の生きがい」問題
「高齢者の生きがい」、難しい問題ですよね。
まわりができることはあるかもしれません。
実際、実家のある町では、「イキイキ教室」なるものもあるし、
町立のグランドゴルフ(ゲートボールのようなもの)場もあります。
母は以前行っていましたが、今は行っていません。
今は週1回のデイサービスが、
唯一の「出かける」機会です。
ほんとうに、助かっています。
こんなに「お膳立て」されているのに、行かない人もいますから、
母は行ってくれるだけ、良いようです。
でも、「生きがい」ではないですよね。
人生を楽しめない
私が、母に楽しみを作ってあげればいいんじゃない?
一緒に旅行に行こうよとか、
今回もねぶたを見に行こうよとか
おいしいものを買ってきたよとか
でも、喜ばないんですよ。
まだ若い時でさえ、ディズニーランドにすら行きませんでした。
馬を川のほとりに連れていくことは出来ても、
馬に水を飲ませることはできない。
そもそも、贅沢は敵で、節約が美徳。
遊ぶのは悪いことで、我慢が美徳。
人生を楽しめないのです。
特に田舎で生活してきたこともありますが、
一生懸命働いて、一生懸命子育てしてきた世代です。
でももう、
一生懸命働くことも、一生懸命子育てすることも、ない。
するともう、やることがない。
前頭葉の老化
人生のフェーズが変わっても、価値観を変えられない。
また、老化とともに、
新たなことへの興味も、
新たなことを考える想像力も、
新たなことを受け入れる柔軟性も、
新たなことへ挑戦する気力や意欲も、
失われていく一方です。
“前頭葉の老化”は、早くも40代から始まっています。
前頭葉は人間の知的機能の中枢で、感情、自発性、意欲、理性、創造性など、人間のもっとも人間的側面に関与している。
前頭葉は知識社会に重要な部位であることから、脳の中でももっとも遅く成熟し、そして、もっとも早く老化する。
最後までが、自分の人生
やりたいことも、できることも、なくなっていく。
歳をとるって残酷ですよね。
私も80代の母の体の状態を経験していないので、
その辛さはわかりません。
歳を取ったらみんなそうなる。
仕方がない。
きっとそうなんだと思います。
しかし、リアル人生100年時代です。
それからが長い。
そして、私たちの時には、
いろいろと「お膳立て」してくれる人もいなくなります。
思うようにならない状態で5年、10年、
母のように20年以上生きるということです。
間違いなくそれも、自分の人生。
自分の人生に、最後までしっかり向き合うこと。
出来ないことを嘆くのでなく、できることに目を向ける。
自分がどうすれば幸せなのかを、最後まで考える、考え続ける。
こう求めるのは、残酷なことなんでしょうか?
私たちもきっとそうなるから、
言わない方が良いんでしょうか?
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