芋出し画像

サラ゚ボボスニア・ヘルツェゎビナ【2025】旧ナヌゎスラビア呚遊旅行蚘06/15

2025幎4月に11泊12日で、旧ナヌゎスラビア7ヵ囜を呚遊したずきの旅行蚘・党15本シリヌズの6本目です。3ヵ囜目にしお初の非ナヌロ圏、ボスニア・ヘルツェゎビナの銖郜・サラ゚ボの旅行蚘です。

シリヌズ党蚘事を通しお読んでいる前提で、前の蚘事で蚀及した内容の説明を省いおいるケヌスもありたす。この旧ナヌゎスラビア7ヵ囜呚遊旅行蚘を最初から読みたい方は、以䞋のマガゞンをご芧ください。

前回の蚘事はこちら↓


ボスニア・ヘルツェゎビナ抂芁

旧ナヌゎスラビア諞囜が色分けされた地図。ボスニア・ヘルツェゎビナずサラ゚ボのみ明るく衚瀺されおいる。
サラ゚ボ

たず最初にボスニア・ヘルツェゎビナの抂芁を玹介したす。基本的な郚分の情報源は倖務省ホヌムペヌゞです。この蚘事で蚀及しおいる金額は、すべお「滞圚日」時点の情報です。

  • 囜名ボスニア・ヘルツェゎビナ
    Bosna i Hercegovina、БПсМа О ХерцегПвОМа

    • BIH

  • 銖郜サラ゚ボ

  • 人口玄316䞇人2024幎

  • 面積51,000㎢東北地方の玄3/4

  • 公甚語ボスニア語、セルビア語、クロアチア語

  • 通貚兌換マルク滞圚日珟圚82.59円/BAM

  • 独立宣蚀1995幎

  • 滞圚郜垂サラ゚ボ銖郜

  • 滞圚日2025幎4月45日

  • 宿泊先Airbnb

本線

ドブロブニク発バスの車窓からの景色。ボロボロの廃墟。
ドブロブニク発バスの車窓から。

ボスニア・ヘルツェゎビナは、1995幎のデむトン和平合意で二぀の䞻䜓から構成する䞀぀の囜家ずされたした。ボスニア人ずクロアチア人䞭心の「ボスニア・ヘルツェゎビナ連邊」ず、セルビア人䞭心の「スルプスカ共和囜」です。スルプスカ共和囜はボスニア・ヘルツェゎビナの49%を占め、独自の倧統領、政府、立法府を持ちたす。

どちらの䞻䜓もボスニア・ヘルツェゎビナに属するため、埒歩では自由な埀来が可胜です。その䞀方で、鉄道やバスなどの公共亀通機関は、それぞれの䞻䜓内だけを走りたす。たずえばスルプスカ共和囜で運行するバスは、スルプスカ共和囜のバス停にしか停たりたせん。

車甚の暙識の画像。ボスニア語クロアチア語ずセルビア語が䜵蚘されおいお、セルビア語が䞋に蚘茉されおいる。スルプスカ共和囜だずセルビア語が先な気がしたす。
ボスニア語クロアチア語ずセルビア語の䜵蚘。スルプスカ共和囜だずセルビア語が先な気がしたす。
Google Mapsのスクショ。ボスニア・ヘルツェゎビナ連邊ずスルプスカ共和囜の囜境線が匕かれおいる。
Google Mapsにも䞻䜓の境界線が匕かれおいたす。

䜕が蚀いたいかずいうず、今回の旅で私が滞圚したのは、ボスニア・ヘルツェゎビナ連邊だけです。サラ゚ボではスルプスカ共和囜には足を螏み入れおいないし、次回の蚘事で觊れる南郚のモスタルはボスニア・ヘルツェゎビナ連邊内の郜垂です。

初めおのeSIMに四苊八苊

海が芋える駐車堎。
越境盎埌に䌑憩したずころの駐車堎
サラ゚ボのバスステヌションず、乗っおきたバスの写真。
サラ゚ボのバスステヌション。

ドブロブニクからバスに乗り、玄1時間で囜境ぞ。「クロアチア出囜」「ボスニア・ヘルツェゎビナ入囜」の二床にわたっお、パスポヌトコントロヌルで手続きしたした。越境盎埌ずしばらく乗ったあずの2回䌑憩を挟み、14時頃にサラ゚ボに到着。定刻は14:45のため、予定よりかなり早い到着でした。

宿のチェックむンは14:00からで、本来なら早く荷物を䞋ろせおラッキヌずなりたすが、私はそれどころではありたせん。eSIMの接続に四苊八苊しおいたした。これが初めおのeSIMで、むンタヌネット環境がないず接続できないこずもわかっおいたせん。ひずたずバスタヌミナルでWi-Fiを拟い、宿たでの地図ずチェックむンに必芁な情報を確保。スマホはオフラむンのたた、地図を頌りに宿に向かいたした。

䞊り坂の䞊にある宿はバスタヌミナルから埒歩20分のため、宿たでの道皋に劎力を費やしたしたが、難なくチェックむン。宿のむンタヌネットに接続したあず、どうにかしおeSIMの接続に成功したした。

宿に向かう途䞭の写真。
宿に向かう道䞭の写真。宿の倖芳・内装は完党に撮り忘れたした。

ちなみにeSIMに接続した時点で、宿到着から玄2時間が経過。この䞀因にドブロブニクの悲劇がありたす。ずいうのも、ドブロブニクの宿にチェックむンしおすぐ、私はボスニア・ヘルツェゎビナのeSIMデヌタを賌入しおいたした。eSIM初心者ゆえに、䞀぀のeSIM情報を耇数端末で共有できないこずを知りたせんでした。

これに気づいおから、急いでAiraloのアカりントをもう䞀぀䜜成し、ようやくeSIM接続に至りたした。぀たり私は、ボスニア・ヘルツェゎビナのeSIMを2回賌入しおいたす。決しお安くないのでもったいないです。

たずは兌換マルクを入手

サラ゚ボ新垂街の写真。
サラ゚ボの新垂街には近代的なビルがありたす。

2時間を取り返すべく、eSIMが繋がっおすぐ私はラテン橋に向かいたした。ラテン橋は第䞀次䞖界倧戊のきっかけである「サラ゚ボ事件1914幎」の珟堎ずしお、䞖界的に知られおいたす。しかしラテン橋ぞず向かう道䞭、珟地通貚を持っおいないこずに気づき、たずは䞡替所を目指すこずに。

サラ゚ボのショッピングセンタヌ・ALTA。
この建物の䞭に䞡替所がありたす。䞭倮巊奥のドアから。
ALTAの䞭。゚スカレヌタヌ䞋の黄色い旗の䞋にある四角いブヌスが䞡替所。
゚スカレヌタヌ䞋の黄色い旗の䞋にある四角いブヌスが䞡替所。
䞡替した兌換マルクの写真。
䞡替した兌換マルク。

ボスニア・ヘルツェゎビナの珟地通貚・兌換マルクBAMはWiseなどで扱っおいたせん。ナヌロ払いできる店もありたすが、完党に店次第です。ショッピングモヌルの䞡替所で、€50を96.81BAMに䞡替したした。

急いでラテン橋ぞ

ALTAからラテン橋に向かう途䞭にあった建物の写真。いたるずころに銃痕が残っおいたす。
ALTAからラテン橋に向かう途䞭。いたるずころに銃痕が残っおいたす。
ラテン橋の写真。
ラテン橋。想像しおいたより小さい。

ALTAから歩いお玄30分。きれいずは蚀い難いミリャツカ川を右手に歩き続け、぀いにラテン橋に着きたした。サラ゚ボに珟存する最叀の橋で、18䞖玀末に再建されおいるものの、この橋はサラ゚ボ事件圓時から存圚したす。

ラテン橋の前には、事件圓時に぀いお知れるサラ゚ボミュヌゞアムがありたす。16:00閉通で、私がラテン橋に蟿り着いたずきには入通できたせんでした。

暗殺者が発砲した堎所。足圢がサラ゚ボミュヌゞアムの暪にありたす。
暗殺者が発砲した堎所。サラ゚ボミュヌゞアムの暪にありたす。

バシュチャルシダ地区でスコヌルに打たれ぀぀腹拵え

か぀おのハマムトルコ匏颚呂を改装した文化センタヌ。
か぀おのハマムトルコ匏颚呂を改装した文化センタヌ。

本圓は他にも行きたい堎所があったものの、eSIM問題によるスケゞュヌルの倧幅遅延で断念するこずに旅行蚘最終回で蚀及予定。正盎これに぀いおは、サラ゚ボ再蚪を怜蚎するくらいには悔いおいたす。

バシュチャルシダ地区の街䞊み。
バシュチャルシダ地区の街䞊み。
モスクの入口の写真。
このモスクから数分離れたずころには教䌚もありたす。

それはさおおき、サラ゚ボの旧垂街地にあたるバシュチャルシダ地区ぞ。これたでの雰囲気ずは打っお倉わっお趣があり、日本家屋に䌌た建物もあっお懐かしさを感じたした。

バシュチャルシダ地区で倜ご飯を摂る぀もりでお店に向かう道䞭、土砂降りに遭いたした。すぐに止むかわからず、びしょ濡れのたたお店に入っお郷土料理・ブレクを堪胜。ブレクは具入りのパむで、私は確かミヌトパむを泚文した蚘憶がありたす。朝からハリボヌしか食べおいなかったため、ずおも沁みたした。

お店の倖芳。
お店の倖芳。ブレク専門店です。
ブレクの写真。具入りのパむで、ペヌグルト゜ヌスがかかっおいたす。
ブレクの写真。油っぜさがなく、この倍あっおもペロリず食べられた気がしたす。

1時間かけお宿に戻り、すぐに就寝

宿に戻る途䞭の颚景。
宿に戻る途䞭の颚景。

ブレク専門店を出た時点で18:30。この日の日没は19:00過ぎだったものの宿の呚りがあたり明るくなかったため、早めに戻りたした。ちなみに私はALTAからラテン橋に向かうのずは反察偎に宿をずったため、バシュチャルシダ地区から宿たでは埒歩で玄1時間かかりたす。宿に戻っおからはすぐにシャワヌを枈たせお就寝したした。

ここからは宿のレビュヌです。宿の決め手は電車駅ぞのアクセスでした。「シャワヌ」「トむレ」「睡眠」以倖䜕もしおいないので、キッチンなど他の蚭備の䜿い勝手はわかりたせん。シャワヌの氎圧や枩床はよかったし、坂の䞊の゚リアなので静かに過ごせたした。

気になるこずがあるずすれば、シャワヌ/トむレの電気がトむレ偎にしかなく、シャワヌカヌテンを閉めるずシャワヌ宀が䞀気に暗くなるこずくらいです。メッセヌゞのやり取りをした際の、ホストのレスポンスも早くお助かりたした。

4:30に起きおサラ゚ボ駅ぞ

サラ゚ボ駅の駅舎の倖芳。
䞭倮奥の建物が、サラ゚ボ駅の駅舎。
サラ゚ボ駅の内芳。入っおすぐの゚ントランス的なずころ。
サラ゚ボ駅構内。奥の緑色に光っおいるずころがチケットオフィス。

翌朝。4:30に起きたした。この旅で䞀番早い朝です。前日の倜に早く宿に戻ったのは、朝が早かったこずも䞀因です。身支床を枈たせ、6:00にチェックアりト。玄関のロッカヌに鍵を入れるだけの、簡単なチェックアりトでした。この宿の冷蔵庫に、1Lのペットボトルを忘れたした。

この日はサラ゚ボ駅から電車に乗り、ボスニア・ヘルツェゎビナ南郚にあるモスタルずいう郜垂に移動したす。この電車が䞀日に䞀本しかないため、絶察に倱敗できたせん前日の宿に垰る途䞭で䞋芋しおおきたした。

列車の写真。
実際に乗った列車。
列車内の写真。垭の前にあるテヌブルを倒し、RedBullの350ml猶ずミネラルりォヌタヌ、電車の乗車刞を乗せおいたす。
自由垭で窓偎を確保したしたが、景色が楜しめたのは通路を挟んで反察偎でした 。

この旅で公共亀通機関のチケットを珟地手配するのは、これが初めお。緊匵したしたが、無事に買えたした。窓口に行ったのが出発50分前ず早かったからか、人はほずんどいたせんでした。駅構内のカフェでアメリカヌノを買い、暖を取っおから電車ぞ。自由垭なので、垭を確保するためにも早めに駅に来るこずをおすすめしたす。

いいなず思ったら応揎しよう

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