『アカルイミライ』黒沢清~世代間のギャップのモヤモヤと現実~
この映画の撮影密着ドキュメンタリーを見たので、久しぶりに見直してみた。クラゲの映画としてしか印象に残っていなかった。たしかにアカクラゲのという毒クラゲが海水から真水でも生きられるように対応し、下水から隅田川で繁殖して、海へと帰っていくというクラゲの話だ。世代間のミライの違いについて黒沢清はインタビューで言っていた。藤竜也の世代とオダギリジョーの世代では、当然思い描くミライは違ってくる。若い世代にとっての「アカルイミライ」は、上の世代にとって「アカルイ」わけではない。この映画では、オダギリジョーよりもさらに若いグループが出てくるが、彼らの思い描くミライもまた違うんだろう。
雄二(オダギリジョー)は夢で未来が見えるという設定になっている。だから眠っているときは幸せだったという。しかしあるときから夢を見れなくなる。職場では、守(浅野忠信)しか心を許せる人間はいない。守の家に入り浸り、彼が飼育しているアカクラゲに触ろうとすると「毒をもって危ないから触るな」と注意される。雄二にとって、守は兄貴分であり、指示役だ。キレやすい雄二のことを知っている守は、サインを決めて「行け」と「待て」の合図を出す。
会社の社長の藤原(笹野高史)が、雄二と守に接近してくる。その過剰な接近が二人には煩わしい。守の家に来て、70年代の学生運動に夢中になったあの頃を自慢する。そしてテレビで卓球を見だし、日本選手を無邪気に応援する。この場面の浅野忠信とオダギリジョーの二人の無表情が恐い。そして藤原がクラゲに触ろうとするのを止めない守(浅野忠信)。毒を持っていたことを知った藤原が後日、会社で問い詰めると、守は会社を辞めてどこかへ消えてしまう。いなくなる前に、雄二に自分のクラゲの世話を託していたのだ。サインを出してくれる指示役を失った雄二は混乱する。そして藤原を襲うことを考え、彼の家に行ってみると、すでに藤原夫婦は血だらけで殺されていた。守が一足先に殺したのだ。雄二が殺す前に。
刑務所に面会に行った守は、クラゲのことをしきりに心配している。そして雄二が守が出てくるまで待っているから一緒に何かをやろうと言うと、無期か死刑だと考えられる守は刑務所内で自殺してしまう。「行け」のサインを雄二に出しながら。守が刑務所に入ってから、守の父・有田(藤竜也)が登場する。火葬場の帰りに、雄二と会った有田は、雄二を自分の仕事に誘う。廃品を回収して修理する仕事だ。その仕事場に突然、幽霊としての守が現われる場面が、黒沢清らしい。浅野忠信は無表情で、オダギリジョーが眠っているそばにいるだけなのだが、とにかくドキッとする存在感だ。藤竜也にもオダギリジョーにも見えない。
雄二がアカクラゲを部屋の床下の下水道に流してしまい、雄二は必死にクラゲが生き延びられるように都会の川にエサを撒く。そしてアカクラゲは繁殖し、水の中で光り輝き、川はクラゲでいっぱいになる。そしてニュースで子供がクラゲの毒にやられたという事故が放送される。雄二が久しぶりに見たミライの夢は、世界の終わりのような強風とゴミが散乱している道を一人で歩いているものだった。黒沢清がしばしば描いてきた世界崩壊、終末的な光景だ。雄二は有田と言い争いになり、若者たちのグループと一緒に妹の紹介で働かせてもらった会社に深夜忍び込み、暴れ回る。警察に捕まりそうになるのを必死で逃げて、再び有田のところへ戻って来る雄二。有田は「おまえたちの全てを許す」と言って、雄二を抱きしめる。川に溢れるクラゲを見つけた有田は、喜んで川に入りクラゲを触って倒れてしまう。必死で意識を失った有田を川から引きずり出す雄二。有田は死んでなかった。有田の前にまた幽霊として現われる守。今度は有田もその存在を感じたらしく、「いつまでもいていいぞ」と守に声をかける。そして、雄二と暴れたお揃いのゲバラのTシャルを着た若者たちグループの苛立ちを映しながら、映画は終わる。
浅野忠信もオダギリジョーも孤立して苛立っている。社会と相容れない不満。その苛立ちを毒クラゲに託す。浅野忠信の父親の藤竜也は、息子の浅野忠信やもう一人の息子・加瀬亮とも上手く関係を築けない。社長の笹野高史とともに世代間の断絶が描かれている。しかし、死んだ息子の代わりにオダギリジョーと関係を作り始める。『ニンゲン合格』(1999)の西島秀俊と役所広司のように。役所広司は父親の友人という関係だった。今回の藤竜也も死んだ友人の父親だ。藤竜也はオダギリジョーに言う。「どうして目の前の現実を見ようとしないんだ。薄汚い現実だからか。そりゃ君、失礼だぞ。この現実は、私の現実でもあるんだよ。君がないがしろにする権利なんかないんだよ、バカモノ」と声を荒げる。世代間のギャップとともに、同じ現実を生きる二人が初めて向き合う。ホラーのようなジャンル映画ではない本作は強烈な印象を残さないが、世代の価値観が違うモヤモヤと、ともに同じ現実を生きることを、3人の役者の際立った存在感で描いていた。
ヨリのカットを粒子の粗い映像を挿入し、ヒキのクリアな映像との違和感を演出し、車の運転シーンはマルチスクリーンで奇妙な雰囲気を出していた。また音楽は、どこかコミカルで藤竜也とオダギリジョーの二人の奇妙な関係を見守っているようだった。
2002年製作/115分/日本
配給:アップリンク
監督・脚本・編集:黒沢清
エグゼクティブ・プロデューサー:浅井隆、小田原雅文、酒匂暢彦、高原建二
プロデューサー:浅井隆、野下はるみ、岩瀬貞行
撮影:柴主高秀
美術:原田恭明
音楽:パシフィック231
キャスト:オダギリジョー、浅野忠信、藤竜也、笹野高史、白石マル美、りょう、小山田サユリ、はなわ、加瀬亮、森下能幸、佐藤佐吉
