見出し画像

🔵掌編小説|ヒエラルキー

 私たちは死の階段を昇っている。

 昇進とはより一層死に近づくことだ。

 敬愛する課長が海外勤務となって早2年が過ぎた。その間に私は10歳年を取り、この10月からは新たに課長となった。明らかに早すぎる人事だが、生き残った者が他にいないのだ。

 私の同期も先週から来なくなった。

 私たちの会社は小規模空港の濫造乱開発で急成長を遂げた航空インフラ事業の新興企業だ。

 元は不動産屋で駐車場を主に扱っていたが、空飛ぶ自動車の普及に合わせて宙空ガレージへの転用を図り成功を収めた。

 社長のカリスマ性と企業の将来性が莫大な資金を呼び寄せ、さらに規制緩和で上昇気流に乗った。

「おまえはまだチナツの影を追っているのか」

 だが企業の成長に人が追いついていない。経済界でどれほど看板が持て囃されようと、その下で働く人間は、疲弊し、捻じ切れ、腐敗していく。

「チナツ信者だってのは知ってるんだよ。俺の言葉なんか屁とも思っちゃいないのもな。だがおまえにも課長のポストを与えたんだ。いつまでもチナツ、チナツじゃダメなんだよ。分かるな?」

 整髪料と香水と電子タバコと珈琲の臭いがベッタリとこびりついた場所から声を吐き出す。その臭いが遅れてやって来る。

 妻子持ちでありながら部長という立場を利用し、課長に散々ちょっかいを出していた男だ。

「チナツぅ」

 まるで課長を自分のモノのように、その肩に気安く手を回した。私は思わず立ち上がり身を乗り出した。課長は美しく毅然とその手を払いのけ、きみは心配しなくて良いのよと私を笑顔で制した。

「おまえ、明日から北海道に飛んで次の建設予定地を視察して来い」

 この醜い老人のような男の下で、私は私の魂を汚すことなく、どうやって、かつての課長のように戦っていけば良いのだろう。どうすれば勝利し、どうすれば絡め取られずいられるだろう。

「これが計画書だ」

 部長が書類を放り投げる。10ページほどの紙の束がぱさりと机に落ちる。

「データで貰えますか」

 部長は私の言葉を無視すると、もう話は終わったとばかり、手で追い払う仕草をした。

「分かりました」

 私は書類を拾い上げた。

 仕事とは未来を会社に売り渡すことだと言われるこの会社で、加速する死に向かって戦いを挑み、さらにもう一段上の高みを目指そう。

 背中に部長の視線が刺さる。

 課長、私の戦いはこれからです。

(了)

🔵968文字


【附記】

▼この作品の前日譚であり

▼この作品の後日譚である

ここから先は

254字
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?