見出し画像

🔵掌編小説|ツーショット

 私の好きな課長が海外に転勤してしまった。入社後いちばん最初に私を指導してくれた女性課長で、とても優しい人だった。

「仕事とは未来を会社に売り渡すことだ」と言われるこの会社では、誰もが数年で疲弊し、急激に衰えていく。10年もすればみな老人のようになってしまう。

 しかし課長だけは違っていた。いつまでも若く、そして美しかった。

 課長の凄いところは、全ての人に対して常に相手を最優先に行動するところだ。私のような新人にさえそのように接する。少なくともそう思わせてくれる。決して生易しいことではなかったはずだ。

 そんな課長にはふたつの噂があった。

 1つは、課長は会社から未来を買い戻しているという噂である。だからあれほど若いのだと。

 2つめは、課長は写真に写らないというものだ。現実離れした美しさのせいだろう。

 課長に直接訊いたことがある。課長は写真に写らないという噂がありますが本当ですかと。

「ふふふ、どうかしらね、写ると思うけど、試してみる?」
「あ、はい、じゃあ今度」

 課長の転勤が決まり、私は動揺した。課長という存在が、私の心の奥底に深く食い込んでいたからだ。

 送別会の夜、課長の周りは例の噂で持ちきりだった。課長と同期の男性社員は「未来の買い戻し方を教えてくれ」と懇願していた。冗談にならない悲壮感が漂っていたが、課長は「そんなこと知らないよお!」と笑っていた。

 会場の雰囲気がほどよくこなれてきた頃、私はようやく課長のそばに行くことが出来た。

 課長はいつものように私を10cmの距離で覗き込んだ。

「きみとは飲みに行きたかったなあ」
「あ、はい、じゃあ今度」

 課長は少し拗ねたように口を尖らせ「きみはいつもそれだなあ」と言って笑った。

 ほどなくして、撮影担当の庶務課女子が会場のあちこちで写真を撮り始めた。会場を歩き回り、皆の様子をスマホに収めていく。私たちのテーブルも数枚撮っていった。

 後日、社内のネット掲示板にその日の写真がアップされた。私が写ったものも、課長の写真もあった。本当に未来を買い戻したみたいに若くて、美しかった。

 私はデータをダウンロードすると、自分と課長の部分だけを切り取って保存した。

 私たちのじゃあ今度はいつか訪れるだろうか。

 今のところ、これが課長と私との唯一の写真ツーショットだ。

(了)

🔵957文字


【附記】

以前書いた作品をリライトした。

ここから先は

437字
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?