【後編】人が幸せになる時の身体を知る
※お詫び※
この記事は以前に出した電子書籍の「第三章、後編・人が幸せになる時を知りそれを活用する」です。概ねそのままコピペしています。
前々回の図でいえば、以下の話です。

前編では、主に「三大神経伝達物質」の「セロトニン」「ドーパミン」「ノルアドレナリン」と幸せホルモンの「オキシトシン」の話をしました。
そしていわゆる「幸せホルモン」に限って言えば、その役割や効果から概ね「セロトニン」「オキシトシン」「ドーパミン」の順に挙げられることや、幸せの度合いで言えば最強であるにもかかわらず「ドーパミン」が最後になることにも触れました。
ここでは「これからの時代に対応していくためには、ドーパミンを制することは概ね必須の能力である」という、真逆のことをお話しします。
国連の関連団体が世界の国々の幸福度を調査した「World Happiness Report 2022」による世界幸福度ランキングで、日本はG7で最低の五十四位となりました(一位は五年連続でフィンランド、毎年約百五十の国や地域を対象。なお、このデータはロシアによるウクライナ侵攻開始以前に収集されたものです)。
かつて「世界一幸せな国」として広く知られていたブータンは近年、急速に順位を落としており、二〇一九年度版の九十五位を最後にこのランキングには登場していないそうです。
その主な理由に「インターネットが普及し他国の情報が入って来るようになり、他国と比較すると自分の国は幸せではないと思う人が激増した」ことが挙げられていました。
他国の情報が入って来る前のブータンでは、国民は皆「食べるものがあり、雨風をしのぐことのできる家があり、そこに家族がいるから幸せである」と答えていました。
つまり、情報が入って来る前のブータン国民は「セロトニン」と「オキシトシン」による幸せで満たされていた、ということになります。
これはブータンの話ですが、日本の話で言いますと、たとえば江戸時代。
まず江戸時代の食生活でタンパク質と言えば、今現在で一般的な動物性タンパク質の多い食べ物(肉や魚、卵など)は少なく、それらをほぼご飯と味噌汁から取っていました。
江戸時代の成人男性は一日で五合もご飯を食べていたそうですが、ここまでたくさんのご飯を食べるとなりますと、必須アミノ酸はご飯だけでかなりの量を取ることができます。
ただ、お米の中の必須アミノ酸では「リジン」が少ないのですが、味噌に含まれる大豆の方に「リジン」が豊富です(逆にお米は、大豆には少ない「メチオニン」が豊富)。
とはいえご飯のほとんどは炭水化物であり、かつ味噌汁は塩分が非常に多く含まれていますけれども、江戸時代で仕事と言えば肉体労働に従事する人が大多数でしたので、それで良かったのです(大量の炭水化物や塩分は、そのような激しい肉体労働にはむしろ必要)。
そしてそのような仕事は朝早く起きて屋外で始まるものですから、太陽の光を浴びて「セロトニン」が出ますし、それが夜には「メラトニン」となって快眠を促します。
さらに、今のように機械があるわけではありませんので、皆で力を合わせて作業することで「オキシトシン」も出ますし、その作業を目標として設定していたところまで終わらせることができたら「ドーパミン」も出てくるでしょう。
これらのことを考えると、江戸時代の日本人もかなり幸せだったのではないでしょうか。
ですが今、江戸時代と同じような生活をするのはとても難しいことです。
令和時代は世の中がとても進歩しており、お客さんが望むものも江戸時代とは比べものにならないほど高い水準になっています。
つまり令和時代の要求に応えるためには、主に身体を使っての肉体労働で力と根性を出すのではなく、頭を使って考えてお客さんの満足を引き出さねばならないのです。
さて、ここから「マズローの欲求5段階説(マズローの欲求ピラミッド)」とこれまでの話を組み合わせていきます。
「マズローの欲求ピラミッド」とは、欲求は「生理的欲求・安全の欲求・社会的(所属と愛の)欲求・承認の欲求・自己実現の欲求」の順で概ね満たされていくという「マズローの欲求5段階説」を、ピラミッド構造で表したものです。
さらに晩年のマズロー自身によって、第6段階の「自己超越の欲求」が加えられたそうです。
また、マズローよりも後に、アリゾナ州立大学のダグラス・ケンリック教授が唱えた「ケンリックの欲求ピラミッド」というものもあります。
「ケンリックの欲求ピラミッド」は「マズローのものは生物学的欲求と動機を考慮していない」とし、そのため「自己実現の欲求」が「繁殖(家族)の動機」に置き換わるなどしています。
ここでは先に「マズローの欲求5段階説」に第6段階の「自己超越の欲求」を加えたもので、話を進めていきます。
先ほども触れましたが「マズローの欲求5段階説」は、米国の心理学者アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化した自己実現理論です。
マズローが提唱した人間の5段階の基本的欲求を下から順番で並べると「生理的欲求・安全の欲求・社会的(所属と愛の)欲求・承認の欲求・自己実現の欲求」です。
ここでマズローは最初の4つの欲求を欠乏欲求、最後の「自己実現の欲求」を存在欲求としてまとめることがあり、さらに欠乏欲求と存在欲求を質的に異なるものと考えていました。
「自己実現を果たした人は少なく、さらに自己超越に達する人は極めて少ない。数多くの人が階段を踏み外し、これまでその人にとって当然と思っていた事が当たり前でなくなるような状況に陥ってしまう」とも述べているそうです。
で、ここでこの欠乏欲求と存在欲求を平たく言いますと、欠乏欲求は「ない、または足りない」となり、存在欲求は「ある」とも言えます。
そしてこのいずれの欲求も最終的にはその人自身の考えによって決定されるもので、他者からは「ない、または足りない」と思われることが、その人にとっては「十分にある」という場合もあるでしょう。
より上位の欲求を満たすための鍵となるのが「ドーパミン」です。
「生理的欲求・安全の欲求」は主に「セロトニン」が、その次の「所属と愛の欲求」以降には主に「オキシトシン」が、さらに高次の「自己実現の欲求」以降に進むためには主に「ドーパミン」が必要となるからです。
(ここで「主に」という表現なのは全部ではないからであり、例えば食事は「生理的欲求」ですが、親しい人と一緒に食べたなら「オキシトシン」も出ますし、好物を食べた時には「ドーパミン」も出てきます)
現在はテクノロジーの進化によって情報がそこら中にあふれている時代であり、情報がもたらす幸せは概ね「ドーパミン」的なものが多いですから、それらの情報の中で自分に合ったものを選び取る必要があります。
その際に逆に不幸になるもの、例えば従来の競馬やパチンコなどのリアルなギャンブルだけでなく、ネット上のギャンブルやゲームに関する情報などは「選択しない(で捨てる)」よう心掛ける必要もあります。
ただし、どうしても自分でコントロールするのが無理だと思ったら、一切の「ドーパミン」的な幸せをもたらす情報を排除する、というのも一つの方法です。
つまり「わかった上で、あえて古い価値観を自分の意思で選択する」ということになりますが、まずは期間や時間を決める「デジタルデトックス」から試みるのはどうでしょう。
いずれの選択の場合でも、世の中の大枠は「マズローの欲求5段階説」に追加された第6段階の「自己超越の欲求」の方を向いていることは知っておいた方が良いと思います。
何故なら、第6段階の「自己超越の欲求」の中に「SDGs」「ESG」など、人類のためにこうするべきだという「きれいごと(=「タテマエ」)」が含まれていますので。
ここまでの話をまとめたのが、以前の図です。

そんなわけで、前々回の図の元ネタは今回のお話で使ったものでした。
おわり。
