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湯島御霊社に祀られている井上皇后

皇女として生まれても、皇后になっても政争の犠牲になる。
皇位継承の遠い皇子は、良い血筋の皇女を妻にして格をあげる。

古代天皇(大王)は女系図で皇統をつないでいた。

女系図で見る驚きの日本史

光仁天皇は非天武系(天智系)の唯一の皇子であった。
聖武天皇(天武系ではあるが曾祖母の持統天皇は天智天皇の娘)の皇女であった井上内親王を妻にしていた。
天武系が称徳天皇で終わる時に・・・

天武系の皇子は持統の子孫以外は次々と廃され
孝謙天皇のあとは・・・

孝謙天皇の在位中に道祖王や焼塩王、不破内親王といっためぼしい皇太子や皇太子候補が殺されたり配流されたりしてしまい天皇のなり手がいなかったということもあるが、決め手は妻の井上内親王が聖武天皇の皇女であり、他戸親王という皇子を生んでいたからだ。
奈良朝最後の天皇である光仁は、妻子のおかげで天皇になれたわけで、他戸親王がそう即位するまでのいわば中継ぎとして即位したのである。

女系図で見る驚きの日本史 P49

七七二年光仁を天皇に押し上げたほかならぬ井上内親王が、夫を呪詛したという罪で皇后の地位を廃され、他戸親王のその息子ということで皇太子を廃されてしまう。二人は三年後、同日に死ぬ。おそらく殺されたのであろう。一連の事件は、桓武の即位を目論んだ藤原百川の陰謀というのが定説だ。

女系図で見る驚きの日本史 P56

桓武天皇の弟で皇太子だった早良親王が非業の死を遂げ、様々な祟りを引き起こし崇道天皇(すどうてんのう)と追諡され祀られていることはよく知られている。
この「湯島御霊社」に一番にお名前があげられている。

疫病が流行れば、怨霊の仕業とおもわれた。

平安京は名ばかりで、同母(高野新笠)弟の早良親王と異母(井上内親王)弟の他戸親王を死に追いやった桓武天皇が心穏やかであったはずはない。

※ 天武系の天皇8人が天皇家の菩提寺に祀られていないことは、天武天皇が正当な皇位継承の血筋であったかは疑問なのであろう。血統を維持する執念の「持統天皇」によって、天智系に皇位が戻ったのだろう。その間多くの皇子が死に追いやられている。


「御霊神社」のお参りの写真は6/10の投稿をご覧ください。

聖武天皇の皇女であり、光仁天皇の皇后になり皇太子になる皇子を産みながら、皇子と共に殺された、井上皇后。
飛鳥・奈良・平安時代に皇位継承の可能性のある身分であることは、いつ罠にかかって殺されるか分からなかった。

御霊社のパンフレットに書いて置いてあります。
歴史書に当時書けなかったことが、神社に残っていることがあるのでしょう。

1000字になりました。
ではまた。

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