御霊神社 非業の死を遂げた方々をお祀りしてあったのですね
神田明神の女坂を探しに行った日、地図にある神社を訪ねてみた。「近くに来たので、お参りさせていただきます。」と手を合わせた。賽銭箱の右奥の端に重しの下に積まれたパンフレットをいただいてきた。


古代、皇位継承の中で、多くの候補者の皇子が亡くなっている。主流の学者が穏便に隠している中で、こんなにはっきり書いている。
将門も武士のようだが天皇の血筋を引いている。その近くなら、怨霊の鎮魂の神社があっても目立たないかのように、鎮座されている。
パンフレット


通俗には「畑の稲荷」と呼ばれる
きつね様 眉間が険しい


本殿

手水舎

若かりし頃社会学部に通った。他の学部の聴講で「万葉集」を選んだ。歌に心酔する先生の講義に惹かれた。その後、万葉集は、多くの皇子が非業の死を前にした辞世の歌を集めていることを知った。梅原猛の著書に出会って虜になった。髪がたなびくまで君を待つ、ような相聞歌の次に辞世の歌が並ぶ。民のかまどの煙を喜ぶ、のどかな歌を冒頭に出して、軒並み皇子が亡くなっていくことを淡々と並べていく。
皇太子だった聖徳太子は鎮魂する必要があるような死に方をした。その後累々と皇子が亡くなっていく。
日曜日・月曜日と必死ぶりに本を読んだ。梅原猛の著書を読むのは大変で今回は先送りした。井沢元彦氏の「逆説の日本史」は読みやすい。氏の解釈も納得できたが、第2巻に書いてある史実をなぞるだけでも皇位継承の血みどろの暗殺劇、自殺に追い込む繰り返しだ。
その次の時代に非業の死を遂げられた方々がこの神社に祀られているようだ。繰り返されていったのだ。

梅原猛氏の「水底の歌」「隠された十字架」の本を手放してしまっている。内容はなんとなく覚えている。
井沢氏の、怨霊を祀ることが日本の宗教だという説が、御霊神社そのものだ。
また、改めて、お参りに行きたいと思う。
850字です。
神社はこじんまりとしていたのですが、パンフレットや案内や掲示板の内容が深すぎて、消化不良の文章になってしまいました。
ではまた。
