シュレディンガーのマグロ漁船┆活動休止に寄せて

イベントへの出演をお休みするだけで他は通常通りなので、大したお休みではないんですが。

8/12、つまり明日のイベントが、お休み前ラストのステージになります。
秋にお友達の生誕に3回ほどお呼ばれして休日出勤する予定ですが、その後は本当に未定です。春頃に帰ってきたいなぁとは思っています。

そもそも戻ってこれるかどうかから不明です。そのまま引退になる可能性も、限りなく低くはありますが、ゼロではない。

私は帰ってくる気満々ですけどね。
でも私に帰ってくる気があることと、帰ってこれることとは、別問題ですから。

ニコ生でお休み周りの話をしている時にマグロ漁船と言われたので(違います)、以下では分かりやすくお休みのことをマグロ漁船と言いますね。私の脳内はカイジです。言うほど分かりやすいか?


マグロ漁船から帰ろうと思うとき、これには2段階あると思う。
「船を降りる」段階と、「家に帰る」段階。つまり、船を降りることが許されるかどうかと、帰る家があるかどうか、の2段階だ。

私が「戻ってこれるかどうかから不明」と先述したのは、主に前者の段階による。
そもそもなんでお休みするかと言ったら、生活が暫く立て込むことが確定していて、踊っていたら脳が幾つあっても足りないから。何気に初出し情報な気がしますね。
だから、立て込んだ生活が元に戻らない、或いは間髪入れずに別の立て込みが発生したら、「船から降りられない」から、帰れない。
そうならないようにしたい気持ちはある。というかそんな立て込んだ生活を続ける気はない。
ので、限りなく可能性は低いけれども、まぁ100%無いとは言い切れない。

それとは別に、「帰る家がない」から帰れない、ということも起こりうるなぁ、と思っている。
私たちのような活動は基本的に、見てくれる人・求めてくれる人がいるから成立する。裏を返せば、需要がなければ成立しない。

まぁ言ってしまえば趣味なのだから、例えば投稿した動画の再生数がゼロでも本人が満足していればそれで良いのだし、踊ったものを電波の海に放流したらそれでもう踊り手の一員ではある。
でも、その状態って"成立している"と言うのだろうか。
誰にも届かない言葉は、発したことになるのだろうか。

私は「シュレディンガーのデブ」という言葉を胸に体重計に乗る。
体重を測って数字が確定するまでは「体重が増えた自分」と「体重が増えていない自分」は同時に存在していて、つまり体重の増加を計測しなければ太ったことにならない、というわけだ。
私は2ヶ月くらい体重を測っていないので、ここ2ヶ月は体重増えてない。本当ですか?

……要するに、大事なのは「観測される」ということである、という話である。
ここでは「観測したいと思ってくれる人」と言い換えてもいい。それを需要と呼ぶ。

呼びたいと思ってくださる主催さんやイベントに来てくださるお客様がいるから、皆様の前で踊る"踊り手"として存在できる。
いなければ、できない。

私はただでさえ何もかもに向いていなくて、需要も無さそうやなぁ、と思って日々を生きている。これは界隈にというよりは世界になんだけど。
それが最低でも半年、悪ければそれ以上か……みたいな休み方をして、正直に申し上げて皆様の心に留まり続ける自信がない。別に今も皆様の心に私がいる自信はないが。

つまり、船を降りた後に帰る家があるとは、あんまり思ってない。
気持ちの上では、船を降りる気も、家に向かう気も満々だけれども。そこに家があるかどうかは、マグロ漁船に乗っている私の力の及ぶところじゃないから。

だから明日のイベントでも、当初は引退するときにやろうと決めていた曲を演るつもりでいた。
実質的にはこれで引退になるかもしれない、いや、なるだろうと思っているから。
変えた理由は「引退するって言ったときに演ったら説得力がないけど休止直前ならアツい」曲を思いついてしまったからであって、気持ちの変化ではない。

おそらく最後と心して臨むイベントが、地元名古屋じゃないのは若干の心残りですが。
秋の休日出勤は名古屋なので、許してください。

では、また明日。


⬇️ 関連記事 ⬇️
(前半1500字ほどは無料で読めます)

いいなと思ったら応援しよう!

ヤマユリ(踊り手) よろしければ、応援していただけると嬉しいです。いただいたチップは私の元気になります。