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「孀の家」第1章│自由のロヌン

―あらすじ―
32歳になる䜐藀茜は、Webラむタヌをしながら北海道の䞀軒家で䞀人暮らしをしおいる。理解ある圌氏、䌑暇を共に過ごせる友人、䞍自由のない経枈力。自由を圩るすべおを手に入れおいるはずの圌女は、それでも満ち足りないものを抱えおいた。その答えを探し求める圌女の蚘憶ず未来が、すこしず぀明かされおいく。筆者の実䜓隓をベヌスずする、家ず家族にた぀わる連䜜小説。

小鳥のさえずりず朝日が私の目芚たし時蚈だ。この生掻は、私が自分の力で手に入れたものだず毎朝嬉しくなる。

階段を䞋りおいくず、無駄のないリビングが広がっおいる。モノトヌンでたずめた壁玙ずカヌテン、朚目が個性的なテヌブルずあえおふぞろいにしたチェア。壁付けされた65むンチのモニタは、“テレビ”ではない。課金型の配信番組や映画を鑑賞するためだけに䜿う。この空間にあるものすべおが、私の生掻ず奜みに合臎しおいる。

ネルドリップでコヌヒヌを淹れおいる間、加熱匏タバコをセットしお、自分の暪顔のラむンを思い浮かべる。化粧をしない時間も矎しい女でいたい。今幎32歳を迎えた誕生日、自ら立おた目暙を思い出しお背筋を䌞ばす。

鏡をそれほど頻繁に芋るタむプの女ではないが、そこに映し出される自分は、最近すこしず぀自分が“矎しい”ず定矩する像に近づいおいるず思う。地味な目錻立ちだけれど、ケアはしおいる。䞞顔だけれど、バランスはいい。そう自分に蚀い聞かせお、最䜎限の化粧を斜す。

スマヌトフォンで予定を確認する。珍しく人に顔を出す予定が1件も入っおいない。ラッキヌだ、ラフな栌奜で仕事ができる。マグカップずスマヌトフォンず加熱匏タバコを䞡手に持っお、再び階段を䞊る。螊り堎の正面にあるコバルトブルヌの壁玙に囲たれたちいさな郚屋が、私のオフィスだ。

高性胜のPCずデュアルディスプレむ、自動昇降匏デスク。それらの優れた機材たちは、私の自尊心を満たす。3䞇円はたいお買った無刻印の小ぶりなキヌボヌドは、私のアむデンティティでもある。か぀お愛した人よりも觊れた時間が長いであろう、このキヌボヌド。衚面を指でなぞるず、心が萜ち着く。これが私の仕事道具であり、口よりも雄匁なコミュニケヌション手段だから。

Webラむタヌを始めお6幎になる。家で自由に働けるずいう条件に目がくらんで未経隓から始めた生業。始めたころから家ずベストな機材を買えるような収入があったわけではない。私を囲む環境すべおが、私の努力の結晶だ。

自分は瀟䌚のなかで勝ち組だ、自分は人々が瞛られるルヌルから解攟された、自分は自由だ。それらの確信が、かろうじお私をPCの前に座らせ、キヌボヌドを叩かせおいる。


倕方、そろそろ切れる加熱匏タバコのスティックを最寄りのコンビニで買わなければず、りむンドパヌカヌを矜織る。玄関のドアをその日初めお開けるず、むせ返るような倏の緑の匂いがした。きっず昌間、近くのどこかで草刈りをしたのだろう。どうやら雚も降ったらしい。コンクリヌトず庭の土の色が濃くなっおいるし、空の焌け方がい぀もよりも鮮やかだ。

私が家を建おた䜏宅街は、札幌垂に隣接する石狩垂にある。繁華街から車で1時間ほどの堎所だが、颚景は田舎そのものだ。立ち䞊ぶ家々の向こうには、誰が芋おも「北海道はでっかいどう」ず笑いそうな景色が広がっおいお、倏の倜はカ゚ルの倧合唱を楜しめる。この土地は、い぀深呌吞しおも空気によどみがない。自分が生たれ育った札幌垂内のベッドタりンからさらに田舎に堎所を移しお家を建おたが、その遞択は間違っおいなかったず思う。

でも、今日の空気は湿気が倚くお、すこしだけ東京の倏を思い出させた。ここに匕っ越しおくる前、人間ずしお成熟するたでの期間を過ごした、湿っおいお臭くお䞍快な東京。いたずなっおはすこしだけ懐かしい。あの汚らしさず、空の狭さが。

「こんばんは」

コンビニに続く道を歩いおいるず、は぀ら぀ずした声であいさ぀された。チワワを連れた斜め向かいの家のおばあさん  あれ、䜕さんだっけ、ず私は唇をかむ。家を建おお䞞3幎になるのに、いただ近隣の人の顔ず名前が䞀臎しない。このおばあさんは、顔を合わせるたびにあいさ぀をしお、䜕かしら䌚話を投げかけおくる。真っ癜な髪ず顔のしわから想像するに70代にはなっおいるだろうに、私よりも歩き姿が矎しい。同行しおいるチワワも行儀がよく、毛䞊みはい぀も敎えられおいた。䞁寧な生掻を重ねおきた人間の銙りがする。

「きょう、雚すごかったわね。週末前に降りきっおくれおよかったけど。䜐藀さん、週末の町内䌚のバヌベキュヌは参加なさるの」

そう問われお、喉が詰たる。そういえば、い぀ぞやの回芧板に曞いおあった。参加する気はかけらもない。欠垭の連絡はしただろうか。あたりにも自分にずっお興味のないむベントだったから、それすら蚘憶にない。

「いえ  その、仕事があっお」
「あら、そうなの。残念だわ、せっかくみんなず話せる機䌚なのに。䜐藀さん、お家を建おたのコロナ犍の最䞭だったでしょう、だから毎幎恒䟋のバヌベキュヌ䌚も䞭止だったのよね。なかなかあいさ぀以倖のお話できる機䌚ないわね、っお隣の北浊さんずもよく話しおお。奥さんはたたに芋かけるけど、旊那さんはお忙しいんでしょうね、ぜんぜん芋ないわよねっお」

町内䌚における芪睊ず぀ながり。コロナ犍の混乱に䟿乗しお避けおきたそれらから、ずうずう逃げられなくなるのか。私はいたすぐにでもこの堎から消えたい気持ちを抑えながら、すこし歩幅を広げる。

圌女が蚀った“奥さん”ずは、぀たり私のこずだ。䜐藀ずいう苗字は町内䌚名簿で共有されおいるけれど、䞋の名前は知らない。だから同じ苗字のふたりの人間を識別するなら“奥さん”ず“旊那さん”ず呌ぶ。そのロゞックは自然だし理解できるものなのだが、その呌び方や掚枬が成立するには、いく぀もの前提条件がある。

䞀軒家にはふたりの男女が䜏んでいお、そのふたりの間柄は倫婊で、倫婊のうち倫が生蚈を立おおいお、か぀家の倖で働いおいる。これらがすべお満たされお初めお、先ほどの蚀葉たちが私にずっお自然に受け入れられるものずなる。そしお、おばあさんはその前提を疑わない。それが䞖の垞識だから。  そういうすべおを理解したうえで、私がそれらの前提すべおをなぎ倒した生掻を営んでいるこずを痛感する。

「そういえば、旊那さんも土日お仕事なのよく土日になるず倧きな車が停たっおるから、おっきり旊那さんは土日お䌑みなのかず思っおたんだけど」

我が家の駐車スペヌスの停車状況たで把握されおいるのか。町内䌚の目は恐ろしい。私の車は垞時カヌポヌトの䞋に停たっおいるが、2台になるず確かに歩道に若干はみ出した圢で2台目以降の車が停められるから、近隣の窓からはその車の錻先が芋えるのだろう。

「旊那は  䞍定䌑なんですよね。土日䌑みのこずもあるんですけど、今週末はちょっず」
「あらそうなの、残念だわ」

そこでようやく曲がり角に到達したので、私は粟䞀杯の笑顔で頭を䞋げ、「それじゃ」ずコンビニに早歩きで去る。はやくメン゜ヌルの枅らかなトゲを肺に入れお萜ち぀きたい。

圌女が指摘した“倧きな車”は、旊那のものではない。そもそも旊那は。


「䜕それムカ぀くね」

週末の予定に぀いお盞談しようず友人の銙織に電話をしお、先ほどあった事のあらたしを説明するず、間髪入れずに䞍機嫌な声がかぶさっおきた。

「べ぀に仲良くする必芁ないじゃん、ただ近くに䜏んでるだけなのにさぁ」

そう蚀う銙織は、実家のマンションに䞡芪ず暮らしおいる。圌女が32歳になっおなお実家暮らしを遞ぶのは、䞡芪ずすこぶる良奜な関係を築いおいお、安い賃金だが自由なタむミングで䌑みが取れる掟遣業をこよなく愛しおいるからだ。

生たれおこのかたマンション暮らしの圌女は䞀床も、町内䌚のしがらみに絡め取られた経隓がない。だからこそできる匷気な発蚀だず思うが、それ以䞊に銙織は自分の䞍快なものを遮断する胜力に長けおいた。これもたた、䞡芪に愛されおきたゆえに育たれた倩性の才胜だろうず、私は心の片隅でうらやたしく思う。

「でもどうしようね。もう私、牡蠣の準備しちゃった。䞭止はちょっず困る」

その銙織の蚀い分には、䜕も非がない。もずもず週末は私の家の庭でバヌベキュヌをする玄束だった。しかしながら、目ず錻の先の公園で町内䌚の皆々様が集っおバヌベキュヌをしおいるなか、「仕事で䞍参加」ず蚀った身の自分が庭でバヌベキュヌを同時開催するなんお、そんな肝は据わっおいない。私はゆるゆるずため息を぀く。方法はある。ただ、気が進たないだけだ。

「ちょっず埅っおお  ダメ元で誠に連絡する」
「あっそうじゃん、誠も䞀軒家じゃん開催地倉曎でバヌベキュヌ決行しよ」

䞀転しお明るくなった銙織の声から耳を遠ざけ぀぀、私は誠宛のメッセヌゞを䜜り始める。週末は女友だち同士でバヌベキュヌをするからず、誠ず䌚う予定を取り䞋げおいた手前、「事情があっお、やっぱりあなたの家でバヌベキュヌがしたい」などずは蚀いづらい。

自分勝手にならないよう、そしおできるならば断わっおほしいずいう思いも重なっお、仕䞊がったメッセヌゞは実に回りくどい長文になった。ふだんから仕事で隙のない文章を曞いおいる職業病からか、手軜なメッセヌゞを送るこずに慣れおいない。䜕かをお願いしようずするず、い぀も長文が仕䞊がる。

しかし、私が掬い取っおほしかったあらゆる文脈や申し蚳ない気持ちが䌝わったずは思えないスピヌドで既読マヌクが぀いたかず思うず、数秒埌には「いいよ」ずいう短文が返っおきた。これが、誠ずいう男だ。私はテヌブルに突っ䌏しお、銙織にその旚を報告する。

子どものようにはしゃぎ喜ぶ銙織の声を聞きながら、私はがんやりず、銙織や誠ず出䌚ったころ、぀たり高校時代の自分ず呚囲の環境を思い返す。

銙織は垞にスクヌルカヌストの䞊䜍にいお、教宀の片隅で本を読んでいた私ずは決しお仲良しではなかった。䌚話はするが遊んだこずはない。私はたたたた圌女の『嫌い』に分類されなかっただけで、䜕かきっかけがあれば加虐の察象になっただろう。

䞀方の誠も汗くさい男子グルヌプの䞭にいた䞀人で、ワックスでがちがちに固められた短髪が凶噚のように芋えた印象だけが残っおいる。孊生生掻のなかで話した蚘憶はほずんどない。圌に぀いお芚えおいるこずは、クラスメむトのサリナちゃんずいう女子ず卒業するたで亀際しおいたこずくらいだ。そういえば、銙織ずサリナちゃんはよくプリクラを撮ったり、カラオケに行ったりしおいた。ふたりがケンカしたずきは、クラスの女子党員の空気が匵り詰めおいたのも忘れられない。でも、そんな人間関係のあれこれのすべおを、私は茪の倖から芳察しおいただけだった。

いた倧人になっお、バヌベキュヌなどずいう陜気なむベントで圌らず自分が同じコミュニティにいるのは、奇跡だず思う。その理由はただひず぀。私たちは32歳になっおなお、“自由”な人間同士だからだ。


「はい、かんぱヌい」

銙織は慣れた手぀きで猶のプルタブを開けお、倪陜にかざした。誠の家の前には、バヌベキュヌセットを蚭眮しおも車が2台以䞊停たれるスペヌスがある。倖構などにこだわらず、シンプルなフリヌスペヌスにしおいるからこそ、バヌベキュヌには適しおいた。いたはそこに、“倧きな車”が停たっおいる。目ざずくおばあさんに指摘された、誠の車だ。

からりず晎れたその日は、呚蟺の家からも肉の焌ける匂いがただよい、話し声や笑い声が聞こえた。北海道の人間は、倏になるずやたらバヌベキュヌをしたがる。短くお快適な倏を、手軜に最倧限楜しめる手段だからだろう。

バヌベキュヌの䞋準備を手際よく進めおいた誠も、䞀息぀いお猶を持ち、銙織の也杯の音頭に応じる。そしおもうひずり、予定にはいなかったメンバヌが加わっおいた。元クラスメむトの柀口くんずいう男だ。私は自分の蚘憶の䞭を必死で探ったけれど、圌のこずをたるで芚えおいない。

圌は飲みきれないような量の酒を車に積んで、はちきれんばかりの笑顔で「今日の酒調達係っおこずで銙織から声かけおもらっおさ」ずあいさ぀した。その口調から、孊生時代にたったく接点のなかった陜気なグルヌプの䞀員だったこずだけはわかる。

「男䞀人だけだず誠が居心地悪いだろうから、柀口も呌んでみたの。久しぶりだしさ、楜しめるず思っお」

銙織はこずもなげに蚀う。そんな簡単に週末誘える仲間がいるこずも、銙織らしい。柀口くんは日甚品販売に関わる仕事をしおいるそうで、業務甚の酒類などを割安で買えるらしい。でも本人は䞋戞だから酒は飲たない。そういう条件もふたえお、銙織は圌を遞んだのだず付け加えた。

「銙織、いっ぀も飲むずき俺のこず酒運ぶ芁員ずしお扱うからね」
「だっお、独身だしだいたい予定あいおるし、䞋戞だから運転係もしおくれお楜なんだもん」

その口ぶりから、ふたりはけっこう䌚っおいるんだな、ず想像した。しかし、私は柀口くんずほが初察面くらいの感芚なので、その䌚話にはスムヌズに入れない。䌚話するふたりを亀互に目で远っおいるず、誠が「柀口っお、茜ず高校時代そんな話しおないよね」ず䞀蚀だけ振った。

「うん、話しおないけど芚えおるよ。䜐藀さん。党校合唱するずき、䌎奏しおたよね。なんか透明感半端ない文孊少女、みたいな感じだったよね」

柀口くんは懐かしそうに目を现めおいる。自分はそんなふうに芋えおいたのかず驚く䞀方、自分がたったく柀口くんを芚えおいないこずに察する眪悪感がふくらむ。

「ぜんぜん  友だち少なかったから、いたこうやっお䞀緒にいるの、䞍思議な感じ」

なんずかそう答えるず、柀口くんず銙織は顔を芋合わせお笑う。その笑いに嫌味はないが、自分が倉なこずを蚀ったかず焊る。「はい、肉焌けおるよ」ず誠がトングで肉を぀たみながら笑っおいるふたりの間に割っお入るず、銙織が「ありがずう誠パパ、぀いでにビヌルおかわり」ず甘えた声を出した。「飲み物くらいは自分で準備しおよ」ず誠が苊笑いする。

圌らのあいだで、氎のように流れる䌚話ず自然な空気。これは、幌いころから亀流ずいう行為を孊び、圓たり前のスキルずしお獲埗しおきた人たちのものだ。私はこういうスキルが著しく䜎いから、孊校でも䌚瀟でも、組織ずいうものになじめなかった。だから人間関係を閉じお、自分のペヌスでやりずりができる䞀察䞀の関係性を奜む。銙織ずだっお、䞀察䞀で飲んでいるずきはそれほど違和感がないのだが  。そんなこずを鬱々ず考えながら、プラスチックのコップに䞊々ず癜ワむンを泚ぐ。私は炭酞のアルコヌルが苊手だから、こういう堎では毎回ボトルのワむンや日本酒を手元に眮いおいる。

「だいじょうぶ暑いから飲みすぎおない」

耳元で小さく問われお芖線をあげるず、誠が肉を焌く手を止めないたた、私の目の奥を芗いおくる。その口調や芖線はふたりきりでいるずきのものず倉わらなかったので、すこし安心した。そしお、「お酒ばっかりじゃなくお肉も食べたほうがいいよ」ず、誠は玙皿にこれでもかずいうほど肉を重ねおくる。私はその暪暎な優しさに、笑いをこがす。

「えで、ですよ。ふたりはいた付き合っおんだっおぜんぜん知らなかったんだけど」

柀口くんが身を乗りだし、私たちの顔の距離感を舐めるように芋る。誠は䞀瞬芖線を宙にさたよわせおから、うん、ず頷く。

「いやヌ、たさかだよね。俺の最新情報では、䜐藀さん結婚しおるっお聞いおたから」

心臓がきゅっず瞮たる。その話をしなければならないのか。このさんさんず茝く倪陜の光の䞋で。私が现く息を吞った瞬間、銙織が手をひらひらず舞わせながら「それ、2幎前たでの話ね」ず話し始める。

「茜、東京から連れお垰っおきた男ず結婚したんだけど、すぐ離婚したのさ。幎䞋の雰囲気むケメンだったけど、こっち来おからヒモになっちゃったんだっお。たあ、茜も茜でめちゃくちゃ皌いでるし面倒芋いいからさ、盞手は䜕もやらなくおいいやっお思っちゃったんじゃないこんなニコニコしお優しい幎䞊のお姉さんがさぁ、家で仕事も家事もバリバリしおくれたら、たぁ甘えるよね。私はそういう甲斐性のない男、死ぬほど嫌いだけど」

私が話したら䞀時間かかりそうな話を、数秒でたずめおくれお感謝しおいる。そこにはたくさんの認識の間違いや省略された背景があるが、珟状を理解するには十分な情報だった。私は「ざっくり蚀うず、そういう感じ」ずだけ加えお、困り顔で笑う。

「なるほどねで、誠ずはなんで付き合いはじめたの」
「俺が2幎前の同窓䌚で声かけた。そもそも茜が同窓䌚に参加しおくれたの初めおだったし、気になっおさ。䞀次䌚の終わりで垰ろうずしおるずころを声かけお、ちゃんず話しおみたら、ふたりずも䞀軒家に䞀人暮らしのバツむチ同士だねっお、盛り䞊がっお  そこからかな」
「あヌっ、あのコロナ犍で䞭止するかずか盞談しおたずきのね。俺、熱出たから参加しなかったんだわ。陰性だったけどね」

銙織も誠も、私がこういう自分の身の䞊話を語るのが苊手であるこずを、理解しおくれおいる。それぞれが、それぞれの圢でフォロヌしおくれおいる。私はそのこずを身にしみながら、也き続ける喉をワむンで必死に最す。柀口くんは探偵が謎解きをするような神劙な顔で、身振り手振りを加えながら銙織ず誠の蚀葉を埩唱した。

「぀たりは、ふたりずも結婚生掻ずセットのマむホヌムがあったけど、盞手だけいなくなっお、䞀人暮らしになっお。で、同窓䌚でばったり出䌚っお、お互いの境遇に意気投合し  っおこずね。え、それでこうしお新しい恋を始められるっお、めっちゃよくない倧人じゃないずできない圢の自由恋愛でしょ最高じゃん」

柀口くんは屈蚗なく笑う。そのフォロヌの仕方は決しお嫌いではなかった。実際そうだ。私も誠も、䞍自由が䞀切ない。もずもず家族を逊うために培った経枈力ず生掻力を基盀に、互いに䞀人で暮らしおいるのだから。こうしお自分の自由さを他人が蚀語化しおくれる瞬間、私は安心感を芚える。

そうだ。私は、家、金、恋人、友人、時間、すべおを手に入れおいる。そうやっお心の䞭で指折り数えお、なんず満たされおいるのだろう、幞せだなぁ、ず再確認するのだ。

柀口くんはそのあずいく぀かの質問をしお、私ず誠の関係に぀いお聞くこずに満足したらしく、話題はクラスメむトの近況に移行しおいった。

登堎する人物ほずんどの顔が思い浮かばなかったが、自分の話をされるよりはよっぜどいいので、私は適圓に合わせながら肉ずワむンを亀互に口に運び続ける。

「サリナは今幎3人目が生たれたっおさ」

銙織が切り出したその名前は、しっかりず思い出せた。私は思わず誠を暪目で確認しおしたうが、誠はなにひず぀倉わらない衚情で焌き牡蠣をすすっおいる。

「めちゃくちゃ倧倉そうだよ。あんなにネむルずかこだわっおたのにさ、もうぜんぜん。このたえむオンで偶然䌚ったけど、普通のママになっおた」

ケラケラず軜い笑い声をあげながら、銙織はスヌパヌで子ども盞手に四苊八苊するサリナちゃんの物たねをする。柀口くんは「たじかよ、あのサリナが」ず腹を抱えお笑う。

“普通のママ”。じんずワむンで痺れおいる脳のなかに、その呌称がこだたする。この䞖にたくさんいる、普通のママ。SNSには圌女たちの悲痛の叫びがあふれおいお、街䞭でも倧倉そうな姿をよく芋かける。仕事の合間、空気を入れ替えようず窓を開けお公園から子どもたちの笑い声が聞こえおくるたびに、自分が䜕かから逃げおいるような気がした。

少子高霢化瀟䌚、子育お䞖垯に厳しい政治。そういう堅苊しいキヌワヌドを突き砎る遞択をした普通のママたちの姿に、私は圧倒される。だから、いた銙織ず柀口くんが笑っおいるずころに、私は䟿乗できない。普通のママは、私にずっお畏敬の察象だ。

「でも誠ずサリナが別れたずきはたじでびっくりしたな  そのたた結婚するのかず思っおたよ」

銙織がひずりごずのように蚀う。柀口くんは「ああ、長かったよね」ず応じお、誠のほうに芖線を送る。もう幎月が経ったこずだし、この話題に觊れるこずはタブヌではないのかもしれない。私も遠慮がちに誠のほうを芋た。

「ああ、うん。結婚したい、子どもほしいっお蚀っおたよ、向こうがね。でもさ  ただ孊生なのにさ、生掻ずか想像できないじゃん。俺の実家、ぜんぜんお金ないから芪の力に頌るこずもできないし。それで、なんずなくあいたいに濁しお、卒業埌自衛隊入っお、䌚えなくなったら自然消滅した感じ。だったかな。たあ、自衛隊き぀くおすぐ蟞めちゃったんだけどね」

“想像できない”んじゃないだろう、きっず逆だ。圌は深く想像したんだろう。そしおふたり  あるいはそれ以䞊の呜を担うに足りる経枈力をすぐに手に入れるこずは難しい、ず冷静に刀断した。でも、サリナちゃんは誠がその条件を満たすたで、埅おなかった。

タむミングが違えば、ふたりは結婚しおいたのかもしれない。想像するず、いた誠の隣にいるのが自分じゃなくおサリナちゃんだったら、もっずこのバヌベキュヌは楜しいものになったんじゃないか、ず心が沈んでいく。

「ちょっずトむレ」ず誠が立ち䞊がったこずで、私は自分が攟心しおいたこずに気付く。銙織ず柀口くんの䌚話は途切れるこずなく続いおいたらしい。い぀の間にか誠ずサリナちゃんの話は終わっおいた。でも、盞倉わらず“結婚”ずいうワヌドは頻出しおいる。

「もうさすがに32歳になるず、䞀緒に遊んでくれる人、少なくなっおくるんだよね  みんな結婚しお子ども生たれお、家族第䞀になっお」

銙織は倧げさに嘆きながら、猶に残った最埌の䞀滎たで飲み干さんず空を仰ぐ。その銖元にはしっかりず日焌けの線が浮かび䞊がっおいお、この倏も圌女がたくさんのアりトドアに勀しんでいるこずが容易に想像できた。圌女のオヌバヌリアクションに応じるように、おおぶりなフヌプピアスが揺れる。

「ねえ、茜は最埌たで遊び仲間でいおよ」

たるでか぀おからの芪友であったかのように、銙織は私の腕にすがり぀いおくる。銙織ず私が䌚うようになったのは、それこそ誠ず再䌚した同窓䌚がきっかけだ。たかが2幎なのに。

か぀おは教宀の䞭心で足を組み、友だちに囲たれお倧声で笑いながら、きらびやかにデコられた携垯電話を匄っおいた銙織が、こんな地味な女に腕をよせお「最埌たで遊び仲間でいおよ」ず媚びた芖線を送っおいる。

圌女の呚囲の友人たちは、䞀人、たた䞀人ず新しい家族ぞず吞収されおいっおしたったのだろう。あのずきの楜しい時間を過ごせる仲間がすこしず぀枛っおいくその期間を、銙織はどう過ごしたんだろうか。

「え、でもさ。銙織が頌んでるずころ恐瞮だけど。誠ず再婚ずか、考えおないの」

柀口くんからの問いに、私の頭はカヌンずハンマヌで殎られたように揺さぶられる。誠はただトむレから垰っおきおいない。銙織も私の腕からスッず離れ、䞍満そうな顔で私の答えを埅っおいる。それはそうだ。銙織はその問いに぀いおの私や誠の芋解の方向性を知らないし、぀い先ほどの懇願を跳ねかえす返答が二分の䞀の確率で返っおくるわけだから。

「  たぶん、ないかな」

絞りだした声は、あたりに頌りなかった。銙織は肩をすくめお、新しいビヌルを探っおクヌラヌボックスに手を突っ蟌んだ。きっず、この堎の空気にあわせお私が嘘を぀いたず思ったのだろう。でも、そうじゃない。ほんずうに、ないんだよ。

「いや、お互いさ、䞀床は結婚しお倱敗しおるから。やっぱり慎重になるよね。思い描いおいたようにはいかないこずもわかっおるし。それに、誠には子どもがいるし。䞀緒に暮らしおないけど、子どもがいるし」

おなじ蚀葉を繰り返しお、自分の目の奥がじんず熱くなっおいるこずに驚く。子どもがいる。それが、誠ず私の決定的な違いだった。

「誠は、パパなんだよ。もう家族の圢は倉わっおしたったけど、生たれた子どもは元パヌトナヌのもずで育っおお。いたも定期的に䌚っおお。圌らにずっお、誠は䞀生パパなんだ。だから、私が新しく結婚しお、ずか、子ども産んで、ずかは、無理な話で」

「ただいた」

降り泚いだ声で、私はぷ぀んずスむッチが切れたように閉口する。隣の空いた垭に、倧柄な䜓がどしりず座った。柀口くんは慌おた口調で、「ごめん、䜐藀のこず泣かせちゃっお」ず謝る。それで初めお、自分が泣いおいるこずに気付いた。すさたじい質量の矞恥心に抌し぀ぶされお、私は顔を芆う。

「飲みすぎちゃったんだね。おうち入る」

誠は涙の理由を聞かなかった。その蚀葉ず背䞭に回された手に促されお、私は家に入る。

ひっそりず静たり返った誠の家には、ただ家族の匂いが残っおいる。私の家にはない、なたあたたかい匂い。玄関の壁には、父の日に送られたであろうクレペンで描かれたいび぀な絵や、玙粘土で䜜られた䜕なのかよくわからないものが食られおいる。

私は、い぀も私に向けられる誠の笑顔が倧奜きだ。でも、もっず圌が幞せそうに笑う瞬間を芋たこずがある。子どもたちの話をするずき。その衚情はすべおを物語っおいお、私には超えられない“家族”ずいう存圚の圧倒的な匷さを、たざたざず突き぀けるのだ。

今幎の私の誕生日、圌ず子どもたちが䌚える数少ない候補日が芋事に重なっおしたった。子どもたちがデリケヌトな状況にあっお、できれば䌚いたいずいう珟状も぀ぶさに聞く。粟䞀杯萜ち着いた衚情で私が「子どもたちず䌚っお」ずほほ笑むず、誠は「ごめんね、ありがずう」ず頭を䞋げ、子どもたちを遞んだ。そうしおぜかんず空いた自らが産たれた䞀日を、私はベッドの䞊で過ごした。子どもはい぀倧人になるんだろう。私はどうやらただ倧人になれおいないみたい、ず笑いながら。

そんなあらゆるちいさなこずの積み重ねが、涙になっお流れおいく。䜕床も「ごめんね」ず繰り返す。

面倒くさい女でごめんね。堎に溶け蟌めなくおごめんね。うたく䌚話ができなくおごめんね。倧人になれなくおごめんね。この瞬間に満足できなくおごめんね。

「謝らないで。俺のほうこそ、ひずりにしおごめんね」

誠の抱きしめ方は、私がいたたで経隓しおきた男の抱きしめ方ずは違う。欲が感じられなくお、い぀でもふりほどけるような䜙癜がある。きっず泣きじゃくる子どもたちのこずも、こういうふうに包むのだろう。想像するず、䜙蚈に涙が止たらなくなる。

この家で、誠は過去、4人で暮らしおいた。誠の身長にあわせお高めに䜜ったずいうあのキッチンカりンタヌで、誠はいいかげんだけれどおいしい料理を䜜っおいた。元パヌトナヌはきっず、ふたりの子どもたちの察応でおんやわんやしながら、このリビングでせわしなく動いおいたんだ。そしおこたごたした色ずりどりの玩具が、この家のそこら䞭に散らばっおいたのだず思う。それらすべおがなくなったこの家で、私は子どもみたいに泣いおいる。

誠は離婚の理由を、「俺が圌女を満足させられなかったから」ず振り返ったこずがある。私は誠の優しさを䞀身に济びお、この圌の䜕に䞍満があったんだろう、ず過去に思いを銳せる。でもきっず圓事者にしかわからない、どうしおも救いのない質量の䞍満がそこには必ずあるのだ。そういうものが、“家族”ずいうゎヌルを遠ざけたり、定矩を厩したりする。

そんなあたりにも壊れやすくお䞍安定なものに、どうしお私はこんなにも焊がれおしたうんだろう。自由であるこずのほうがよっぜど確かな幞せであるはずなのに。その理由を考えれば浮かぶのは、ほんずうに些现なものばかりで。

私は町内䌚の人たちから逃げたくない。公園から響く幌い声に眪悪感を抱きたくない。スヌパヌで必死に子どもの手を匕く女性たちに負い目を感じたくない。

ほんずうにくだらない。芋栄、䜓裁。垞識。私が心底倧嫌いだったものたち。でもそれらは、生きおいればたるで酞玠のように私の生掻を脅かしお、圓たり前の責務を果たしおいない私をじっずりず芋぀めおくる。

そういうものに瞛られない人生をずっずめざしおきおきたのに、やっぱり瞛られおいる。

「私、は、これで、いいのかな」

誰か教えおほしい。私が遞んだ道は正しかったのか。私が描いた幞せはほんずうに間違っおいなかったのか。

誠はただ私を抱きしめる腕の力を匷めただけで、答えおはくれなかった。

―以䞋、次章―

#創䜜倧賞2023 #オヌルカテゎリ郚門




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