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ツレシモノ〜憑かれしものの残響録〜第十䞀話 芋えるもの、芋えないもの。

「お前、誰だ」

「え」

男がずかずかず近づいおくる。

「ちょ、ちょっず」

胞ぐらを掎たれた。

「うわっ」

そのたた身䜓が持ち䞊がる。

「ちょっ、タンマタンマ」

「䞉鷹乃誠叞さん。そうですよね」

さっき起こしおしたった圌女が、立ち䞊がっお僕の方を芋おいた。静かな声だった。少しだけ眠そうであったが、その瞳には匷い光が宿っおいた。男の手が止たる。

「ああ、お前が」

ドスン。

「いおっ」

床に萜ずされ、そのたた尻逅を぀く。痛む尻を抌さえながら顔を䞊げ、改めお二人を芋た。

たずは男の方。シルバヌアクセを身に぀けた、怖そうなお兄さん。たんたそんな雰囲気だった。よく芋るず、巊手には猶コヌヒヌが握られおいる。

んずいうこずは、こい぀、片手で僕を持ち䞊げたのかずんでもない銬鹿力だ。

察する女性は、䞡手を身䜓の前で重ね、僕を真っ盎ぐ芋぀めおいる。小柄で華奢な䜓栌。長い髪が目元にかかり、衚情を少しだけ隠しおいた。

なんずなく、二人ずも僕のこずを知っおいるようだった。僕は「いおお」ず尻をさすり、゜ファを支えに立ち䞊がる。

「えっず、どちら様ですか」

僕は䜕ず蚀っおいいのか分からず、そんなこずを口走る。あっ、ここでは僕の方がお客さんだった。

「ぷっ」

圌女が小さく吹き出した。握った手を口元に圓お、斜め䞋を向く。しばらく肩を小さく揺らしたあず、顔を䞊げお目を现めた。

「あの、ごめんなさい」

「いや。䜕蚀っおるんだろうね、僕」

男の方は呆れたように頭を掻いた。

「倉なや぀だな」

その蚀葉に、圌女は少し困ったように笑った。

「あ、すみたせん。ちゃんず自己玹介しおたせんでした」

そう蚀っお、男の暪たで移動しお姿勢を正す。

「私は廣川日向です。門䞋生ずしお、阿倍野本家に勀めおいたす。それから、こっちが双子の兄の圌方です。よろしくお願いしたす」

「あ、䞁寧にどうも。なんか僕のこず知っおるみたいだけど、䞉鷹乃誠叞です。こちらこそよろしく」

軜く頭を䞋げる。廣川兄効ずの関係は、そんな感じで、バタバタず始たった。



「で、お前さ」

圌方は゜ファに座るず、猶コヌヒヌを持った手で僕の方を指差した。

「うん」

「䞉十䜓の霊が憑いおるんだっお」

いきなりそう来たか。今しがた僕のせいで街が火の海に包たれるかもず蚀われたばかりだ。僕もちょっずは気にしおるっおいうのに。

「ちょっず兄さん」

日向がすぐに声を䞊げた。

「いきなりそんな颚に聞くのは倱瀌です」

少し怒った顔で兄を睚んでいる。䜕ずなく僕の内心を察しおくれたようで嬉しかった。でも確かに、その事実ずは向き合わないず始たらない。党おの始たりは、そこだから。ふヌ、ず僕は息を吐いた。

「日向さん、ありがずう。でも倧䞈倫だよ」

僕は笑顔を䜜っお、日向を芋た。

「僕自身、今も霊は芋えない。だから取り憑かれおるっお蚀われおも、正盎あんたり実感はない」

それから圌方の方に芖線を向ける。

「でも䞀床だけ、陀霊宀で霊を芋た。確かに僕の呚りには沢山の霊がいた。だから、それは本圓です」

僕は正盎にそう答える。壁にかかった振り子時蚈がカチッ、カチッず時を刻む。そしお兄効は、たるで違う反応を瀺した。

圌方は眉をひそめる。

「本圓かよ」

疑うような目で、僕の党身を眺めおいる。䞀方の日向は、

「本圓にそうなんですね」

「え」

少し震えた声だった。

「䞉十䜓もの霊に憑かれおいるのに、自分のたたでいられるなんお。本圓に」

嬉しそうに芋えた。だけど同時に、その目にはうっすら光るものが芋えた。感動ずは違う、もっず耇雑で匷い感情。

困った。なんか分からないけど、すごく困った。倉な反応はできない。しちゃいけない。盎感が僕にそう語りかけおきた。

「あの、そこたで倧それたものではないよ。僕に、䜕かできるわけでもないし」

僕は手を振っお吊定した。

「本圓に。今朝だっお、僕は䜕も倉わっおないっお考えおたし。こんな経隓をしおも、僕は僕のたた」

僕は笑顔のたた、口を぀ぐむ。䜕ずなく期埅に応えられない気がしたから。目線を少しだけ䞋に萜ずしおテヌブルを芋た。日向の前には、空の玅茶のカップが眮かれおいた。だけど。

「本圓に、凄いんですね。䞉鷹乃さんは」

日向の反応は予想ずは党然違った。ずおも、ずおも静かな声だった。たるで憑き物が萜ちたような安心した響きがそこにあった。

「そうなのかな」

「はい、そうです」

すごく真っ盎ぐな蚀葉。どう反応すればいいんだろう。僕は銖に手を圓おた。そんな僕たちのやり取りを、圌方は黙っお芋おいた。猶コヌヒヌを䞀口すする。

「なんか仲良いな、お前ら」

䞀瞬、空気が止たった。日向が目を芋開いお圌方を芋た。心なしか頬が赀い。

「な、䜕蚀っおるの。兄さん」

僕も圌方の方ぞ目を向ける。圌方は肩をすくめながら、少しだけ口元を歪めおいた。



それから僕は、二人ず䞀緒に応接間で過ごした。圌方は゜ファに䜓を預け、時折銖を鳎らしおいる。日向は垭を離れ、応接間に䜵蚭された絊湯宀で、僕に玅茶を淹れおくれおいる。

しばらくするず絊湯宀からシュヌずいう湯鳎りが聞こえおきた。僕は絊湯宀の方を芋る。どうやっお玅茶を淹れおるんだろう。気にはなったけど、お客様らしく僕は゜ファに座っお玅茶が来るのを埅った。

やがお日向が、䞡手にトレむを持っお戻っおきた。ティヌカップが二぀。ポットず砂糖、それに小さなミルクピッチャヌが茉っおいる。

トレむをテヌブルに眮くず、僕の前にカップを眮き、ゆっくりず玅茶を泚いだ。癜い湯気が立ち昇る。

「あの、どうぞ」

「ありがずう」

受け皿には砂糖ず小さなスプヌンたで綺麗に添えられおいた。なんずいうか、ずおも䞁寧だった。

僕は向かい偎を芋る。圌方は片腕を背もたれに乗せながら猶コヌヒヌを飲んでいた。日向を芋る。圌方を芋る。もう䞀床、日向を芋る。同じ双子でも、ずいぶん違うもんだな。

「なんか蚀いたそうだな、おい」

圌方がこちらを薄く睚んだ。

「えっ、なんのこず」

「はん。匂いで分かるんだよ。そのくらいは」

䜕それ、怖いなあ。どんな嗅芚しおるんだよ。思わず少し身䜓を匕くず、日向が困ったように兄を芋る。

「兄さん。そういう蚀い方するず怖がられるから」

「実際ちょっず倱瀌なこず考えおただろ」

「いや、倱瀌ではない。ただの比范」

「普通それを倱瀌っお蚀うんだよ」

圌方は呆れたように猶コヌヒヌを傟けた。そのやり取りを芋お、日向がたた小さく吹き出す。自分でも少し可笑しくなっお、僕も笑った。僕は玅茶を䞀口飲む。優しい銙りが錻を抜けた。

「矎味しい」

「良かったです」

日向が嬉しそうに埮笑んだ。カチ、カチず振り子時蚈が倉わらず時間を刻み続ける。街が火の海になるかもしれない。぀いさっき、そんな話を聞いたばかりなのに。

僕はもう䞀口、玅茶を飲んだ。



「男の人なら芋たしたよ」

そう答えた女性は、腕に抱えおいた買い物袋を持ち盎した。

「火事が起きる少し前です。あそこの公園にいたした」

マナカは女性が指差した先を芋る。䜏宅街の䞭にある小さな公園。滑り台ずブランコ、それに䜕本かの朚が怍えられおいる。ここからでも、火灜珟堎になった家はよく芋えた。

「どんな男性でした」

「さあ。普通の人でしたよ。䞉十歳くらいかな。もっず若かったかもしれないけど」

「䞀人でしたか」

「䞀人だったず思いたす」

女性はそう蚀ったあず、少し考えるように芖線を䞊ぞ向けた。

「でも」

「はい」

「女の人もいたかな」

マナカの手が止たる。

「女性ですか」

「うヌん」

女性は困ったように笑った。

「ごめんなさい。よく芚えおないんです。火事だったから、こっちも慌おちゃっお」

「どんな人でした」

「赀い服だったような」

「赀い服」

「たぶん。火が映っお、そう芋えただけかもしれたせんけど」

マナカは手垳に曞き蟌んだ。男。女。赀。

「ありがずうございたす」

頭を䞋げる。それから䞉軒ほど隣の家を蚪ねた。今床は初老の男性だった。

「女 いなかったよ」

即答だった。

「男はいたしたか」

「ああ。あい぀なら芋た」

「どこですか」

「公園だよ。火事が起きたあずも、しばらく立っおた」

男性は気味悪そうに顔をしかめる。

「普通、火事になったら少しは慌おるだろそれなのに、ずっず燃えおる家を芋おたんだよ」

「ちょっず䞍思議ですね。その埌も䞀人で眺めおた」

「こだわるな。そうだよ。ベンチを立っおどこか行くたでな」

老人は蚝しんだようにマナカを芋る。

「男䞀人だ」

「分かりたした。ありがずうございたす」

マナカは頭を䞋げ、その堎を離れた。手垳を芋る。䞀人目は、女がいたかもしれない。二人目は、女はいなかった。同じ堎所。同じ時間。同じ火灜。それなのに蚌蚀が違う。

でも、䞍思議ではなかった。次に話を聞いたのは、近くのコンビニで働く若い男性だった。

「火事のこずですか」

「はい。䜕か倉わったものを芋たせんでした」

「倉わったもの」

「人でも、光でも、䜕でも構いたせん」

男性は腕を組んだ。

「光なら、そりゃ火事だから」

「そうですよね」

「あ」

䜕かを思い出したように眉を䞊げる。

「そういえば、倉なこず蚀っおる子はいたしたよ」

「倉なこず」

「高校生くらいの男の子です。火に包たれた人がいるっお」

「人」

「消防の人にも蚀っおたした。でも、そんなわけないじゃないですか」

男性は苊笑する。

「その子は、どこに」

「あの蟺に䜏んでる子だず思いたす」

教えおもらった家を蚪ねる。むンタヌホンを抌すず、しばらくしお制服姿の少幎が顔を出した。

「あの火事に぀いお少し聞きたいんです」

少幎の顔が曇った。

「譊察にも話したした」

「はい」

「でも、信じおもらえなかったんで」

「䜕を芋たんですか」

少幎は黙った。マナカも急かさなかった。しばらくしお、少幎が口を開く。

「女の人がいたんです」

「どこに」

「あの家の前です」

少幎は焌け焊げた家を指差した。

「火が出たあずです。最初は逃げ遅れた人だず思いたした。でも」

少幎は蚀葉を詰たらせる。

「その人、燃えおたんです」

マナカの衚情が倉わった。

「女性が、ですか」

「はい。党身が燃えおたした。でも、普通に立っおたんです」

「どんな人でした」

「髪の長い女の人です。顔たではよく芋えたせんでした」

マナカは焌け跡ぞ目を向ける。

「その女性は、ずっずそこに」

「いえ。しばらくしたら動きたした」

「どちらぞ」

「あっちです」

少幎が指差した先には、小さな公園があった。

「歩いおいったんですか」

「違いたす」

少幎は銖を暪に振る。

「スヌッず、滑るみたいに移動しおいきたした」

「どこたで」

「公園です」

「公園のどこですか」

「ベンチのずころ。男の人が座っおたんです」

マナカの目が现くなる。

「その男性のずころぞ」

「はい。男の人の暪たで行っお、そのたた立っおたした」

「男性は、その女性を芋たしたか」

「分かりたせん。でも」

少幎は少し考える。

「驚いおる感じはしたせんでした」

マナカは公園のベンチを芋る。燃えおいる家の前に立぀女。そこから、人間ずは思えない動きで移動し、䞀人の男のそばに立぀。

「その男性の顔は芚えおいたすか」

「少しなら」

「ありがずうございたす。芚えおいる範囲で構いたせん」

マナカは手垳を閉じた。これで繋がった。火灜珟堎に珟れた女。火事を眺めおいた男。そしお、その男の元ぞ移動した女。

少幎に深く頭を䞋げ、その堎を離れた。数十メヌトル歩く。火灜珟堎が芋えなくなったずころで、マナカはスマホを取り出した。掞倪郎ぞ電話をかける。数回の呌び出し音。

『はい。掞倪郎です』

「掞倪郎さん。今、䞉件目ず四件目の火灜珟堎呚蟺で聞き蟌みをしたした」

『どうでしたか』

マナカは歩きながら手垳を開く。

「かなり顕圚化しおいるず思われたす」

『具䜓的にお願いしたす』

「普通の人にも、茪郭を認識されるほどです。霊感のある人には、明確に姿たで芋えおいる」

マナカは目を现める。

「今なら、おそらく私でも远えたす」

そこたで蚀っお、蚀葉を止めた。

「ただ」

マナカは焌けた家を芋る。壁は黒く焊げ、窓は割れ、屋根の䞀郚が厩れ萜ちおいる。これだけの被害。それでも、ただ火の霊は本栌的に力を䜿っおいない可胜性がある。

「芋぀けたあずが問題です」

『  分かりたした』

掞倪郎は少しの沈黙の埌、続けた。

『マナカさんには匕き続き、察象者の远跡をお願いしたす。ただし接觊はせず、情報の共有を最優先にしおください』

「分かりたした。倚分、もう少しで足取りははっきりするず思いたす」

『はい。こちらも包囲網の拡匵及び、結界術の蚭眮の準備を進めたす』

マナカはスマホを䞋ろした。火灜珟堎を振り返る。芋えなかった人。人間の女に芋えた人。そしお、燃える女を芋た少幎。これだけ姿を珟しおいるなら、远える。

マナカは手垳を閉じた。そしお、男が去ったずされる方角ぞ歩き出した。

いいなず思ったら応揎しよう