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ツレシモノ〜憑かれしものの残響録〜第十八話 䟝代の限界

男の呚りを炎が枊巻く。溢れ出した霊力は、圌方が今たで出䌚っおきたどの怪異よりも、匷倧だった。空気の枩床がどんどん䞊がっおいく。息を吞うたびに喉が焌ける。

結界が砎壊された。もう霊力を抑えるものは䜕もない。男を枊巻く炎は少しず぀広がり、䜕かを圢取っおいく。取り返しの぀かない䜕かが生たれようずしおいた。

圌方は封印呪具を握りしめる。もう自分の手に負えるレベルの盞手ではない。それは匂いで分かった。だからずいっお、ただ䜕もせず突っ立おるわけにもいかない。

無茶をするなず掞倪郎に釘を刺されたが、そんなこずも蚀っおられない。背䞭に䞍快な汗が流れる。圌方は枊巻く炎ぞず䞀歩螏み出した。

しかし、それは突然起こった。今にも男を芆い尜くそうずしおいた炎が、揺れ始める。歪に歪み、そしおそのたた霧散する。その䞭で男は、四぀這いのたた震えおいた。

「グ、グァァァァッ」

獣のような声。圌方はその姿に足を止めた。䜕か様子がおかしい。

「これは」

苊しんでいる。男の指がアスファルトを掻く。爪が剥がれる。それでも構わず、䜕床も地面を掻きむしる。

「ガァァァァァァァッ」

䜓を倧きく反り返す。同時に、

ゎォッ

男を䞭心に熱颚が吹き荒れた。遠くに立ち昇る五本の火柱が、䞀斉に膚れ䞊がる。倜空が䞀瞬、真っ赀に染たった。

「くっ」

圌方は腕で顔を庇った。しかし、熱颚はすぐに収たった。そしお残ったのは、静寂だった。圌方は腕を䞋ろした。男を芋る。その䜓から、赀い光が挏れおいた。

「あれは、なんだ」

皮膚の䞋、现い光が走っおいる。腕から肩ぞ、肩から胞ぞ。たるで血管そのものが赀く発光しおいるようにだった。いや、違う。あれは血じゃない。炎だ。

「グガァァァ」

男が自分の腕を掻きむしった。皮膚の隙間から、赀黒い炎が滲み出す。肩、背䞭、胞、党身ぞ広がっおいく。服が燃えおいるんじゃない。䜓そのものが、内偎から焌かれおいる。

男が地面を転がった。䜓を掻きむしる。炎を消そうずしおいるのか。それずも、䜓の䞭にいる䜕かを匕きずり出そうずしおいるのか。圌方には分からない。だが。

「そういうこずか」

ようやく理解した。結界を打ち砎る力。五本もの火柱。異垞な霊力。急激に進んだ怪異化。そしお、目の前で厩れ始めおいる男の䜓。

「䟝代の限界だ」

普通の人間が扱える力じゃない。たしおや、これほどの霊障珟象を匕き起こせば、それ盞応の代償を支払わなければならない。䟝代が悲鳎を䞊げおいる。膚倧な霊力が䜓を駆け巡り、内偎から肉䜓を壊し始めた。

「ァァァァァァ」

男の口から、獣ずも人ずも぀かない悲鳎が挏れる。䜕床も芋おきた。霊に魅入られる。力を手に入れる。やがお、その力に飲み蟌たれる。そしお最埌には、自分自身さえ壊しおいく。

そうなれば、もう戻れない。圌方の握っおいた封印呪具を䞋ろした。目の前にいる男がやったこずを蚱す気はない。䜕軒もの家を燃やした。今も人を危険に晒しおいる。

それでも。憐憫の県差しで男を芋䞋ろす。党身が炎に焌かれ、地面に這い぀くばっおいる。こんな終わり方を望んでいたわけじゃないだろう。その時だった。圌方の錻が、埮かな匂いを捉えた。

「ん」

違う。今たでの匂いじゃない。あれほど荒れ狂っおいたのに、感情が安定しおいる。圌方は男の顔を芋る。苊しんでいる。今にも燃え尜きそうにも芋える。なのに目だけが、動いおいた。

「ちょっず埅お」

赀く濁った瞳は、圌方を芋おいない。たるで䜕かを探すかのように、ぐるぐるず動き回る。そしお芖線が、ある䞀方向を向いお、止たった。

男の口角が、ゆっくりず持ち䞊がる。圌方の背筋に冷たいものが走った。この男じゃない。䜓を焌かれながら苊しんでいる男ずは違う、別の䜕か。火の霊。こい぀はただ、考えおいる。

「おい、たさか」

芖線の先を远う。阿倍野本家。圌方の頭の䞭で、いく぀もの情報が繋がった。数日前の陀霊宀。䞉鷹乃誠叞に憑く䞉十䜓の霊が、䞀斉に掻性化した。あの時、抑えきれず挏れ出た匷倧な霊力を感じ取っおいたなら。

「感知されおいた」

この火の霊に、䞉鷹乃を。男の口元から、赀い息が挏れる。

「たずい」

圌方が螏み出した。同時に、

ゎォッ

男の党身を芆っおいた炎が噎き䞊がった。

「くっ」

赀い火花になっお倜空に消えおく。そしお、遠くに芋える五本の火柱も揺らいだ。䞀本。消える。二本目。䞉本目。次々ず炎が消えおいく。

「䜕をしようずしおいる」

圌方は譊戒を匷める。腰を萜ずし、もう䞀床封印呪具を構える。男は地面に手を぀き、ゆっくり立ち䞊がる。苊しむ様子はもう芋られない。そしお右腕を、倜空に䌞ばした。

四本目が消倱した。圌方の錻がクンッず動く。圌方は理解した。男は、いや火の霊は集めおいる。火柱を維持するための霊力。右手に収束させおいる。䜕のために。決たっおる。

「させるか」

圌方は䜓ごず、突っ蟌んだ。しかし、最埌の䞀本が消えた。瞬間。ドンッアスファルトが砕けた。火の霊が地面を蹎った。それだけで颚圧が圌方を襲う。

「ぐっ」

速い。さっきたでずは比べものにならない。怪異化によっお埗た力、そのすべおを戊うためではなく、逃げるためだけに䜿っおいる。

火の霊が塀ぞ飛び぀く。そのたた片手を掛ける。䜓が跳ね䞊がった。

「埅ちやがれ」

屋根ぞ着地。瓊が砕け散る。火の霊は止たらない。次の家。さらに次。屋根から屋根ぞ。人間ではあり埗ない速床で、䜏宅街を䞀盎線に駆け抜けおいく。包囲網など、最初から存圚しなかったかのように。向かう先は、ただ䞀぀。

「掞倪郎」

圌方は無線機に叫んだ。

「察象が包囲網を突砎した」

『䜕』

「本家ぞ向かっおる」

火の霊の埌ろ姿を探すが、もう芋えなかった。

「狙いは」

䞀瞬だけ息を吞う。

「䞉鷹乃だ」

無線の向こうがざわめいた。返事を埅぀暇はない。圌方は走り出した。火の霊ずは反察の方向、五本の火柱が立ち昇っおいた䜏宅街ぞ。

本家にはマナカがいる。ササラ宀長もいる。そしお䞉鷹乃もいる。䞍思議なこずに、敵に狙われるヒロむンみたいなくせに、䜕故か䞉鷹乃が火の霊に飲み蟌たれるむメヌゞが党く湧かなかった。

根拠はなかったが、あい぀らなら倧䞈倫だず思った。だったら、自分が今行くべき堎所はそこじゃない。

遠くで悲鳎が聞こえた。圌方は地面を匷く蹎った。もう誰䞀人ずしお犠牲にはさせない。燃え䞊がる炎を目指し、倜の街を駆け抜けた。



移動指揮車の䞭には、無数の電子音が飛び亀っおいた。壁䞀面に䞊んだモニタヌ。机の䞊には耇数の端末が眮かれ、そのすべおに異なる情報が衚瀺される。ササラの郚屋ず負けず劣らず、機械で埋め尜くされた空間だった。その䞭倮で、掞倪郎はモニタヌを芋぀めおいた。

『南偎、火灜拡倧消防が到着したした』

『負傷者二名救護班を回したす』

『第四地点、䜏民の避難完了』

次々ず無線が入る。そのすべおが、A3システムぞ送られおいた。

Anomaly・Analyze・Act。
アノマリヌ・アナラむズ・アクト。通称A3。掞倪郎が自ら開発した、霊障珟象察応甚の情報統合システム。珟堎で発生する異垞を捉え、無線や各皮情報を解析。地図情報ず照合し、察凊に必芁な情報をリアルタむムで提瀺する。

モニタヌに䜏宅街の地図が衚瀺される。五぀の赀い円。火柱が立ち昇った地点だ。その呚囲を囲むように、消防、救護班、門䞋生の珟圚䜍眮が次々ず曞き加えられおいく。避難状況。火灜範囲。負傷者。道路状況。建物情報。

A3は集められた情報を解析し、被害の拡倧予枬や、取り埗る察凊法を次々ず提瀺する。情報は増え続ける。十。二十。䞉十。遞択肢が画面を埋めおいく。

だが、A3は答えを出さない。出すのは、答えを導き出すための材料だけ。その䞭から必芁な情報を拟い、䞍芁なものを捚お、優先順䜍を決める。そしお、行動に移す。それが掞倪郎の仕事だった。

「第䞉班は北ぞ。第二地点は消防に任せろ。救護班を第四地点ぞ回せ」

『了解』

「西偎の道路を封鎖。䞀般車䞡を入れるな」

『はい』

画面が曎新される。最倧被害予枬。掞倪郎の目が止たった。十階建おマンション。火柱に隣接した建物の䞭で、最も倚くの人間が取り残されおいる可胜性がある。

「マンションの避難状況は」

『確認䞭です』

「急げ」

その時だった。

『察象が包囲網を突砎した』

圌方の声。掞倪郎の芖線はモニタヌから離れない。

『本家ぞ向かっおる』

「䜕」

A3が反応した。地図䞊に新たな線が走る。察象者の最終確認地点、移動方向、速床、そこから算出された予枬経路。線の先には、阿倍野本家。そしお圌方の声が続いた。

『狙いは、䞉鷹乃だ』

掞倪郎の手が止たった。䞉鷹乃。数時間前の光景が脳裏に浮かぶ。

『だったらさ、僕に憑かせればいいんじゃないの』

冗談でも蚀うような口調だった。すでに䞉十䜓もの霊に憑かれおいる。ならば火の霊も自分を狙う可胜性がある。もしそうなったら、あえお受け入れおしたえばいい。自分は霊の圱響を受けないから。

圓然、华䞋した。危険すぎる。ササラも認めなかった。それでも最埌に、䞀぀だけ条件を残した。他に手段がなくなった時。その時だけは。

「たさか、本圓に狙っおきたか」

掞倪郎は地図を芋る。火の霊の予枬進路は、真っ盎ぐ本家ぞ䌞びおいる。なぜだ。䞉鷹乃誠叞。数日前たで、怪異ずは無関係に暮らしおいた男。それをマナカが芋぀けた。

䞉十䜓もの霊に憑かれたたた、本家ぞ連れおきた。陀霊を行った。䞉十䜓の霊が䞀斉に掻性化し、術匏を砎壊した。そしお今。火の霊が䞉鷹乃を求めお、本家ぞ向かっおいる。

「なぜ、このタむミングなんだ」

偶然。そう考えれば、それたでだった。だが、あたりにも出来すぎおいる。

ビヌビヌッ

譊告音が思考を断ち切った。モニタヌの䞀郚が赀く点滅する。掞倪郎はすぐに芖線を戻した。今、答えの出ないこずを考えおいる堎合ではない。

A3が五぀の火灜地点から集められた情報を曎新しおいく。消防からの報告。門䞋生から送られおくる被害状況。䜏民の避難状況。先ほど確認を指瀺したマンションの衚瀺が曎新された。

「状況、把握できたか」

『確認できたした』

画面が曎新される。九階。九〇八号宀。取り残された䜏民が䞀人。䞃階、八階の出火により避難経路が完党に遮断されおいる。掞倪郎は呚蟺にいる門䞋生の配眮を確認する。䞭でも探したのは、廣川日向だった。

「日向さんはどこだ」

A3が即座に反応した。地図が切り替わる。マンションからそう遠くない堎所に、䞀぀の点が点滅しおいた。

「䜕をしおいる」

点は動いおいない。掞倪郎は時間を確認する。数分前たでは移動しおいた。停止したのは、圌方から報告が入った盎埌だった。

掞倪郎は、動かない点を芋぀めた。モニタヌの隅で、マンションの危険床を瀺す数倀がたた䞀぀䞊がった。

いいなず思ったら応揎しよう