絶滅写真
暑いですね。
この言葉しかでてこないほど暑い日が続きます。
お盆休みは、関東方面に撮影にいってきました。
1日目は、東京国立近代美術館で杉本博司氏の絶滅写真展を見てきました。
30年ぶりに東西線の竹橋駅で下車しました。
若い頃に仕事で竹橋に通ってましたが、その頃とあまり変わっていない感じです。
パレスサイドビルでお昼を食べようと思っていたのですが、レストラン街は閉店...
日曜日ということをすっかり忘れてました。
会社が休みの日はレストラン街も休みなんですよ。
30年前と同じです。
溶けるよう日差しを浴びながら東京国立近代美術館に到着。

クソ暑すぎて、皆さんソソクサと中に入ってしまい、こんなところで外観を撮っている人なんていませんでしたw
喫茶店でクールダウンしてから見ようと思いましたが喫茶店が閉ってた。
展示は幾つかのパートに分かれていましたが、最初は汗ふきふきで集中できません。これではイケません。
「ジオラマ」は、違和感ある感じが面白いなぁって鑑賞してたのですが、あれって背景画の前に人形が並んでいるところを撮影した作品だと、後になって知りました。
絵なのか実物なのかよく変わらない違和感があったのはそういうことなんですね。
背景画の植生(針葉樹)と手前側の植生(広葉樹)となってたり、背景画との微妙なミスマッチも、AIが生成した「あの違和感」みたいで面白かったです。
大判で撮影していた(?)と思われますが銀塩のクオリティの高さを思い知らされました。
ライティング技術、撮影技術、現像・プリント技術の高度な集大成で、とてもマネできません(キッパリ!)
でも、(広く認められた作品でしょうが)私は気持ち悪いと感じました。
それが芸術だと言われればそれまでですが・・・
「劇場」は、映画一本分をすべて1枚に収め、真っ白なスクリーンと、周囲の壁や席がスクリーンの光で浮かび上がる感じは、とても好きです!
長々露光のために露出計算したのでしょうが、明るめの映画もあれば暗めの映画もあるので、いったい何枚失敗したのか知りたい。
失敗を積み上げた1枚って素晴らしいって思います。
廃劇場の作品を見ると、栄華を誇っていた時代からブームが去るまでの長い時間の経過を感じられます。
絶妙なピンボケの建築写真や、本人かと思うほどの蝋人形の写真(蝋人形も写真もどちらも素晴らしい)、プリズムで分光した3色をポラロイドで撮ってさらに撮影した写真(分光は理科の実験でやったなぁ。懐かしい)、生地の質感まで写し撮られた鳥肌ものの衣服の写真、稲妻の枝分かれの数を思わず数えてしまった放電場など唸る作品も多数ありました。
海景は、夜明け前の海の姿が撮られていて親近感の湧く作品でした。
同じ場所で撮影されているのかと思いきや、世界各地で撮られてものなんですね。
ここで、ほっと一息。
カメラを取り出して撮ってみました(ベンチに座ったままです。疲れた。)


シャッター付眼鏡。
これを掛けるとCAMERA MAN! www
まばたきするように撮影できそう。
ネットでNDフィルターの眼鏡が売ってますが見た目が似てます。
(ネットの眼鏡は、これをパクったのかな)
ND付眼鏡は暗い人生を送れそう草

各作品の傍には説明書きがあり、俳句的なダジャレが書かれており、それを鑑賞するのも面白かったです。
「スギモトノート」の展示を見て気付きました。
作品を作る前にイメージ(コンセプト)を検討をし、撮影パラメータの記録?計画?をメモしてあり、計算して作り込まれたようです。作品を作る手段として写真を使っているだけだと。
なので、写真展として鑑賞してはいけません。芸術作品として鑑賞すると、もっと楽しめます。(予習してこなかったことが悔やまれます)
絶滅写真展は「時間」というキーワードがあります。
時間の捉え方には幾つものバリエーションと奥深さがあることに気付かされました。
稲妻のような瞬間から、映画一本分(約2時間)を一枚の写真に収める。
朽ちて廃墟になるまでの何十年という歳月を複数の写真で表現する。
中学生の時、写真部の先輩から「写真は時間を撮ること」と言われ、それ以来、頭のどこかで時間の経過(中今)を気にして撮ってます。
絶滅写真展はとても勉強になりました。
銀塩写真が絶滅するのは時間の問題でしょうが、それまでは銀塩写真を撮り続けたいと思います。

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