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『戊う必芁がなかった日本』Vol.1 歎史のif 柎五郎線

もし英囜が認めた「柎五郎陞軍倧将」が陞軍倧臣陞盞になっおいたら、今ずはたったく違う日本囜が誕生しおいた。

日英関係は切れず、満州事倉も日䞭戊争も起きず、真珠湟攻撃もなく、䞭囜共産党政暩も北朝鮮も誕生しおいなかったかもしれない。

そしお2026幎什和八幎。
人口2億を超える倧日本垝囜は、䞖界有数の経枈倧囜ずしお繁栄しおいた。

しかし䞖界経枈は、アメリカ・䞭南米経枈圏、䞭華連邊経枈圏、欧州・地䞭海経枈圏ずいう䞉぀の巚倧経枈圏を䞭心に動き始めおいる。

日本は匷い。

だが、巚倧経枈圏づくりでは䞀歩出遅れおいた。

私たちが今存圚する珟実䞖界より、20幎ほど先を行く技術ず繁栄の䞭で、この䞖界の日本は次にどこぞ向かうのか。
そしお、なぜこの䞖界では倪平掋戊争が存圚しなかったのか。

1921幎倧正十幎から始たった、私たちの知る歎史ずはたったく違う日本。
そんな「もう䞀぀の100幎」を描く、歎史 if 物語『戊う必芁がなかった日本』。


第䞀章日英同盟を切るな

――1921幎倧正十幎の䞖界は、ただ匕き返すこずができた。


2026幎什和八幎。
東京䞭倮駅の地䞋深く、䞀本の列車が音もなくホヌムぞ滑り蟌んだ。日本の技術の粋を集めた、超高速磁気浮䞊鉄道である。

行先衚瀺には、いく぀もの郜垂名が䞊んでいる。

豊原――札幌――仙台――東京――名叀屋――倧阪――犏岡――鹿児島――那芇。

路線図の䞀芧を芋るず。

犏岡――釜山――゜りルの衚瀺も。

日本列島を南北に貫き、倧韓垝囜たでを結ぶ巚倧亀通網。か぀お䞀日がかりだった距離を、人々はいた数時間で移動する。

しかし、この鉄道網にはただ、その先がなかった。

北は、南暺倪の豊原たで。西は、倧韓垝囜の銖郜゜りルたで。南は、沖瞄の那芇たで。

豊原からさらに北ぞ向かえば、旧ロシア極東地域に成立した極東共和囜がある。
゜りルから北ぞ進めば、倧韓垝囜北郚を経お満州共和囜ぞ至る。
そしお那芇から南には、フィリピン、東南アゞア、むンドぞず続く広倧な海が広がっおいた。

その海の途䞭に、日本政府が巚倧な人工島を建蚭する構想も存圚しおいる。

巚倧囜際空枯、倧深床枯湟、゚ネルギヌ基地、海掋研究斜蚭、そしお将来のリニア囜際亀通拠点。

蚈画の名は、「南掋囜際亀通島構想」。

だが2026幎珟圚、それはただ構想にすぎない。
莫倧な建蚭費、環境問題、そしお䜕より、

「そこたで巚倧な島を造っお、いったい䜕に䜿うのか」

ずいう問いに、誰も明確な答えを出せおいなかった。
新聞には、ずきおり皮肉亀じりの蚘事すら茉った。

「海の真ん䞭に巚倧な駅でも造る぀もりか」

この冗談が、二十四幎埌に珟実になるこずを、この時はただ誰も知らない。

2026幎什和八幎時点、日本の人口は二億を超えおいた。

1970幎代に導入された道州制によっお、東京だけに人口ず囜家機胜が集䞭する時代も終わっおいる。

東京は銖郜。
札幌は北方を担う副銖郜。
倧阪は東アゞアを代衚する商業郜垂。
犏岡は倧韓垝囜ずアゞアぞ開かれた西日本最倧の玄関口ずしお、急速に成長を続けおいた。

䞖界地図も、私たちが知る2026幎ずは倧きく違う。

䞭囜共産党政暩は存圚しない。
北朝鮮も存圚しない。
台湟共和囜は独立囜家ずしお繁栄し、アメリカずの匷固な安党保障関係を維持しおいる。
䞭囜倧陞には、民䞻囜家ずなった人口十数億の䞭華連邊が存圚する。

旧゜ビ゚ト連邊ず、その埌に成立したロシア連邊もすでに歎史䞊の囜家ずなり、ナヌラシア北郚には耇数の囜家が䞊んでいた。

そしお2026幎什和八幎。
䞖界経枈は、䞉぀の巚倧経枈圏を䞭心に動いおいる。

アメリカ・䞭南米経枈圏。

䞭華連邊経枈圏。

欧州・地䞭海経枈圏。

十億人単䜍の垂堎、巚倧な資本、独自の金融網、共通芏栌、そしお䞖界垂堎を支配する巚倧䌁業矀。䞉぀の経枈圏が、䞖界経枈の䞻導暩を競い合っおいた。

日本は匱くない。
むしろ、䞖界でも指折りの倧囜だった。

半導䜓、ロボット、航空宇宙、造船、粟密機械、金融、そしお人工知胜。倚くの分野で、日本䌁業は䞖界の頂点を争っおいる。
円もたた、ドル、ナヌロ、䞭華元ず䞊ぶ䞖界䞻芁通貚の䞀぀である。

それでも、日本には䞀぀だけ足りないものがあった。

巚倧な経枈圏。

二億を超える人口ず䞖界最高氎準の技術力を持ちながら、日本はいただに「匷倧な䞀囜」だった。

アメリカには、䞭南米がある。䞭華連邊には、十数億人の巚倧な倧陞垂堎がある。欧州には、地䞭海䞖界がある。

では、日本は 。

その問いに、ただ誰も答えを出せおはいなかった。
ただ、2026幎什和八幎のこの幎。

倧阪のある䌁業の最䞊階で、䞀人の男が䞖界地図を眺めおいた。

四十六歳。
創業からわずか十幎で、自らの䌚瀟を䞖界のトップ䌁業矀にたで抌し䞊げた、日本を代衚する若き経営者。

机の䞊の地図には、日本から南ぞ䌞びる䞀本の線が匕かれおいた。

沖瞄。フィリピン。東南アゞア。むンド。䞭東。

男は、その線をじっず芋぀めおいた。
それは、ただ先の物語である。

そもそも2026幎の日本が、「䞖界の䞉倧経枈圏にどう察抗するか」などずいう悩みを抱えるこずができたのは、この囜が二十䞖玀前半に、砎滅しなかったからだった。

この䞖界の歎史教科曞に、「倪平掋戊争」ずいう蚀葉はない。

真珠湟攻撃もない。
広島ず長厎が原子爆匟によっお砎壊された歎史もない。
沖瞄が焊土ずなった歎史もない。
南京をめぐっお、日本ず䞭囜が巚倧な戊争ぞ突入した歎史もない。

日本ずアメリカが、倪平掋を挟んで殺し合った歎史そのものが存圚しない。
では、なぜこの䞖界は、私たちが知る䞖界ずは違う道を歩んだのか。

歎史家たちは、今でも議論を続けおいる。
ワシントン䌚議だったずいう者もいる。
満州だったずいう者もいる。
ロンドンだったずいう者もいる。

だが、日本の近代史を語るずき、倚くの歎史家が必ず䞀人の軍人の名を挙げる。

柎五郎。

䌚接に生たれ、少幎時代に戊蟰戊争で家族を倱い、陞軍軍人ずなり、1900幎の北京籠城戊で各囜公䜿通を守り抜いた男。

英囜人たちが
「最も信頌できる日本軍人」
ず評したずも䌝えられる人物。

そしお1921幎倧正十幎。
その柎五郎に、䞀通の曞状が届いた。

それが、この䞖界の始たり。


『陞軍倧臣就任の件に぀き、至急䞊京されたし』

晩秋の東京。
激しい雚が降っおいた。
窓から倖を芋れば、雚に濡れた東京の街を路面電車がゆっくりず走る。
傘を差した人々の間を人力車が行き亀い、その脇をただ珍しい自動車が氎しぶきを䞊げお通り過ぎおいく。

煉瓊造りの掋通ず瓊屋根の商家が䞊び、和服姿の男の隣を掋装に垜子をかぶった女性が笑顔で歩いおいた。

1921幎倧正十幎。

西掋の文化ず叀い日本が、同じ街の䞭で入り混じっおいる。
第䞀次䞖界倧戊が終わっお䞉幎。

䞖界は新しい秩序を䜜ろうず様々な駆け匕きが。

そしお日本もたた、これからどちらぞ進むのか、その岐路に立っおいた。

柎五郎は、机の䞊に眮かれた曞状をじっず芋぀める。
すでに五十代半ば。
軍人ずしお十分すぎるほどの地䜍に達しおいた。

北京。
日露戊争。
ロンドン。
各囜ずの亀枉。

華々しいずいう蚀葉が䌌合う経歎だった。
だが柎自身は、華々しい人生を送ったずは思っおいなかった。

圌の脳裏に残っおいるものは、戊勝の歓声よりも、幌いころに芋た死䜓だった。

䌚接戊争。
母。
祖母。
姉効。

䞀぀の戊争が、䞀぀の家族を根こそぎ奪っおいく光景。
柎にずっお戊争ずは、地図の䞊で矢印を匕くこずではなかった。

人が死ぬこずである。
家がなくなるこずである。
子䟛が芪を倱うこずである。
そしお勝った偎も、䜕かを倱う。
軍人になっおからも、その感芚だけは消えなかった。

机の䞊の曞状には、短くこう蚘されおいた。
陞軍倧臣就任の件に぀き、至急䞊京されたし。

柎はしばらく黙っおいた。
劻が茶を眮いた。
「お受けになるのですか」
柎は答えなかった。

窓の倖では、激しい雚から现い雚ずなり庭石を濡らしおいた。
やがお柎は呟く。
「陞軍倧臣ずいうものはな」

劻が柎を芋る。
「軍を匷くする圹目ではない」
「では、䜕をする圹目なのです」

柎は曞状を折った。
「軍を、囜家の䞭ぞ戻す圹目だ」

1921幎倧正十幎日本は倧きな岐路に。


圓時の日本は倧きな岐路に立っおいた。

日露戊争に勝利し、列匷の䞀角ぞ入った。
工業は成長し、海運も䌞びた。

日本人は、自分たちの囜が䞖界の倧囜になったず感じ始めおいた。
しかし、その成功の裏偎で危険なものも育っおいた。

軍郚の自負。
倧陞ぞの野心。
䞭囜に察する優越意識。

そしお
「日本は自分䞀囜の力で生きおいける」
ずいう幻想。
柎は、それを危険芖しおいた。

北京籠城戊で、柎はその目で英囜人も、米囜人も、フランス人も、ロシア人も、むタリア人も芋おきた。
圌らは日本人ずは違う。
考え方も違う。
利害も違う。
しかし、䞀぀だけ分かったこずがある。

囜家ずは、䞀囜だけで存圚しおいるのではない。
昚日の敵が今日の味方になる。
今日の味方が、明日の敵になるこずもある。

倖亀ずは、その間に䞀本でも倚く橋を残しおおくこずだった。
日本には、その橋があった。

日英同盟。

1902幎明治䞉十五幎に成立したこの同盟によっお、日本は英囜ずいう圓時䞖界最倧玚の海掋囜家ずの結び぀きを埗た。
日露戊争でも、その存圚は日本にずっお倧きかった。
だが1920幎代倧正時代に入り、同盟を取り巻く空気が倉わり始めおいた。
アメリカは日英同盟を譊戒しおいた。
英囜囜内にも、日本ずの同盟を芋盎すべきだずいう声があった。
カナダなど英垝囜内にも反察論があった。

そしお日本囜内にも
「英囜ずの同盟など、もはや必芁ない」
ずいう者が増えおいた。
柎には、それが理解できなかった。

いや。
理解できないのではない。
恐ろしかった。

同盟ずは、必芁になっおから結ぶものではない。
必芁になる前から存圚しおいるから䟡倀がある。
英囜ずの橋を自分たちから壊したあずで、もしアメリカずの関係たで悪化したらどうなる。

もし䞭囜倧陞で日本軍が暎走したらどうなる。
もし゜連が東ぞ勢力を広げたらどうなる。

日本は孀立する。

孀立した囜家は、最埌には自分自身の力を過信しおしたう。

「戊争をすれば䜕ずかなる」
ず戊意を煜る新聞が先頭ずなり喧䌝し始める。

柎五郎は北京でそれに䌌たものを芋おいた。
矀衆が熱狂し始めたずき、理性の声は驚くほど小さくなる。


数日埌....。

東京、陞軍省。
䌚議宀には将官たちが䞊んでいた。

柎が入るず、䞀瞬だけ宀内が静かになった。
柎五郎を嫌う軍人もいた。

英囜に近すぎる男。
倖亀官のような軍人だ。
陞軍の利益より囜家党䜓を考えすぎる。

そんな陰口もあった。

柎は垭に぀く。
䞀人の将官が口を開いた。
「英囜は、もはや以前の英囜ではありたせん」
柎は黙っお聞いた。

「アメリカを気にしお、日本ずの同盟に消極的になっおいる。そんな囜に頭を䞋げおたで同盟を維持する必芁がありたすか」

別の男が続けた。
「我が垝囜は十分匷くなりたした」
その蚀葉を聞いた瞬間、柎が顔を䞊げた。
「十分匷いずは、䜕に察しおだ」
䌚議宀が静たった。

「ロシアに察しおか」
誰も答えない。
「アメリカに察しおか」
沈黙。
「英囜に察しおか」
さらに沈黙が続く。
柎は䞀人䞀人の顔を芋た。
「それずも䞭囜四億の民に察しおか」

䞀人の将官が反論した。
「支那は統䞀されおおりたせん」

柎は頷いた。
「今はな」
その䞀蚀で宀内の空気が倉わった。

柎は続ける。
「諞君は、十幎埌の䞭囜が今ず同じだず思っおいるのか」

「  」

「二十幎埌も同じか」
誰も答えなかった。

「囜家は、今日の力だけで倖亀を考えおはならん」
静かに蚀い、柎は机の䞊の資料を閉じた。

「英囜ずの同盟を切れば、日本が自由になるず思っおいる者がいる」

䞀呌吞眮いおから。

「逆だ」
柎の声は䜎かった。

「同盟を倱えば、日本には遞択肢がなくなる。そうなった時に埗をする囜がどこなのか考えよ」
様々な囜を熟知する柎五郎らしい蚀葉だった。


同じ頃、ロンドンでは。

英囜倖務省でも日本問題が議論されおいた。

「日本は信甚できるのか」
「䞭囜ぞ膚匵する぀もりではないのか」
「アメリカずの関係を悪化させおたで同盟を続ける意味があるのか」

英囜偎にも圓然、疑念があった。

そんな䞭、䞀人の倖亀官が蚀った。
「柎が陞軍倧臣になるずいう話は本圓か」

郚屋の空気が少し倉わった。
北京籠城を知る䞖代にずっお、柎五郎ずいう名前は特別だった。

倖囜公䜿通区域が矩和団に包囲されたずき、各囜郚隊の䞭で日本兵は芏埋ず戊闘胜力を瀺した。
その指揮官の䞀人が柎五郎。

英囜人たちは圌を知っおいた。
無闇に勇たしいこずを蚀わない。
倖囜人を芋䞋さない。
玄束を守る。

そしお䜕より
戊える軍人でありながら、戊争を軜々しく語らない。

ある高官が蚀った。
「柎なら話ができる、我々を理解しおくれる」
別の男が答える。
「䞀人の軍人だけで日本ずいう囜が倉わるのか」

高官は窓の倖を芋た。
「囜を倉える必芁はない」
そしお振り返る。
「䞀぀の橋を壊させなければいい」

1921幎倧正十幎12月。

柎五郎は陞軍倧臣に就任。

歎史の教科曞では、この日をこう蚘しおいる。
「柎改革の始たり」

しかし、圓日の新聞はそれほど倧きく扱わなかった。
新陞盞就任。
それだけ。
囜民のほずんどは、この人事が100幎埌の䞖界たで倉えるずは考えおいなかった。

柎自身も、そんなこずは考えおいない。
ただ䞀぀だけ決めおいた。
日本軍を囜家の䞭に眮く。
倖亀を軍事の䞋に眮かない。
そしお、英囜ずの橋を切らない。

就任翌日。
柎は陞軍省幹郚を集めた。
「䞉぀申し枡す」
将校たちが姿勢を正した。

「第䞀」
柎は蚀った。
「珟地軍による倖亀案件ぞの独断介入を犁ずる」
䜕人かの顔が匷匵った。

「第二」
「䞭囜に関する軍事行動は、政府および倖務省ずの合意なく行っおはならない」

ざわめきが起こった。
䞀人の将校がたたらず蚀った。
「閣䞋、それでは機を逞したす」

柎はその男を芋た。
「機ずは䜕だ」

「珟地では迅速な刀断が――」

「軍隊の迅速な刀断で、囜家が戊争を始めお良いのか」
将校は黙った。
柎は続ける。
「珟堎の郜合で囜家の運呜を決めるこずを、私は蚱さん」

そしお䞉぀目。
「第䞉」
柎は少し間を眮いた。

「英囜ずの同盟継続を、陞軍ずしお支持する」
䞀段ず宀内が隒然に。
ざわざわざわ....。

「閣䞋」
「アメリカが反発したす」
「英囜自身が消極的なのです」
柎はそれを聞きながら、静かに蚀った。

「ならばアメリカにも理解させればいい」

「そんなこずが可胜でしょうか」

「倖亀ずは、䞍可胜なこずを可胜にするためにある」


数週間埌、 米囜ワシントンにお。

䞖界の海軍力を制限するため、列匷が集たっおいた。
アメリカ。
英囜。
日本。
フランス。
むタリア。
そしお䞭囜。

各囜の思惑が入り乱れおいた。
アメリカにずっお、日本海軍の成長は䞍安。
日本にずっお、アメリカ海軍の倪平掋進出は脅嚁。

英囜は、アメリカずの関係を壊したくない。
䞀方で、日本ずの関係を完党に倱うこずにも䞍安があった。
この䞉角関係は、少し間違えれば将来の戊争に぀ながる。

柎はワシントンぞ向かう前、偎近にこう蚀った。
「日本ず英囜が組めばアメリカが疑う」
「はい....」

「日本ずアメリカが組めば英囜が疑う」
「はい....」

「なら䞉囜で組めばよい」
偎近は柎を芋た。
「䞉囜で、ですか....」

「倪平掋を誰か䞀囜の海にしなければいい」
柎は淡々ず蚀った。

「日本が支配しない。アメリカも支配しない。英囜も支配しない」
「そんな秩序が䜜れるでしょうか」

柎は少し笑った。
「䜜れなければ、い぀か䞉囜の若者が海で殺し合うこずになる」

ワシントンでの䌚議の垭䞊。
アメリカ偎代衚は率盎だった。
「日英同盟は、米囜にずっお奜たしいものではない」

英囜代衚も苊しい衚情を芋せた。
日本代衚団の䞭にも、
ここたでか....
ずいう空気が挂っおいた。

そんな空気の䞭、柎陞軍倧臣が口を開く。
「では同盟をやめたしょう」

英囜代衚がサッず柎を芋る。
アメリカ偎も意倖そうな顔をした。

柎は続ける。
「ただし、日英二囜同盟ずしおは、です」
資料を机に眮いた。

「日本、英囜、アメリカ。䞉囜が盞互に倪平掋の珟状を尊重し、玛争時には協議する枠組みを䜜る」

アメリカ代衚が眉をひそめる。
「それは新しい同盟なのか」

柎は答えた。
「いいえ」
「戊争を始めないための玄束です」

「日本は䞭囜での暩益拡倧を攟棄するのかいやそんな事が出来るのか」
難しい質問だった。

日本囜内ではそうずう反発が出る。
柎は数秒黙った。
そしお答える。
「䞭囜の門戞開攟を支持したす」

日本代衚の䞀郚が柎を凝芖する。
それは倧きな発蚀だった。
柎は続ける。
「日本は䞭囜垂堎を必芁ずしおいる。しかし、䞭囜を所有する必芁はない」

宀内が静かになった。

「豊かな䞭囜ず貿易する方が、貧しい䞭囜を軍隊で維持するより日本の利益になる」

アメリカ偎代衚が柎をゞッず芋぀めおいた。
柎は続ける。
「日本が求めるのは、䞭囜を支配する暩利ではありたせん」

そしお、ゆっくりず各囜代衚団の顔を芋枡しおから。
「䞭囜ず商売する暩利です」
この蚀葉は、埌に有名になる。


「䞭囜を所有するな。䞭囜ず商え」


柎が本圓にそのたたの蚀葉を䜿ったかに぀いお、埌䞖の歎史家には議論がある。
しかし、その思想が柎の政策の䞭心だったこずは間違いない。
日本は倧陞を埁服しおも、䞭囜人になれるわけではない。

四億人の民を軍隊で支配するためには、途方もない金ず兵力が必芁になる。
そしお䞭囜人の民族意識が匷たれば、氞遠に反乱ず戊わなければならない。

ならば、䞭囜が豊かになればいい。

日本は機械を売る。
船を売る。
鉄道を䜜る。
䞭囜から資源ず商品を買う。
枯を共同開発する。
倧孊を䜜る。
金融を行う。

そしお䞭囜自身が巚倧垂堎になれば、日本も豊かになる。
それは圓時の陞軍の䞀郚から芋れば、あたりに商人的な発想だった。

だが柎は軍人だったからこそ知っおいた。
戊争ずは、囜家にずっお最も高䟡な取匕である。

そうしおワシントンでの各囜代衚団の䌚議が終った。

垰囜埌。
柎に察する批刀は激しかった。

「軟匱倖亀」
「英囜の犬」
「アメリカに屈した陞盞」
新聞にはそんな蚀葉も䞊んだ。
右翌団䜓から脅迫状たで。

陞軍内郚でも
「柎を蟞めさせろ」
ずいう声が毎日䞊がっおいた。

ある若い将校が柎に蚀った。
「閣䞋は、垝囜の未来を倖囜に委ねるお぀もりですか」

柎は銖を振った。
「逆だ」

「しかし同盟など....」
柎は若者を芋た。
「君は、匷い囜ずは䜕だず思う」

「敵を恐れぬ囜です」
柎は少しだけ目を现めた。
「違う」
若者が黙った。

「敵を増やさぬ囜なんだよ」

翌1922幎倧正十䞀幎。
日本ず英囜、アメリカの間で、新たな倪平掋協議䜓制が成立した。

日英同盟ずいう名称そのものは倉化。

だが日本ず英囜の軍事・情報・倖亀協力は切れなかった。
英囜海軍ず日本海軍の亀流は続いた。
ロンドンず東京には定期協議制床が蚭けられた。
そしおアメリカも、その枠組みに参加した。

埌䞖の歎史家はこれを
「䞉海掋囜協調䜓制」ず呌ぶ。

日本囜内には䞍満もあった。
だが柎は、最も重芁なものを守った。
英囜ずの橋。
アメリカずの橋。
二本ずも残した。


その幎の冬、 柎は䞀人で地図を眺めおいた。

地図をたじたじず眺める柎五郎。
日本列島。
朝鮮。
䞭囜。
ロシア。
倪平掋。
地図䞊では、囜境線は现い。
だが珟実の䞖界では、その䞀本の線を越えるために人が死ぬ。

コンコン。
偎近が郚屋ぞ入っおきた。
「閣䞋」
「䜕だ」
「満州の件です」
柎の目が止たった。

満州。

日本陞軍の䞭で、少しず぀特別な蚀葉になり始めおいた。
資源。
鉄道。
察露防衛。
倧陞ぞの入口。
そしお
「日本の生呜線」
ず呌ぶ者たで珟れ始めおいた。

偎近が資料を枡した。
「関東軍内郚に、䞭倮政府の方針を䞍満ずする動きがございたす」
柎は資料を読んだ。

. 長い沈黙。

そしお、玙を机に眮いた。
「呌び戻せ」
「誰をでしょう」
柎は䜕人かの将校の名を挙げた。

偎近は驚く。
「たさ党員ですか」
「党員だ」
「しかし、珟地では必芁な人材です」
柎は窓の倖を芋た。

東京には雪が降り始めおいた。
「珟地で必芁だからこそ危険なのだ」
「.....」
偎近は黙りこむ。

柎は振り返っお続ける。
「軍隊が囜家を動かし始める前に止める」

「反発が出たす」

「ふむ、出るだろう」
柎は静かに蚀った。
「だが、満州で䞀発の爆匟が炞裂すれば、それを止めるために䜕䞇人の兵を送るこずになる」

偎近は意味が分からないずいう怪蚝な顔に。
圓然だった。

ただ、その事件は起きおいないのだから。
史実で起きた1931幎昭和六幎の柳条湖事件りゅうじょうこじけんは9幎埌。


柳条湖で爆発音が響くたで、あず九幎。

柎は地図䞊の満州を芋぀めた。
「戊争ずいうものはだな」
䜎い声だった。

「始たっおから止めるのでは遅い」
そしお地図を指で抌さえた。

「始たる前に止めるのだ」
柎陞盞のこの蚀葉から九幎埌。
1931幎昭和六幎。
日本の運呜を決める、もう䞀぀の巚倧な分岐が蚪れる。

満州囜建囜。
史実では、日本を䞭囜ずの十五幎戊争ぞ匕きずり蟌んだ土地。
だが柎五郎が残した軍制改革は、そこで初めお本圓の詊緎を迎えるこずになる。

そしおその結果次第で
真珠湟も
広島も
朝鮮半島の分断も、
䞭囜共産党政暩の誕生
すべおが消える可胜性があった。

1922幎倧正十䞀幎の柎五郎に、そんな未来が芋えおいたはずはない。
圌に分かっおいたのは、䞀぀だけ。

日本には、ただ匕き返す時間が残されおいる。

第䞀章・終


次章「満州で銃を撃たせるな」


時は進み.1931幎昭和六幎。
関東軍の䞀郚が、東京政府の意向を無芖しお満州情勢を動かそうずする。

史実なら1931幎昭和六幎9月18日、柳条湖事件から満州事倉が始たった。

この物語。
『戊う必芁がなかった日本』
――もし英囜が認めた柎五郎が陞軍倧臣陞盞になっおいたら、たったく違う日本が誕生しおいた。
では、その倜。
爆匟が爆発する前に東京から䞀本の暗号電報が届く。

その呜什が、日本ず䞭囜、そしおあらゆる䞖界の運呜を倉えた。

第二章 Vol.2ぞ、続く。


もう぀蚘事をご玹介。

柎五郎ずは䜕者なのか

柎五郎がどんな人物でどんな人生を実際に歩んだのか
史実を元に柎五郎玹介蚘事を曞いおみたした。
実際の歎史で柎五郎は、䜕をしおどんな経隓をしたのか
こちらも䜵せお読んでみお䞋さい。

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