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東京一人旅迷子事件

大学2年生の夏休みのことである。その日私は、一人暮らしのアパートで東京への一人旅を計画していた。なぜそんな計画を立てていたのか、それはひとえに「自分に嫌気が差していたから」であった。周りの人間がインターンや留学、ボランティアへと出かける中、私はと言えば自由な毎日を実にだらだらと過ごしていた。入学当初に抱いていた「Hello, Tom!Discussionディスカッションしな~い?」なんていう憧れや妄想はとうの昔に捨て去っていた。たった3日間を東京で過ごしたところで何かが変わるはずないのだが、当時の私は本気であった。一人で東京へ行けば怠惰な性格も、超安定志向な考え方もすべて直るのだと信じていた。

計画は大枠だけ決めた。1日目は街散策、2日目は長年九州から熱い視線を送っていたジブリ美術館、3日目は昔の建物を見学できるという江戸東京たてもの園。どう考えても普通の旅程だが、あのときの私には行き先があのトウキョウというだけで何もかもが完璧に思えた。

迎えた旅行初日、あいにく天候には恵まれなかったが気分は絶好調だった。8年ぶりに飛行機に乗り、ヒトリであのトウキョウを目指している。私は下戸なのだが、これだけ自分に酔えるようなら酒の飲めない人生で納得である。

飛行機から降り立った私は、まず渋谷へと向かった。理由はもちろん、ハチ公をこの目で見ておきたかったからだ。歩道に佇むハチ公は想像よりも小さかったが、外国人が目の色を変えて行列を成しているのを見ているとすぐに影響された。
「プリーズ テイク ピクチャー」
カタコトな中学生英語に慌ただしい全力ジェスチャーを乗せて、無事ハチ公との2ショットを手に入れたのであった。

宿はよく分からぬまま予約した1980円のホテルだった。入ってびっくり、部屋と呼ばれる空間にあったのはベッドのみ。それまでカプセルホテルなど聞いたことすらなかった私は、ベッドの上でコンビニのお菓子を頬張りながら、「東京ってやっぱりすごいなァ」なんて間抜けな感想を抱いた。

2日目はジブリ美術館へ行った。建物の中へ入ると、無意識のうちに涙が零れていた。子供の頃、幾度となく「遠いから行けるわけないでしょ」と言われていた場所に自分が立っている。二十歳までのあらゆる我慢や努力は、今のこの感動を際立たせるための序章だったのではないかとすら感じた。

ジブリ美術館を出る頃には、慣れない一人旅に対する緊張感が完全にほぐれていた。1日目は「とりあえず入れる店に入っておこう」精神で飲食店を選んでいたが、2日目の夜はそんな妥協はしたくなかった。スマホの充電なんて気にしない。「これが食いてぇ!」と思えるものに出会えるまで、ひたすらネットで検索し続けた。

結果、最終的に選ばれたのはハンバーグ専門店であった。店に着く頃には、観光の疲れもありほとんど体力切れであった。しかし、いざ鉄板の上でパチパチと音を立てるハンバーグが運ばれてくると、疲れなど一瞬で吹き飛んだ。ハンバーグなんて日本全国どこにだってある。しかし、じゅわりと溢れる肉汁を味わっている間、自分はなんて幸せ者なのだろうと思った。


極めて順調な旅だった。「自分を変える」という当初の目的は頭から完全に抜け落ちていたが、アルバイトを調整したりサークル活動を休んでまで来た甲斐は十分にあった。
しかし、ここから事件は起こった。

食事を済ませてスマホを開くと、充電は残り1%であった。ただ、ハンバーグ店からホテルまでは歩いて20分くらい。「お前ならまだ耐えられる」とスマホに発破をかけてGoogleMapを開き、表示された地図を必死で目に焼き付けた。そこから間もなくスマホは完全に息絶えてしまったが、帰れる自信はあった。場所は1日目と同じホテル。自力で帰れないなんてあるはずがない。

私は早速ホテルのある方向へと歩き始めた。道のりは単純。ただひたすら大通りをまっすぐ進み続け、最後の最後で昨日も歩いた狭い路地へと曲がるだけ。ジブリーな夢からまだ醒めていなかった私は、酔ってもいないのにひとり「耳をすませば」のカントリーロードを大声で歌いながら東京の夜道を突き進んだ。

ハンバーグ店を出て30分ほど経った頃だろうか。未だ目的の曲がり角は見つかっていなかった。しかしGoogleMapで20分ということは、歩みののろい私の足では25分ということ。そこに見知らぬ道補正が加わり30分以上かかると思えば、未だ曲がり角が現れないというのはそれほど不思議な話ではなかった。今度は「はりつめた弓の~」ともののけ姫の歌を歌いながら再び歩みを進めた。

しかし、いくら歩き続けてもそれらしき曲がり角は一向に現れない。あと5分歩いて辿り着かなければ引き返そうと決めた私は、5分経つよりも先に交番を見つけた。やはり持つべきものは、確かな方向感覚でもモバイルバッテリーを持ち歩く周到さでもなく、運の良さである。

早速私は交番に入り、警察官に道を尋ねた。警察官は交番の外に出ると、私が歩いてきた道とは異なる通りを指さした。
「あの道を20分くらいまっすぐ行けば着きますよ」
心外である。私が歩いてきた道がそもそも間違っていたということか? しかし警察官の言うことは絶対である。先生と親の言うことは聞かなくてもなんとかなるが、警察官の言うことだけは無視してはならない。私は警察官に頭を下げ、言われた道へと進んだ。

しかしまたもや20分経っても、ホテルには辿り着かない。今度は交番も見当たらない。ハンバーグ屋を出たときよりも、心なしか営業中の店が減り、道が暗くなったような気もする。

足がじんじんと痺れる。よく考えればほとんど半日歩きっぱなしである。このまま帰れなかったら…。歩けば歩くほどホテルから遠ざかっているような気もしてくる。気づけば喉もカラカラで、今にも泣きだしそうだった。

そのとき、ふと目の前に「四谷ゼミナール」という文字が目に入った。建物の中から漏れる光の下で、先生と思しき人が中高生に「気をつけて帰ってね」と手を振っている。もうここに助けを求めるしかないと思った私は、中に入りカウンターで作業していたこれまた先生と思しき人に声をかけた。

私がホテル名を告げると先生は素早くパソコンに入力し、コピー機で印刷された紙を私の前に置いた。

「今いるのがここです」
胸ポケットから取り出された赤ペンがぐるりと地図の一点を囲む。
「そしてあなたが行きたいのがここ。なので、ここをまっすぐ進んでローソンが見えたら……」
現在地から伸びた赤線が順調に目的地へと伸びていく。2つの場所が繋がるころには、すっかり不安が消え去っていた。やはり警察官だけでなく、先生の言うことも絶対である。私は先生から地図を受け取ると、それを頼りに無事ホテルへと辿り着いたのであった。


シャワーを浴びスマホの充電が回復する頃には、自分がなんだかとてつもない大冒険を終えた勇者のような気持ちになっていた。LINEの画面から母親を探し、迷子譚の一部始終を送信した。褒めてもらえると思った。降りかかる困難を乗り越えた娘を誇りに思ってくれるのではないかと思った。しかし返信はこうだった。

「だからモバイルバッテリーを買いなさいと何度も言ったでしょう。人様に迷惑かけて!」

もう一度前言撤回させてほしい。
警察官、先生、親の言うことはどれも皆聞いておいた方が良い。


以上、読んでいただきありがとうございました~!
マイキーさんの「♯エッセイしりとり」という企画で、あさたろさんよりバトンをいただき書かせてもらいました。ありがとうございました!

あさたろさんのエッセイはこちらです。ぜひ読んでみてください!

★企画概要

というわけで、本来なら次の方にバトンを回すべきなのですが、なんと今日が締め切り最終日、、!!

タイトルを考えたり、3000字に収まるように調整したりしていたら、随分長いことバトンを持ちっぱなしになっていました。すみません、、!!
(ちなみにエッセイはちょうど3000文字になりまして、タイトルはしりとりの禁忌「ん」で終わってしまっていますが、8/31投稿分のみ「ん」で終わってもOKらしいです、、!)


主催者のマイキーさん
楽しい企画をありがとうございました。
本企画で初めて知ったnoterさんもたくさんいて、とても良い機会になりました!

そしてあさたろさん
私にバトンを回していただきありがとうございました。
いつも仲良くしてくださりとても感謝しています!
引き続きよろしくお願いします。

最後に読んでくださった方々
本エッセイを読むのに大切なお時間を使っていただき、ありがとうございました。少しでも本エッセイを面白いと思っていただけましたら、他のエッセイもぜひ読んでいただけると嬉しいです!

ありがとうございました!

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