<2026東京国立博物館常設展 初訪問>(2)「特集 明末清初の書画一乱世にみる夢ー」(東洋館)
長文になります。時間の余裕を見てお読みください。
はじめに
今年1月1日に東京国立博物館を訪れ、恒例の長谷川等伯の国宝《松林図屏風》を見に訪れたことはすでに紹介しました。
東京国立博物館の本館を訪れる時は、必ず東洋館4階の中国絵画室を訪れることにしています。実は、この日はいつもの通り所蔵の中国絵画を見る心づもりでしたが、その日は「特集 明末清初の書画一乱世にみる夢ー」と題する特集展の、まさにその初日であることをはじめて知りました。

本特集を企画した学芸員に方々の解説とメッセージを下記に紹介します。
中国の明末清初(17世紀前後)は、漢民族が統治する明(1368~1644)から満洲族による清(1616~1912)へと王朝が交替した激動の時代です。
書画をよくした漢民族の文人たちは、王朝の滅亡に際して、自ら
の立場の選択を迫られました。明と運命をともにして殉じた烈士、清に抵抗する姿勢を貫き、当地で明への忠節を尽くした遺民、海を渡った日本への亡命者、そして汚名を顧みず、清に降伏して明清両朝に仕えた弐臣。彼らは不安定極まりない社会情勢のもと、それぞれの立場で葛藤を抱えて生涯を全うし、ときに胸中の複雑な想いを筆墨に託して、強烈な個性を発揮した書画に昇華させました。
太字は筆者による。
明末から清初にかけて漢民族の文人たちは、厳しい人生の選択を迫られ、それぞれの立場で強烈な個性を持つ書画に昇華させたというのです。
そして、末尾で鑑賞者には次のようなメッセージを送ります。
本特集では、明末清初の個性豊かな書画を、素材·形式と作風、そして作者の立場にも注目しながらご紹介します。乱世に生きた文人たちが、あたかも「夢–願望·空想·迷い·儚さ」をみるかのように、書画に表そうとした多様なイメージをご覧ください。
太字は筆者による。
中国の水墨画の特徴
さて、これまで私の記事をフォローされている方はご存じだと思いますが、「線スケッチ」を描く立場として、東洋絵画、特に中国、朝鮮、日本の水墨画の理解が必須だと考え、ここ数年その実作品を優先的に鑑賞してきました。
一方、昨年は「植物画」にも関心を持ち、シリーズ記事を書いてきましたが、今年に入り、これまで見てきた中国絵画(水墨山水、花鳥画)について私が感じる特徴を書こうとしている時期だったのです(すでに、1月8日付で投稿しました)。
その中で、六点の特徴を述べましたが、特に日本と異なる二点を以下に示します。
4.山水画はからは花鳥画同様「緻密」、「精緻」、「細密」、「ゆるがせにしない」の印象に加え、自然物を描いていても人間が中心で、それも「生活」ではなく「政治性」、「精神性」など、どこか理屈っぽさを感じさせ、抒情性は乏しい。ただし本家中国では忘れられた牧谿の絵は抒情性を感じ例外的である。
6.今回見た作品の画家は、宮廷画家であれ民間画家であれ職業画家であるが、(高級)官僚、進士出身が多い。さらに失脚、亡命、遺民など、政治的原因で野に下った背景を持つ人物も多い。それらがメインで、それに画僧が加わる。
中国の水墨画、特に文人画は、日本が採用しなかった「科挙」により選ばれた高級官僚、すなわち士大夫が余技で描くものを指しますが、必然的に彼らの政治権力へのかかわりや思いが反映されます。
もちろん、日本においても権力闘争の中で翻弄される人々が出てきますが、中国の場合、異民族王朝支配や、前王朝文化を全否定する、日本とは比較にならないほど苛烈な権力闘争の中で生きた文人が描く絵画の性質は、日本とはかなり異なってくるはずです。
その意味で、今回偶然出会った特集のテーマ「乱世の中に生きた中国文人たちの書画展」は、私にとって願ってもないものでした。
「書画」の「書」の鑑賞問題
ただ問題は「書画」という二つの鑑賞対象についての古くて新しい問題です。
「書画同源」という中国の言葉があるように、本来「書」と「画」は切り離せないものなのです(より正確に言えば、「詩書画一致」というように「詩」も入れなければなりません)。
けれど正直に言うと、私の場合、展覧会場では水墨画には詳しく鑑賞の目を向けますが、書が出てくると、よほど気になる書きぶりがなければ、素通りしてしまいます。
少し言い訳すれば、書の作者だけでなく、用意をしてくれた学芸員の方に内心「申し訳ない」という気持ちを抱きながら。
実は「書」については、小学生以来筆を持ったことがなく、もしきちんと「書」を習っていれば「書」の作品をきちんと鑑賞できるのにと、書道を続けられて、書に造詣が深い方々が羨ましくてなりません。
石川九楊氏の「書とはどういう芸術か:筆蝕の美学」との出会いと私の鑑賞法
とは言え、私としては手をこまねいているのも悔しく、それならば鑑賞に長けた人の鑑賞法を学んだらよいのではと、ある書家の本にたどり着いたのです。
それは、石川九楊氏の「書と文字は面白い」(新潮文庫)です。
私は、それまで「書」についてのこれほど面白い読み物には出会っていませんでした。それまで区別もつかなかった「中国書史」と「日本書史」の違いについても理解できたのは、この本のおかげです。
しかし時は流れ、「線スケッチ」を始めて、またまた石川九楊氏の下記の本に鮮烈な衝撃を受けることになります。
詳しくは、下記に書きましたので、お読みいただくとして、注目していただきたいのは、タイトルの中の「筆蝕」の文字が、通常の「筆触」の「触」ではないことです。
すなわち、なぜ私が「線スケッチ」に喜びを覚えるのか、この本が解き明かしてくれたのです。それは、身体性に関することです。
石川氏は、書を書くときに「手にした筆記具の尖端と紙との関係に生じる劇(ドラマ)である。」とまで言っています。まさに私の場合もペン先と水彩紙との関係に生じる劇を感じ取っていたのです。腑に落ちました。
https://note.com/wataei172/n/n0b3e6398bd94
そして、冒頭にのべたように、「水墨画」の鑑賞を進める上で出会った島尾新氏の下記の本にも、大いに共感を覚えました。
その理由は、通常の解説書が、中国の「気」の説明など思想的、観念的な記述が多いのに対し、「筆、墨、紙の画材、磨墨、紙の繊維での墨の動きなど具体的、実証的な話と線の描き方の技法」など、具体的な描き方の意味から導入がされていたからです。
すなわち「身体・五感で見る水墨」だったのです。
それ以来、私の「書」への向き合い方は決まりました。
1)まず、「これは!?」「ビビビ」と感じた作品の前にとどまる。
2)字を読むことはあきらめる。内容は気にしない。
3)次に、筆の跡を追う。作者の筆の動きを身体で感じる。
文字に関しては以上ですが、和歌などの場合、料紙のデザインにも気を付ける
さて、長い前置きになりました。いつもの展覧会ならば、私は「水墨画」の紹介だけで、「書」の紹介はしないのですが、今回の特集は「書画」ですので「書」も同時に紹介いたします(画像は全て筆者撮影です)。
ただし、「書」の場合、タイトルと作者名は載せますが、私の感想は一部を除いて載せません。キャプションに、学芸員が書いた解説文の要約(作者の人生、学芸員の見る書の特徴)を載せるにとどめます。書にご関心のある方は、ご自身でご鑑賞ください。
作品紹介
(1)鄭思肖款《墨竹図鑑》

人生:福州 (福建省)の人。南宋に仕えた。元には仕えずに遺民として生きた。
コメント(わたなべ):横長巻物への墨竹図は初めて見た。描写は写実的でどこまでも厳しい。これが日本人作者、例えば宗達、光悦、光琳ならば、デザイン化、装飾的な描写が必ず顔を出すだろう。この水墨には、装飾のかけらもない。



(2)陳淳《草書七言律詩軸》

人生:長洲(江蘇省蘇州)の文人。詩書画に優れる。
作品解説要約:気勢の激しい豪快な草書。明末の連綿草や狂草の先駆。
(3)陸応陽《行書海上望秦駐諸峰作軸》

人生:江蘇省青浦の人で後に松江(上海市)に移る。
作品解説要約:「海上望秦駐諸峰作」と題する五言律詩を筆力ある行書で記す。
(4)董其昌《行書五言絶句軸》

人生:華亭(上海市松江区)の人。明時代後期の高官、書画壇の領袖として後世に多大な影響。
作品解説要約:王維の五言絶「書事」を流麗な筆致の行書で書写した。宋の米芾の影響が窺える。
コメント(わたなべ):作者は書の素人の私ですら知っている人物。一つ一つの文字が大きく、なぞると作者の心地よい筆運びが伝わってくる。左端の「署名」もカッコイイ。
(5)米万鐘《草書七言絶句軸》

人生:明末の官僚で能書家。宛平(北京市)出身、地方官を歴任。
作品解説要約:書は懐の深いゆるぎない字姿。南の瀟洒な作風と一線を画す。
(6)張瑞図《行草書西園雅集図記軸》

人生:要職を歴任した明末の高官。失脚後は帰郷し、詩書画制作に専念。
作品解説要約:「西園雅集図」に米芾が 題したとされる文章を書写。鋭く険しい筆致で筆力が紙 面に横溢。 堂々たる風格を具える。
コメント(わたなべ):あくまで素人の感想だが、日本人の書が、まるくてぼてっとしているという感じに対し、これぞ中国人の書とわかる、鋭角的できりっとした感じ。
(7)丁雲鵬《倣高克恭夏山欲雨図軸》

作品解説要約:元の画家、高克恭の作風に倣った。丁雲鵬は奇抜な視覚効果を追求した画家。光を乱反射する霞の白さと、淡彩・淡墨のにじみが複雑に交錯する本作にそれがよく表れている。
コメント(わたなべ):湿潤、霧と言えば「牧谿」が思い出されるが、高克恭も同じ時代の画家か。牧谿が日本で人気を博したように、この作品も下半部は日本の里山を描いているようで、日本人好みである。日本に伝わるのもおそらくそのせいであろう。
(8)李士達《竹裡泉声図軸》 重要文化財

解説文要約:李士達は、蘇州の職業画家。奥行表現には、西洋の透視遠近法を導入している。
コメント(わたなべ):イタリア人の清の宮廷画家、郎世寧以前にすでに西洋の透視遠近法が入っていることは知らなかった。どこまで定着したのであろうか。
(9)陳淳《行書厳先生祠堂記巻》

人生:長洲(江蘇省蘇州)の人。文徴明を師と仰ぐ。 詩書画に優れる。
解説文要約:後漢の隠者 、厳光の祠堂についての北宋の范仲淹の文章を行書で書写。
放縦な用筆、 字姿は雄健。
(10)徐渭《花卉雑画図巻》

人生:山陰(浙江省)の人。仕官に挫折し精神を病んで妻を殺し投獄。
解説文要約:本作は釈放後、友人の 訪問を受け、ほろ酔い気分で描き贈ったもの。
自由自在に広がる墨の美しさは、個性の表出を重んじる明末画壇の先駆け。
(11)徐渭《草書詩巻》

人生:山陰(浙江省紹興)の文人。前項参照。
解説文要約:七言古詩を狂草で書いた1巻。墨継ぎ後もすぐに掠れるが、
意に介さず縦横無尽に筆 を走らせ、変化の妙を極める。
(12)莫是龍《草書山居雜賦巻》

人生:同郷の董其昌は兄弟のような間柄。書に優れ、小楷は精緻で行草は 豪放と評される。
本作は「山居雑賦」と題する五言絶句8首を大胆な筆致の草書で 書いた一巻。
(13)董其昌《臨懷素自叙帖巻》

人生:(4)董其昌《行書五言絶句軸》のキャプション参照。
解説文要約:唐の懐素の狂草「自叙帖」を任意に臨書した書巻。「自叙帖」の真跡を見て、懐素の最上作と絶賛、唐時代の狂草の実相がわかると述べる。
コメント(わたなべ):懐素の「自叙帖」は、狂草の手本の中の手本というかすかな記憶がある。この時は真跡がまだ残っていたらしい。さぞかし董其昌は興奮して書いただろうと推測できる。
(14)董其昌《書画合璧冊》

人生:前項を参照。
(15)陳継儒《草書五言律詩扇面》

人生:松江(江蘇省)の人。諸生に補せられ、昆山(江蘇 省)に隠居し、
晩年は松江で著述に専念する。董其昌と親交。
解説文要約:書は宋の蘇軾と米芾の間にあると評される。
(16)盛茂燁《夏山雨中図軸》

解説文要約:奇怪な形の岩塊が湿潤な大気の中にけぶっているような山水表現をよくする 。細か な金箔をちりばめて光を反射する金箋と、光をおさえる墨の対比が美しい作品。
コメント(わたなべ):金(箔、あるいは金箋)の上に墨で描くのは、中国でも日本でも行われるが、基本的に墨のノリが悪く個人的には美しいとは思わない。
(17)王建章《観泉図扇面》

人生:福建出身の画家。頼山陽以来、日本で高く評価され、多くの作品がもたらされた。
解説文要約:右上は天台山(浙江省)の石橋か。高士がくつろ いだ様子で滝の音に耳を傾けている。
(18)黄道周《草書七言律詩軸》

人生:漳浦(福建省 漳州市)の人。倪元璐、王鐸と同年の進士。南明政権で高職に就き、清軍に抵抗 した烈士。
解説文要約:躍動感のある連綿草で屈静根のために七言律詩を書写。
コメント(わたなべ):黄道周の名前はどこかで聞いたことがある。著名な人物なのだろう。この右斜めに傾いた、どこかくせのある文字を目でたどると中毒になりそう。
(19)倪元璐《草書五言律詩軸》

人生:上虞(浙江省 紹興市)の人。黄道周、王鐸と同年の進士。 明朝に殉じた烈士。
解説文要約:黄道周、王鐸と並び明末清初の連綿趣味を代表。秦観「次韻子由題斗野亭」を書写した本作は、筆力旺盛で剛健な筆致。
コメント(わたなべ):剛健というより放縦な感じ。連綿体は、真ん中の列など、こんなに文字列がぐなぐにゃとゆらいでいてもいいものなのか?
(20)倪元璐《草書五言律詩瑞芝咏軸》

人生:前項を参照。
解説文要旨:吉祥の意味もつキノコ、瑞芝(霊芝)を題 材とした自詠詩を揮毫。
絖本に食い入るような筆致で、潤渇の変化に富んだ線。
(21)陳烈《草書七言絶句軸》

人生:明末、崇禎年間(1628~44)に参将を務め、張献忠の反乱に際し節に殉じた烈士。
解説文要旨:月夜の情景を詠う詩を伸びやかな筆致の草書で記 す。
流麗な字姿は、瀟洒な趣を醸 し 、明末の連綿草の優品と言える。
コメント(わたなべ):この作品も、おもわず字をなぞってみたくなる。優品といわれるとなるほどそうだと納得する。
(22)祁豸佳《草書七言絶句軸》

人生:山陰(浙江省 紹興)の人で天啓7年(1627)の挙人。
明朝滅亡後は遺民としての立場を貫き、帰 郷して僧衣をまとい、隠居数十年に及んた。
解説文要約:詩文・書画・篆刻に長じ 、書は董其昌の流れを汲む。
(23)傅 山《草書五言絶句四首四屏》

人生:陽曲(山西省太原)の人。学者の家柄で書院で講学。
明滅亡後は遺民の立場を貫き、官吏に推 挙されても固辞。
解説文要約:豪放な筆致で縦横無尽に筆を走らせ、技巧や外面的な美しさを超えた代表作の一つ。
(24)澹帰今釈《草書七言律詩軸》

人生:明末清初期の官僚、僧侶。明王朝の瓦解の際、
南明政権下で清軍に抵抗し、のちに出家、天然函是に参禅した。
解説文要約:遣興詩一 首を記した本作は、宋の蘇軾、米芾を彷彿させる字姿。
(25)冒襄《行書七言律詩軸》

人生:官僚の家柄に生まれ、侯方域、陳貞慧、方以智と共に明末の四公子と称られた。秘密結社「復社」に加盟して活躍したが、明の滅亡後、郷里に帰り風流文雅な一生を送った。
(24)徐枋《芝蘭幽石図軸》

人生:父は明の亡命政権の南明に仕え殉死した徐开。
父の命により死を思いとどま り、遺民として生涯を送った。
解説文要約:自賛では、南宋遺民の鄭思肖が蘭を描く故事を引用し、
霊芝と蘭が遺民としての立場を 象徴する画題であることを示す。
(25)八大山人《草書七言絶句軸》

人生:明の王族の朱耷は、祖国滅亡後に出家し、のちに道教に転じて生涯抗清の意を貫いた遺民。晩年は八大山人と号して書画に耽った。
解説文要約:筆圧や運筆の速さに変化をつけない簡素な筆致の清雅な作風。
本作はその好例で、澄んだ墨色も見どころ。
コメント(わたなべ):八大山人については素人の私でも名前は知っている。解説文では、誉め言葉が並んでいるが、この作品に関しては、筆先の動きが感じられず、まるで油性マーカーで描いた線描に、何か違和感を感じた。しかし八大山人の書の全貌を見ないと、おそらくきちんとした感想を述べることはできないであろう。
(26)王鐸《行書五律北方俚作詩軸》

人生:明清両朝で礼部尚書などの高職に至った官僚。
能書だが弐臣として批判され、書法も長らく 評価されなかった。
解説文要約:王羲之らの書の臨模を徹底、
実験的な表現を試行して清新な行草書の作風を築いた。
(27)周亮工《行書七言律詩軸》

人生:祥符(河南省開封)の人。明末の進士で清朝に降り、福建按察使などを務めた官僚 (弐臣)。
詩文、書画とその鑑識に優れた。
(28)王了望《行草書五言絶句軸》

人生:甘粛省隴西の人。福建などで県知事を務めた初の官僚。
解説文要約:顔真卿を規範とする行草書をよくした。五言絶句「過鳥鼠山」を書写した本作は、文字の結構を巧みに変化させて上下を連関させる、流暢な行構成の一幅。
(29)笪重光《草書五言律詩軸》

人生:清時代初期の官僚。晩年は郷里で書画に耽り、蘇軾、米 芾を学んだ行草書や小楷に優れる。
解説文要約:連綿草の優品である本作は、字の大小や線の太細、
運筆の緩急など変化を尽くした字姿で雅趣に富む。
(30)黄道周《楷書孝経冊》

人生:崇禎帝の寵愛を受けた楊嗣昌を弾劾して降 格された黄道周は、
更に皇の怒りに触れて投獄 される。
解説文要約:獄中で、120本の『孝経』を楷書で記し、本作は第34本目にあたる。
(31)倪元璐《書画冊》

人生:(20)倪元璐《草書五言律詩瑞芝咏軸》の項参照。上虞(浙江省)の人。明朝に殉死した忠義の士、書家·画家としても有名。
(31)祁豸佳《山水図扇面》

人生:(22)祁豸佳《草書七言絶句軸》の項参照。山陰(浙江省)出身。明の天啓7年(1627)に科挙の郷試に合格するが、明滅亡後は隠遁して詩書画にいそしんだ。
解説文要約:元代の画家、呉鎮を思わせる、湿った重厚な筆墨で、
隠遁生活の象徴の釣り人を描いている。
(32)程正揆《江山臥遊図巻》

人生:孝昌(湖北省)の人。明清両朝に仕える。致仕した後、
南京で文雅の道に専念、遺民を守る文人たちとも交流。
解説文要約:生涯に500本に及ぶ「臥遊図」を描いたと伝えられる。
本図は、マジックペンのよう な小気味よい個性的な筆致が楽しめる。
(33)傅山《行書小楷冊》

人生:(23)傅 山《草書五言絶句四首四屏》の項参照。学者の家柄に生まれ、経書や史書に精通し、医学をもよくした。明王朝が滅 びると道士となり、亡国の 恨みを詩に託して、清王朝に反抗の意思を表明した。康熙17年(1678)、博学鴻詞科に推挙されるが、固辞。
(34)澹帰今釈《行草書尺牘冊》

人生:(24)澹帰今釈《草書七言律詩軸》の項参照。詩文書法に優れて気骨があると評される。
(35)許友《行草書銅陵道中詩冊》

人生:侯官 (福建省)の人。倪元璐に師事して官途を目指すも、
明朝の滅亡と倪の殉節に遭い、遺民の立場を貫いた。
解説文要約:本作は上下の文字を巧みに連関させる用筆と章法が見どころ。
(36)朱舜水《草書千字文巻》

人生:余姚(寧波)の人。明朝の遺民で王朝復興を果たせず日本に亡命した。
日本では、水戸学の形 成など学術、文芸等に影響を及ぼした。
解説文要約:本作は、書き進むにつれて連綿を用いた躍動感のある筆致。
コメント(わたなべ):日本の歴史で学ぶ人物。明朝の遺民であることは忘れがち。
(37)王鐸《草書詩書巻》

人生:孟津 ( 河南省洛陽市) の人。明清両朝に仕えた式臣で、書画に優れた 。
解説文要約:51歳時に懐州(河南省沁陽市) の庁舎で、自詠の七言律詩5篇を記した一巻。
本紙から後隔水尾紙に渡り、自由闊達な筆致。
コメント(わたなべ):素人だが、解説文通り自由闊達さを感じる。文字の紙空間の絶妙な配置。
おわりに
2020年にnoteの記事を書き始めて現在まで公開した記事の数は762ですが、本記事にして初めて中国の書の作品を紹介するとともに、書の素人としてのコメントも記しました。
中国では「王義之」、「欧陽詢」、「顔真卿」、「虞世南」そして日本では「弘法太子」、「小野道風」といった歴史の教科書で名前を知っている程度の私としては、とても記事を書く資格はないと思っていたのですが、冒頭の「はじめに」で、私の「書」に対するこれまでの向き合い方と、今回東京国立博物館・東洋館の中国・書画の特集を紹介するに至った経緯を述べました。
記事を書いてどう思ったか
実際に、記事を書いてみてどうだったのか、以下まとめます。
1.今回紹介した書の作品は、殷から唐代にいたる、中国の書の黎明期、黄金期の著名な作品群ではなく、明から清に王朝が交代する激変期に生きた高級官僚たちの書がメインである。
文章の内容が分からないので、最初は文字を追うだけでも苦痛だったが、解説の作者の人生と作品の書の特徴を丁寧に読んで、あらためて作品の文字姿と運筆を見直してみると、おぼろげながら次に示すことが分かってきた。
2.まず「書体」が素人には分かりやすい「楷書」ではなく、「行書」、「草書」が大半であったこと、そして古来からある「行書」はもちろん、明末に流行した連綿草や狂草(唐代からあるが)の優品、名品であるらしいことが理解できた。おそらく書をたしなむ人々にとっては常識であろうが、特に今回実見できた、倪元璐、黄道周、王鐸といった書家が明末の連綿草の代表作家であることを知ったことは個人的には大きい収穫である。
3.「作品」と作家の人生は必ずしも関連するとは限らないが、今回の作家たちの人生を読むと、それぞれの厳しい場面での決断が偲ばれる。作品がどの時点で書かれたかは分からないし、個人別に性格は異なるので一般化はできないが、日本にはない中国の「士大夫」の共通の覚悟というものが窺える気がする。それが、これまで見てきた中国の水墨画の特徴に出ているのではないか。
4.思えば東洋の掛軸の縦長の紙面は、「詩書画」に対して共通である。美しい連綿草、狂草の文字列を見続けていると、ふと最近まで多量に見ていた歌川広重の縦長花鳥版画の植物の枝や茎、葉、そして花の運筆と空間配置デザインを思い出した。
今後について:「書」をどう見るか
今でこそ西欧文明は、世界を覆いつくしていますが、もとはといえば、ギリシャ・ローマの文明に大きな影響を受けたヨーロッパの国々が、ルネサンスを経て現代につながる独自の政治経済システムや科学・芸術を生み出したことから始まり、近代以降非西欧世界に対しても圧倒的な影響力を及ぼし現在に至っています。
一方東洋においては、ギリシャ・ローマ文明に相当するのが中華文明であり、西欧文明が入ってくる前には、周辺国に対して大きな影響を及ぼしてきました。
ここで、私が問題にしたいのは、西欧諸国が、ギリシャ・ローマの美術、芸術のくびきから逃れることが出来たように、日本の美術は、中華文明のくびきからはたして逃れることができたのか? いいかえれば、日本美術に独自性はあったのかという問題です。
さらに、ものごとを複雑にしているのが、明治以降、日本画と洋画に分かれ西洋の芸術観による絵画も目指すことになり、はたして西洋絵画に対しても現代の日本の絵画が、西洋絵画に伍するだけの独自性を持ちえたのかという問題が加わったことです。
最近書いている『「植物画」とは何か』というシリーズテーマも、実は上に述べた問題意識と繋がっています。すなわち、日本の美術の独自性について、「線スケッチ」の立場から理解していくことに焦点をあてています。
さて「書」です。正直に言えば、「水墨画」については実作品を見て鑑賞することを自ら課したのですが、「書」については、意識的に避けていました。
しかし心のどこかで、「書」を避けては「中国絵画」を語ることはできない、もっと言えば日本の美術の独自性を論じることができないのではと思っていました。
今回の記事を契機に、今後逃げの姿勢は止め、良い作品だと言われる「書」を見続けようと思います。
「書」を理解するには、「書」を書くことが一番良いと思うのですが、習うにはあまりにも年をとり過ぎました。今回の特集と同様、実作品と学芸員の解説を読んで、両者を対比しながら鑑賞していきたいと思います。
(おしまい)
前回の記事は、下記をご覧ください。
