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大河ドラマ『豊臣兄弟!』第35回「秀長誕生」を見る前に

官位の推移で見る、小牧・長久手の戦いの裏側

小牧・長久手の戦いといえば、秀吉と家康が激突し、長久手では家康が勝った戦いとして語られることが多い。

しかしその裏で、もう一つの大きな戦いが始まっていた。

舞台は朝廷である。

天下人目前なのに「無位無官」

小牧・長久手の戦いが始まった頃、羽柴秀吉はすでに天下人に近い実力を持っていた。それなのに、朝廷から正式な位階を受けていなかった。「羽柴筑前守」を名乗ってはいたものの、それは通称・官途名であって、正式な朝廷官位を受けていたわけではない。

この点は信長にも似ている。信長は足利義昭を将軍に擁立したあと、副将軍などの地位を勧められても断ったとされる。

秀吉も、本能寺の変後の1582年に五位少将への推任を受けながら、これを辞退している。

配下には官位を持つ武将もいるのに、秀吉自身は無冠のまま。

ところが、小牧・長久手を境に状況は一変する。

官位で見る6人

おおまかな流れを表にすると、こうなる。

※家康の官位は叙任時期をめぐって史料上の論点があるため、ここでは大きな流れだけを見る。 ※元親の「宮内少輔」は当時用いていた官途名で、朝廷による正式な叙任を示すものではない。 ※月日は和暦(天正年間の旧暦)による。

これが面白い。

小牧・長久手が始まった頃の秀吉は、たしかに大軍を動かせる。しかし官位という物差しで測ると、信雄にも家康にも義昭にも及ばない。差をつけるどころか、むしろ一番下にいる。

足利義昭は、実権を失ったとはいえ征夷大将軍である。

織田信雄は信長の実子。

徳川家康も、すでに天下に名の通った大名だ。

出自も家格も弱いのは、秀吉だけだった。

ここで前田玄以が登場する

この時期、京都・朝廷・寺社との実務を担っていく人物の一人が、前田玄以である。

玄以は1583年ごろから京都の奉行を務め、のちに秀吉政権で京都の市政や朝廷・寺社との交渉を担当するようになる。

秀吉はここから、武力だけでなく官位そのものを政治の道具として使い始める。

少将。

大納言。

内大臣。

そして関白。

わずか9か月あまりで、一気に駆け上がる。

関白になるには、摂関家とのつながりも必要だった。そこで秀吉は近衛家との関係を利用し、藤原氏の系譜に入る。

生まれた家柄が足りないなら、政治で家柄そのものを作ってしまう。

いかにも秀吉らしい。

秀長は「美濃守」のまま四国へ

一方の秀長も面白い。

四国攻めの総大将となった時点で、秀長はまだ従五位下・美濃守。それでいて率いるのは、各地から動員した巨大な軍勢だった。

構図としてはこうなる。

従五位下・美濃守の羽柴秀長が、「宮内少輔」を称する長宗我部元親を攻める。

肩書だけを並べれば、それほど大きな差には見えない。

しかし秀長は朝廷から正式に従五位下・美濃守に叙任された武将であり、元親の宮内少輔は官途名である。

そして何より、その秀長の背後には、まもなく関白となる秀吉がいた。

そして四国平定後、秀長も参議、中納言、大納言へと昇っていく。

「秀長誕生」とは、単に名前が「秀長」になるという話ではない。

天下人・秀吉の弟として、政治家・秀長が生まれていく時期

と見ることもできるのではないか。

取り残された元親

ここで長宗我部元親に目を向けてみる。

元親は四国をほぼ統一するところまで来ていた。戦国大名として見れば、とんでもない成功者である。

ところが元親が四国で戦っている間に、中央ではまったく別のゲームが始まっていた。

秀吉は大納言になり、内大臣になり、ついには関白になる。

信雄も秀吉の秩序に組み込まれていく。

やがて家康も、同じ秩序の中へ入っていく。

秀長も急速に昇進する。

そのなかで元親は、なお「宮内少輔」を称していた。

元親が弱くなったわけではない。秀吉の立っている場所が変わってしまったのである。

小牧・長久手から四国攻めまでの、わずか1年あまりの間に起きたのは、そういうことだったのだと思う。

大河ドラマは、たぶんここを全部は説明しない

大河ドラマは歴史解説番組ではない。初めて見る人でも、その回を見れば何が起きたのか分かるように作らなければならない。

小牧・長久手と並行して、

前田玄以がどう動いたか。

朝廷や近衛家がどう動いたか。

秀吉の官位がどう変わったか。

四国で元親が何をしていたか。

これを全部並べて描いたら、視聴者はついてこられない。

だから、おそらくドラマでは省く。

そして秀吉が関白になったところで、長宗我部元親を登場させる。

それだけで、視聴者には伝わる。

四国を統一しかけた元親の前に現れたのは、もう昔の羽柴秀吉ではない。関白・秀吉なのだ、と。

この権力差を一気に見せるために、あえて元親をそれまで細かく描いてこなかったのではないか。

そう考えると、大河ドラマの作り方もなかなか面白い。

戦場から朝廷へ

小牧・長久手の戦いで、秀吉は家康を戦場で倒せなかった。

しかしその頃から、秀吉は戦う場所そのものを変え始めていた。

戦場から、朝廷へ。

そして一年後、長宗我部元親の前に現れた秀吉は、もう「どこの馬の骨とも分からない羽柴秀吉」ではなかった。

関白である。

ドラマでは描かれないかもしれない、小牧・長久手のもう一つの戦い。それを知ったうえで第35回を見ると、元親の前に立つ秀吉の姿が、少し違って見えてくるはずだ。

DEDラボ 健ちゃん



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