親の小さな変化を、100記事書いてきて思うこと
親と久しぶりに会ったとき、「なんとなく前と違うな」と感じることはありませんか。
歩くのが遅くなった。立ち上がるときに手をつくようになった。外食で以前とは違う席を選ぶようになった。雨の日は外に出なくなった。電話が鳴っても、出るまで少し時間がかかるようになった。
どれも、それだけで大きな問題とは言い切れない変化です。
「年齢のせいかな」「今日は疲れているのかな」と思って、そのままになることもあると思います。
今回で100記事目になります。ここまできて、改めて思うことがあります。
親の変化は「できなくなったこと」だけに出るわけではない
以前は立ったまま履いていた靴を、座って履くようになった。買い物では、以前より短い距離で済ませようとするようになった。外食では、歩く距離が少ない席を選ぶようになった。
こうした変化は、本人が「できなくなった」と言っているわけではありません。今の自分にとって負担が少ない方法を、無意識に選んでいるだけかもしれません。
歩く距離を短くしても、すぐに「歩けなくなった」と考える必要はありません。疲れやすくなったのかもしれない。痛みがあるのかもしれない。転ぶことへの不安があるのかもしれない。一つの変化だけで理由を決めることはできません。
だからこそ、まず見てほしいのは「何ができなくなったか」ではなく「以前と比べて、生活の選び方が変わっていないか」ということです。
小さな変化に気づいても、すぐに何かを変えなくていい
親の変化に気づくと、「何か対策をしなければ」と思うかもしれません。でも、すべての変化に対して、すぐに答えを出す必要はありません。
まず「前はどうだったかな」と振り返ってみてください。そして次に親と会ったとき、もう一度見てみる。同じ変化が続いているのか。別の場面でも起きているのか。本人は困っているのか。
そうやって変化を見ていくことで、何が起きているのかを少しずつ考えられるようになります。最初から正しい理由を当てることが目的ではありません。「前と違う」と気づくことが先です。
私はこの変化をこう見ています
今回の記事で、私が一番伝えたかったのはここです。
親の変化は、転倒や怪我という出来事の前に、生活の選び方として静かに現れます。靴を座って履くようになったこと。短い距離で済ませようとすること。雨の日に出なくなること。そのどれもが、その人の暮らしが少しずつ変わっていることを知らせるサインかもしれません。
その変化に気づいた家族が、何かを変えるかどうかより「見えている」だけでも、親への接し方に変化が出るかもしれません。
まずはこれだけやってください
次に親と会ったとき、「前と違うところがないかな」と一つだけ見てみてください。
歩き方でも、立ち上がり方でも、外出の仕方でも構いません。何か変化を見つけても、すぐに原因を決めなくて大丈夫です。
小さな変化は、それだけでは大きな問題に見えないことがあります。でも早く気づけるほど、次に何を考えるかの選択肢が増えます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。読んでいただける皆様のおかげでここまで続けてこられました。
これからも、親の生活の中にある「なんとなく前と違う」を、一緒に考えられる記事を書いていきます。
よろしくお願いいたします。
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