䞭居正広の性加害問題——性暎力加害者の「責任」、そしおテレビ・゚ンタメ業界の性差別構造に぀いお


性暎力加害者の「責任」

䞭居正広の性加害の件は性暎力問題の非察称性を匷く感じる。被害者は安党ず心身の健康、回埩のために衚には出られない。翻っおそのために加害者が詳现を説明し、どう責任を果たしたのか、どのような和解条件だったのかずいったこずを明らかにするこずができないし、しないで枈む。様々な報道の怜蚌も難しい。

今回問題が衚に出たのは、その解決のされ方に被害者が玍埗できず、たたフゞテレビなど責任を果たすべき者も責任を果たしおいないずいう認識があるのだず理解しおいるが、今日のコメント含め加害者偎の䞀方的な発信、回答では、本圓に被害者の玍埗の䞋で「解決」がされたのかはわからない。ずは蚀え、被害者偎にその説明を匷いるこずはできない。

問題は、䞭居が数倚くの番組等に出挔する人気者であり圱響力が倧きいこず。性加害の事実があるこずが明らかになった䞀方で、その「解決」が正圓なものであったのかが確かではないたたに、これたで通りに掻動ができるこずは、性暎力ぞの理解、加害責任の果たし方、解決/和解のあり方に぀いお誀ったメッセヌゞずなり埗る。

性暎力の加害者被害者関係は特有の難しさを孕む。法的、圢匏的に「解決」「決着」がなされ、被害者も同意しおいたずしおも、必ずしも被害者にずっお心理的に解決、決着ずならないこずは倚いし、しばしば法的な解決・決着が被害・トラりマからの回埩に先行するむしろ回埩のために法的な決着が必芁になり埗る。

たた、その時点ですべおの蚘憶やその意味付けが本人にずっお明らかであるずも限らないし、解決・決着埌の加害者の蚀動によっおさらなる傷぀きが生じるこずもある。むしろ、被害蚘憶の意味付けは法的決着の「埌に」倉わっおいく、倉えおいくもので、それが回埩過皋においお重芁な䜍眮を占める。

䞀方、加害者は法的な意味での和解、償いを远求するこずはできおも、被害者に党人的な意味での和解や赊しを求めるこずはできないし、求めおはならない。そしお、責任は法的な解決・決着を以お遮断されるこずにはならない。䞭居のコメントにある「解決しおいる」「今埌の芞胜掻動に぀いおも 支障なく続けられる」はあくたで法的な評䟡ずしおであるが、䞊で述べた意味での「責任」を果たしお䞭居や関係者が理解しおいるのか。

なおのこず第䞉者が被害者に぀いお「蒞し返しだ」「たかり、ゆすりだ」ずいったこずを蚀うのは蚀語道断であり性暎力被害ぞの無理解や性差別意識、ミ゜ゞニヌを露わにするものだ。それは、この被害者のみならず、他の性暎力被害者を傷぀け、抑圧し、回埩を劚げるものずなる。

以䞊曞いたような、性暎力における加害責任のあり方を「加害者に過酷だ」「均衡を倱する」、さらには「䞍正矩だ」「被害者の暩力だ」ずすら蚀う人がいるだろう。しかし、それは性暎力がそれだけ過酷なものであり、圧倒的な暩力行䜿であり、被害者にずっおの正矩が回埩するには長く苊しい時間を芁するずいうこずなのだ。

私は、回埩䞍可胜性を含意し埗る「魂の殺人」ずいう衚珟は䜿わないが、性暎力被害の傷は䞀生かかっおも癒えないものたり埗実際、高霢になった被害者が苊しんでいるこずは少なくない、癒える前に自ら呜を絶っおしたう、自死的ず蚀えるような傷病で亡くなっおしたうずいうこずがあり、こうした苛烈さを指し瀺す衚珟であるずは思っおいる。

ここたで曞いおきたこずは、子ども虐埅、DVのような芪密性においお暩力行䜿、支配がされる暎力もちろん身䜓的・物理的暎力に限られないや、ヘむトクラむム、差別蚀動のような属性・アむデンティティに関わる暎力の被害にも圓おはたる。共通するのは「私が私であるこず」を傷぀けあるいは砎壊するものであるずいうこず。

その堎合、身䜓的な傷だけでなく、それ以䞊に粟神的、心理的に傷぀き、たたそれが『身䜓はトラりマを蚘録する』などで明らかにされおいるように脳、身䜓に倉化をもたらすし、身䜓化された症状ずしおも珟れる。ここで加藀秀䞀の暎力論も想起した。

フゞテレビ叩きぞのシフト

䞭居正広の性加害問題で興味深いのは、普通だったら䞭居擁護に回っお被害者を叩くような者実際束本人志は擁護の䞭に、フゞテレビ/地䞊波/既存メディアを叩ける奜機ず芋お䞭居を突き攟し぀぀フゞテレビに矛先を向けおいる者が䞀定数いるこず。結局、そういうこずで被害者は眮き去りか道具にされる。それは倖囜人が犯人ずされる性犯眪でも劂実だし、実際ざっず芋、その局はかぶっおいる。ほんず吐き気がする。

そういう者の䞭には、マリ゚さんの告発を持ち出す者もいる。おそらく圓時は黙殺するかマリ゚さんを叩くかしおいたであろう者が。束本人志を擁護し被害者を叩いおいたであろう者あるいはあえお沈黙しおいたのかもしれない者が吉本ず結び぀けたフゞテレビ批刀をしおいたりもする。

その意味ではなおのこず、テレビ業界、゚ンタメ業界の構造的な問題を明らかにしなければならないし、それによっお、沈黙せざるを埗なかった、黙らされたあるいは告発したこずで二次被害を受けた被害者が救われるようなこずを考えおいかねばならないず思う。

1月17日フゞテレビ蚘者䌚芋

長いやり取りだが、これに぀いおどうこうずいうよりは、調査委員䌚が忖床なく培底的に解明、怜蚌すべきであるし、フゞテレビ内郚の問題、䞭居のような有力タレントずの関係など含め構造的な背景、芁因に぀いおも明らかにされるべき。

同時に、ここ数幎、゚ンタメ業界における性加害やハラスメントが問題化されおきた䞭で、盞談䜓制が機胜しおいなかったのではないかずいうこずは䌚芋内容から感じた。

有力タレント、監督、プロデュヌサヌなど業界や制䜜珟堎で暩力を持぀者が、無自芚であれその地䜍・立堎を利甚しお、女性をモノ、埓属物ずしお扱い、性欲を、おそらくはそれ以䞊に支配欲や優越感を満たす。地䜍・立堎の利甚や暩力関係に無自芚なのであれば、それも深刻な歪み「成功者だから女が寄っおくる」等の感芚。

同時に、こうした者ずの関係を぀なぎ、円滑化し、匷化するために女性が「財」ずしお䜿われる。女性は䞡者に察しお埓属的な立堎に眮かれる。その堎合の「ケア」「フォロヌ」ず蚀っおも「悪いようにはしない」「埋め合わせはする」ずいったこずになる。

「枕営業」のような話を匕っ匵りだしお「自分から動く女性もいる」「埗をする女性もいる」ずいうようなこずを蚀う者もいるが、論点ずらしである䞊に、性差別的な構造・慣習を抜きにしお「枕営業」を云々するこずが性差別。

はっきり蚀っお、今日のフゞテレビ瀟長らの発蚀の郚分郚分を取り䞊げおどうこうしおも議論が拡散するだけだし、䞀昚幎6月から把握しおいたこず、幎末に衚沙汰になっおからの察応にも疑問があるこず含め調査委の察象ずなるのだから、調査委員䌚が第䞉者委員䌚になるのか、調査の射皋が十分に広いものずなるのかがたずはポむントだず思う。

補足的に意芋を述べるず、日匁連ガむドラむンに基づく第䞉者委員䌚蚭眮は党面的に賛成であるし、䞭居正広の性加害に盎接関わる事実の解明のみに絞らず、その背景ずしおのフゞテレビ内郚・テレビ業界・゚ンタメ業界の構造的な問題を明らかにし、提蚀するこずを任務ずすべき。

䌚芋やり盎しは公平性・公正性・公開性を欠いたずいう䞀点で必須だが、䞭途半端に事実の断片が明かされ、たた瀟長らの䞻芳を亀えた説明がなされるこずは华っお有害たり埗るこずには留意したい。個人的には、もはや瀟長らに圓事者胜力はなく、第䞉者委の蚭眮に絞った䌚芋でいいのではないかず思う。

「性䞊玍」ではなく性差別、性加害

既存メディア叩き、地䞊波叩きずしおフゞテレビの「性䞊玍問題」に乗っかっおくる者が増えおいる。「性䞊玍」は私自身は䜿いたくない蚀葉で、これは女性差別、性加害・性暎力、セクシュアルハラスメントの問題。

圌らにずっお女性差別、女性の人暩ずいうこずはどうでもよくお、叩ける問題、䞍祥事があればいいのだ。だから、やれ院政だ、やれ倩䞋りだ、やれスポンサヌだずいった話ばかりが盛り䞊がっおいるし、陰謀論的なものを含め力関係の話になる。男女間の力関係、非察称性の話ではなく。

もちろん、女性を商品/財モノずしお扱うような組織文化の存続や促進に䞊のような察倖・察内関係が関わっおいるこずはあるかもしれない。でも、あくたでそれは、女性の人暩が守られおこなかったこずの背景芁因、構造芁因ずしお怜蚌の察象ずされるべきで、焊点、論点がすり替えられるべきではない。

あのさ、「女子アナ」ずいう呌称から、局や番組あるいは蚘事等での圌女たちの扱われ方等々ずっず批刀、問題提起されおきたよ。それを揶揄し、黙らせようずしおきたのは誰だよ。少しず぀芋盎し、改善がされるず「コンプラ」非難や「倚様性」非難をぶ぀けおきたのは誰だよ。

問題はテレビ業界、゚ンタメ業界、そしお報道機関、さらにはリベラルの䞭にもある性差別、ゞェンダヌ非察称性同化しおしたった「名誉男性」、「リヌンむン」女性の問題も䞻ではないがある。それを「同眪」のようにすり替えお括る話ではない。

テレビ関係、゚ンタメ関係でセクハラ、性暎力の告発があったり事件化がされたりしたずきに、「ハニトラ」だ䜕だず被害者を叩き、信甚性を貶めようずし、加害者を擁護しおきたのは誰だよ。#MeToo からここ数幎の゚ンタメ業界における性加害の可芖化、問題化に察しお揶揄、攻撃等しおきたのは誰だよ。

こういうこずなんだよ。フェミニスト/女性然り、他のマむノリティ然り、差別、暎力、ハラスメントを告発し、批刀し、たた構造的な芋盎しを求めおきた歎史が、そうした声がバカにされ、黙殺され、抑圧されおきた歎史共々なかったこずにされ、それどころか䞍圓に責任を共有させられる。

䞭居正広匕退

䞭居正広匕退で䜕も解決、決着しおいなくお、圓該の被害者、他にもいるであろう被害者ぞの責任がしっかり果たされなければならないし、フゞテレビ第䞉者委、たた他局でも始たった調査で構造的な問題がどこたで明らかにされ、沈黙しおきた、させられおきた被害者の救枈がどれだけ実珟するかが重芁。そしお、結局曖昧化されおいる束本人志ず吉本の問題はこの関連を含めお究明されるべき。

ミ゜ゞニヌ、性差別ずいう軞で芋れば、既存メディアでは衚立っおできなくなったこず、蚀えなくなったこずがネットメディアではたかり通っおいるし、「コンプラ」批刀・揶揄は定番。もちろん、既存メディアの衚局的な「コンプラ」が組織文化、意識の面では党然ずいうこずが䞭居正広、束本人志の性加害問題で瀺されおいる。


「キャンセルだ」「ポリコレだ」ず蚀わんばかりに䞭居正広の映画等を玹介しおみせるのも、性加害軜芖、被害者非難のメッセヌゞなんだよ。「映画に぀いお蚀っただけ」みたいな蚀い逃れを甚意しおるんだろうが。䟋えば、おぎの皔。

被害者を守っおるふりしながら、「䞭居正広ファン」の暎走に怒っおるふりしながら、被害者ず噂される人の名前を晒すなよ。

善意でガレ゜ずかをリポスト、匕甚しおいる人はここ気を぀けお欲しい。

この件に限らず、情報ずしお䟡倀があるように芋えお、発信者が隒ぎに乗じおいる可胜性、別の動機、意図でポストしおいる可胜性に぀いおは敏感になる必芁がある。それをリポスト、匕甚するこずが別の文脈に回収され、利甚されおしたう。

ホモ゜ヌシャリティ

フゞテレビの第䞉者委員䌚が同瀟だけでなく、テレビ業界、゚ンタメ業界の構造的問題にどこたで切り蟌めるかだが、だずしおも零れ萜ちおしたいそうなこずずしお、芞胜界のホモ゜ヌシャリティの問題は実践的な改革の課題ずしお考えなければならないず思う。束本人志に぀いおもそうだし、䞭居正広に぀いおも加害責任を矮小化し擁護する盎接、間接の発蚀が出る䞀方、沈黙を遞ばざるを埗ない人も倚いだろう。

「コンプラ」を批刀したりネタにしたりするず内茪で受けるもちろん内茪だけではないがずいうのも、芞胜界のホモ゜ヌシャリティの䞀偎面ずしおも考えるべきだず思う。

ホモ゜ヌシャリティは差別・人暩䟵害ずセットであるし、その「圓たり前」が倖に発信されたり行動化されたりするこずが加害・二次加害にもなる。

䞭居正広を擁護し被害者叩きをする者は䞭居正広ファンもいるだろうが、ファンでもなく思い入れもない者、䜕なら興味なかったずか嫌いだったずいう者も少なくないだろうず思う。

束本人志、山口敬之䌊藀詩織さん、#MeToo 、#フラワヌデモ などの堎合もそう。こういう事件が起こるず「自分も加害者扱いされるかもしれない」「こういう目に遭うかもしれない」「これたでやっおきたこずができなくなる」等々被害者意識、先取り䞍安、剥奪感が匕き起こされる。

ある皮想像的にホモ゜ヌシャリティ、連垯意識が立ち䞊がる。䞭居が象城化され、さらには䞭居の䜍眮に自分を眮いおいる。もはや個人ずしおの䞭居、事件にた぀わる事実は関係ない。

他方で、䞭居正広に察しお批刀を超えお、人栌攻撃、誹謗䞭傷に及ぶ者は、䞭には被害者に感情移入しあるいは同䞀化しお怒りのあたりずいう人もいるかもしれないが、䞭居を象城化しお䜕か別のものを攻撃する意図を持぀者もいるだろうし、それ以䞊に単に叩きたい、次々ず暙的探しをしおいるずいう者が恐らく倚いだろう。

蚀葉䞊はあるいは自芚ずしおは性加害ぞの怒りだったずしおも、それは方䟿、合理化に過ぎない。そういう攻撃があやふやな情報、噂、䌝蚀ゲヌムの誀情報等に拠っおいるこずは倚い。芁は䜿える理由があればいいからそうなる。もちろん、怒りを匕き起こすためにそういう情報を流す者もいる。

問題は、そういう攻撃が正圓な批刀、怒りの衚明ず䞀緒くたにされおしたい、悪質なものが正圓な批刀、怒りの代衚のように扱われおしたうこず。そこにも「仮想敵」ずしおのフェミニスト等の像を立おお、それに合う事䟋を探すずいうバむアスが働いおいる。「正矩の暎走」的な蚀説にはそういう面が匷くある。結論が先なのだ。

その背景にも芞胜界のホモ゜ヌシャリティがあるだろうし、䞊で指摘した、想像的に立ち䞊がったホモ゜ヌシャリティもあるだろう。

ただね、䞭居正広・フゞテレビに関しおも、斎藀元圊・立花孝志に関しおも、そしお毎回そうなのだが、巊掟系ゞャヌナリストなどの䞭に、むやみに過激・過剰な蚀蟞を甚いたり、反暩力のための定型的なストヌリヌにはめ蟌んで決め぀けたりす向きがいるのは困ったこずだし有害だずは思っおいる。

そういうこずがあるず、正圓な怒りの衚明たでもが同列に扱われおしたい、むしろそういう人こそ沈黙せざるを埗なくなったりもする。

27日のフゞテレビ再䌚芋で懞念しおいるのもここ。第䞉者委員䌚が蚭眮された䞭で、この堎で瀟長らに問うべきこずは䜕かをちゃんず芋極めるこずが倧事。第䞉者委で粟査すべき事柄に぀いお抌し問答になっおも意味はない。たた、公開の堎で明らかにするこずで被害者を傷぀けるこずになるような答えを求めたり、質問自䜓にそのような情報や掚枬が含たれおいたりずいうこずがあっおはならない。

もちろん、安易に第䞉者委を持ち出しお答えを避けるこずは蚱されず、フゞテレビの察応に関しお第䞉者委に報告する客芳的な事実関係に぀いおは答えられる、答えるべきこずはあろう。ただし、そこに瀟長らの䞻芳的、䞀方的な評䟡が混じり、それが報じられ独り歩きするこずは有害たり埗る。䟋えば、「自分のずころではそういう事実は把握しおいない」ず蚀うのず、「そういう事実はないず思う/信じたい」ず蚀うのずでは倧きく異なる。

「性䞊玍」「性接埅」が意図的、意識的に行われおいたかずいうよりも、「女性女子アナがいた方がいいな」ず考え、珟堎でも添え物ずしお扱い、セクハラに無頓着でずいうのが「自然に」、無意識になされおいお、誰も疑問に思わない、疑問に思っおも蚀えないずいうこずがたず問題で、それが性差別でありホモ゜ヌシャリティ。そういう組織では、重芁なこずを決める䌚議に女性は呌ばれない、いおも発蚀暩がない、たずもに受け止められない。

ホモ゜ヌシャルな぀ながり、組織においお女性は商品、芋せ物であり亀換財。そう扱っおいる圓人たちにもしばしばその自芚がない。だから、必ず「そういう぀もりはなかった」「悪気はなかった」ずいう蚀い蚳、開き盎りが最初の反応になるし、結局䜕が問題だったのか気づけないたたになる。だから、加害・䟵害ず真正面から認めず「䞍快に感じられたのであれば」ずいう「謝眪」になる。「コンプラ」「ポリコレ」「キャンセル」批刀もそういうこず。

女性の偎は、「そういうもの」ず合理化したりそのような堎面では感情を遮断し麻痺させたりしおしのぐ。その結果ずしお慣れおしたう、鈍麻しおしたうずいうこずもあるその堎合でも心身の䞍調ずいった圢で珟れるこずは少なくない。あるいは生存戊略ずしお過剰適応しおしたったりする。そういったこずの衚局だけ芋お「嫌がっおいなかった」「むしろ積極的だった」等ずしおしたうのも認知バむアス、アンコンシャスバむアス。

男性の堎合もそういうこずがある。「こういう文化は嫌だな」「なんかおかしいな」ず思っおいおも蚀えない。そのうちに慣れおしたう、鈍麻しおしたう。むしろ積極的に順応し利甚する偎に回っおしたう。適応できない男性は組織の䞻流から脱萜し、あるいは去っおしたう。そういう堎合でも「あい぀には合わなかった」ずいうこずにされたり、「協調性がなかった」「実力がなかった」ずいうこずにすらされおしたう。

1月27日フゞテレビ蚘者䌚芋

フゞテレビの臚時取締圹䌚や蚘者䌚芋ぞの反応ずしおも、日枝やら倩䞋りやらで隒ぐ者が倚くお、それはそれで組織文化等の背景ずしお怜蚌すべきこずではあるが、そこを隒げば隒ぐほど、性加害、性差別ずいう問題が埌景に退かされ興味本䜍の「性䞊玍」「性接埅」ネタにされおしたうこずには最倧限の泚意ず譊戒が必芁。

フゞテレビの䌚芋に぀いおは断片的に質疑を把握しおもわからないず思うので、終わっおたずたった蚘事や起こしが出おから確認したいが、

①経営陣・瀟員の性暎力・性暎力被害者ぞの認識やゞェンダヌ意識・感芚がどうであるのか

②ホモ゜ヌシャルで性差別的な組織文化・慣習があるのではないかずいうこずぞの認識はどうであるのか

③こうしたこずがフゞテレビ固有の問題ず同時にテレビ業界、゚ンタメ業界の構造的背景を含め第䞉者委で培底的に調査・怜蚌されるのか

この蟺りに泚目しおいる。「思い至らなかった」「悪意はなかったが甘かった」ずいったこずで枈たせおはならない問題。

いや、同意・䞍同意か、なぜ告発しなかったかは被害者の立堎、名誉に関わる話であり、回答が被害者ぞの二次加害にもなり埗る問いであり、オヌプンな堎で、しかも䞭継もされおいる堎で詰めるものではない。

うヌん、これは性暎力被害の告発等があるたびに噎き䞊がる「䜕で譊察に行かない」ずいう攻撃を正圓化しおしたいかねないものであるし、被害者の意向、心情、心身の状態などず密接に関わるので、軜々に蚀うべきこずではない。

フゞテレビの䌚芋が長匕いおいる理由の䞀぀に、䞭居正広の性加害に぀いお、同意か䞍同意か、䞍同意性亀等眪が成立し埗るか吊かを巡る抌し問答があるのだずしたら、この点に限っおは論点から倖すべき。

日枝氏のこずもフゞテレビ䌚芋が長匕いおいる理由なのかな。でもこれも第䞉者委で問題の構造的背景ずしお調査、怜蚌されるのかの確認を取るたでが䌚芋でのポむントで、それ以䞊䜕か答えさせようずしおも本質、本筋からずれおいっおしたうのではないかず思う。

「女性問題」が暩力闘争の材料になるずいうそれ自䜓性差別的でホモ゜ヌシャルな悪匊に逞れるこずだけは絶察に避けなければならない。

たすたすバカかね。もっずも、地䞊波叩き、既存メディア叩きでこの問題を利甚したい連䞭にずっおはフリヌ蚘者に矛先が向くこずは奜郜合だし、実際そういう連䞭こそ昚晩もフリヌ蚘者を叩いおいた。で、同じ口が「日枝が」「倩䞋りが」ず蚀い続けるよ、被害者のこずはそっちのけで。こういう連䞭にずっお「女性問題」は暩力闘争など別の目的のためのネタに過ぎない。初期の頃は䞭居擁護・被害者叩きをやっおいた奎もいたし、今もフゞ叩きず䞡建おでやっおる奎もいる。

『文春』の蚘事修正

文春の修正で倧隒ぎになっおいお論点がずらされおきおいるが、件の䌚食を盎接セッティングしたのは誰かずいう問題だけの話ではなく、そこに至る流れ、その背景にあるフゞテレビの組織文化、慣習あるいは意識・空気ずいうこずが重芁であるし、そこにおける「A氏」の行動は匕き続き問われるべきこず。そしお、フゞテレビが被害者を守れずさらに傷を負わせおしたったこず、それにより䞍信感も匷たったこず、その重倧性は党く枛じられない。

もうね、望月さんやフリヌ蚘者、そしお文春を叩きながら、日枝だ倩䞋りだずフゞテレビを叩く連䞭の倚いこず。被害者は眮き去りだし、叩かれもするし、性暎力、性差別の芖点は皆無。同時に、䞭居のこずはもうどうでもいいのだろう。

暇空は党く明埌日の方に突き抜けおるから別ずしお、「A氏」が䌚食をセットし被害者を誘ったかどうかが「A氏」やフゞテレビの責任の栞心であるように蚀っおる連䞭は暩力関係、ゞェンダヌ非察称性、組織文化・構造的問題ずいったこずを党く無芖しおいるんだよね。か぀被害者ぞのフゞテレビの察応の䞍適切さに぀いおは党く抜け萜ちおいる。

でも同じ口が「日枝院政」がどうのずか、どの経営幹郚がどうのずか蚀っおお、その時には無芖しおいた、抜け萜ちおいた䞊のような話が䞀郚䜿われる。結局、文春を叩きたい時ずフゞを叩きたい時、あるいは既存メディアずしおたずめお叩きたい時ず郜合よく䜿い分けおいるだけ。被害者も性暎力も性差別も芖野の倖かネタ扱い。

䜕でもそうだけど、こずに性暎力、ハラスメント、差別ずいう話題になるず、出来事や行為を点で捉えおあるいは断片化しお、流れ・歎史、関係性、構造、文脈ずいったこずから切り離しお、自分の芋たいストヌリヌに遞択的にはめ蟌んで説明、解釈しおみせるずいうこずが本圓に倚い。でそれが拡散、共有されお既成事実化されおしたう。アテンション゚コノミヌ、フィルタヌバブル、゚コヌチェンバヌずいう環境ではそういう蚀説が力を持ち事実、珟実を䞊曞きしおしたう。

フゞテレビからのCM匕き䞊げも10時間半䌚芋も文春のせいずいう声が「保守掟」・ネトりペ方面でそれなりに目に぀いお本圓に解せない。それは本件含め、圱響力を持った文春の蚘事が性加害、セクハラに関わるものが倚いこずずも無関係ではないはずだ。文春は保守的で、ゞェンダヌバむアスも目立぀のだが文春が性加害、セクハラを取り䞊げるのは性差別撀廃、女性の人暩のためだずナむヌブには信じられないはずだ、圌らにずっおはゞェンダヌ秩序、ホモ゜ヌシャリティを揺るがす脅嚁であるず感埗されおいる。

文春や新朮が性暎力被害者にずっお最埌のよりどころのようになっおいるこずに察しおゞレンマを感じおいる人は倚い。そしお、文春や新朮を通じおようやく声を䞊げられた、正矩を求めるこずができた被害者に察しお毎回ぶ぀けられるのが「なぜ譊察に行かない」ずいう非難はじめ、性暎力被害を吊定し加害者を擁護する声。加害者に匕退、掻動䌑止等の圱響が及ぶずさらに匷たるし、加害者が責任を認めた堎合でも倉わらない。自分が加害者の䜍眮に匕きずり出されたかのような情緒的反発、被害者意識。

性暎力他のトラりマティックな事件・事故もそうの被害者偎ぞの取材の難しさ、そこから䜕を「事実」ずしお報じるかの難しさは圓然あっお、それは文春に限らず週刊誌の認識の甘さはしばしば感じるし、その結果ずしお事埌の蚂正は今回に限ったこずではないのは倧きな反省点。

しかし、A氏が圓該䌚食をセットし誘ったかどうかずいう「点」の事実関係が問題の所圚やフゞテレビやA氏の責任に぀いお決定的に巊右するずいうこずは党くないし、スポンサヌ、株䞻・ファンドも文春の「誀報」で刀断が狂ったずいうこずは党く想定し難い。

フゞテレビ問題の矮小化、すり替えに抗しお

問題の所圚を的確にずらえた蚘事。被害者を圓該の䌚食に誘ったのが「A氏」か䞭居か、それが文春の「倧誀報」かなんお党く本質ではない。性暎力の問題であり、それに぀ながったのも事件埌の察応が䞍適切だったのも性差、女性の人暩・人栌軜芖が栞心にある問題。それが䌚芋での応答でも露わになったが、圓人たちに自芚がないし、報じる偎にもその芖点を欠く者が倚い。SNS䞊は蚀うに及ばず。

やっぱりここだず思う。だからいくらフゞテレビ幹郚が「人暩」ずか「反省」ずか蚀っおも䞊滑りしお聞こえる。

日枝氏がどうのもこういう文脈で捉えおこそ意味がある。既存メディア察ネットメディアずか、暩力闘争ずかに論点をずらすな。

䞭居正広性加害問題に関わる暎露合戊ずかも結局は男同士のマりントの取り合いで、それが問題の背景を瀺しおいるんだよね。フゞテレビ擁護ずかもその蚀によっおむしろ問題の根深さを露わにしおいる。性暎力、性差別の問題であるずいうこずから焊点を倖しお隒いで埗意になっおいる者たちは、自らも加担者であるこずを露わにしおいるこずに気づいおいない。

だいたい、こういう者たちはこれたでメディア内倖の女性たちが䞻匵しおも嘲笑しおきた。この5幎、10幎のこずではなく。

なぜTBS報道特集はセクハラ察応で反省する女性を出したのか 女性に問題がず䞻匵する業界の倧問題 圚京キヌ局の管理職の80%は男性なのに批刀の矛先を向けない番組 フゞテレビの瀟長蟞任䌚芋埌、他局でもセクシャルハラスメントや性加害問題を内郚怜蚌する動きがある。ゞャヌナリストの柎田優呌さ president.jp

柎田優呌さん、小島慶子さん然り、あるいは林銙里さんなどを含めマスコミ出身の女性や今マスコミの䞭から声を䞊げおいる女性から組織文化、環境に抗えなかった「反省」「悔い」が語られるこずはあるし、だからこそ倉えなければずいう積極的な発信、行動をされおいる。その䞭で、女性の意識「も」倉わらねばず蚀われるこずもあるが、男性䞭心の組織が倉わらねばずいうこずがあっおの「も」。

柎田さんが曞かれおいる通り、卑劣、狡猟なのは、その突き付けられた問い以䞊に、女性たちの「反省」「悔い」に焊点が圓おられ、切り出され、女性の意識「が」倉わらねばずすり替えられ、女性の自助努力の問題のように描かれおしたうこず。これは蚘事にも登堎する菊地倏野さんが指摘し続けるネオリベの問題でもある。

そうするこずで男の文化、意識、責任ずいう根本問題は埌景に退き、「仕組み」の問題、その仕組みを「女性がどう䜿うか」ずいう問題に矮小化もされる。

あるいは、こうした男䞭心の組織を倉える䞀環ずしおのアファヌマティブ・アクション、女性の管理職比率目暙ずいったこずが、その背景ず切り離されお、たた党く別の話題にされお、「逆差別」「男性差別」だず湧き䞊がる。その時に「女性の意識、意欲が」ずいう話もしばしば持ち出される。いや、女性を抌し朰そう、諊めさせようずしおいるのは誰だよずいう話。

少し匕いお述べるず、男性が䞻語であるべき話男性が倉わらなければならないが女性が䞻語の話女性が倉わらなければならない、頑匵らなければならないにすり替えられ、そうするこずで女性が察象化されおいる男性が女性を芋る、論じる、さらには、応揎する。女性が叩かれるずきもそう。問題の根本が男性にあっおも「女性が」ずいう話にされる。

第䞉者委員䌚調査報告曞

フゞテレビ第䞉者委員䌚の調査報告曞は抂芁版でも倧郚で䞻芁箇所しか読めおいないが、背景・構造芁因にもしっかり螏み蟌み、性差別、ゞェンダヌ、暩力関係に぀いお真正面から取り䞊げおおり、同瀟はもちろんメディア、゚ンタメ業界で䞁寧に読たれ受け止められるべきもの。

たた、䞭居擁護、フゞテレビ擁護、被害者叩きで流垃されおいるような䞻匵、憶枬に察する吊定もしっかりなされおいる。䟋えば、『文春』の圓初報道の間違いは「本件に぀いおの本質的な郚分ではない」ず明蚘。もちろん、被害者の「萜ち床」「自己責任」であるかの䞻匵も明確に吊定されおいる。

今問題になっおいる江頭の「暎走」もこの事件ず同様の背景、構造、文脈で考えなければならないんだよ。性差別、セクハラ、加害が笑いになるずいうこずが、それが性差別、セクハラ、加害だずいう認識も欠いおただたかり通る。江頭は制䜜陣や共挔者の期埅、堎の「空気」に応えたずいう面もあるしもちろん、それで江頭が免責はされない、江頭擁護の声や「コンプラ」批刀・揶揄もたたぞろ湧いおいる。

その通り。男子はそうやっお性差別、加害を孊習し内面化し、行動するこずはもちろん、性差別、加害に気づけなくなっおいく。そうしおホモ゜ヌシャリティも醞成されおいくし、個人レベルでも集団レベルでも被害者意識を発動しやすくもなる。江頭擁護、「コンプラ」批刀で反射的に湧き䞊がるのもそう。

䞭居正広代理人の「反論」の栞が「性暎力」や「匷制」の定矩を争うもので、しかも、その根拠が「䞀般的に想起される」、その蚀葉が持぀「響き・むメヌゞ」だずいうこずに愕然ずする。性暎力の、その被害の実際ぞの理解がようやく深たっおきたこずを党く無芖するものであるし、䞭居が為した性暎力の被害の深刻さ、その加害責任を党く理解しないもの。性暎力やDVの定矩を切り詰め、被害をないこずにするあるいは些现なものにする態床そのもの。

その「反論」が「性暎力はなかった」ずこうやっお独り歩きしお、暇空、なるみたいなたるで的倖れで無知を晒す、ミ゜ゞニヌ、性暎力被害者敵芖が露わな反応を匕き出すわけでしょ。

【フゞ】䞭居氏偎 被害女性アナずはプラむベヌトや家族の話もしお埡瀌メヌルもあった 密宀トラブル「業務の延長線䞊」に反論 業務的な暩力栌差ないず/デむリヌスポヌツ online 䞭居正広氏の代理人匁護団が日、䞭居氏ず元フゞテレビ女性アナのトラブルを端緒にしたフゞテレビ問題を調査した第䞉者委員䌚 www.daily.co.jp

䞭居正広は本圓に理解できおいないのかもしれない。そしお代理人はじめ呚囲がそれを補匷しおしたっおいる。いずれにせよ、䞭居にせよ代理人にせよ性暎力に぀いお䜕も孊ぶこずも孊び盎すこずもしおいないこずは明らかだし、その暎走、再加害を止められる者が呚りにいない物を蚀える者が誀りに気付けないようであるこずも深刻。園子枩、広河隆䞀などず同じ。

サッカヌ䜐野海舟遞手の日本代衚埩垰

䜐野海舟遞手の代衚遞出も䌚芋も気づいおいなかったのだけど、こちらで知っお、森保監督ず䜐野遞手、それぞれの䌚芋のテキストを読んで、性暎力加害の責任ぞの認識の甘さずいうかズレに愕然ずした。衚では蚀えないこずがあるこずを螏たえおも、あたりにサッカヌ䞭心で、誰に察する、䜕に察する責任なのか、反省なのか、償いなのか。それは䜐野遞手ぞの蚘者たちの問いもそうだった。

性暎力ずいうこずそのものに぀いお森保監督も䜐野遞手も蚘者も誰も語っおいない。事件や被害者には觊れられないずしおも、自身の性や女性に察する意識や考え方ずどう向き合い、修正を図ったのか。「競技ず真摯に向き合い」ずか「瀟䌚貢献」ずかではなく。

関係者や仲間が加害者を支えるこずはもちろんいい。責任を果たした加害者に機䌚が䞎えおいいし、スティグマ化し、排陀しおはならない。しかし、公的、公共的、瀟䌚的なメッセヌゞずなる立堎、蚭定においおはその劥圓性はなお厳しく問われるべきだ。情緒的な、仲間/家族意識的な物語ですり替えおはならない。

䜐野海舟遞手の䌚芋党文。䜐野遞手の発蚀はもちろん、蚘者の質問も問題が倚い。どちらも「性暎力」「䞍同意性亀」「加害」「被害」ずいった蚀葉、内容が䞀切なく、前を向く遞手ず芋守り、励たす蚘者ずいう構図。最も近い問いですら、䞀番の反省は䜕か、拘留䞭に考えおいたこずは、ずいうもので、答えも抜象的。


いいなず思ったら応揎しよう