🌙巡る想い⑭ 花園のひみつ
この物語は、チュチュ・テイルの世界を旅する記録です。
シルエットで描かれた猫たちや動物たちが暮らす、やさしい世界✨️
白いうさぎの旅人 エトワール の旅日記として綴っています。
はじめての方は、ぜひ固定記事からご覧ください🌙
ルートは、少し前に出て、静かに頭を下げます。
ぼくも、それにならいました。
そのとき――
空気が、変わりました。
音は、ありません。
ゆっくり、何かが、こちらに向いた気配がありました。
光の粒が、ゆらゆらと揺れながら、
ぼくのほうへ、近づいてきます。

息をするのも、ためらうほどの静けさの中で――
胸の奥に、そっと、触れるように。
声が、届きました。
「ルート」
それは、呼びかけというよりも、
すでにそこにあったものが、
形になったような響きでした。
「そなたのおかげで、花園の巡りが整った」
光が、わずかにやわらぎます。
「感謝する」
そして――
ほんの少しの間のあと。
「旅人エトワール」
名前を呼ばれた瞬間。
胸の奥に、
何かが、触れました。
驚きというよりも――
見つけられてしまった、という感覚に近いものでした。
「巡りの流れを、静かに受け取れる者」
その言葉は、ぼくの外側からではなく、
内側から響いてくるようでした。
「言えなかった言葉たちは」
光が、ゆっくりと揺れます。
「誰かが、大切に思っていたものばかり」
やわらかく、言葉が重なっていきます。
「巡り、かたちを変えながら」
「この島を、静かに支えている」
「ただの音として、通り過ぎる者も多い」
「それを感じ取れる者は、そう多くはない」
静かな声が、続きます。
そして――
「けれど」
ほんの少しだけ、間があって。
「感じてしまう者は、通り過ぎることができない」
ぼくは、何も言えませんでした。
やわらかく、光が揺れます。
「この島には──巡りに寄り添う者たちがいる」
静かな声が、続きます。
「ささやきの滝で、言葉にならぬ声を見送るヴェール」
「土の巡りを整え、精霊たちと語らうルート」
「我は、その者たちを"巡り人"と呼んでいる」


巡り人。
その響きが、胸の奥に、そっと落ちていきました。
「みな、この島に生まれ、この島に根を下ろした者ばかり」
光が、ほんのわずかに、ぼくのほうへ近づいてきます。
「──だが、おまえは違う」
ぼくは、息をのみました。
「島の外から、風に乗ってやってきた」
「それでいて、流れに乗れぬ泡に、足を止めた」
「重くなった土に、手を触れた」
「光を返さぬ花に、気づいていた」
ひとつひとつの言葉が、ゆっくりと、紡がれます。
「島の外から来た者が、ここまで巡りに寄り添ったことは、これまでなかった」
ぼくは、自分の手のひらを、そっと見おろしました。
ささやきの滝で泡に触れたときの、あのぬくもりが、まだどこかに残っているような気がしました。
「……ぼくは、ただ」
言葉が、ほんの少しだけ、こぼれます。
「気になっただけなんです」
光が、やさしく揺れました。
「それでよい」
「巡りは、気づいた者のそばに、静かにあらわれる」
ぼくは、ゆっくりと顔を上げます。
聞きたいことが、たくさん、胸の中にありました。
ほかの巡り人たちのこと。
この島の巡りのこと。
まだ知らない、たくさんの場所のこと。
「……もっと、知りたいです」
気がつくと、そう、口にしていました。
声は、自分でも驚くほど、まっすぐに響いていました。
光は、ほんのわずかに、笑ったように見えました。
「ならば──また、巡るがよい」
その言葉は、ぼくの旅の先に、そっと灯ったようでした。
ぼくは、そっと口を開きます。
「……お名前を、うかがってもよろしいでしょうか」
光は、ほんの少し揺らぎました。
考えるように、やわらかく。
「我に、名はない」
静かな声でした。
「精霊の主と呼ぶ者もいる」
少しの間があって――
「この地に住まうプリンセスたちは」
「我のことを、"フルーラ"と呼ぶ」
その響きには、どこか、やさしいぬくもりがありました。
ぼくは、その名を、そっと胸の中でなぞります。
「……フルーラ」
その名が静かに、自分の中に落ちていくのを感じました。
ぼくとルートは、その場所を、ゆっくりと離れました。
月の温室に戻ると、ルートは何も言わず、確かめるように土に触ります。
そのとき――少し離れた場所の花が、ごく淡く、光を返しました。
ほんのわずかに。
けれど、確かに。
ぼくは、その光を見つめながら、息を整えます。
すぐに、すべてが変わるわけではない。
それでも――止まりかけていたものが、また、流れはじめている。
そんな感覚だけが、静かに残ります。

花園の奥は、しずかでした。
泡がひとつ、どこからか、ゆっくりと漂ってきました。
ふれるとあたたかくて、
――滝で触れた泡と、おなじ温度だ、と
ぼくは思いました。
むかし、誰かが話してくれたことがありました。
遠くの国の空の色のこと。
まだ見たことのない景色のこと。
あの子は、ここを知っていたのでしょうか。
それとも、ここへ来たことがあったのでしょうか。
ぼくには、わかりませんでした。
でも――
その泡は、とてもやさしくて。
ただ、それだけで、じゅうぶんだと思えました。
ルートは、軽く手についた土を払うと、こちらを振り返りました。
「うん。これで終わり」
そして、少しだけ笑って――
「お仕事も終わったし――ティーパーティ、行く?」
その声は、さっきまでよりも、少し軽やかに響いていました。
ぼくは、やわらかくうなずきます。
「……ええ」
「シュガーキャット様の、ティーパーティへ」
光の粒子が、ふわりと揺れます。
ぼくたちは、その中を通り抜けるようにして、しあわせの庭へと向かいました。
その先には――あたたかな時間が、待っているような気がします。
そのやさしさの奥で、何かが、静かに流れているようでした。
あのとき、流れに乗れなかった泡も――
きっと、どこかで、
誰かに届いているのかもしれません。
もしまた、
流れに乗れないものに出会ったら。
ぼくは、きっと、立ち止まるのでしょう。
そして――
前よりも少しだけ早く。
迷わずに。
そっと、手を伸ばすのだと思います。
……今度は、言葉も、いっしょに。
あのとき、言葉になれなかった想いも――
やさしく巡っていくのだと、
思えた気がしました。

フルール島には、まだ、知らないことがたくさんあるようです。
そして――
ぼくの旅は、
これからも、静かに続いていきます。
ふと、
やわらかな気配が、
すぐそばをかすめたような気がしました。
振り返っても、
そこには、誰もいませんでした。
それでも――
やわらかな気配だけが、
しばらく、その場に残っていました。

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