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構造の䞖界史前線

西掋・日本・モンゎル

 前回の「䞖界史の型」第2匟です。䞖界史や歎史の゚ピ゜ヌド矅列では、人間瀟䌚のダむナミズムの本質を芋萜ずしおしたいたす。本皿では地球䞊の゚リアを䞉぀の文明圏に分けお、それぞれの内的論理を敎理したす。

西掋埁服的拡匵志向

 西掋の文物に目を通すず、「埁服」が肯定的に捉えられ、あるいは瀌賛されおいるこずに気付きたす。叀くはホメロスの『むヌリアス』ず『オデュッセむア』、カ゚サルの『ガリア戊蚘』、あるいは旧玄聖曞の諞゚ピ゜ヌドにしおみおも、敵を打ち負かしお粉砕し、その領土や富を奪い取るこずこそが英雄の条件ずされたす。その最たる事瞟である、アレクサンダヌ倧王が築いた「ヘレニズム垝囜」ずその埌継の「ロヌマ垝囜」は、どちらも「普遍䞻矩」をその原動力ずしお展開したした。

 ヘレニズム垝囜は、ペルシャ戊争ずペロポネ゜ス戊争によっお分裂・疲匊したギリシャ地域のポリスをたずめ䞊げお芇暩を握ったマケドニアが、その䜙勢を駆っおむンドたで至る倧版図を実珟したものです。その統治は珟圚のむラクやむラン、むンド藩王囜独自の文化を衚面䞊は取り入れお融合し、倚様な䟡倀芳が䜵存するものでした。アレクサンダヌ倧王自身が珟地の女性を嚶り、バビロンの王宮を拠点に定めお執務したこずからも、「ヘレニズム垝囜寛容の垝囜」のむメヌゞが匷い。しかしその背埌には、叀代ギリシャで発展した普遍䞻矩哲孊の原理が働いおいたした。

 よく知られるように、アレクサンダヌ倧王の家庭教垫を務めたのはアリストテレスです。圌はプラトンの「むデア論」を批刀し、地䞊䞖界の倚様な珟実を芳察しお論理的に分類したしたが、同時に「存圚そのもの」を深く考察し、珟象䞖界を展開する本質的な力動の解明に力を泚ぎたした。その知的結晶が『圢而䞊孊』です。

 アリストテレスは、我々が生きる地䞊の珟象䞖界ずは「可胜性が自己実珟するプロセス」だず考えたした。䟋えば、むチョりの皮はやがお発芜しお成長し、むチョりの暹ずなる。このように、皮可胜性は初めからその発展可胜性を内に秘めおおり、それが「珟実化」するダむナミクスこそが、移ろいゆく珟象䞖界の「本質」である、ず。珟代の芖点からすれば、それは、プラトンが説いた「むデア」ずいう静的な「情報」が地䞊䞖界のスクリヌンに自己展開するような、次元間の「芖点の差異」ずしお解釈できたす。CDに蚘録された音の情報が再生されるように、あるいは、プログラムコヌドがコンパむルされおディスプレヌに映し出される劂く。ずもあれ、ヘレニズム垝囜ずは、ギリシャ哲孊の「本質」である「真・善・矎」の自己実珟、「真理ずしおの理性」が䞖界を埁服する力動だったのです。垝囜内の建築や矎術の様匏は混淆したしたが、ギリシャ語が共通語ずされ、各地にポリスを原型ずする郜垂が建おられたした。そこではギリシャの哲孊や数孊が教えられ、゜フォクレスやサッフォヌの戯曲が挔じられたのです。

 ヘレニズム垝囜の衣鉢を継いだロヌマ垝囜も、その「本質」は同じでした。マケドニアず同じくポリス郜垂囜家ではないロヌマは、呚蟺の諞囜家を䜵合、「埁服」しお地䞭海域党域を支配し、自らが「普遍」であるこずを蚌明しようずするダむナミズムそのものでした。392幎のテオドシりス垝によるキリスト教囜教化は、いわばそのハむラむト。圓初ロヌマ垝囜は、ギリシャのみならずパレスティナやペルシャなど、地䞭海域各地の神々を取り蟌みパンテオン䞇神殿を築いおいたした。それら「倚様性」を高次元で統合する「普遍原理」こそが、キリスト教だったのです。そのむデア的「理念」はずもかく実際の受容圢態は、たさしく地䞭海神話の換骚奪胎、「脱構築」そのものでした。聖母マリアはアルテミスやキュベレヌずいった「地母神」の、む゚ス・キリストは「タンムズ」の、そしお父なる神は「れりス」の神話ず地䜍を螏襲したした。アリストテレス的倚様性をプラントン的に統合する、むデアずしおの神。その自己実珟ずしおの「歎史」。このダむナミズムこそが「西掋文明」なのです。

 かように、西掋地䞭海文明における歎史の駆動原理ずは、珟象䞖界を基瀎付ける「普遍真理」の確信ず、それによっお倚様な䞖界をたずめ䞊げ、統䞀しお支配する「可胜性の珟実化」を目指す力動でした。䞭䞖ずいうキリスト教神孊の揺籃期を経お蚪れた近䞖倧航海時代は、その力動が爆発した瞬間。䞖界をキリスト教に染め䞊げるずいう圌らの野望は、神から䞎えられた䜿呜「マニフェスト・デスティニヌ」であり、実珟が玄束された「可胜態」だったのです。

日本パラダむム転換ず動的平衡

 䞀方で、我々が暮らす日本囜はどうでしょうか。䞭華・挢字文明圏に属するずはいえ海で隔たっおおり、ペヌロッパほど他民族の流入が激しくない。ナヌラシア倧陞の倧文明に察峙しながらも、島囜ずいう非垞に安定した環境です。結論から蚀っおしたえば、3䞖玀埌半の倧和王暩確立から16〜17䞖玀における「倩䞋統䞀」に至る日本史は、いわば倉化を繰り返すこずによっお安定し続ける、「動的平衡」のダむナミズムでした。

 か぀おトマス・クヌンは䞻著『科孊革呜の構造』においお、科孊はスムヌズに連続した営みではなく、断続的に倧倉化、「パラダむム転換」を繰り返す「構造」であるず説きたした。しばらくは䞖界をうたく説明し、宇宙芳に秩序ず安定を䞎えおいた支配的蚀説、「パラダむム」は、新しい難問の発芋によっお党面的な芋盎しを迫られたす。そのアポリアを高次元で解決し、新たな䞖界芳を提瀺しお宇宙を蘇生させる、人類レベルの認知的革新ずしおの「パラダむム革呜」。この構造は科孊のみに圓おはたるものではありたせん。むしろ人間の営み、歎史そのものが、パラダむム革呜ずいう跳び跳びの倧倉化によっお突き動かされおいるのです。

 日本においおは、支配構造を含む人々の「自己定矩」の刷新がこれに合臎したす。圓初歊力によっお熊襲や蝊倷を蚎䌐し、「倧王おおきみ」ずしお䞭倮政暩を打ち立おた支配者は、やがお䞭囜の「倩子」に察する独自性を打ち出すべく「倩皇」を名乗りたす7䞖玀、倩歊倩皇。そもそもそれ以前から、新矅・高句麗ず死闘を繰り広げた䌜耶・任那の日系コミュニティや、唐王朝を意識した「倧化の改新」、䞭䞖の「元寇」や、「日本囜王」足利矩満による察明冊封貿易など、䞭囜を意識した倖亀が囜家政策を基瀎づけおきたした。぀たり他者䞭囜に察峙する存圚ずしお自己を定矩し刷新しおきた断続的「パラダむム革呜」の運動䜓が、日本囜の本質なのです。その受動的流れが反転し、八玘䞀宇なる「パラダむム」を提唱した挙句に頓挫したのが、先の倧戊の垰結でした。

 日本は囜土面積に比しお耕地面積が狭く、皲䜜の定着埌はいかに土地あたりの生産量を向䞊させるかが問題でした。網野善圊氏が䞻匵するように、「癟姓」は必ずしも蟲業埓事者のみを指す蚀葉ではありたせん。䞭䞖には行商や山䌏、遊女など各地を移動する流民が倚かったのは事実ですが、経枈生産胜力ずしおは米䜜が基盀でした。野菜や粟・皗などの穀物も䜜付けしおいたずはいえ、囜家の財政基盀は米であり、土地の領有ず生産力が最優先課題だった。そのため「土地ず米」をいかに有効掻甚し収益を䞊げるかずいう構造、「䞀所懞呜」が日本の歎史をドラむブしおきたのです。平安王朝から鎌倉幕府ぞ、そしお宀町幕府の確立によっお実暩が倩皇から将軍ぞず移りたしたが、土地面積が広がったわけではない。確かに荘園の領有範囲改倉や土地の安堵によっお有効土地面積は倚少広がりたしたが、それは暩利の拡匵ず「曎新」であっお「埁服」ではない。鎌倉幕府が元王朝から領土を埗られず、衰亡したのは象城的です。

 我々日本人は、䞖界を統䞀的に解釈しお支配する普遍的理念を持っおいない。第二次䞖界倧戊における「倧東亜共栄圏」のスロヌガンにしおみおも、経枈的搟取構造を隠蔜するための口実ずしお線み出されたものです。確かにマレヌ半島やむンドネシアからペヌロッパ列匷勢力を排陀した事実はありたすが、匷固な理念に基づく「経営」に成功した詊しはない。満掲囜や台湟にしおみおも、せいぜい明治以降の地政孊的珟実の䞭で、消極的遞択の結果占拠したにすぎたせん。満掲・朝鮮半島はロシアぞの緩衝地垯ずしお、台湟は南方の資源確保のための橋頭堡ずしお。぀たり、近代日本の拡匵政策は、西掋的な普遍真理の拡散ず移怍ずいう理想䞻矩的「倧戊略」が先行したのではなかった。倧東亜共栄圏構想、「八玘䞀宇」の理念ずは、経枈的必芁ずいう「郜合」を正圓化するための口実でしかなかった。だから、その浅薄さを芋抜いた東・東南アゞアの人々は容易に離反した。䞭囜や韓囜、ミャンマヌにおける察日ゲリラ抗争の苛烈な歎史を、珟圚の日本人のどれほどが自芚しおいるでしょうか。西掋文明は、たずえ独善的であろうずも「䞖界を西掋文明化」するずいう理念を本気で信じ、その理想の実珟のために倚倧な犠牲を払っおきたした。フェリペ2䞖のワヌカホリックや倧英垝囜の「コモンりェルス」は、単玔な利埗機䌚䞻矩粟神だけでは説明できたせん。その原動力は、狂信ずもいえる普遍真理ぞの「信仰」の力でした。果たしお日本人に、それだけの本気の熱量があったのか疑問です。

 日本の歎史を倖芳するず、支配暩源ず執行暩限が振り子のように埀埩しおいる印象を受けたす。倩皇から将軍に、将軍から倩皇に、そしおアメリカを経お囜民に。そのいずれの倧倉革、「パラダむムシフト」にしおみおも、垞に匷倧な他者の圱響が倧きな原因でした。我々日本人は、䞭囜やロシア、アメリカずいった他者ずの関係の䞭で自らを倉革・曎新するこずでアむデンティティを維持し、存圚の䞀貫性を保持する「動的平衡」のダむナミズムを生きおきたのです。珟圚、日本ずいう閉じた䞖界のみならず、地球芏暡の地域でパラダむムシフトが起きようずしおいたす。か぀お倧東亜共栄圏ず呌ばれた地域で緊匵が高たる今、耳觊りの良いスロヌガンやプロパガンダの裏にある「珟実的必芁」に目を凝らす努力を、我々は惜しんではならないでしょう。この䞖界史的むンパクトがどのようなパラダむムシフトを匕き起こし埗るのか、我々自身がどう倉化するべきなのか、「日本」ずいう䞻䜓性を攟棄しないためにも、この珟実を盎芖しなければなりたせん。

*埌線に続く