※奇跡の男・三蔵法師!超イケメン!超タフ!超天才!三蔵法師伝説①

僕は「超訳・般若心経」そして「超訳・唯識」書くために調べ物をしていたら、「そんなことより、三蔵法師面白過ぎない!?」って一気にファンになってしまいました。
いきなりですが、皆さんは「三蔵法師」と聞いて、どんな人をイメージしますか?
・白馬に乗った、お肌が綺麗な優しいお坊さん?
・すぐに妖怪にさらわれて「悟空~!」って叫ぶ徳は高いけど頼りなげな人?
・夏目雅子さんや深津絵里さんのような、儚げな美人?
・・・はい、それ全部、ただのドラマのイメージです。
確かに「超イケメンで美しい」人だったのは間違いないけど、
史実(リアル)の三蔵法師、玄奘(げんじょう)という人物は・・・
記録に残る彼のスペックは、こうです。
・身長180cm超えの大男(当時の中国では巨人レベル)
・眉目秀麗な超イケメン(あまりに美しくカリスマ性があって、盗賊が帰依してしまう)
・国境を強行突破した「指名手配犯」
・水なしで砂漠を5日間歩き続ける「超人的体力」

彼は、「守られるヒロイン」のようなイメージではありません。
孫悟空なんていなくても(実際いませんでした)、時にはたとえ一人でも合計地球の4分の3(約3万キロ)
を踏破した、人類史上最強の「冒険野郎(タフガイ)」です。
なぜ、彼はそこまでしてインドを目指したのか?
それは、彼が「バグだらけの世界(常識)」に納得できない、クレイジーな天才ハッカー(求道者)だったからです。
今日は、あなたの知らない「本当の三蔵法師」の物語を語らせてください。
これを読めば、あなたはきっと、この男のファンにならずにはいられません。

■ 10歳で「レベル99」だった「神童」
彼のヤバさは、大人になってから始まったわけではありません。
子供の頃から、頭脳のスペックがバグっていました。
彼は10歳になる頃には、すでに難しい古典を読みあさり、周囲の大人を驚愕させていました。
そして11歳(※諸説あり13歳とも)の時、人生最初の伝説を作ります。
当時、僧侶になるには国が行う超難関の「公務員試験」みたいなものに合格する必要がありました。
本来、子供が受けられるようなものではありません。
しかし、試験会場の入り口で、あまりに賢そうなオーラを出している少年(玄奘)を見つけた試験官が、ふと声をかけました。 「坊や、なぜ僧侶になりたいんだ?」

少年・玄奘は、真っ直ぐな瞳でこう答えたそうです。
「遠くは如来(ブッダ)の教えを継ぎ、近くは仏法を光らせるためです」
(意訳:ブッダの教えを完璧に継承して、その教えをもっと世に広めたいからです)
この答えと、凛とした佇まいに衝撃を受けた試験官は、
「この子は将来、仏教界を背負う逸材になる!」 と確信し、特例で合格させてしまったのです。
これ、現代なら「小学生が飛び級で東大に入った」みたいなニュースです。
彼はその後も、あらゆる経典を驚異的なスピードで暗記・理解し、
「神童が現れた!」と中国全土で噂になりました。
しかし、 天才すぎるがゆえに、彼は「ある絶望」にぶつかることになるのです。
■ 動機は「世界のバグ」を直すため
若き天才僧侶・玄奘(20代後半)は、モヤモヤしていました。
当時の中国にも仏教はありましたが、翻訳が適当だったり、解釈が矛盾していたりで、めちゃくちゃな状態でした。
「お経Aには『空っぽだ』って書いてあるのに、お経Bには『ある』って書いてある・・・。どっちが本当なんだ?」
「師匠たちに聞いても、みんな言うことが違う。これじゃあ、本当の救いなんて得られない!」
さらに色々な大人たちに聞いても、みんなバラバラのことを言うし、
玄奘の質問にちゃんと答えられる人が居ない!
彼は気づいてしまったのです。
「いま俺たちが使っている経典、バグだらけじゃん」と。

普通の僧侶なら、「まあ、偉い人が言ってるし」と妥協します。
でも、玄奘は妥協できませんでした。彼の知的好奇心と、真実への渇望はクレイジーなほどでした。
「コピーのコピー(中国語訳)を読んでいても、真実は分からない。
インドに行って、『オリジナルのソースコード(原典)』を直接確認するしかない!」
現代で言うなら、
「Windowsの挙動がおかしいから、マイクロソフト本社(アメリカ)にアポなしで行って、ビル・ゲイツのPCから直接ソースコードをダウンロードしてくるわ」
と言って、徒歩でアメリカを目指すようなものです。
正気じゃありません。
でも、このクレイジーさこそが、歴史を変えるエネルギーでした。
■ スタート地点から「指名手配」
「よし、インドへ行こう!」と思い立った彼ですが、すぐに壁にぶつかります。
当時の唐は、他国との緊張状態にあったため、海外旅行が禁止されていました(鎖国状態)。
玄奘は何度も「パスポート(通行手形)ください!」と申請しましたが、全部却下。
「国の宝であるお前を、危険な外国に行かせるわけにはいかん」という理由でした。
普通なら、ここで諦めますよね?
でも、彼は諦めませんでした。なんと、「密出国」を決意します。
もうこのあたり、小説とかアニメの世界。
「国がダメと言おうが知ったことか。俺は真実が知りたいんだ」と言ったかどうかは知りませんが・・・
こうして彼は、警備兵の目を盗み、国境の関所を強行突破。
矢を射かけられながらも夜陰に紛れて逃亡し、ついに「国家指名手配犯」となりながらも旅を始めます。

お坊さんですよ?
普通「ルールを守りましょう」と説くはずの僧侶が、真理のために命がけでも国のルールを破る。
このロックな生き方、痺れませんか?
■ 悲痛な誓い!VS 死の砂漠
国境を越えた彼を待ち受けていたのは、
「上には飛ぶ鳥なく、下には走る獣なし」と描写される死の世界が広がる「タクラマカン砂漠」でした。
しかしこの旅の初期に彼が立てたと言われる誓いが「不東(ふとう)」の誓い。
「もしインドに到達し、真理を得ることができなければ、決して生きて東(中国)へは戻らない」
という悲壮なまでの決意で臨んだ旅です。
彼は「死の砂漠」にもひるまずに馬とともに旅を始めます。ところが・・・
広大な砂だけの世界、昼は灼熱、夜は極寒。
そんな地獄のような場所で、玄奘は痛恨のミスを犯します。
飲み水が入った水筒(革袋)を、手を滑べらせて、ひっくり返してしまったのです。
砂漠のど真ん中で、水筒全ロスト。
これ、ゲームならリセットボタンを押すか、
「ひとつ前のチェックポイントから再開」を選びたいところだけど、
現実にはそんな設定はありません・・・

彼は4泊5日の間(一説には5泊とも)、一滴の水も飲まずに歩き続けました。
喉は焼けつき、意識は朦朧とし、ついには幻覚が見え始めます。
「遠くにオアシスが見える・・・軍隊が襲ってくる・・・!」
実は、『西遊記』に出てくる妖怪たちは、この時玄奘が見た「幻覚」がモデルだと言われています。
もちろん、実際には孫悟空も沙悟浄もいませんでした。
彼はたった一人で馬だけを頼りに、砂漠でさまよいながら己の脳が見せる恐怖(妖怪)と戦っていたのです。
しかし、その時彼の心をつなぎとめたのが「般若心経」でした。
彼は、幻覚や弱気に襲われるたびに「般若心経」を唱えて、何とか正気を保っていました。
■ 「東へ戻って生きるより、西へ向かって死ぬ」
極限状態の中、何度も「もう無理だ、引き返そう」という誘惑が襲います。
来た道を戻ればまだ助かるかもしれない。
しかし、彼は砂漠の真ん中でこう誓いました。
「寧(むし)ろ西へ向かいて死すとも、東へ帰して生きず」
(志を果たせずにおめおめと帰って生きるくらいなら、真実に向かって歩いて死んだほうがマシだ)

この覚悟が、奇跡を呼びます。
死の寸前、彼の乗っていた老馬が急に走り出し、勝手にルートを変えました。
いくら玄奘が馬を制止しようとしてもいうことを聞かない。
何事か!?と玄奘が必死にしがみついていると、馬が連れて行った先には・・・湧き水があったのです。
(まあ、馬も極限状態で必死だったんでしょうね・・・)
こうして彼は、踏破不可能と言われた「死の砂漠」を
とんでもないハプニングを乗り越えてクリアしたのです。
↓その三蔵法師が苦労して持ち帰った経典の一つ「唯識」がこちら↓
■ 次回予告:王様を「トリコ」にした男
指名手配され、砂漠で死にかけ、ボロボロになって隣国にたどり着いた玄奘。
そこで彼を待っていたのは、ある国の王様でした。
「一生、俺のそばにいてくれ! 帰さない!」
次回、
「王様に監禁!? ガンジス川の奇跡!?」
※王様が監禁!ガンジス川の奇跡!全員論破で「無双」!三蔵法師伝説②|トモヒト🎈
