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とても個人的な祖母との話

祖母がものを食べなくなった

私の祖母は、病気らしい病気をしなかった。
長く生きて自然に老衰が進み、やがて最期をどう迎えるかの相談をする時期に入った。

「おばあちゃん」

声をかけて手を握る。今日は起きていて、こちらを見た。色素の薄い潤んだ瞳には、あまり感情が窺えない。

老いていく中で祖母は少しずつ反応しなくなり、痩せて体は細くなり、手足は曲がったまま動かなくなった。頬の艶だけが最後まで残り、枯れていく体の中で輝き続けている。

反応のない祖母の横で、萎びた手にクリームを塗り込みながら、私は取り留めのない話をする。自分の中の思い出と語り合う。

化粧台の前にいた祖母

「お化粧したい?」

そう訊いた時、祖母が少し反応した。冷たかった手にはかすかに力がこもり、頭がズレた。もう一度訪ねたら、やはり同じように反応した。
亡くなった夫や、娘や孫の名前には反応しなくなった祖母の中に、綺麗でいたいという気持ちがまだ残っていることに、私は驚きと納得を覚える。

祖母はお化粧の好きな人だった。
お洒落な街から田舎へお嫁に来て、上手く馴染めない時期を「あの人はいつも綺麗にしてる」と言われることで乗り切ったようなところがあり、外へ出る時はいつも化粧前で身づくろいしていた。
母はあまりしない人だったからお化粧をする様子が珍しくて、祖母を眺めながらウチワで風を送っていたことを思い出す。

伸びた毛を切って、少しだけ眉を足して、紅を差す。
スマホで撮った写真を向けてあげると、映った自分の姿を食い入るように見つめていた。もう感情は浮かばないけれど、視線だけはずっと動かなかった。

「孫」だからできること

祖母は、娘たちとあまり縁がなかった。母娘の葛藤があったらしい。
祖父が亡くなった時、私の胸で泣き崩れる祖母を見ながら、母は受け入れがたいという顔をしていた。
末娘である叔母も、「あの人が何もわからなくなって、初めて心から大事にできた」と言っていた。

私は孫でそういう葛藤がないから、祖母に触ることができる。
子育てをしているからスキンシップには慣れているし、好きだ。認知が進んでしまった義母も私と手を繋ぐのがとてもお気に入りで、嬉しそうにする。
人間は幾つになっても、誰かの体温が恋しいのかもしれない。触れ合いには心を癒す力があるから。

でも大きくなる中で、あれだけ抱き締めた子どもから抱き締められることがなくなっていく。
私の子供はまだ抱っこを楽しんでくれているけど、膝から体がはみ出すようになり、重くて抱え続けるのが大変になって来た。もうすぐ親の手を必要としなくなるだろう。

記憶や言葉を無くしても、大事にしていたものへの執着や愛情、体温に安堵を覚える感情は残る。
いつか私が子どもに還った時、寂しくて「家に帰りたい」と訴えた時、傍に私を抱き締めてくれる誰かがいてくれたらいいと思う。

体温が残していくもの

頭を撫でて唱歌を歌っているうちに、祖母は眠ってしまった。
微熱のある頭が温かい。髪が薄くなり、短く切られているので、撫でる手のひらに直接体温が伝わってくる。

もう何も飲み込めなくなり、起きている時間と眠っている時間の境目があまりない。やがて起きなくなるだろう。

「また来るね」

自分の体温と感情を移すように、私はそっと抱き締める。
高い声で笑い、ハイカラな料理やお菓子を作るのが好きだった祖母を。
「老い」が連れ去ってしまった、あの日の娘を。
母と叔母がもう触れなくなってしまった、「お母さん」を。


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