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とても個人的な義母との話


義母の認知症が進んだ

義父が倒れた後、義母の認知症が進んだ。
フォローしていた義父がいなくなったことで一気に進行してしまい、自分の夫の死もよく理解できていないようだった。

少し離れた土地の介護ホームにいるので時々会いに行くが、夫は一人では行きたがらない。
仲が悪いわけではないけれど、大学からずっと家を出ていたから距離感がよくわからず、どう接していいのか迷うようだ。
だから、できるだけ私も一緒に行くことにしている。

夜の底で、私たちは話をした

義母は小柄でよく働く人だった。
ずっと専業主婦だったので誰かの世話を焼いている方が落ち着くらしく、遊びに行くと「リンゴを剥こうか」「あれを作ろうか」と何度も台所に立っては、色んなものを出してくれた。

私は子どもを産んだ後、一か月ほど婚家でお世話になった。
その時、初めて義母と長く話をした。夜中に赤ん坊を抱き、慣れない手つきで世話をしている間ずっと傍にいてくれて、自分のお姑さんとの関係で苦労したことや夫の子供時代のエピソード、お友達と行ったハワイでの経験などを少しずつ語ってくれた。

身内にあまり縁がなかったので、息子を生んだ時は初めて自分の家族が持ててとても嬉しかった、という話を今でも覚えている。
後に私が夫にその話をしたら、知らなかったらしくて驚いていた。

あの一か月がなければ、義母とそんな話をする機会は生まれなかっただろうと思う。
何せ、ずっと立ち働いている人だったから、落ち着いて話し込む時間などなかったのだ。
認知症が進んでからの義母は、ほとんど動かなくなってしまったけれど。

義母から言葉が消えていった

「お義母さん」

声をかけて、両手を握る。
義母の手はふっくらとしていて、まだ枯れていない。爪もピンクで、生命の輝きがある。
笑顔も笑い声もいつもどおりだけど、言葉が出なくなった。覚えているかどうか訊いても笑うだけなので、私を誰だと思っているのかはわからない。

気に入った話をすると大きな声で笑うし、首も振るけれど、発話がないから会話ができなくなった。
どんな話なら遠くなっていく記憶に届くのだろう。
そう考えながら、昔聞かせてもらった夫の幼少期の話をしてみると、嬉しそうに笑う。

目の前にいる自分の息子とは繋がっていないかもしれないけれど、でもまだ義母の中には遠い日の幼子が住んでいるのだと思えて、ホッとする。
夫を忘れないでほしい。どうか、忘れないで。
「お母さんが忘れるはずない」とまだ無邪気に信じている自分の子どもを思い出し、そう願う。

歌声が連れ戻してくる「あの日」

気が付いたら、お喋りしながら両手を握り、軽く振っていた。
義母がその動きに反応して、かすれた声で何かをポソポソとつぶやき、自分でも手を上下に振ろうとしている。子どもとよくやった手遊びのように。
義母とは育った時代も地域も違うから、何をやろうとしているのかわからない。わかれば一緒にできるのに。

「お義母さん、夏の歌は何だろうね」

ふと思い出して、いくつか懐かしい歌を口ずさんでみた。
少し前に亡くなった祖母も歌が好きで、お見舞いの時に昔ながらの童謡や唱歌を歌ってあげたから。

「浜辺の歌」を歌うと、義母が一緒に歌い始めた。声も大きく、ちゃんとメロディと歌詞が出てくる。
会話をするための機能が動かなくなっても、歌は残っているのだと感じられ、胸が熱くなった。

椅子に腰かけたまま驚いた顔をしている夫に、動画を残そうよと促す。
こういう時すぐカメラを回すような人なら、好きにならなかったかもしれないなあ、などと思う。

義母の手を握りながら、何曲も歌う。
「宵待草」「椰子の実」「夏は来ぬ」……「海」は、ちゃんと三番まで歌えた。
「すごいねえ、お義母さんよく覚えてるね!」と、私の方が興奮して声を上げてしまった。

認知症は、義母という人を編み上げている糸を切ってしまった。記憶や言葉や時間が上手く繋がらず、彼女はぼんやりした世界の中にいる。
不安や怒りがその隙間から噴き出すのを抑えるため薬を飲むから、義母をくるむ膜はどんどん厚くなっていき、私たちからは彼女が見えなくなる。

でも歌を歌っている間は、義母の中の何かが繋がっていた。
まるで音楽が、切れた糸の代わりに彼女を結び合わせ、引き戻してくれたようだった。

赤ん坊を抱きながら一緒に過ごした時間が蘇り、涙がこぼれた。もう戻らないとわかっていても、失われたものが悔しく、悲しい。
音楽が持つ力の偉大さと儚さを、同時に見せられたような気持ちがした。

繋がっていくもの

面会時間はあっという間に過ぎた。
別れを惜しむ間もなくホームを出て、帰路につく。
次に会う時、歌はもう一度扉を開けてくれるだろうか。まだ繋げられる糸は残っているだろうか。

そんなことを考えながら、ずっと黙っている夫の手を握って、道を歩く。
小さくて柔らかい義母のものとはまるで違う、厚くて固い手だけれど、爪の形がよく似ている。
夫の眉も頬のラインも、母親からもらったものだ。私の子どもの中にも、きっと彼女が眠っているだろう。

義母と一緒に歌った曲が、再び鼻歌になってこぼれ落ちる。
美しいメロディを追いかけ、歌詞を思い出そうとしているうちに、涙は乾いてしまった。



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