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いらないものは1円でも買わない【サロンカウンセリング④】

上野店に異動してから半年が過ぎようとしていた。
厳しい店長は異動し、今度は比較的店長経験が浅い方が上野店に来ることになった。


25周年記念パーティー

この頃、会社は25周年を迎え、全社員を集めた記念パーティーが東京で開かれた。日本全国に600名近くいる従業員を同じ場所に集めるなんてスゴイことするな、と会場に行って思った。

そこで発表されたのが「25周年記念キャンペーン」だった。
25回のコースを契約されると無料サービスが25回つくという太っ腹な企画だった。実質半額になる超お得なキャンペーンだと思った。同時に『これだったら普段難色を示すお客様でも契約する確率が大幅に上がるぞ』とワクワクしてきた。

誰よりも早く

キャンペーンの存在を知り、すぐに準備を始めた。
・どんな技術の組み合わせができるのか?
・どれくらい割安になるのか?
・凄さを実感していただけくためにはどうすればイイのか?
・どのお客様に提案するのか?予定づくり

ひたすらノートとWordに書いていった。
これは滅多にないチャンスと直感していた。
ここを逃すわけにはいかない、と可能な限り準備を続けた。

いらないものは1円でも買わない

10月に入り、いよいよキャンペーンがスタートした。
初日から飛ばした。
初めての経験。どうなるかはわからない。ひたすら提案していった。
いつもより成約率が高かった。割引率も高かったので当たり前の結果だった。

反面、断られることも多かった。
『こんなにお得なのにやらないなんておかしいだろ』
と内心では疑問だった。
お客様の様子、言われたことを思い出し分析していく中でわかったことがあった。

それは、「たとえお得であっても欲しくなければお金は払わない」、ということだった。
私の提案の切り口のほとんどは「お得だから」「期間限定」だった。お客様にとってどうして必要なのか、という話が足りなかった。

ここで得た教訓は、その後のカウンセリング指導でも役立った。
私が今でもよく言う「いらないものは1円でも買わない」という言葉はこの時生まれた。

月末まで走りぬく

日々反省をし、修正し、提案し続けた。
キャンペーン期間は1か月のみ。
最後の1日まで可能性がある限り提案し続けた。若い、知らない、は恐ろしい。先入観がなかったので、できる、できないに関わらず頑張り続けることができた。
結果、月間の個人売上は770万を越えた。これは店長職を除く全てのスタッフの中で全国一位だった。
入社して1年半でようやく目標が達成できた。

・史上最大級のお得なキャンペーンだった
・早く準備し、早く提案した
・短期間で修正を繰り返し、失敗にめげなかった
こういったことが上手くいった要因だったと思う。

良いサロンにしていきたい

お客様にも顔を覚えていただき、スタッフとの連携も良くなってきた。少し余裕が出てくると、今度はサロン全体の売上向上に力を注ぐようになってきた。

来店数、契約率、今思う自分なりの課題などを数値分析し、店長に伝えていった。了解が取れたものは紙に書き写し、スタッフの控え室に貼っていった。毎月続けていくとサロン運営の全体像がぼんやりと見えてきた気がした。

そんな時、東日本のエリアマネージャーが上野店を訪ねてきた。
私からすると雲の上のような存在。どうせ相手にされないだろう、と思い淡々と仕事をしていた。

しばらくサロンを見回した後
「これを作ったのは誰や?」とマネージャー(関西出身)が店長に言った。
それは私が作ったサロン経営に関する張り紙集だった。

その後、私が呼ばれ、マネージャーと2人で話すことになった。
まず言われたのは
「君、面白いの作るやん」
だった。

しばらく雑談をした後、最後にこう言われたのを覚えている。
「もし、大きな変化と大きなチャンスが来るのであれば、君はそれに挑戦したいと思うかい?」

私は遠慮がちに
「もしそんな機会があれば・・・」
と回答した。

こうしてマネージャーは帰っていった。
それから音沙汰はなかった。

上野店での勤務は楽しかった。
4月には新人が3人配属された。1人はなんと男性スタッフだった。私は入社してから2年間、男性と働いたことがなかったので本当に嬉しかった。ご飯、ゲーム、カラオケなど仕事帰りに時々遊ぶこともできた。

大宮店から上野店に異動してから1年2か月が過ぎようとして頃、1本の電話が私宛にかかってきた。
数か月前に話したエリアマネージャーからだった。
(つづく)

1話から読みたい方は以下の記事をご参考にして下さい。



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