1週間で売上500万、その後クーリングオフ450万【サロンカウンセリング②】
店長に「自分もサロンの売上目標達成のために売上を上げていきたい」と話した。反対されるかと思ったら、むしろ反応は逆で「最初はお店に通っているお客様から提案していく形になると思うけど勉強していこう」という回答だった。
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その日から日頃の仕事や技術レッスンだけでなくカウンセリングの勉強も始めた。書店で関係していそうな本を買って家や電車の中で読む。
お客様のカルテを読み、どのお客様に、どのコースを、どうやって伝えるかを紙に書いていった。それを店長に見せていった。
店長からすると、たとえ新人であれ、サロンのために頑張ろうとする姿勢が嬉しかったのだと思う。快く相談に乗ってくれた。
敵はサロンの中に
しかし、私は大事なことを見落としていた。
本来、仕事の相談は店長ではなく、直属の先輩に相談するのが筋だった。それを私は3人分通り越していきなり店長に相談していた。これがある先輩の気分を悪くしていた。
元々男性スタッフの私の存在を面白く思っていなかったのか、当たりが強かった。それが、さらに強くなり、私と関係ない仕事のミスでも、まるで私がやったかのように店長や副店長に報告するのだった。
同期の2人の女性スタッフも、その先輩の影響か少し距離を置いた対応をしているように感じた。
ただ、この時の私はそんなこともあまり気にしていなかった。とにかく成果を上げて飛躍したかった。
新人ランキングTOP10入り
日常の業務に加えて、カウンセリングの勉強も続けていった。できる技術は少なくてもお客様と話すことはできた。『何か糸口はないか』とアンテナを張り続けていた。それによって、先輩が気づかないような提案の切り口を時々見つけることができた。
それを店長、先輩に報告。事前準備をして練習。お客様に提案。これを繰り返していくうちに契約をいただけるようになった。
最初のうちは30万円程度だった契約金額も、次第に40万、50万とあがっていった。そして、入社して6か月たった9月。月間の個人契約売上が180万円となった。
その月から2年目以降スタッフだけでなく新人の個人売上ランキングが毎週発表されるようになった。私は全国で200人近くいる新人スタッフの中で10位以内になった。この頃から先輩や会社の私に対する反応が変わり始めた気がした。
自分都合の強引な契約の果てに
ランキング入りした自分は目先の数値を上げることに必死になっていた。店長も、私が成果を上げ始めたのを見てチャンスをくれるようになった。売り上げを上げることが楽しくなり、コース提案に没頭した。
勉強、練習に加え、経験も加わり話が上手になっていた。ただ、この時主に使っていたのが「応酬話法」というもので、話の巧みさや、断りにくい状況を作ることによって無理に契約を取るような状況だった。最悪の場合、「とりあえず契約書にサインだけして下さい」と言って仮契約をとって数値上の契約売上を上げることもあった。
これにより、月の最初の1週間で500万の売上を上げることができた。これは、全国の全ての店長、スタッフの中でも1位の結果だったそうだ。周りは本当に驚いていた。私も誇らしく思っていた。でも金メッキは翌週にはがれることになる。
クーリングオフの嵐
次の週は悪夢のようだった。契約した90%がクーリングオフとなってしまったのだ。お客様が納得していない状態で無理矢理契約につなげることが多かったから当然の結果だった。サロンの看板にも泥を塗ってしまった、と大いに反省した。
そこからしばらくは提案を自粛していた。しかし、一連の流れを体で覚えてしまったのか、お客様の不満やご要望を聞き出すことがあり、そこから契約をいただくことがあった。そのお陰で月間個人売上の新人ランキングでトップ10入りし続けた。
大型契約と責任
埼玉の大宮店に異動して7か月。営業成績の良い新人だけが受けられる特別研修に参加できることが決まった。
色々なサロン店長にカウンセリングをチェックしてもらい、他の新人との比較もできる。わずかな期間であったが飛躍的に成長できたと思う。
そのような中、とあるお客様が大阪のサロンから大宮のサロンに移ってきた。何度か施術に入るうちに今後のプラン作成を依頼された。
その時の私なりに考えたプランを紙に書き、どうやって通うと良いのかシミュレーションをした。これを何度も繰り返しようやくプランができた。
後日お客様がご来店された際に作成したプランを伝えた。
2年にも渡る長期プラン。
合計で140万円程だった。
なんと・・・ご契約されてしまった。
嬉しさと同時に、大きな責任を感じた。
金額に見合うものをお返ししなくては、と思った。
次なるサロンへ
大型契約もあり、新人ランキングが発表されるようになった以降、私はランキングTOP10の常連となった。
入社当時はお荷物とされていた私への見方が変わってきた。
勤務2年目に入ろうとする3月。辞令が出た。
4月から上野店に異動することが決まった。
店長が言うには昇格に向けた良い異動のようだった。
店長は異動する前に会ってほしい男性店長がいると言った。
私にその男性店長のような優秀な人になってほしい、と話してくれた。
私は休みを利用して東京の町田まで行き、その男性店長に会った。
事前に話がされていたのか、色々と教えてくれて、ご飯までご馳走してくれた。
後にこの店長は、私が東海エリアに異動した際の上司となり、フランス留学の後押しをして下さることになる。ひとつひとつの小さなご縁がつながって大きな変革になっていくのかもしれない、と今になって思う。
そして私は11か月勤務した大宮店から上野店へ異動した。
(つづく)
