米の酒(日本酒、トゥアック、サトー)
同じ米の酒でも、進む道は一つではない
日本酒。クチンのトゥアック。タイのサトー。
全部、米から造る酒である。
日本酒は普段から飲む。クチンでは収穫祭の時期にトゥアックを飲んだ。タイではサトーのイベントにも行った。少し前のバンコク日本博では、日本各地の日本酒が並んでいた。
同じ米の酒なのに、今いる場所はかなり違う。
製法、歴史、法規、品質管理、流通、市場まで並べてみた。

米はそのまま酵母を入れても酒にならない。デンプンを糖に変える必要がある。
日本酒では麹。
サトーではルークペーン(luk paeng)
トゥアックではラギ(ragi)
中身や工程は違うが、米を糖化して発酵させるという基本は近い。
一方、産業の形はまるで違う。
日本酒は専門の酒蔵、研究、品質管理、全国流通、輸出まで揃っている。
サトーでは小規模生産者が缶、瓶、発泡タイプなどを次々に試している。
トゥアックは共同体の酒だったものが、観光や飲食店、商品ブランドとして外へ出始めている。
この三つを味や文化の優劣でなく産業レベルで比較してみた。
日本酒――巨大都市が酒を産業にした
日本酒は、明治になって突然産業化したわけではない。
その前から、江戸という人口100万級の巨大市場があった。
灘や伊丹などで造った酒を樽に詰め、船で江戸へ運び、問屋を通して売る。
造り手と飲み手が離れた大きな商売が、近代以前から成立していた。

その後、明治政府が酒造を免許制にし、酒税を取り、自家醸造を禁止した。1904年には醸造試験所まで作っている。
当時、酒税は国家にとって大きな収入だった。酒を禁止するだけでなく、専門業者に安定して造らせる意味があった。
こうして、すでにあった酒蔵と市場の上に、税制、研究、品質管理が重なった。
現在はさらに海外まで市場が伸びている。日本博に行けば、羽根屋や出羽桜など複数の蔵の商品を普通に飲み比べられる。
「日本には米の酒があります」という段階ではなく、「どの蔵のどの酒を選ぶか」まで来ている。
トゥアック――長いあいだ、外へ売る必要がなかった
クチンのトゥアックは事情が違う。ダヤク(Dayak)の社会では、稲作と共同体生活、収穫祭が強くつながっている。
米を収穫し、トゥアックを造り、ガワイ(Gawai)などの祭りや儀礼、客の歓迎で飲む。

長いあいだ、遠くの知らない客に売る必要がなかった。
マレーシアの法律にも、サバやクチンの先住民が慣習的に造り、自分たちで飲む酒を特別に扱う考え方が残っている。
だから、商業化が遅れたというより、そもそも商品である必要が小さかった。今はそこが変わり始めている。
トゥアック・フェスティバルには多くのブランドが集まり、瓶商品、レストラン、観光、輸出へ広がっている。土産物としても並んでる。数は少ないが。
ただその結果、ラギのばらつき、品質の再現性、表示や共通規格など、外へ売るための問題が出てきた。
もちろん流通する酒にする必要はない。クチンの食や文化と一緒に飲むこと自体が価値になるなら、それも一つの形である。
サトー――細くなった市場への道をつなぎ直す
タイのサトーも、もともとは家庭や村で造り、祭りや祝いで飲む酒だった。
違うのは、その後。タイでは酒が長く強い国家管理の対象になり、地域の酒造りがそのまま小さな商売へ育つ道は狭かった。
サトーには「田舎の酒」「無許可の酒」というイメージまで付いた。

日本でも自家醸造は禁止されたが、その時点ですでに大きな商業酒造業があった。
タイでは地域酒について同じ形にはならなかった。流れが変わるのは2000年代以降である。
OTOP(オートップ、一村一品運動)などで地域酒を商品として戻す動きが始まり、2020年代には製品規格や小規模酒造制度も変わった。
今の商品を見ると、330ミリ缶、低アルコール、スパークリング、750ミリ瓶、ペットナット(Pet-Nat)など形がかなり多い。
一つの完成形へ揃っているというより、多くの小規模生産者が「サトーで何ができるか」を試している段階に見える。
制度面はかなり整ってきた。これからは、誰が買い続けるのか、どこで飲ませるのかという市場の問題が大きくなる。
比べられるものと、比べなくていいもの
三つを、製造技術、品質保証、法規制度、流通、市場、商品カテゴリーの六つで並べると、現在地の違いは分かりやすい。

日本酒は全体に成熟している。
サトーは品質保証と法規制度がかなり整い、今後は流通や市場の伸びが大きい。
トゥアックは逆に、ブランドやイベントが先に広がり、品質管理や共通規格が追いかけている。
ただし、これは産業基盤の比較であって、日本酒の形が正解という話ではない。産業としての日本酒だってまだ発展途上なのだから。
日本酒は酒蔵を中心とした産業になった。
サトーは小規模生産者の多いクラフト酒市場へ向かうかもしれない。
トゥアックはクチンの文化、観光、料理と強く結びついたまま広がるかもしれない。
同じ米から造る酒でも、誰が造り、誰が飲み、誰に売り、国家がどう扱ったかで、現在の形は大きく変わった。
10年後、もう一度同じ視点で見てみるのも面白いかもしれない。

