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弾圧から復活した色の世界

古代エジプトでは症状によって、その色のついた薬を用いるという色彩の治療が行われていました。

治療というのは、ギリシャでも紀元前4世紀頃、ヒポクラテスによって一気に深まります。
そこから、アリストテレスが色のついたクリスタルや、鉱石、染料を治療薬として使うようになりました。
ローマでは、紀元前1世紀頃にケルススが、色を用いた治療をしています。

しかし、キリスト教はそれらを邪教とみなし、それらの英知を葬ってしまいました。

長らくの間、色彩治療は、停滞していましたが、それが復活したのは、かなり後になってからのルネサンス期です。
この時代になると、中世の迷信が揺らぎ始め、アリストテレスの時代を超えた科学が発展しました。
そこで、色を活用するということが再び起こったのです。

装飾と治療という両面から色が重用されていきました。
そもそも、古代の言語において、色を表す言葉は主に明暗の尺度だけでした。
つまり、黒っぽさやくすみの度合いを示しただけだったのです。
そこから、ルネサンス期に入り、色味を表現するようになりました。
空の青や森の緑や、ワイン色といった表現です。

様々な鉱物を砕いて接着剤上に吹き付けて、装飾する技術も発明されました。
この時代はパラケルススが心と体の治療に色を用いたことで、色彩の治療が一気に広がります。

色とその意味の関係性は、時代や経験によって現れてきました。
多くの文化で、色に神聖な意味を結びつけていました。
例えばアステカやマヤの人々は、羅針盤の方角に色を結びつけていました。
全てがその色に染まっているという信仰から、色のついた羽を飾って、色を神様への捧げものとしたこともありました。
色は見えない世界とも繋がっているわけです。

過去にも弾圧されてしまった色による治療ですが、これは現代においても重要なものです。
色というのは身近でもありますからね。
身近で大切なものを取り戻していくためにも、見えない世界についての学びをぜひ一緒に頑張りましょう。


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てる子先生の八咫烏魔法学校 これからも良い記事を書いていきます。