神道と協調する仏教
大陸からの教えで、仏や菩薩がやってきました。
日本の神々はその仮の姿であるという本地垂迹の考え方が出てきたわけです。
仏教としても日本の神々との協調は必要でした。
例えば、奈良時代以降は寺院の多くが山岳に設けられており、古くからその一帯を守護している土地の神々と協調していく必要がありました。
また、民間に仏教を広めていくわけですから、古くからある民間の信仰を仏教に取り込む必要がありました。
こうした仏教による取り込みは盛んに行われていくようになりました。
特に地方においては、その傾向が著しかったと言えます。
それを象徴するものが神宮寺です。
最も早い例は霊亀元年、つまり715年のことですが、越前の気比神宮寺です。

そこから、8世紀のうちには、日本を代表するような伊勢神宮にまで神宮寺が設けられるようになりました。
このように神仏習合は日本全国の規模で推進されていきました。
特にこの流れを力強く推進し、後世まで影響を与えていくのが密教だったというわけです。
大陸から仏教が入ってきて、本地垂迹の考えが生まれ、神仏習合というのは、このように進んできました。
何かが起こることにおいて、歴史だったり背景があります。
そのようなものを含めて見えない世界について学んでいきたいと思われる方はぜひ一緒に頑張りましょう。
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