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本地垂迹の歴史とは

8世紀のことでした。
大安寺の恵勝が多賀の御堂で修行していた時のことでした。
突然声を聞いたのです。
お経を読めということでした。

驚いて不思議に思っていたところ、翌日、1匹の白猿が現れました。
白猿というのは神の使者です。

その白猿は、元々インドの大王だったのですが、悪いことをしてしまい日本に転生して、多賀の神になったということでした。
自分が神という状況を嘆き、法華経を読んでほしいと懇願したのです。
インドの大王でしたから神ではなく仏の弟子として生まれ変わりたいということなのでしょう。
神身離脱ということです。

日本古来の霊的技術よりもはるかに強力な兵力を持つと信じられた仏や菩薩が大陸から入り込んでくると、日本の神々は仏や菩薩の風下に置かれることとなりました。

さらには日本の神というのは仏や菩薩である本地が神の姿で現れた垂迹という考え方も生まれました。
こうした神のことを権現と言います。
このように本地垂迹の考え方によって、日本の神々は完全に仏に従属し、仏のために働き、仏に憧れる存在になってしまいました。
そのような状況でしたから、白猿になった神は神身離脱をしたがるようになったわけです。

神仏習合というのは日本の宗教的な部分の特徴の一つではありますが、仏や菩薩が日本に入ってきた時に、そのような歴史があるということです。
見えない世界について、背景も含めて学んでいくことで、怪しまれないスピリチュアルというものを目指していきます。
そのような学びに興味がある方は、ぜひ一緒に頑張りましょう。


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てる子先生の八咫烏魔法学校 これからも良い記事を書いていきます。