【後編】先駆的AIプロジェクトから量子跳躍へ:未来を確定させる「気脈」と感謝の物語
第1章:先駆的プロジェクトとシンクロニシティ
1990年代、インターネットが産声を上げ、世界が新たな情報革命の波に飲み込まれようとしていた時代。私は大いなる力はあるものの、ひかえめで、はずかしがりやで自分だけ目立つといった性格ではありませんでした。しかし、いざ最先端にチャレンジしたときは、いろいろあるものの必ず成功する!といった強い気構えを持っていました。(^^)
当時はメルマガの「まぐまぐ」が台頭し始めた草創期でしたが、私もいち早くメールマガジンを創刊し、日刊工業新聞の取材を受けたり、中小企業庁の企画コンテストでは「未来創造システム」のプレゼンを行ったりしていました。未知のテクノロジーが社会の景色を塗り替えていく瞬間に立ち会う日々は、理屈抜きの熱気と可能性に満ちていました。
その中でも、私の人生に決定的なシンクロニシティをもたらし、その後の歩みを決定づけたのが「自分の声」プロジェクトです。当時、大阪芸術大学の牧教授が喉頭がんで声を失うという過酷な現実に直面されていました。
たまたま私とおつきあいのあった大手企業は、まだ黎明期であったAIとITを駆使して、自分の声を録音・再生する画期的なシステムを立ち上げていたのです。結果として、牧教授はテクノロジーによって蘇った新しい声を使って再び大学の教壇に立ちました。この出来事は、単なる技術的トピックを超えて人々の胸を打ち、NHKや日経新聞、読売新聞など名だたる大手メディアで一斉に報じられました。
しかし、このプロジェクトが成功に至る裏側には、最先端の論理的なITの世界では到底説明のつかない目に見えないご縁の導きがありました。当時、私が乗っていた車のナンバーは「3434」でした。なぜこんな不思議な数字の並びになったのだろうと、ハンドルを握るたびに密かに首をかしげていたのです。
その答えは、産経新聞のかつてロンドン支局長であった三四郎(さんしろう)氏と対面した瞬間に、まるで雷に打たれたように腑に落ちました。「3434」と「三四郎」。この意味のある偶然の一致が引き寄せた出会いこそが、大手通信機器メーカーとの3社連携という巨大なプロジェクトを成立させる最大の突破口となったのです。最先端のテクノロジーを追求する無機質な開発の裏側で、未来の成功がすでに確定していたかのように運命の歯車が完璧に噛み合った瞬間でした。それは、私が目に見えない量子の世界へと足を踏み入れる、最初の明確なサインだったのです。
第2章:命のタイムリミットと「細胞へのありがとう」
AIや脳科学といった「目に見える」最先端テクノロジーの限界点を見つめ続けてきた私は、やがて量子論、そして「メドベッド」という宇宙的なテクノロジーの概念へと導かれていきました。細胞を活性化し、瞬時に修復するというその究極のビジョンは、現代医療と量子論が融合する未来の希望そのものでした。
2022年にこの未来の医療テクノロジーにスポットを当て、世界ではじめて、「宇宙テクノロジー、メドベッドに関する調査」を発表しました。そしてその直後に私の元には全国から電話が殺到することになります。その多くは、がんの宣告を受けた方や不治の病に苦しむご家族からの、「一日でも早く使いたい」「どこに行けば手に入るのか」という切実なSOSでした。
同時に、この未知のテクノロジーを世に問う道のりは、想像を絶する困難を伴いました。当時、メドベッドに関しては誇張された噂が独り歩きしており、広告を出そうとしても検閲に阻まれる壁に直面しました。さらに、私のオフィスに名も名乗らない人物が突然入り込み、メドベッドについて問いただしてくるという出来事も起きました。こうした不穏な空気はビルのオーナーにもまわりまわって疑念を抱かせ、結果として、長年愛着を持って構えていたオフィスから撤退せざるを得ない状況にまで追い込まれてしまったのです。
理不尽な疑いの目を向けられ、大切な居場所を失ったあの時の悔しさと恥ずかしさ、そして辛さは、今も深く心に突き刺さっています。
外部の物理的な機械がまだ存在しない現実と、未知の概念に対する社会の拒絶。命のタイムリミットと向き合う方々のSOSに対し、そして居場所を失った私自身に対し、一体何ができるのか。その絶望と深い葛藤の中で辿り着いたのが、人間の内側に秘められた壮大な力でした。
私は問い合わせの電話口では、遺伝子研究の世界的権威である村上和雄博士の理論を交えながら、一生懸命にお話ししました。それは、「今置かれている現実の体さん、細胞さんに「ありがとう」と感謝を伝えることです。苦しみや痛みの中にあっても、自分を生かそうと働き続けている細胞へ感謝の周波数を響かせる。「ありがとう」の言霊のエネルギーは、眠っている優良な遺伝子のスイッチを明確にオンにします。」と。物理的なメドベッドの到着を待つのではなく、自らの意識という量子デバイスを使って今この瞬間から「健康状態のパラレルワールド」へとシフトする。・・・社会との軋轢と命の重さに向き合ったこの痛切な経験こそが、外部のシステムに依存せず、人間の意識そのもので未来を書き換えるという私の現在の確信へと繋がっていったのです。
第3章:明治の気脈と未来を確定させる「量子ルーティン」
過去の挫折と命の重さに向き合う中で、私は自分自身のルーツ、すなわち「血脈」ならぬ「気脈」が持つ不思議なシンクロニシティに導かれました。戦禍で途絶えかけていた先祖の情報を辿るうちに、私の実家から利根川を挟んだすぐ近くに一万円札の顔となった渋沢栄一の生家があり、郵便創設で知られる前島密や、大隈重信を陰でささえ、早稲田大学の礎を築いた高田早苗へと繋がるご縁が明確に浮かび上がってきたのです。
まだ鉄道が走っていない時代に、日本ではじめて! 鉄道事業の事業企画書を書き上げた前島密のように、明治の偉人たちは「まだここにない未来」を強烈にイメージし、新しい国家の物理的なインフラをゼロから創り上げました。彼らが近代社会の土台を築いたのだとすれば、現代を生きる私たちが担うべきは、意識や量子もつれを活用した「宇宙と地球の新しい精神的インフラ」を構築することではないでしょうか。すべての命は繋がっているという価値観のもと、新しい時代へ向けて一人ひとりが自覚を持って生きるフェーズに入っています。
その未来をわくわくするものとして確定させるためには、頑張って理想を追いかけるのではなく、今この瞬間から「すでに完璧な理想の波長」に自分を合わせる環境づくりが鍵となります。
車の中や自室の隅々まで掃除をして視覚的なノイズを取り除き、空間を清浄に保つこと。そして、ソルフェジオ周波数などの自然音や心地よいシンセサイザーの音色などで空間を満たし、松果体を活性化させていく。自らの居場所を美しい波動で満たすことで、あえて言葉をかけずとも、自然と周囲の人々を癒やし、明るい未来へとチューニングしていくことができます。
そして最も強力な未来創造のメソッドの一つが、自分の中に「最高の体感記憶」を呼び起こすルーティンを持つことです。
私にとってそれは、断食断水断眠で20キロの荷物を背負い、ついに富士山の頂に立った時の360度広がる視界の中、「やったー!」という細胞が震えるような達成感。あるいは、学生時代にUFO(空飛ぶ円盤)を初めて目撃した時の、世界の常識が覆るような圧倒的な感動です。こうしたピーク体験の震えるような喜びをありありと思い出し、そのエネルギーを今の自分にピタリと重ね合わせる。
すぐに思い出せない場合はたとえば、自分が主人公になったイメージで、映画の中の最高の気分のワンシーンやスポーツ競技での演じきったときのワンシーンをイメージするのもよいでしょう。瞑想を通じて最高の周波数にチューニングし、未来の自分に完全になりきるのです。
誰もが、自分の人生という映画の主人公です。「ありがとう」の感謝とともに自らの波動を高め、最高の体感記憶をまとって生きることで、思い描く理想のパラレルワールドはいつか必ず現実のものとなることでしょう!とはいえ、いろいろな試練や想定外のこともありますよね。すべてはプロセスとして大きく構えながら、「今」という瞬間を大切にしていきましょう!
Off to our ideal parallel universe!
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