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感情を鎮める「鈴」——パニックから自分を取り戻す合図

ADHDやASDの特性を持つ私たちにとって、感情はしばしば「制御不能な嵐」として襲いかかってきます。 一度スイッチが入り、暴走し始めると脳内のメタ認知(自分を客観視する力)は一瞬で吹き飛び、気づいた時には誰かを傷つけてしまっていたり、一つの考えから抜け出せなくなる「こだわり」が発動してしまう。おそらく、そんな経験があなたにもあるかもしれません。

これを「気合い」や「根性」で止めようとするのは、ブレーキの壊れた車を素手で止めようとするようなものです。そんなとき、役立つ知恵をある物語の中から見つけました。

1. 「のくてい」と呼ばれた男と、妻・俊子の鈴

ドラマ『天皇の料理番』の主人公・篤蔵は、何をやっても長続きせず、周囲から「のくてい(ばかもの)」というあだ名で呼ばれていました。激しい癇癪持ちで、一つのことに猛烈に没頭すると、周囲が見えなくなる。その姿は、どこか私たちの持つ発達特性と重なる男です。

彼の料理への情熱は人並み外れており、のちに「天皇の料理番」まで登り詰めますが、その危うい性質を誰よりも心配していたのが妻の俊子でした。彼女があるとき篤蔵に託したのが、一つの小さな「鈴」です。 「カッとなったら、この鈴を鳴らしてください。俊子だと思って」

俊子は、篤蔵の怒りを否定も矯正もしませんでした。ただ、怒りに飲み込まれてしまって、「料理へのあくなき真摯な想い」という彼の本質的な姿を見失わないようにと、本来の自分へ立ち戻るための道標を渡したのだと思います。

2. 遺された鈴と、生涯をかけた「約束」

俊子は若くしてこの世を去りますが、篤蔵の懐には、いつもあの小さな鈴がありました。 彼女がいなくなった後も、篤蔵は相変わらず癇癪持ちのままでした。けれど、カッとなった瞬間に指が触れるその鈴の音は、もう俊子の声そのものでした。「篤蔵さん、戻ってきて」と。

彼が天皇の料理番として最後まで責務を果たすことができたのは、自分を信じてくれた師匠やお兄さんの存在、そして彼らが教えてくれた「一番大事な価値観(まごころ)」に立ち返り続けたからではないでしょうか。その心の「象徴」こそが、あの鈴で、音色はきっと心の「合図」だったのでしょう。

自分は油断するとすぐに暴走してしまう不完全な人間だと認め、妻が遺した鈴を、死ぬまで肌身離さず持ち続けました。それは、愛する妻・俊子や子供たちへの愛、師匠から教えてもらった「まごころ」、そして料理へのあくなき探求心に立ち戻るための、一生をかけた約束でした。

不完全な自分と、鈴の意味

この物語をヒントに、心の技術として落とし込みたかった、この鈴のエピソード。 しかし、正直に言ってしまえば、鈴を一つ持ったところで、特性ゆえに、一旦暴走しはじめるとそれが常に機能するとも限りません。明日もまた余計な一言を言って後悔したり、こだわりから抜け出せずに一日を棒に振ったりするかもしれません。私は、どこまでいっても「のくてい(不器用な者)」のままです。

でも、篤蔵がそうだったように、「自分は暴走してしまう不完全な人間だ」と心の底から自分で認めることが、本当のスタートなのだと思います。

自分の弱さを呪うのではなく、真に自分が大切にしている価値に気づくことが鈴の意味だと思うのです。家族への愛、仕事への誇り、亡くなった人との温もりの思い出――それを、毎日思い出すことがきっと道しるべとなるはずです。

「技術」は、しょせん技術に過ぎません。 最後にブレーキをかけるのは、自分を不完全なままの人間だと認める勇気。そして、一番大切にしたいものを見失わずに生きていこうとする願い。それこそが、俊子が篤蔵に託したあの「鈴」の正体だったのではないでしょうか。

あなたの懐には、いつもどんな鈴を忍ばせていますか?

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