週刊アンチ・ドーピング通信 #10|FIFAワールドカップ開幕直前──2026年5月の最新情報
はじめに
こんにちは、TechKeepです。今週のアンチ・ドーピング情報をお届けします。
前号の第9号では「練習中もオフシーズンも『いつでも禁止』の物質」として、S0〜S5の 常に禁止される物質 と M1〜M3の 常に禁止される方法 の全体像を解説しました。
今号は 2026年5月の最新情報号 です。今月の主なトピックは、2026年6月11日にメキシコシティで開幕する FIFAワールドカップ2026(北米3カ国共催)。FIFAは5月13日に 開催3カ国のNADO(国内アンチ・ドーピング機関)と連携する検査体制 を正式発表しました。会場には 嗜好用大麻が合法化されている州 も含まれますが、アンチ・ドーピングのルールは州法とは独立して適用されます。
加えて、来月6月2〜3日に WADA(世界アンチ・ドーピング機構/World Anti-Doping Agency)のアジア・オセアニア地域シンポジウム が北京で開催されます。2027年WADAコード移行の議論を世界に先駆けて行う重要な会合です。
3〜5分で読める内容で、5月のアンチ・ドーピング動向をキャッチアップしましょう。
トピック① FIFAワールドカップ2026 ── 開催3カ国NADOとの連携を発表
5月13日、FIFAが3機関連携を正式発表
FIFA(国際サッカー連盟)は2026年5月13日、ワールドカップ2026(2026-06-11 メキシコシティ開幕/米・加・墨3カ国共催)に向けて、開催3カ国の NADO(National Anti-Doping Organization・国内アンチ・ドーピング機関) と連携する検査体制を発表しました。
| 国 | 連携機関 |
| アメリカ合衆国 | USADA(U.S. Anti-Doping Agency) |
| カナダ | Sport Integrity Canada(旧 CCES/Canadian Centre for Ethics in Sport。2026年1月に改名・移行) |
| メキシコ | Comité Nacional Antidopaje(メキシコ国家アンチ・ドーピング委員会/MEX-NADO) |
FIFA Chief Legal & Compliance Officer の Emilio García Silvero 氏 は、今回の体制について次のようにコメントしています。
"By working with USADA, Sport Integrity Canada and Mexico's National Anti-Doping Committee, we're strengthening our global anti-doping efforts and reinforcing FIFA's commitment to fair and clean competition."
(FIFA公式発表より引用・原文ママ)
FIFA は今大会のプログラムを「サッカー史上もっとも大規模なアンチ・ドーピングプログラムの一つ(one of the most extensive anti-doping programmes in the history of the game)」と説明しています。
FIFA公式発表で明示された運用
5月13日の発表で明示されている運用は次の2点です:
大会前(競技会外検査・Out-of-Competition Testing):各NADOが FIFA の検査権限と指示の下で実施
大会期間中(競技会内検査・In-Competition Testing):各開催都市会場で、FIFA の DCO(ドーピング・コントロール・オフィサー)を 国内NADOのDCOが補助
TUE申請の期限:大会開始30日前まで
選手・チームスタッフが押さえておくべきポイントが TUE(治療使用特例/Therapeutic Use Exemption)申請の期限 です。FIFA Anti-Doping Regulations(Annexe B 第4項) は、緊急時や例外的事情を除き 大会開始の少なくとも30日前 までの申請を求めています。
2026-06-11 開幕に向けて、5月12日前後 がひとつの目安となります(本記事公開時点ですでに30日前を経過)。
トピック② 大麻合法州で開催される大会 ── 州法とアンチ・ドーピング規則は別
北米3カ国共催ならではの状況
ワールドカップ2026の会場には、カリフォルニア州・ネバダ州など、嗜好用大麻(recreational marijuana)が合法化されている州 が複数含まれます。一方、アンチ・ドーピングのルールは州法とは独立して適用されます。
| 物質 | WADA 2026禁止表での扱い |
| THC(テトラヒドロカンナビノール/Tetrahydrocannabinol) | S8(カンナビノイド) として 競技会(時)に禁止。尿中の 閾値 150ng/mL 超で違反 |
| CBD(カンナビジオール) | 禁止表から 除外(使用可) |
USADA は公式FAQで「マリファナは WADA により競技会(時)に禁止されており、この扱いは選手が居住する州の法律にかかわらず適用される」と明示しています。たとえ滞在先の州で大麻が合法であっても、競技会(時)に THC が検出されれば違反となります。
💊 薬剤師ポイント
CBD は禁止表から除外されていますが、市販の CBD 製品(CBDオイル・CBDグミ等)は 食品・サプリメント扱い のため成分表示義務が緩く、THC が微量混入しているリスク があります。「天然成分」「植物由来」と表示されていても、製造工程での交差汚染が起こりうる点に注意が必要です。
なお、GlobalDRO は 医薬品 の禁止状況を検索するデータベースで、食品・サプリメント・CBD 製品は対象外です。
第三者認証(Informed Sport 等)を取得している製品もありますが、これは 検査時点のロット保証 であり、JADA の検査で違反とならないと保証するものではありません。サプリメントと同じく 使用は自己責任(厳格責任の原則)が前提です。不安があればスポーツファーマシストに相談しましょう。
なお、カンナビノイドは「濫用物質(Substances of Abuse)」 にも該当します。WADAコード 2021年版 第10.2.4条(および FIFA Anti-Doping Regulations 第20条第4項)により、競技会外でスポーツと無関係な使用が立証できれば、初回違反の制裁は 3ヶ月(治療プログラム完了で 1ヶ月 に短縮)に短縮される仕組みがあります。ただし 競技会(時)の使用には適用されません。
トピック③ WADA アジア・オセアニア地域シンポジウム(6月2〜3日・北京)
2027年コード移行のグローバル試金石
来月6月2〜3日、中国・北京で WADA Asia/Oceania Regional Symposium が開催されます。前日の6月1日には政府間会合(Regional Intergovernmental Meeting)も予定されています。
| 項目 | 内容 |
| 開催日 | 2026年6月2〜3日(地域シンポジウム)/6月1日(政府間会合) |
| 場所 | 中国・北京 |
| 主催 | WADA |
| 登録期限 | 2026年5月1日(締切済み) |
メインテーマ:2027年WADAコード移行
このシンポジウムの中心テーマは、WADAが2026年3月に始動した CISP(Code Implementation Support Programme・コード実装支援プログラム) に沿った、2027年WADAコード(2027年1月1日発効予定)の各国規程への落とし込みです。
特に注目される論点:
| 2027年版の新概念 | 内容 |
| 非意図的違反の3段階制裁 | ①経緯のみ立証 → 3年/② 非意図的を立証 → 2年/③ 意図的 → 4年 |
| 遡及的TUE申請の固定2ヶ月制裁 | TUE資格はあったが未申請のケースに対する制裁を 固定2ヶ月 に明確化(第10.2.4条)|
| 「汚染源(Contaminated Source)」の定義拡大 | 製品(Contaminated Product)だけでなく、食品・飲料・環境・接触汚染まで含む |
| 濫用物質・初回制裁を 3ヶ月 → 2ヶ月固定に | 治療プログラムなしでも2ヶ月。暫定資格停止義務も廃止 |
なぜアジアが「世界初の議論の場」になるのか
実は、2026年のWADA地域シンポジウムは波乱含みでした:
欧州シンポジウム(バクー・3月予定)→ 延期
アフリカシンポジウム(カイロ・4月予定)→ 延期
アジア・オセアニアシンポジウム(北京・6月)→ 予定通り ⬅️ 今ココ
米州シンポジウム(リマ・8月予定)→ 予定通り
つまり、北京で6月に行われる議論が、世界で最初の2027年コード移行の本格討議の場 となります。日本(JADA・公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)も国内規程改定に向けて重要な情報収集の機会です。
今月のその他のトピック(5月恒例セクション)
毎月の最新情報号では、以下の3つを 毎月恒例の監視項目 としてチェックします。今月(5月)は大きな動きはありませんでしたが、来月以降も継続注視します。
① 5月の JADA違反事例
2026年5月14日時点で JADA「違反決定一覧」に5月の新規事例の英文プレスリリースは未確認
来月以降もJADA違反決定ページ で継続モニター
② 2027年WADAコード移行関連
CISP(コード実装支援プログラム)が2026年3月始動。ファクトシート・チェックリスト・プレゼン資料を順次提供中
各国NADOは2027年1月1日発効に向けて国内規程の改定作業中
③ IOC・パリ五輪関連
5月中、本記事の調査範囲ではパリ2024関連の新規制裁・剥奪等の大きな動きは確認されず
まとめ
今月のポイントをまとめます。
5月13日、FIFAがワールドカップ2026に向けた 3カ国NADO連携体制(USADA/Sport Integrity Canada/Comité Nacional Antidopaje)を正式発表
大会会場には 大麻合法州(カリフォルニア・ネバダ等) が含まれるが、THC(S8・カンナビノイド)は競技会(時)に禁止(閾値 150ng/mL)── USADA は「州法とは独立して適用される」と明示
市販 CBD 製品は THC 混入リスクが残るため、使用は厳格責任のもとアスリート自身の判断。GlobalDRO は医薬品のみが対象で、CBD 製品・食品・サプリメントは対象外
6月2〜3日に WADA Asia/Oceania シンポジウムが北京で開催 ── 欧州・アフリカは延期のため、世界で最初の2027年コード移行の本格討議の場
2027年版の主要新概念:3段階制裁・遡及的TUE固定2ヶ月・汚染源定義拡大・濫用物質制裁短縮
5月の JADA違反事例・IOC関連の大きな動きはなし(来月以降も継続モニター)
次回の第11号では、「うっかりドーピング・サプリメント編」 をお届けします。世界中で報告されているサプリメント汚染の実態と、JADAでの違反事例(オスタリン混入など)を解説します。
著者プロフィール
TechKeep_pharma
JADA認定スポーツファーマシスト・薬剤師
IRONMANみなみ北海道2024完走
アスリートへのアンチ・ドーピング相談・教育活動を行います。
Kindle書籍「薬剤師・薬学生のためのアンチ・ドーピング入門」準備中
X:https://x.com/TechKeep_pharma
note:https://note.com/techkeep_pharma
ご利用にあたって
禁止表国際基準は最低年1回、WADAコードも随時改定されます。
当アカウントは正確な情報発信を心がけていますが、最新情報は必ずGlobalDRO・JADAの公式情報でご確認ください。
ドーピング違反に関わる最終判断は、アスリート自身の責任において行われます。
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