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週刊アンチ・ドーピング通信 #9|練習中もオフシーズンも「いつでも禁止」の物質がある


はじめに

こんにちは、TechKeepです。今週のアンチ・ドーピング情報をお届けします。

前号の第8号では、禁止物質・禁止方法が「常に禁止される」「競技会(時)に禁止される」「特定競技において禁止される」の3つに分類されることを解説しました。

今回はそのうち「常に禁止される」にフォーカスし、具体的にどんな物質・方法が禁止されているのか、その全体像を整理します。

「常に禁止される」とは、競技会の内外を問わず、練習中もオフシーズンも海外遠征中も、いつでもどこでも禁止されるという意味です。つまり、最も厳しいカテゴリーです。


トピック1 常に禁止される物質(S0〜S5)の概要

常に禁止される物質は、S0からS5までの6つのクラスに分かれています。それぞれの「何が禁止されているのか」「なぜ禁止されているのか」を見ていきましょう。

S0:無承認物質
どの国の行政機関でも治療用途として承認されていない物質が該当します。研究段階の物質やデザイナードラッグなどがここに含まれます。安全性が確認されていないため、健康リスクが極めて高い物質です。

S1:蛋白同化薬(アナボリックステロイドなど)
筋肉の増大や回復促進を目的として使用される物質です。テストステロンやスタノゾロールなどのアナボリックステロイド、近年話題のSARMs(選択的アンドロゲン受容体モジュレーター)もここに含まれます。公正な競争を根本から損なう物質であり、肝障害・心血管系のリスクなど健康被害も深刻です。

S2:ペプチドホルモン・成長因子等
EPO(エリスロポエチン)や成長ホルモン(GH)が代表例です。EPOは赤血球の産生を促進して酸素運搬能力を高めます。自然には得られない身体能力の向上をもたらすため禁止されています。

S3:ベータ2作用薬
気管支拡張作用のある物質です。喘息治療に使われるサルブタモールやホルモテロールもこのクラスに属します。吸入薬については閾値(しきい値)以下であればTUE(治療使用特例/Therapeutic Use Exemption)なしで使用できる例外規定がありますが、経皮投与(貼り薬)や経口投与にはこの例外規定が適用されません

たとえば、小児喘息や咳症状で広く使われる ツロブテロール貼り薬(商品名:ホクナリンテープ) は、同じベータ2作用薬でも吸入薬ではないため例外規定の対象外です。実際にこの貼り薬による違反は日本国内で繰り返し報告されており、家族の処方薬を流用するなど「うっかり違反」が後を絶ちません。詳しくは 第13号 で取り上げます。

S4:ホルモン調節薬および代謝調節薬
アロマターゼ阻害薬やSERMs(選択的エストロゲン受容体モジュレーター)などが含まれます。ステロイドの副作用を隠す目的で使われることがあり、ドーピングの「隠れ蓑」になりうる物質です。

S5:利尿薬および隠蔽薬
フロセミドやヒドロクロロチアジドなど、利尿作用のある薬物が該当します。体重制限のある競技での減量目的や、他の禁止物質を尿から薄めて検出を逃れる「隠蔽」目的で使われるため禁止されています。

ここで身近な例を一つ。「むくみ取り」をうたう市販サプリメントの中には、利尿作用のある成分が含まれているものがあります。サプリメントは医薬品と異なり全成分の表示義務がなく、禁止物質の混入リスクをゼロとは言い切れません。必要な栄養素はできるだけ食事から摂ることが基本です。

薬剤師ポイント:S0〜S5は「常に禁止される」です。オフシーズンだからといって使ってよいわけではありません。競技会外検査でも検出されれば違反になります。


トピック2 常に禁止される方法(M1〜M3)の概要

禁止されるのは物質だけではありません。禁止方法(M1〜M3)も常に禁止される対象です。

M1:血液および血液成分の操作
自己血輸血(自分の血液を抜いて保存し、試合前に戻す)や他者からの輸血、人工酸素運搬体の使用が禁止されています。赤血球を増やして持久力を高める目的で行われます。

M2:化学的および物理的操作
検体(尿や血液)の偽造や操作が該当します。また、12時間以内に合計100mLを超える静脈内注入・注射も原則禁止対象です。

M3:遺伝子および細胞ドーピング
遺伝子編集技術や細胞移植によって競技能力を向上させることを禁止しています。現時点では実用化された事例は報告されていませんが、科学技術の進歩を見越して先行的に禁止されています。

💉 アスリートへのヒント:M2.2の点滴ルール ── 3つに区分して理解

M2.2には 例外規定 がありますが、JADAが2021年8月24日に出した 競技会場等で静脈内注入および/又は静脈注射を行う際の注意喚起 で、WADAの統一見解として 解釈はかなり厳密 であることが示されています。

重要なのは「対象外」「TUE救済可能」「TUE却下=違反確定」の 3つに分けて理解する ことです:

✅ ① 対象外(そもそもTUE不要)

  • 入院施設を有する医療機関 での治療過程・手術・臨床検査

  • 救急車内で開始 された緊急の静脈内注入

⚠️ ② 遡及的TUE申請で救済可能

  • 入院施設のない診療所(クリニック) での治療目的点滴(100mL超)

  • 競技会場での先行点滴 → 病院搬送(救急車内開始でない場合)

  • 医療必要性を立証する医療情報を添付して申請すれば、認められる可能性あり

❌ ③ TUE申請しても認められない/違反確定

  • 自由診療の美容・疲労回復目的の点滴(にんにく注射・プラセンタ点滴・高濃度ビタミンC点滴・白玉注射 等)

  • 競技会での脱水症状や怪我などに対し、医師の適正な診断に基づいて治療目的で行う点滴とは異なり、自由診療で疲労回復・美容を目的に行う点滴は、そもそも 「疾患の治療」に該当しない ため、ISTUE(治療使用特例に関する国際基準)4.1条の付与要件 ──「禁止物質又は禁止方法が当該病態の適応治療であり、合理的に許容される治療上の代替手段がないこと」── を満たしません

  • したがって TUE を申請しても 認められず、競技者は 使用しないのが原則

行動指針

  • 治療目的で点滴を受けた場合は速やかに遡及的TUE申請を(医師の診断・医療情報の添付が必須)

  • 自由診療の美容・疲労回復目的の点滴は、競技を続ける限り使用しない

  • 判断に迷うときはスポーツファーマシストに相談


トピック3 まとめと次号予告

ここまで、常に禁止される物質S0〜S5と常に禁止される方法M1〜M3の全体像を見てきました。

整理すると以下のとおりです。

  • 常に禁止される物質(S0〜S5):無承認物質、蛋白同化薬、ペプチドホルモン、ベータ2作用薬、ホルモン調節薬および代謝調節薬、利尿薬および隠蔽薬

  • 常に禁止される方法(M1〜M3):血液および血液成分の操作、化学的および物理的操作、遺伝子および細胞ドーピング

  • 「常に禁止される」=いつでもどこでも禁止。オフシーズンも練習中も例外なし

次号は 第10号「2026年5月の最新情報」(月次最新情報号)です。WADA(世界アンチ・ドーピング機構/World Anti-Doping Agency)・JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)の5月の動向をお届けします。

なお、本号トピック2で触れた S3 ベータ2作用薬の深掘り(ツロブテロール違反事例8件)第13号 で取り上げます。

薬を使用する前に、まずGlobalDRO(https://www.globaldro.com/JP/search)で確認する習慣をつけましょう。不安なことがあれば、スポーツファーマシストに相談してください。

本記事投稿時点の禁止物質分類です。最新情報はWADA禁止表またはGlobalDROでご確認ください。


著者プロフィール

TechKeep_pharma
JADA認定スポーツファーマシスト・薬剤師
IRONMANみなみ北海道2024完走
アスリートへのアンチ・ドーピング相談・教育活動を行います。
Kindle書籍「薬剤師・薬学生のためのアンチ・ドーピング入門」準備中
X:https://x.com/TechKeep_pharma
note:https://note.com/techkeep_pharma


ご利用にあたって

禁止表国際基準は最低年1回、WADAコードも随時改定されます。
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ドーピング違反に関わる最終判断は、アスリート自身の責任において行われます。

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