週刊アンチ・ドーピング通信 #13|【すべてのアスリート必読】貼り薬1枚で最長2年の資格停止事例も!
はじめに
こんにちは、TechKeepです。今週のアンチ・ドーピング情報をお届けします。
前号の第12号では TUE(治療使用特例/Therapeutic Use Exemption) の制度を解説しました。
すべてのアスリート必読!その理由は?
今回取り上げるのは、ツロブテロールテープ(商品名:ホクナリンテープ 等)による違反事例です。前号で解説した TUE の 実例 ── 「TUE申請の対象でありながら、構造的に申請が認められにくい例」 にあたります。
なぜ「すべてのアスリート必読」なのか。それは、ツロブテロールテープが 喘息や咳の治療でごく普通に処方される身近な薬 でありながら、医師任せにしていると競技者なら誰でも違反に巻き込まれうるからです。代替薬として吸入β2作用薬が存在するため、ISTUE(治療使用特例に関する国際基準)4.2条の 「他に代えられる合理的な治療法がない」 という付与条件を満たすのが容易ではなく、TUEによる救済も期待しにくいのが実情です。実際、JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)の規律パネル決定文書には、繰り返しこの薬による違反が記録されています。
そして後半では、最新の実例から どんな競技者にも当てはまる教訓 ── 医師にどう伝え、医師をどう選び、自分でどう確認するか ── を掘り下げます。
トピック① S3 ベータ2作用薬と吸入薬のルール
S3(ベータ2作用薬)は 常に禁止される物質 ですが、喘息治療に欠かせない吸入薬には例外規定が設けられています。
TUE申請不要で使用できる吸入β2作用薬は4種類(いずれも吸入・規定の範囲内の場合):
サルブタモール(吸入):24時間で1,600μg以内
ホルモテロール(吸入):24時間で54μg以内
サルメテロール(吸入):24時間で200μg以内
ビランテロール(吸入):24時間で25μg以内
このうち サルブタモールとホルモテロールには、尿中濃度の閾値(サルブタモール1,000ng/mL・ホルモテロール40ng/mL)も定められています。規定量を超えて使うと閾値を超え、「治療目的の使用ではない」と推定されて違反が疑われます。
つまり、喘息治療のために上記4種の吸入薬を規定の範囲内で使用する場合は、TUE申請なしで使用できます。「喘息治療薬はすべて TUE申請が必要」というのは誤りです。
ただし、この例外規定が適用されるのは、上記4種の物質を「吸入」で使う場合に限られます。「すべての吸入薬がOK」ではありません。同じベータ2作用薬でも、4種以外の物質や、**吸入以外の投与経路(経口・経皮=貼り薬など)**には適用されません。ここが重要なポイントです。
💊 薬剤師ポイント:吸入のサルブタモール・ホルモテロール・サルメテロール・ビランテロールは、規定の範囲内なら TUE不要です。…「吸入」と「経皮(貼り薬)」を混同しないことが大切です。
※ この4種は 2026年版(本記事執筆時点)の禁止表 に基づきます。吸入で例外的に認められる物質は 年々追加・変更されることがある ため、毎年1月の改定後は最新の禁止表(GlobalDRO・JADA)で必ずご確認ください。
📌 試験対策ポイント
吸入β2作用薬の扱いは JSPO-AT検定試験で頻出です。実際の出題例:
「(喘息の)薬物使用については必ずTUE申請が必要」→ 誤り(2023年度問40)── 吸入サルブタモールは用法用量を守れば使用可
「ベータ2作用薬のうち吸入サルブタモールは用法用量を守れば使用できる」→ 正しい(2022年度問83)
「治療に使用される吸入β2作用薬もドーピング検査の対象となる」→ 正しい(2019年度問15)
S3(ベータ2作用薬)の出題では、これまで 「吸入」 が中心でしたが、トピック2以降でお伝えする 「貼り薬(経皮)」のツロブテロール(ツロブテロールテープ) は近年違反事例が相次いでいるため、今後は出題が増えると予想されます。要チェックです!
トピック② ツロブテロールテープの問題点
ツロブテロールはベータ2作用薬の一種で、S3に分類される常に禁止される物質です。日本では「ホクナリンテープ」などの商品名で、ツロブテロールテープとして広く使われています。
この薬による違反が後を絶たない理由は、主に3つあります。
1つ目は、「貼り薬だから大丈夫」という誤解です。飲み薬や注射と比べて、貼り薬は禁止物質を含んでいるという意識が持たれにくい傾向があります。しかし、経皮吸収で有効成分が体内に入る点では飲み薬と同じです。
2つ目は、家族の薬を流用してしまうケースが多いことです。子どもに処方されたツロブテロールテープを、咳が出た親が自己判断で使用するといったケースが実際に起きています。そもそも、他人に処方された薬を使用してはいけないという医療上の原則がありますが、家族間では特にその意識が薄くなりがちです。
3つ目は、医師に「ドーピング検査の対象である」と伝えていないことです。診察した医師がアンチ・ドーピングの専門家であるとは限らないため、患者が競技者であることを知らなければ、通常の治療薬として処方します。
トピック③ ツロブテロールテープ違反事例(国内全9件)
JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)の規律パネル決定文書から、ツロブテロールによる違反事例を調査しました。2014年度から2025年度にかけて9件が確認され、複数の競技にまたがっています。どの競技でも起こりうる問題です。
以下の表は、個人の特定を避けるため事件番号の一部と競技名を伏せて掲載します。全件が治療目的での使用であり、意図的なドーピングは1件もありません。
| 事件番号 | 競技 | 入手経緯 | 制裁 |
| 2014-███ | ███ | 長男の処方薬を流用 | 3ヶ月 |
| 2014-███ | ███ | 監督紹介の医師が処方 | 2ヶ月 |
| 2014-███ | ███ | かかりつけ医が処方 | 3ヶ月 |
| 2018-███ | ███ | 医師の処方(喘息既往) | 3ヶ月 |
| 2019-███ | ███ | 高校時代の残薬を再使用 | 2年 |
| 2019-███ | ███ | 母親の薬を自己判断で使用 | 10ヶ月 |
| 2023-███ | ███ | 医師が咳止めとして処方 | 14ヶ月 |
| 2024-███ | ███ | 知人からテープを入手 | 18ヶ月 |
| 2025-███ | ███ | 検査対象と伝え禁止物質回避を依頼したが、医師がそのまま処方 | 4ヶ月 |
「他人の薬・家族の薬」が落とし穴です。 9件中4件は、自分に処方されたものではない薬を使用した事例です。長男の処方薬を流用したケース、母親の薬ボックスから取り出して使用したケース、知人からもらったケースなど、「ちょっと借りただけ」が深刻な結果につながっています。そもそも、他人向けに処方された薬を使用することは医療上も認められていません。
今回の9件の制裁は、2ヶ月から最長2年でした。 最も重い2年の処分を受けた事例は、過去にテープ形式の薬がドーピング規制に抵触すると知っていながら再使用したケースでした。一方、最も軽い2ヶ月の事例は、監督紹介の医師が処方し、チームトレーナーも確認に関与していたケースです。「知っていたのに使った」か「知る機会がなかった」かで、制裁の重さが大きく変わっています。
ただし、この「2ヶ月〜2年」は、あくまで"治療目的(意図的なドーピングではない)"だった9件の範囲です。ツロブテロールは 特定物質 に分類されるため、競技力向上を狙った 意図的な使用と立証された場合は、原則4年の資格停止 になりえます。
近年、制裁は厳格化の傾向にあります。 2014年の3件は2〜3ヶ月でしたが、2023〜2024年の2件は14〜18ヶ月です。同じ薬・同じ治療目的でも、適用される規程の改定により制裁は重くなっています。
📌 最新事例(2025年・ツロブテロールテープ剤)が示す教訓 ──「医師に伝えても、自分でも確認を」
この競技者は受診時に「検査対象になり得ること」「禁止物質を含む薬は避けたいこと」を医師に伝え、コーチ紹介の経験豊富な医師を選んでいました。それでも医師が禁止物質含有を告げずにツロブテロールテープ剤を処方し、検出に至っています。規律パネルは、この事前申告や医師選定の妥当性を「酌むべき事情」とする一方、ネット検索等で自分でも調べれば容易に分かったのに確認しなかった点には過失があると認め、両者を総合して原則2年→4ヶ月に短縮しました。
医師への申告は違反を防ぐ第一歩であり、万一のときの軽減の根拠にもなります。ただしそれだけでは不十分で、最終確認は GlobalDRO(医薬品の禁止状況検索データベース)やスポーツファーマシストで 自分自身でも 行うことが競技者を守ります。
トピック④ TUE申請の現実 ── なぜ通りにくいのか
「処方薬だから TUE申請すれば大丈夫」と思われるかもしれません。しかし、ツロブテロールの TUE申請は構造的に通りにくいのが実情です。
構造的な理由:ISTUE 4.2条「代替治療なし」要件を満たしにくい
第12号で解説した TUE付与4要件のうち、③「他に代えられる合理的な治療法がない」 という要件があります。
(第12号 TUE解説号 詳細:https://note.com/techkeep_pharma/n/n2d642b7a36bb)
ツロブテロールが治療対象とする気管支喘息には、吸入β2作用薬(サルブタモール・ホルモテロール等)という標準治療が確立しています。これらは規定の範囲内の使用なら TUE不要で使用可能です。
そのため、医学的に見ると:
「吸入薬で十分に治療できるのに、わざわざ経皮(貼り薬)の禁止物質を使う必要性」を立証するハードルが非常に高い
これがツロブテロール TUE申請の核心です。ISTUE上「代替治療がある」と判断されれば、TUE申請は付与条件を満たさなくなります。
JADA文書から読み取れること
9件の事例のうち、TUE(治療使用特例)の事後・遡及的申請が記録されているのは2件 です。いずれも違反認定は覆りませんでした。
1件目(事例4・2018-███)では:
競技者によるTUE申請書と JADA TUE委員会の判定書が証拠として参照されている
しかし規律パネルは違反を認定し、3ヶ月の資格停止を科した
TUE委員会の判定内容は文書本文に「承認」「却下」のいずれとも明示されていないが、TUE承認なら違反不成立だったはずなので、事実上の不承認だったと推認される
2件目(最新の2025-███)でも、競技者は陽性通知後に 遡及的TUE申請 を行いましたが、違反認定は覆りませんでした。この競技者は 遡及的TUE申請が可能なカテゴリー のアスリートでしたが(遡及的TUEの要件・対象となるアスリート・カテゴリーは第12号で解説:https://note.com/techkeep_pharma/n/n2d642b7a36bb)、**処方した医師から申請への協力が得られず、提出が遅れた** ことも決定文書に記録されています(競技者の責めに帰さない遅延分は、資格停止の開始日を一部遡及させる事由として考慮されました)。禁止物質を説明せずに処方した医師が、その後の救済手続き(TUE申請)にも協力してくれるとは限らない ── この点は次のトピック5にも直結します。
📌 正確な理解のために
JADAの公開文書には「ツロブテロールテープは TUE却下される」と一般原則として明示した記述はありません。
ただし ISTUE 4.2条の付与条件と、吸入β2作用薬という代替治療の存在から、医学的正当化が容易ではない という構造があるのです。
ここから得られる教訓は明確です。医師が処方した薬であっても、アンチ・ドーピングのルール上は使用してよいとは限りません。処方を受ける前に、必ずスポーツファーマシストに相談してください。
📌 補足:TUE申請には3つの種類がある
①初回申請(使用前・原則30日前まで)/②継続申請(更新。有効期限の30日前までに再申請)/③遡及的申請(検査後など例外的に事後申請)。
喘息やADHDなどの慢性疾患でも TUEは自動更新されず、有効期限ごとに「継続申請」が必要 です(TUEの基本は第12号で解説)。
トピック⑤ 見落とされがちな大原則 ──「医師選びもアスリートの責任」
最新事例(2025年)には、もう一つ重要な論点が含まれています。それは 「誰に診てもらうか(医師の選定)も、アンチ・ドーピング上はアスリート自身の責任である」 という原則です。
JADAの規律パネル決定文書は、禁止物質を体内に入れない責任が競技者自身にあること(規程2.2.1項)を前提に、その解説(規程10.5項の解説)を引いて、競技者は アンチ・ドーピングとの関係において、医師の選定についても自ら責任を負う と明示しています。
つまり、次のような理由は原則として免責にはなりません。
「専門の先生に任せたから大丈夫だと思った」
「有名な医師・経験豊富な医師だから問題ないと思った」
極端に言えば、選んだ医師が禁止物質を含む薬を処方してしまった場合でも、その医師を選んだこと自体の責任の一端はアスリートにある ── これがアンチ・ドーピングの考え方です。「医師に任せきり」では自分を守れません。
しかも今回の事例では、その医師は禁止物質を説明せずに処方しただけでなく、陽性判明後の遡及的TUE申請にも協力しなかった ことが決定文書に記録されています。このことから、競技者の負担はさらに増したものと推測されます。医師選びの重要性は、処方を受ける場面だけでなく、万一のときの救済手続きにまで及ぶ のです。
ここで誤解してはいけないのは、この医師が「治療の下手な医師」だったわけではない、という点です。喘息や咳の治療という意味では適切に対応しており、医療者としての腕に問題があったわけではありません。足りなかったのは アンチ・ドーピングという別領域の知識と対応 です。治療の腕とアンチ・ドーピングの知識は別物 ── だからこそ競技者は、この「別領域」までカバーできる備えを自分で整える必要があります。
📌 ただし「妥当な医師選び」は酌量される
今回の事例では、競技者はコーチの紹介で有力選手の診療経験がある医師を選んでおり、規律パネルは医師選定自体に不適切な点はないと評価しました。この「妥当な医師選び」と「事前申告」が、過失を軽くする方向に働いています。責任を負うこと=必ず重い制裁、ではありません。
ここから導かれる実務上のポイントは2つです。
可能なら、アンチ・ドーピングに知見のある専門家を選ぶ ── スポーツドクターや、スポーツファーマシストが関わる医療機関など。医師選定の「妥当性」を高めておく
どの医師にかかる場合でも、処方された薬は最終的に自分で確認する ── GlobalDRO(医薬品の禁止状況検索データベース)で調べ、不安があればスポーツファーマシストに相談する
「アンチ・ドーピングの観点でも信頼できる医師を選ぶ」ことと「自分でも確認する」ことは、どちらか一方では足りません。この2つは競技者を守る両輪 です。
まとめ
今週のポイントをまとめます。
S3 ベータ2作用薬は常に禁止される物質だが、吸入薬(サルブタモール・ホルモテロール・サルメテロール・ビランテロールの4種)は規定の範囲内なら TUE不要で使用可能
ツロブテロールテープは、吸入で例外的に使える4種に含まれず、かつ経皮投与のため、そもそも吸入薬の例外規定の対象外
国内で確認された違反は9件(複数の競技にまたがる)。その9件の制裁は2ヶ月〜最長2年で、近年は厳格化の傾向(※特定物質ゆえ、意図的な使用と立証されれば原則4年)
全件が治療目的の使用。意図的なドーピングは1件もない
「他人の薬・家族の薬」を使用したケースが9件中4件と目立つ
医師に伝えても、自分でも GlobalDRO等で確認を。申告は軽減の根拠になるが、自己確認を怠れば過失は残る(2025年の最新事例)
医師の選定もアスリートの責任(規程10.5項の解説)。「良い医師選び」+「自己確認」の両輪で身を守る
TUE申請は構造的に通りにくい(ISTUE 4.2条「代替治療なし」要件を満たすのが容易でない)
JADA文書では一般原則として「却下」と明示はないが、事例4の判定は事実上の不承認と推認される
薬を使用する前に、スポーツファーマシストに相談を
次回の第14号では、もう一つの「TUE申請が認められない例」── 漢方薬 を取り上げます。ツロブテロールが「代替薬の存在で認められにくい」のに対し、漢方薬は 「全成分の特定が困難で TUE申請自体ができない」 という別の構造的な壁があります。
本記事投稿時点の禁止物質分類です。最新情報はWADA禁止表または GlobalDRO(医薬品の禁止状況検索データベース)でご確認ください。
著者プロフィール
TechKeep_pharma
JADA認定スポーツファーマシスト・薬剤師
IRONMANみなみ北海道2024完走
アスリートへのアンチ・ドーピング相談・教育活動を行います。
Kindle書籍「薬剤師・薬学生のためのアンチ・ドーピング入門」準備中
X:https://x.com/TechKeep_pharma
note:https://note.com/techkeep_pharma
ご利用にあたって
禁止表国際基準は最低年1回、WADAコードも随時改定されます。
当アカウントは正確な情報発信を心がけていますが、最新情報は必ず GlobalDRO・JADAの公式情報でご確認ください。
ドーピング違反に関わる最終判断は、アスリート自身の責任において行われます。
※ note自動翻訳は機械的翻訳のため、専門用語が必ずしも WADA公式英語表記と一致しない可能性があります。正確な情報は WADA公式(wada-ama.org)または JADA公式(playtruejapan.org)をご参照ください。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!
いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!