週刊アンチ・ドーピング通信 #14|「葛根湯はNG?」競技者が漢方を避けるべき理由
はじめに
こんにちは、TechKeepです。今週のアンチ・ドーピング情報をお届けします。
前号の第13号では、ツロブテロール(ホクナリンテープ)の違反事例9件を取り上げ、「TUE(治療使用特例/Therapeutic Use Exemption)申請の対象でありながら、代替薬があるため構造的に認められにくい例」 を解説しました。
今号は「TUE申請が認められない例」のもう一つの典型 ── 漢方薬 です。
ツロブテロールが「代替薬の存在で認められにくい」のに対し、漢方薬は 「全成分の特定が困難で TUE申請自体ができない」 という別の構造的な壁があります。「天然由来だから安心」「東洋医学は古くからの知恵」── そう思われがちな漢方薬ですが、アンチ・ドーピングの観点では 競技者には推奨できない のが現実です。なぜなのか、JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)の公式見解とともに整理します。
トピック① 漢方薬の特殊性 ── 全成分の特定が困難
漢方薬は 複数の生薬(動植物・鉱物由来の天然物)を組み合わせて作られる 製剤です。
例えば、誰もが一度は飲んだことがある 「葛根湯」 の構成生薬:
| 生薬名 | 主成分 |
| 葛根(カッコン) | プエラリン、ダイゼイン等 |
| 麻黄(マオウ) | エフェドリン、プソイドエフェドリン(→ 後述) |
| 桂皮(ケイヒ) | シンナムアルデヒド等 |
| 芍薬(シャクヤク) | パエオニフロリン等 |
| 甘草(カンゾウ) | グリチルリチン等 |
| 生姜(ショウキョウ) | ジンゲロン、ショウガオール等 |
| 大棗(タイソウ) | サポニン等 |
7種類の生薬それぞれが 多数の天然化合物 を含んでいます。これらすべてを特定し、禁止物質が含まれていないことを保証することは、現在の科学技術では事実上不可能です。
トピック② 禁止物質を含む代表的な生薬
JADAが特に注意喚起している生薬を、WADA禁止表での分類とあわせて整理します。
| 生薬名 | 含有禁止物質 | WADA分類 | 含まれる主な漢方薬 |
| 麻黄(マオウ) | エフェドリン、プソイドエフェドリン | S6(興奮薬) | 葛根湯、小青竜湯、麻黄湯、麻杏甘石湯、防風通聖散 |
| ホミカ | ストリキニーネ等 | S6(興奮薬) | (限定的) |
| ハンゲ(半夏) | エフェドリン様アルカロイド | S6(興奮薬) | 半夏厚朴湯、小柴胡湯 |
| ブシ(附子) | ヒゲナミン等 | S3(β2作用薬) | 麻黄附子細辛湯、桂枝加朮附湯 |
| 細辛(サイシン) | ヒゲナミン等 | S3(β2作用薬) | 麻黄附子細辛湯、小青竜湯 |
| 南天実(ナンテンジツ) | ヒゲナミン | S3(β2作用薬) | (咳止め系) |
| 呉茱萸(ゴシュユ) | ヒゲナミン | S3(β2作用薬) | 呉茱萸湯 |
| 丁子(チョウジ) | ヒゲナミン | S3(β2作用薬) | (主に外用) |
(※ ヒゲナミンは2017年から WADA禁止表の S3=β2作用薬に明記されている物質で、植物由来でも尿から検出されることがあります。エフェドリンも WADA禁止表に S6=興奮薬として収載されています。)
つまり、風邪のときに広く使われる葛根湯・小青竜湯・麻黄湯はすべて、エフェドリン(S6・興奮薬)を含む ことになります。
さらに見落とせないのが、禁止される"時期"が成分によって異なる点です。
エフェドリン(S6・興奮薬)=競技会(時)に禁止(麻黄を含む葛根湯・麻黄湯・防風通聖散 など)
ヒゲナミン(S3・β2作用薬)=常に禁止(競技会の内外を問わず、オフシーズンや練習期でも禁止)
ヒゲナミンを含む生薬(ブシ・細辛・南天実・呉茱萸・丁子)を配合した漢方(麻黄附子細辛湯・小青竜湯・桂枝加朮附湯・呉茱萸湯 など)は、競技会の有無にかかわらず競技者は使用できません。「競技会のときだけ気をつければよい」ではない点に注意が必要です。
トピック③ なぜ漢方薬はTUE申請できないのか
「医師の処方であれば TUE申請すれば使えるのでは?」── そう思われるかもしれませんが、漢方薬の場合 TUE申請は事実上不可能 です。
理由:
TUE申請には「使用する物質名」を特定して記載する必要がある
しかし漢方薬は多数の天然化合物の混合物
すべての含有物質を特定して記載することができない
→ TUE委員会も「何を許可すべきか」を判断できない
→ 結果として TUE申請は受理されない/承認されない
⚠️ TUEは「禁止物質を特定したうえで、医療上必要だから使ってよい」という承認制度
物質を特定できなければ、そもそも申請できないのです。
トピック④ JADAの公式見解
JADAのクリーンアスリート向けサイト「Real Champion」にも漢方薬についての注意喚起が掲載されています。
🔗 JADA Real Champion 「漢方薬」ページ
主要な記述(要約):
生薬の不確実性:漢方薬は天然物(動植物)由来の生薬を用いるため、含有成分のすべてが明らかになっているわけではない
保証不可能性:「漢方薬に禁止物質が含まれていない」と全世界共通ルール上保証することは不可能
既知の禁止成分含有:一部の漢方薬には禁止物質が含まれていることが既に判明している
JADAは具体的に 「医師から漢方薬を勧められた場合でも、漢方薬以外で治療できないか必ず相談する」 ことを推奨しています。
トピック⑤ どう向き合うか ── 東洋医学の否定ではなく
ここまで読むと「漢方は全部ダメなのか」と思われるかもしれません。スポーツファーマシストの立場から補足します。
東洋医学そのものを否定するわけではありません。日本の医療制度の中でも漢方薬は重要な役割を果たしています。
競技者に限り、現在のWADA規程下では推奨できない ── これが正確な表現です。
競技を引退した後など、アンチ・ドーピング規程の対象でなくなれば、漢方薬の使用がアンチ・ドーピング上問われることはありません。
💊 薬剤師ポイント
漢方薬は天然成分の組み合わせで、全成分の把握が困難
禁止物質を含む生薬(麻黄・ヒゲナミン含有生薬など)が複数知られている
TUE申請ができないため、競技者は(競技会の有無を問わず)「漢方薬以外の選択肢」を医師に相談すること
医師は患者がアスリートだと知らない可能性が高い ── 自分から伝える必要がある
まとめ
今週のポイントをまとめます。
漢方薬は複数の生薬の混合物で、全成分の特定が困難
麻黄(エフェドリン・S6)/ヒゲナミン含有生薬(ブシ・細辛・南天実など・S3)は明らかに禁止物質を含む
麻黄(S6)含有の漢方(葛根湯・麻黄湯・防風通聖散など)は競技会(時)に、ヒゲナミン(S3)含有の漢方(麻黄附子細辛湯・小青竜湯など)は競技会の内外を問わず"常に"、競技者は使用不可
TUE申請は事実上不可能(物質特定ができないため)
JADA公式見解(Real Champion 漢方薬ページ)も同様の注意喚起
東洋医学を否定するのではなく、競技者は漢方以外の選択肢を医師に相談する
医師は患者がアスリートだと知らない可能性が高い ── 自分から伝える
次回の第15号は 2026年6月の最新情報号(月次)です。WADA(世界アンチ・ドーピング機構/World Anti-Doping Agency)・JADA の動向、6月中の主要なトピックをお届けします。
著者プロフィール
TechKeep_pharma
JADA認定スポーツファーマシスト・薬剤師
IRONMANみなみ北海道2024完走
アスリートへのアンチ・ドーピング相談・教育活動を行います。
Kindle書籍「薬剤師・薬学生のためのアンチ・ドーピング入門」準備中
X:https://x.com/TechKeep_pharma
note:https://note.com/techkeep_pharma
ご利用にあたって
禁止表国際基準は最低年1回、WADAコードも随時改定されます。
当アカウントは正確な情報発信を心がけていますが、最新情報は必ず GlobalDRO(医薬品の禁止状況検索データベース)・JADAの公式情報でご確認ください。
ドーピング違反に関わる最終判断は、アスリート自身の責任において行われます。
※ note自動翻訳は機械的翻訳のため、専門用語が必ずしも WADA公式英語表記と一致しない可能性があります。正確な情報は WADA公式(wada-ama.org)または JADA公式(playtruejapan.org)をご参照ください。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!
いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!