最後が近い時の伝え方
こんにちは、東京ベイ・浦安市川医療センター(TBMC) 集中治療部門のフェローです。
生命予後がかなり短いと考えられる患者さんのご家族に、病状説明をしないといけないことがあります。
emotional bankが空になるような、なるべくしたくない病状説明ですよね。
でもだからといって、事実を曖昧に伝えたり、正しい情報を伝えないことは、許されないことですよね。
私はこの説明のとき、最初に、
「あらかじめお伝えしておきますが、今日お話しする内容は悪い知らせです」
とお伝えします。
この一言で、ご家族の表情が変わります。
目を見開いたり、口元を押さえたり、急に涙があふれたりする。
その反応を見ながら、少し間を置いて、
「〇〇さんの死が目前に迫っています。本日から明日にかけて亡くなる可能性が高いです」
と伝えたりします。
そして必ず家族の願いに心から共感することを忘れないようにしています。
私もみなさまと同じように、〇〇さんが以前のように元気に会話できるようになることを願っていました。そして、そうなるように治療を続けてきました。しかし…
これらの言葉について、最近これで良いのか?と思ったりしています。
「もうすぐ死にます」は、ストレートすぎ
伝えたい内容だけを考えれば、
「もうすぐ死にます」
が一番分かりやすい。
でも、大切な人が亡くなろうとしているご家族に向かって、この言葉をそのまま投げるのは、いくらなんでもひどすぎます。
一方で以前にも書きましたが、「かなり厳しい状態です」とは言いません。
厳しい、厳しいと繰り返しても、実際には現在の重症度も残されている時間も、重要な情報を何も伝えられないからです。
だから、
「死が目前に迫っています」
「亡くなる時が近づいています」
「本日から明日にかけて亡くなる可能性が高いです」
などを使っています。
ただ、「死が目前に迫っています」も、改めて文字にすると結構硬い。
ニュースの原稿みたいですね。
「亡くなる時が近づいています」の方が少し柔らかい。
でも、言葉を柔らかくしすぎて伝わらなくなっても困る。
医学用語より「危篤」の方が伝わることがある
かなりはっきり説明したつもりなのに、ご家族の反応を見ていると、
「あれ、まだ伝わってないな」
と思うことがあります。
もちろん情報が伝わっていないのか、それとも反応できないくらいショックを受けているのか、その二つは外からでは区別できません。
まだ言われて半信半疑という場合もあると思います。
そんなとき、
「いわゆる危篤という状態です」
と付け加えることがあります。
医療者にとって危篤という言葉は、かなり大ざっぱですよね。
検査値で定義されているわけでもないし、カルテに危篤と書くことなんてありません。
でも「もう本当に危ないんだ」
ということが、一言で伝わることがあります。
医学的に精密な説明をしたあと、最後に「危篤です」で翻訳が完成する。
専門家として若干複雑な気持ちになりますが、内容が正しく伝わることが大切と思っています。
そして「旅立つ」も結構使ってしまう
私は、
「旅立たれる時が近づいています」
という表現も結構使います。
「曖昧な表現では死が近いことが伝わらない」と考えているのに、自分でも堂々と婉曲表現を使っている。
なんで??という話です。
ただ、振り返ってみると、最初から「旅立たれます」だけで説明することはほとんどありません。
まず、
「亡くなる可能性が高いです」
「死が目前に迫っています」
と伝える。
そのあと、ご家族の表情や反応を見ながら、
「お別れの時間が近づいています」
「旅立たれる時が近づいています」
と話しています。
そう考えると、同じ「死」を表す言葉でも、役割が少し違うのかもしれません。
同様に「厳しい」も全く使わないわけではありません。
きちんと情報を伝えることができたと思ったら、使っても良いと思っています。
最初は、事実を伝えるための言葉。
そのあとは、その事実を受け取ったご家族と話を続けるための言葉。
直接的であれば、それでいいのか
調べてみると、終末期のコミュニケーションでは、患者さんやご家族の表情、反応、文化的背景などを読み取りながら、医師が言葉を調整していることを扱った研究があります。
その営みを「emotionally reflexive labour」と表現した研究もあります。
うーん、これだけだと何を意味しているかちんぷんかんぷんだ。
要するに、相手を見ながら言葉を変えるということらしい。
まあ、そうですよね。
あるご家族には「亡くなる」とはっきり言った方が伝わる。
あるご家族には、「危篤です」と言った方が伝わる。
「もうお別れなんですね」とご家族自身が話されたら、こちらも「そうですね、お別れの時間が近づいています」と返す。
そこに突然、「ええ、お別れというより、正確には死が切迫しています」と訂正を入れる必要はないでしょう。
死について明確に話すことと、相手に合わせて言葉を選ぶことは、どちらも必要なことでしょう。
それでも、伝わっているかは確認したい
繰り返しになりますが、婉曲表現だけに頼るのはやっぱり怖いと思っています。
「状態は非常に厳しいです」
「旅立たれる時が近づいています」
と伝えて、ご家族が「まだ数週間くらいはあるのかな」と受け取っていたら、こちらの意図とは全く違います。
だから私は、時間が本当に短いのであれば、
「今日から明日にかけて亡くなる可能性が高いです」
というところまでは言いたい。
なぜなら、ご家族にはその情報をもとに考えることがあるからです。
遠くにいる家族を呼ぶのか。
会っておきたい人はいるのか。
そばで時間を過ごすのか。
大切な人との残された時間が数時間しかないのであれば、そのことを知らないまま過ごしてほしくはありません。
ただ、その事実を一度伝えたあとまで、ずっと同じ強さの言葉を使い続ける必要があるのか。
そこは自分でもよく分かりません。
おわりに
明確に事実を伝える言葉と、会話を続けるための言葉。
この辺を、ご家族の表情や反応を見ながら毎回行ったり来たりしています。
終末期のコミュニケーションでは、この言い方でよかったのかな、と悩みは尽きません。
皆さんは、「もうすぐ亡くなる」ということを、どんな言葉で伝えていますでしょうか。
それではまた、ICUの片隅でお会いしましょう
当院では一緒に働いてくれる仲間を募集しております。
看護師さんも募集しております。
よろしくお願いします。
