東南アジア①タイ(後編) 悠久の川に映るバンコクの現代建築を巡る
こんばんは。
アユタヤの遺跡で刻の重みを感じた後、私は再び首都バンコクへと戻り、この町の「今」を象徴する現代建築の迷宮へと足を踏み入れました。
00│マハナコンタワー
都市の解体と自然の隆起の融合

タイの首都バンコクにそびえたつマハナコンタワーは、単なる超高層ビルという枠組みを超え、現代建築における「完成」と「未完」の境界線を揺るがす傑作です。設計を手掛けたオーレ・シェーレンは無機質な巨大建築を人間、そして都市へと開放するために「ピクセル化」という独自の哲学をこの建築に注ぎ込みました。
この建築の象徴である、まるで地面が削り取られたかのような凹凸は、デジタル世界の最小単位であるピクセルを模したものです。通常の高層ビルが滑らかな外壁によって内部の営みを隠蔽するのに対し、マハナコンはあえてその表面を剥ぎ取るという対極の手法を選びました。剥き出しになった内部構造やバルコニーはビルの中で人々が生き、活動しているという生命のプロセスを都市に対して視覚的に提示しています。

また、頂部に向かうにつれてピクセルが激しさを増し、空の中に溶けていくようなシルエットは、建築が持つ威圧感へのアンチテーゼでもあります。天を突く権威としての塔ではなく、空との境界線を曖昧にすることで、巨大な質量を軽やかな存在へと昇華させているのです。これは、建築が都市の空を独占するのではなく、空の一部として溶け込んでいく極めて詩的な表現といえます。
設計のインスピレーションの源泉は、古来より存在する山の起伏や浸食された崖といった地質学的な造形にまで遡ります。フラットなバンコクの平野に、突如として隆起した岩山のようなあら荒々しさを持ち込むことで、超近代的なデジタル美学と原始的な自然の力強さを共存させました。このピクセルによって生み出された段差は、居住者に空中に突き出したテラスという特権的な外部空間を提供し、地上300m近い高さで熱帯の風を感じながら都市の一体化する「空中庭園」としての役割をはたしています。

さらに最上階に位置するスカイバー「スカイ・ビーチ」では、この独創的な建築の一部となってバンコクの町並みを一望することが出来ます。カクテルを片手に遮るもののない360度のパノラマに身をゆだねるひと時は、まさに都市のエネルギーを全身で享受する体験となるでしょう。

タイ語で「偉大な都市」を意味するその名の通り、このビルは単に完結した彫刻ではありません。絶えず変化し、カオスを孕みながら成長し続けるバンコクという都市の生命力をピクセルの連なりによって鮮やかに映し出しているのです。
00│シャトルボート

マハナコンタワーを後にした私は、船上バスに揺られてアイコンサイアムへと向かいました。チャオプラヤ川を登るように進む船の上からはフォーシーズンズホテルバンコクを初め、川沿いに立ち並ぶ壮麗な建築群を眺めることが出来ます。古都の活気とモダンな都市デザインが交差する、この街ならではの贅沢な時間となりました。
02│アイコンサイアム
伝統美と現代性が止揚する「光」

アイコンサイアムは、チャオプラヤ川西岸の再開発に中核をなす、タイ最大級のメガ・コンプレックスです。「タイの伝統美と現代性の止揚」をコンセプトに、建築と文化を高度に融合させた意匠が随所に凝らされています。
ファサードを特徴図けるのは約300mに及ぶ「グラス・パビリオン」です。
蓮の花を模したプリーツ状のガラス構造は、構造材を最小限に抑えることで透明感を極限まで高めており、光の屈折によって時間ごとに異なる表情をみせます。

内部構成は、土着的な木造建築を再現した「SOOKSIAM」からタイ固有の装飾美を再解釈したラグジュアリーゾーンまで、垂直方向に多様なレイヤーがかさなります。これらに加え、グローバルなミニマリズムを体現するAppleStoreや日本的な美意識を融合させたサイアム・タカシマヤが共存しており、極めて多層的かつ調和のとれた空間設計がなされています。
00│ザ・ネバーエンディング・サマー (ザ ジャム ファクトリー)
不完全さを愛でる「影」
アイコンサイアム近くにある、タイ観光で是非訪れてほしい飲食店です。

ここは現代タイ建築を牽引する建築家ドゥアングリット・ブンナグが放置された古い工場と倉庫をリノベーションした場所。彼は「屋根を直し、壁を掃除し、床を張り替えただけだ」と語り余計な装飾を配した「引き算の設計」を貫きました。剥き出しのレンガや錆びた鉄骨をあえて残し、時間の堆積をデザインへと昇華させた「不完全さの美」がそこにはあります。

剥き出しのレンガや錆びた鉄骨、高く開放的な天井。過去の記憶をあえて残したインダストリアルな空間で、伝統的なタイ料理を味わう体験は、バンコクの最先端の完成を肌で感じさせてくれます。
おわりに
バンコクの建築群には、素材の生命力を信じ、あえて「設計しきらない」ことで生まれる、余白の美学がありました。天を削るマハナコンのピクセル、光を放つアイコンサイアムのガラス、そして記憶を宿す倉庫のレンガ。
それらは急速な発展を遂げている大都市の中で、私たちが忘れかけていた「不完全であることの豊かさ」を静かに物語っているようです。
次回はタイから場所を移動してマレーシアからお届けします。
お楽しみに。
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