【14-9】ジークアクス全12話真相考察⑨がんじがらめの不自由さの中にあった娼館ララアの選んだ自由
第9話「シャロンの薔薇」の物語は、ジークアクスの脱走と、大気圏突入でパニックになっているマチュから始まる。
しかし、時系列に忠実に、ソドン脱走の前から追っていこう。
もう一度はじまりを告げるメッセージの予感
マチュは、独房で膝を抱えている。
どうするべきだったのか、何がいけなかったのか、誰が悪いのか。
答えのない問いを繰り返すだけだ。
ハロとスマホは、コモリ達に押収されている。
ハロは正史でも「アムロ、脳波オチテル」と警告しているくらいで、非接触でも対象人物の脳波測定ができる。このペットロボに、ジークアクスまで誘導されたわけで、それ以来の脳波ログも全てこの中に残っている。ソドンで解析されていることだろう。
スマホは割れたままだ。実はこのディスプレイガラスの破損は「向こう側世界からのメッセージが境界をぶち割ってこの世界に届いた」ことのメタファーだ。第1話にて、"Let's get the Beginning"のメッセージ受信直後に、このスマホは割れている。
「画面、割れちゃったね」と返却に来たコモリが言及する。
この後、もう一度そのクラック(ひび割れ)の間隙から、メッセージが届こうとしているのだ。
アンキーとも母親とも、大人と大きく離れて
スマホは検閲されているが、メッセージの送受信は可能だ。
現時点で、タマキとメッセージで連絡することはできる。
母親のスマホも、別に警察に取り上げられはしない。押収するには、マチュ捜査のための傍受令状が必要だ。しかし、このケースでは(サイド6のモデルであろう日本の法律に照らし合わせるなら)通常ありえないと聞く。犯人または容疑者を隠しているという明確な証拠がない場合、監視は行われないだろう。(任意の事情聴取や尾行はあるかもしれない)
双方に通信環境はある。しかし、マチュは着信履歴を見て愕然とした。
自分がどういう犯罪者になっていて、母親から何を言われるか考えると、母親からの無理解、叱責、糾弾、責任追及しか想像ができない。
鬼のような着信履歴について彼女は「ヒステリックな過干渉」としか、(いまは)受け取れない。そもそも、こうしたプレッシャーからも、彼女は逃げてきたのだ。
ひょっとしたら父親からの通知があったかもしれないが、完全に埋もれている。
このときのマチュは、行動不能であった。未来に対してなんの希望も持てない。自由を求めて飛び出し、それを教えてくれたシュウジを救おうとして、こんなことになっている。
あっさり袖を通しているニャアンと軍服を拒絶するマチュ
マチュは規則で縛られるのを嫌っており、学校制服すらアレンジして着ている。強固に自由を縛る軍服など、マチュが着たいはずもない。
彼女のセンスが、キュートかつ尖っている(というか、可愛くエッジが効いたスタイルな)ので、軍服への抵抗もわかる。
どこにでも入り込んで、ウソでもいいからサイズの合わない制服を用意し、隠れて暮らしていたニャアンと対照的だ。ジオン軍服は緑基調のクラシックなデザインで、金ボタンや肩章が格好よい。少女が着用すれば貴族的な高級感が出る。
ニャアンは、ジオンで暮らすためにあっさり袖を通した。適応力のあるタイプには新しい自分に変身できるアイテムだ。
はじめて向き合う優れたニュータイプの同類
この後、マチュはコモリの私服を着て、シャリアの尋問(ほぼ面談?)を受ける。
平和なコロニーで甘やかされて育った少女が、恋の暴走でちょっとやりすぎたことを「サイド6に生まれた幸運」として、一応は窘(たしなめ)ているが、マチュはろくに聞いていない。
「先の戦争では、全人口の半分が死に、生き残った多くの者も、住んでいた土地を失い、難民となりました」
「だからこそ、あのような戦争を二度と起こしてはいけない」
このときのマチュとシャリア(あとコモリ)は顔の一部に光があたっているが、その大部分は影に隠されている。三人は、まだ建前しか話せず、表面的にですら心を開いていないからだ。
お説教っぽいからか、あるいはシャリアとしても建前から踏み込めないためか、マチュは「この艦、動いてる。コロニーを出たんだ」と、他ごとを考える。どこに行くんだろう。
「地球方面へむかっています」
マチュが言葉にする前から、答えを言われた。
「こいつ、シュウジと同じ」
シュウジも、マチュが言葉にする前に、応えてくれていた。シュウジ、シイコと出会い、そしてこのソドンで、マチュは「ニュータイプ」という概念を理解していく。
余談:なぜソドンは地球に向かっているのか
ソロモンでのゼクノヴァ時に特殊な演出がある。空間がえぐられる瞬間、水底を思わせる青色の描写があったのだ。直後に月軌道に乗ったソロモンは、青色の粒を曳(ひ)いて、月を周回しはじめている。
えぐられたソロモンの一部分は、シャロンの薔薇とともに地球の海底に転移している、という説がある。第9話ラスト近く、コアファイターの前照灯に照らされたシャロンの薔薇のすぐそばには、不自然な岩塊があった。
あれが、ソロモンのえぐれた部分ではないか、という説だ。
この場合、月軌道のソロモンの「欠け」には、入れ替わりに海水が満ちるはずである。この海水は、まず低圧沸騰を起こす。同時に宇宙空間の低温(絶対零度より少し高い程度)(マイナス270度?)により、氷の粒になるはずだ。この現象は、ゼクノヴァ直後ソロモンが氷の粒を撒き散らしながら飛んでいく描写と合致しなくもない。
ソロモンでの現地調査の際、超濃度に圧縮された海水由来の塩分が残るはずなので「欠け」が地球の海に転送されたことは調べが付く。
これを根拠に、シャリアの「次の任地」が地球になった可能性がある。
ソロモンの欠けが地球に転移した説は実際あやふやだが、シャロンの薔薇が地球の海底へ転移したことは(結果的に)間違いない。当然、交換にグラナダの地下には海水ないし、海水を含む大気が入れ替えに満ちただろう。そこから地球と見当をつけての発令という線の方が、現実的だ。
しかし「ゼクノヴァの行き先は地球」となると、後のアバオアクー転移が説明できない(詳しくは第10話考察にて)ので、ソロモンの説は保留にしたい。
答え合わせ
シャロンの薔薇は、おそらく地球にある。
ただ、動かせる駒はシャリアとソドンのみだ。
キシリアはイオマグヌッソに必要ないくつかのパーツ「お金・赤いガンダム(予備としてのジークアクスかジフレド)・シャロンの薔薇」を順番に探させている。
金は何とかなったし、ゼクノヴァを起こせそうな少女もジフレド用に手に入った。したがってシャリアの「次の任地」に地球を指示したのだ。
とはいえ、先述の通り「地球の海」としかわからない。
マチュは、シュウジが語った「薔薇は地球にある」という秘密を、積極的にバラしたりはしない。それではアンキーと同じだからだ。
黙秘していると「何のつながりもないと考えてよろしいのでは?」というコモリの言葉。マチュはカチンとくる。言われてみればその通りかもしれないけどさ、何もわかんないけど、私はシュウジのことが好きなんだ。この気持ちひとつで、ここまで駆けてきたんだ。
何も知らないのは図星だし自覚もあったが、それで掻き回され、悔しさとともに蘇ったマチュの記憶が、シャリアにすくい取られる。
「ほう、薔薇は地球にあると」
シャリアが喰いついたのは、先述の転移痕跡の事情はどこにも出していないのに、一発で正答を引き当てたマチュに興奮したのだ。
ほぼ心を読まれるだけの消極的な尋問が終わり、マチュは独房という狭い部屋で、胎児のように丸まって内省する。
いまの彼女は無力だ。
しかし、ありとあらゆる意味で死に瀕したマチュは、この暗い部屋から新しく生まれようとしていた。
アムロがホワイトベース内でマチルダさんを案内したように
「シュウジは薔薇を探している。なら薔薇の所へ行けば、シュウジに会えるはず」
シャリアと話したからだろうか。それまでの混乱が落ち着いて、マチュは行動の指針をつかむ。
と、同時に着信するメッセージ。
「もうすぐ薔薇は咲く」
この場合の「咲く」とは「目覚める」という意味だ。美しい言い回しだが、世界の終焉が迫っていることを伝えている。
シャアが本格的にララアを拒絶しつつあるのだ。このままでは、悪夢の果てに薔薇のララアが目を覚まして絶望し、世界をリセットしてしまう。それに抵抗してきたシュウジは、退場してしまった。
なんとか阻止しようと干渉してきた高次元ララアは、シュウジと同時に、マチュにも働きかけてきた。もう、この子しかいない。この少女を立派なニュータイプに磨き上げ、シャアを止めてもらわなければ。
そのために、次々と届くメッセージ。
マチュは、導かれるままにソドンを脱走した。
電子ロック開錠は、問答無用で電子機器に干渉できる高次元ララア。
そして、メッセージに英語と日本語があったのは、二人の話者が画面(違う次元)の向こうから働きかけていることを意味している。
片方は、おそらくエンディミオンユニットであるアムロだ。マチルダさんをブリッジまでエスコートしたときのことを懐かしみながら、ホワイトベース(ソドン)の迷路のような通路を「これでも要領があるんです、近道の」とばかりに案内していく。
もうひとつ6年目の答え合わせ
ミラーリングしていたシャリアは、目の前でソドン独房の電子ロックが不正解錠された瞬間を見た。
電子機器へのありえない干渉である。
彼は、人生を大きく変えた木星での事件を思い出す。
「なるほど、そういう事ですか」
あの頃から、別世界の理(ことわり)が、我々に働きかけていたのだ。
実に味のある声音になっているシャリアが、さっと切り替える。
「行かせてあげましょう。ここは謎のメッセージに従うのが得策です」
「木星帰りの勘ですか」とラシット艦長は戸惑う。
ここで「木星帰り」という言葉をわざわざ脚本が出している。木星でのトラブルと、根拠不明な電子機器の回復は、眼前で展開されている「電子機器への高次元者からの干渉」と同じものであったのだ。
意味の連鎖。おそらくこの鎖は、シャロンの薔薇まで繋がっている。
自分を木星から連れ帰った意思が、目の前でマチュという少女を導き出した。木星で絶望していた自分をシャアに繋ぎ、そして今度はマチュに繋ごうとしているのだ。
第9話の後、シャリアとマチュは、師弟のような、あるいはマヴのような関係になる。彼が彼女を選んだのは、二人が一本の糸で繋がっているとこのとき判断したからだ。
この脱出劇はおそらく「ニュータイプによる新しい世界」到来のきっかけになる。そう、シャリアの勘が告げている。
ニュータイプが生きる戦争以外の道を予感して
「楽しそうだな」と頭の中だけでコモリはつぶやく。
第4話でも、コモリは「何で嬉しそうなんだ?」と思っている。
シャリアの喜色は、マチュがジークアクスを乗りこなしているクラバ動画を見ながらだった。このときはジークアクスの適合者が順調だから? ともとれたが、シャリアの歓喜は「ニュータイプによる新しい世界」が近づいていることへの喜びだ。(長年の木星トラブルの内幕がわかったことへのスッキリした感覚と、あと自嘲もある)
軍事組織であるフラナガンスクールからではなく、市井の人々から、エリートのエグザベを越えるニュータイプが出現したことを、シャリアの横顔は喜んでいた。そして今回も「楽しそうだな」とコモリに気づかれている。
「まったく、世話の焼けるニュータイプだ」
戦争の道具にならなさそうな(でも未熟すぎて世話のかかる)ニュータイプなのが、シャリアは嬉しい。
これまで、ニュータイプの生きる道は戦争しかなかった。でも、それ以外の道が開かれようとしている。
彼は、そういうニュータイプの世を作ろうとしているのだ。
自分を捨て石にして。
シャリアは見送る。
飛び出していったジークアクスが落ちていくのは、地球の影の面。
彼女はこれから、その影を見るのだ。
本当に怖い大気圏突入
ジークアクス内のアムロが、マチュの脱出に「うわー、懐かしいな、俺もやった」としみじみしながら付き合う。
マチュはソドンを脱走し、ジークアクスが自律的に地球を目指していることを知る。彼女は分かっていないが、落下目的地はシャロンの薔薇の沈潜位置だ。
エンディミオンユニットとしては、ソロモンからいっしょに転移した経験があるので、座標くらい分かっているし、高次元ララアは、両方のアルファサイコミュを依り代にしているので、これも場所はわかる。
マチュとしては任せるしかないので、移動中にやることがない。スマホに送られてきた脱出順路のメッセージに「あなたは誰なの」と返信しまくっているうちに、通信環境がダメになった。
気がつくと、地球がみるみる大きくなっていて視界を圧倒している。
大気圏に突入しはじめたのだ。
気がつくと、機体外周が断熱圧縮で燃え始めている。ハロが「パイロットスーツを着ろ」と繰り返し言うが、もう振動が怖すぎて着替えなどできない。空力が不安定すぎた。リニアシートが吸収しきれない勢いで、機体がガタガタと揺れる。
シンプルな形状のシャトルでも自励振動が起きるのに、ジークアクスの複雑な形状では、揚力も抗力も無茶苦茶だ。機体表面にプラズマも発生して、炎がカメラの視界を覆ってしまう。
宇宙飛行士が口を揃えて「一番こわい瞬間」と答える現場に、ほとんど勢いだけでマチュは飛び込んだのだ
パニックになったマチュを、ジークアクスのサイコミュハンドが下りてきて、そっと包む。
搭載されているエンディミオンユニットの正体はアムロだ。彼が落ち着かせたのは、落下の恐怖だけではない。はじめて深い孤独に突き落とされたマチュの不安だ。
初戦の目くらましを食らってパニックになったとき、サイド6で軍警に追われてどうしようもなくなったとき、そしていま。ジークアクスは、いつも恐慌状態のマチュを安心させようとしてくれる。それが分かって、マチュは落ち着く。
しかし、落ち着いている間に高度はどんどん落ちる。スーツを着用するヒマもなく、マチュたちは地球にぶち墜ちた。
打ち身であろう怪我をし、あざだらけになって気絶しているところを、メイド二人に拾われている。
わざわざ分離して先行するアムロの仕事
この大気圏突入中に、コアファイターが分離した。
オメガサイコミュはジークアクス頭部にあるので、コアファイター分離後にサイコミュのサポートはない。マチュはコアファイター操縦などできるはずもなく、案の定ズゴォォンという音とともに不時着した。切り離し直前に、ある程度はアムロがフェールセーフ(制御を失っても安全な状態になるシステム)を仕込んでくれたのかもしれない。
かつてジオング戦でガンダムを自動操縦させた腕前があるので、彼にはきっと造作もない。コアファイターはそもそもが脱出装置なので、パイロットが気絶していても、自動で安全圏に離脱し不時着するシステムもあるはずだ。これをアムロはいじって、カバスの館(の徒歩圏)に向かわせている。
ここでアムロ(エンディミオンユニット)の仕事は二つある。
ひとつは、地球の海に落ちてしまったシャロンの薔薇の位置を知らせるマーカー。このためアムロは軌道を計算して、エルメスの沈む海底に落ちるよう飛んできた。
もう一つは、マチュのニュータイプ能力を底上げするため、他の高度な能力者と接触させることだ。
こうして、アムロから切り離されたマチュは、この世界でも最高クラスのニュータイプであるララァ・スンを訪ねる。
ララアの「夢見」によってマチュの来訪は予知されていた。打撲傷で気絶した彼女は、カバスの館に保護され、怪我を見越して医者が呼ばれ、部屋も手配されていた。
「薔薇を追うひとが降りてくる」
娼館に住むララアは、マチュをそう説明した。
これは本来シュウジの使命である。第7話での消失以来、退場した彼の使命は、マチュに継承されている。この事実を、高次元のララア、薔薇のララアと繋がっている娼館ララアは、俯瞰して夢に見ている。
たまたまサイド6に生まれた幸運を思い知るマチュ
カバスの館で目覚めたマチュは、本物の重力と本物の海を体験する。
しかし「コロニーと変わらないな」という、拍子抜けするような答え合わせ。
第1話の逆立ちからずっと抱いていた違和感は「本物の重力と疑似重力の感覚差」ではなく「本物の世界と、ララアが作った偽物世界との、ミノフスキー粒子の性質の差」を感じ取っていたからだ。
部屋係のヴァーニ(黒髪くせ毛)とカンチャナ(金髪オールバック)から、カバスの館のことを聞くマチュ。
「君たちここに閉じ込められてるの?」と問うと「綺麗な(清潔な)服を着せてもらって、食事がでるだけでもラッキーさ」と黒髪の方が、当たり前のように答える。
ヴァーニは、まだこの館の地獄の本質を知らない。
「な?」とカンチャナに向けると、振られた方は顔を逸らす。同意ができない。
おそらくカンチャナは違う。それら「ラッキー」を蹂躙してあまりある辛苦が、この館には潜んでいる。
年上なのか、あるいは肌の色が白い方が「価値がある」とされる社会で差別されているのか。カンチャナはこの娼館で、すでに何らかの性的な奉仕を強要され、怨恨を秘めたあきらめを腹に持っている。
12~15歳くらいに見える少女の片方は、この館のおぞましさを、すでに骨身に沁みて理解しているのだ。
マチュは、二人を見てぼんやりと状況を悟る。
「あなたは、たまたまサイド6に生まれた幸運を感謝すべきです」と、シャリアに言われた。
ソドン尋問で、マチュが何らかの自己主張や尊厳について文句を吐いた(「ジオンの軍服なんか着ない。ダサいし」の他にも数言あったと思う)ときだ。お決まりのお説教。そう思っていた。
しかし、いまマチュの目の前には「恋人さん」に奉仕するために、すべての尊厳を蹂躙されている少女達が立っている。
「街に行けば、物乞いしてる子もいっぱいいる」
「ここはいいところだ」
と語るヴァーニから、カンチャナはやはり顔をそむける。
地獄の横にあるのは、ただ匂いの違う地獄だ。
これが地球。「普通」だと思っていた母親タマキとの生活は、この子たちに比べて、なんと保護された自由だろうか。
「本物がある」と思ってやってきた地球には、ただただリアルな現実があった。戦慄とともにマチュは実感する。
自由のない世界で生きる同年代の女性たちと対面し、ドリーズームで彼女の立っている世界が歪む。
「カバスの館」「ここはなに」
世界が、急速に自分の知らない顔をみせはじめた。
その感覚がマチュを包む。
最終回でもキルケーの魔女でもあった超長距離から目を合わせるニュータイプ演出とララアの特異性
キラキラ空間と同じくらいに、髪がゆれる風が吹いている。
テラスで風を浴びていたマチュは、木立の奥にララアを発見した。
通常ありえない距離を隔てて二人の目が合う。
ヴァーニとカンチャナが話していた「お姉様」なのだと、マチュは直感する。ずっと「お礼を言わなきゃ」と思っていた。
夕刻。館に影がおりて、夜の顔が覗く。
準備している娼婦の姿と、からかいの言葉から、この館の意味が生々しく伝わる。
「こんなところでウロウロしてると、男に指名されちゃうわよ」
このときの女性二人は、あきらかにララアよりも肌の色が明るい。
片方など(暗がりとはいえ)マチュと同じ肌の色で描かれている。
ここがインドであると仮定して、インドではいまだに「肌の色が白い方が上等な女」という価値観がある。ヴァーニに比べて色白なカンチャナは、すでに館の洗礼を受けていると思われる。だから「ラッキーさ」というヴァーニに同意しないし、ボヤでいいはずの放火で、全館を焼き尽くそうという怨嗟があった。
これまでに登場した中で一番色黒だったヴァーニに比べてすら、ララアの肌はより黒い。
なのに彼女は、ここで特別扱いの高級娼婦として生活し、多くの娼婦から「お姉様」と敬愛されているのだ。
ララアが普通でないことを、あらためて肌の色が演出している。
それを背に感じつつ、武装した門番二人の間をマチュは抜けていく。
彼女は、誰何なくここを抜けられる。いまは客人だからだ。自分だけが、ここの客。しかし、年齢も肌の色も館の女の子と変わらない。
「サイド6の裕福な家庭に生まれたから」という理由だけで、マチュはここで身体を売らなくてもよいのだ。
サイコミュがなくても桁違い能力を放つ娼館ララアとの出会いと語らい
「鳥が山脈を越えるなんて、むかしは誰も想像していなかった」
ヒマラヤ山脈すら越える、インドガン(印度雁)のような渡り鳥が、この娼館の森からも見えた。
ララアは森のブランコで待っている。
自分を囲う高峰を越えて、はるか空(宇宙)の向こうからシャアが迎えにきてくれるのを。
妄想ではない。ララアの見る予知夢は百発必中だ。今日も、その夢で見た少女が、こうして訪ねてきた。この夢見は、真実なのだ。毎夜のようにララアが見る「シャアが迎えにくる」という夢も、いつか真実になる。
身請けされる夢への陶酔。偽物の恋人をとらされ続ける地獄で、ララアは、こんな現実感のない夢をそれでも確信している。
「あの、ありがとうございます。助けていただいて」
歩いてきたマチュが思う。シャリアの「感謝すべき」という言葉が、この館では重い。たどたどしいながら、ララアに礼を言うマチュ。
「あなたはなぜここに来たの」
「ここに薔薇はないわ」
と、空を見上げながら首を傾げて横目でこちらをみるララアの仕草。
第3話で、マチュを見つめたシュウジと、まったく同じ仕草だ。
(考察①の通り、本考察では「このララア」の延長線上にシュウジがおり、後に生まれるシャアとの子供としております)
このララアは、マチュがシャロンの薔薇を探しに来たことを知っている。
夢の中で彼女は見た。海底に眠るシャロンの薔薇を目指して、一直線に墜ちていく流星から、突然にコアファイターが分離し、こちらへ飛んできたのだ。あのままジークアクスとともに海底に潜っていれば、目的地に行けたはずなのに。なぜこの少女は、こんな寄り道をしているのだろう。
男の子を探しに来た、というマチュに、ララアが微笑む。
「男の子? うらやましい」
このララアにはシャアとの出会いもなく、アムロとの出会いもない。
ただ「恋人さん」という中年軍人の汗ばんだ荒れた手に身体を差し出す日々しか知らないのだ。
その生活で、ララアは「向こう側」の夢を見続けている。ジークアクス世界にたどり着く前、薔薇のララアが、繰り返してきた「どうやってもシャアが死んでしまう悲劇の夢。
それでも、向こう側のララアは恋をしている。商売ではない。世界を何度も創り出すような激しい、本物の恋。
「とても若いジオンの将校さんが、この館を訪ねてきて、私を見そめるの。
身請けまでして、ここから連れ出してくれるのよ」
シャアが0079に、17歳のララアを見初める夢のような展開。
彼女が味わうはずだった本当の人生。
ララアが夢の記憶をうっとりと見つめる。
その瞳にうつったキラキラに吸い込まれて、マチュは知らず同じ空間に引きずり込まれた。
ここには、サイコミュデバイスも何もない。
そして、座っているのは、娼館に生きるだけで宇宙にも戦争にも出ていない、ララアという個人だ。
訓練も強化もされず、ただ生身でいるだけで、彼女は規格外の共感力を発揮する。
目と目があっただけで素養のあるものを引きずり込む、度を超えた凄まじきニュータイプ能力。
「宇宙へ連れて行ってもらった私は、彼のために戦い、彼のためなら死んでも構わないとさえ思うのよ。(中略)でも彼は、連邦軍の白いモビルスーツと戦って命を落とすの。そして、ジオンは戦争に負ける」
ここで語られているのは、向こう側でのシャアの死だ。
この記憶は、第12話で、シュウジによって鮮明にマチュに開示される。
「でも、それで終わらない。私は夢の中で何度も、赤い士官服の彼と出会うわ。何度も何度もめぐりあい、だけど、何度やり直しても、いつも白いモビルスーツが彼を殺してしまう」
白いモビルスーツのパイロットは、考察①の通り、向こう側の上位神アムロだ。しかし、この宇宙ではみだりに名前を語ることも、顔を映すことも許されない。
マチュは「そいつ悪い奴なんですね」と同調し、ララアは「違うわ。彼も純粋なのよ」と笑う。二人とも私には大切な人なの。
だから、この原則のある宇宙から離れず、二人の願いの中で彼女たちはもがくのだ。
幻想の中で、ララアは過去を見る。
「宇宙へ連れて行ってもらった私は」
これからの夢を語っているようだが、ララアは画面の下手側(過去)を向いている。夢の中の自分は17歳で身請けをされていた。しかし、それをはるかに超え、いつのまにか「お姉さま」などと呼ばれるようになってしまっている。
「向こう側」での別ガンダムの話を、娼館ララアは見せられている。
彼女はそれを「これから救われる自分の未来」と思っている。
しかし、違うのだ。自分はその夢のララアの年齢を、もう五年も回っている。半ば絶望しつつ、(シイコのような)妄執だと分かっていても、ララアはそれに囚われている。
薔薇のララアが見てきた過去の世界も、そして「いつかシャアが迎えにくるから、予定から何年ズレていても待っていなくては」と覚悟を曲げないのも、この夢見がマチュの出現タイミングに至るまで真実であり続けているからだ。この正確さが、彼女をここに捕らえ続けている。
しかし、夢の中のシャアは死に、ララアは世界を作り、行っては戻ってを繰り返している。娼館のララアは、ブランコにのり、行っては帰りを繰り返す渡り鳥を見ている。「あの将校さんが、今日こそ私を守るためにここに来てくれないかな」と。
上手側に向かって描写されるマチュとは対照的に、未来の希望を語りながら、ララアは常に過去向きの立ち位置にいる。白いモビルスーツのパイロット(アムロ)の話をしているときだけ、ララアは未来向きになる。上位神アムロが作った宇宙で、その摂理に逆行しているからだ。
語るなかで、マチュとララアの位置関係が変化し、正対する。構図が語っている。二人は、同じ苦痛を抱く男子のことを話しているのだ。
「私は大切な人を守ることができないのよ」
その嘆きは、ララアの悲しみであり、同等の痛みを抱えてきたシュウジの苦しみであり、ララアを殺してしまったアムロの嘆きでもある。
これが、考察①で書いた宇宙の事情だ。アムロとシャアの作った「ララアは死なない」「シャアが死ぬまで戦い抜く」という強固に過ぎる原則から出られず、薔薇ララアは何度もやりなおしてきた。
娼館ララアは、夢見を通じて我がことのように共感し、マチュにもそれが分かる。
シュウジを見失っている自分と、シャアを待ちつづけるララアは、よく似ているのだ。
その交感が、突然に引き裂かれた。
「もう今夜の恋人さんが来る」
あまりにも生臭い現実に、引き戻される少女二人。
マチュを餌食にできないかと目をつけているカバス
「全部、夢の話よ」
ロープがすり切れるほど握りしめていた夢を、ララアは手放して立ち上がる。マチュの意思が、キラキラの残滓を伝って、かすかにララアへ届く。
「あなたは」それでいいの?
あなたは、本当は宇宙に行きたいんでしょう?
あなたは、そうすれば自由になれるんでしょう?
このひとは「宇宙へ行けば、私はきっと自由になれる」と言っていた。「何でもできるようになるわ」って。
まるで「地球に行けば」って夢見ていた、私のように。
ララアが押しとどめて言う。
カバスがいるわ、ここでは言わないで。
「あなたは」と発話された部分だけを切り取って、ララアが暗い目で誤魔化し、告げる。
「ララア・スン」
名前が聞きたかった訳ではない。でも、あまりに超越的なこの女性に圧倒されて、マチュは二の句が継げなかった。
「ララア・・・・・・」
マチュはここで初めて、この少女の名前を知る。
だが、これほど境遇の違う女性を、マチュはもう他人に思えない。
気がついたときには、夕暮れは闇に呑まれていた。
「ここに置いときゃあ、売れる顔なんだがなあ」
カバスが、マチュに目をつけていることが、ララアには分かった。
騙されて連れてこられたまま逃げ出せない娼婦を、ララアはたくさん見てきた。マチュは、ララアの客人としてここにいるが、いつまでも庇いきれるものではない。
この少女は、非常に危ういところに立っている。カバスの館がマチュを飲み込むその口は、すぐそばに大きく開いていた。ララアはそれも見透かしている。
アムロとシャアの幼き鏡像
「今夜のうちに、あんたを逃がす」と忍んできたヴァーニが「お姉様を連れ出してほしい」と懇願する。自分たちには、その能力がない。戦闘機などという、問答無用で脱出できる足の長い移動手段が無いからだ。外部に拠点もない。
そして「お姉様には、ここなんかじゃない、もっとふさわしい居場所がある」とカンチャナが語る。
このメイドたちにも、ララアは自分の見る夢を語ったことがあるのだろうか。いや、自分だけが救われる夢など、ララアは語りもしなかっただろう。
ところが、このヴァーニとカンチャナは、髪型から言われるようにアムロとシャアの同位置にいる。相同の使命者だ。「なぜララアを巻き込んだのだ。ララアは戦いをする人ではなかった」と殺し合っていた二人が、今度こそ協力してララアを自由にする。どの分岐宇宙でもおそらく実現しなかった三人の愛と信頼の関係が、ここで小さく実を結んだ。
もしかすると、この二人にもニュータイプの素養があってララアの夢を覗き見ることができたのかもしれない。
「館の女の子みんなが、ずっとこの日を待ってたんだ」
ララアが、この地獄で積み上げてきた人望である。
0079で17歳。0085では23歳。高級娼婦という立ち位置もあっただろう。しかし、彼女がどれくらい娼婦たちを守ってきたかが、この一言で分かる。
この地獄で、より幾人分もの地獄をララアが背負いこんで生きてきたことが伝わる。そんな願いだ。
本当に、もう十分だと周囲が心の底から思うほど、ララアは娼婦らの代わりに酷い目にあってきた。描写は無くても「ただのいいひと」だけで、これほどのことは願われない。「お姉さま」がいなくなったら、今度は皆の生活がいまより一歩、地獄に向かって進むのだ。
誰もが分かっている。
しかし、それでも逃がしたい。
その地獄の苛烈さを、カンチャナは知っている。だから彼女は館全体を燃やして、忌まわしき仕打ちの日々を焼き尽くした。
実に思い切った放火だ。ボヤでいいところに、全焼狙いで付け火をしている。さすがシャアと同じ髪型。核攻撃でなく隕石をブチ落とす判断に似て、破壊活動のスケールがデカい。
「全部燃えてしまえ」
彼女の瞳には、ここで受けた仕打ちへの怨嗟が冷たく燃える。
これで、混乱に乗じてお姉様を逃がせる。
しかし「全員が逃げたかも」となったとき、カバスが選んだのは、もっとも金を稼いでいた高級娼婦ララアだ。他はまた集めてくればいい。しかし、ララアだけはあまりにも別格だったのだ。そして、直前にきた「客人」が手引きしているに違いないと見当もつく。となれば、あの戦闘機が墜ちた森だ。
カバスが猟銃をもって、ララアとマチュを追う。
しかし当のララアはマチュを逃がすことしか考えていない
コアファイターの落下場所はカバスに知られている。火事の混乱が追跡の初動を遮るにしても、稼げるのはわずかな時間だ。
マチュはララアの手を引いて山道を走る。
「あなたには、もっとふさわしい場所があります。宇宙なら、あなたはもっと自由になれる」
わたしがまもって、わたしが救い出して、ララアを助ける。
わたしがまもらなきゃ、わたしが助けなきゃ。
シュウジが捕まらないよう空回りしていたときと、まるきり同じのマチュに、ララアが断固として答えた。
「わたしはいかない」
追いつき、銃を構えるカバスに正対して、ララアはゆっくりと両手を広げて自ら盾となった。
マチュは、ララアの姿に愕然とする。驚きすぎて声が出ない。
誰よりも地獄にいる人に、戦闘機まで持っている自分が守られているのだ。目の前の光景が信じられない。
ララアはこうやって、男性の暴力の前に身体をさらして、少女たちを守ってきた。彼女が館でやってきた生活がこれだ。
ここに15年いたのだ。地獄でないはずがない。
カンチャナですら、憤怒が館を焼くほどの恨みが積み重なっている。
そこに、ララアは自分から戻ろうというのだ。
ここで、春をひさぎながら、これからもシャアを待つ。
彼女にはその夢しかない。その夢すら手放してしまったら、彼女はもう、本当に何もかも失ってしまうからだ。
たとえ炎に包まれていたとしても、その館に彼女は戻る。
「なんで!? 宇宙に行きたいんじゃないんですか」
垂直離着陸機能の熱風が、本心を揺さぶる。
両手をひろげた、その背中でララアが語る。
行きたくないわけがない。
こんな場所から、いつまで続くかしれない地獄から、一日でも早く逃げ出したい。そんなの決まっている。でも──。
「わたしは、彼を待たなきゃ」
この夢があったから、どんな地獄にも耐えられた。
夢の話だと分かっている。
それでも。
マチュの背後には、彼女をみつめる高次元のララアがいる。
そのララアは17歳でシャアに見出されてこの館を脱出できた。その地獄に、娼館のララアは5年も残留している。それが可哀想でならない。
マチュの叫びの半分は同情ではない。高次元ララアからあふれ出す、実感をともなう衝動だ。
「彼って、それは夢の話でしょ!?」
しかし冒頭のマチュ墜落を正確に予知したように、彼女の夢見は確実なのだ。ララアがそれを信じている限り。
「早く行って!」
この決意が崩れる前に。すがってしまいたくなるその飛行機を、はやくどこかにやって。
言うことを聞けと放たれた銃弾が、ララアの顔をかすめて髪の結び目を撃ち抜く。きつく結んであった半分が解けて、彼女の選んだ本心が流れ出た。
「薔薇のところへ行きなさい。あなたにはやるべきことがある」
わたしのやるべきことは、地上で彼を待つこと。
あなたのやるべきことは、薔薇の所まで行くこと。
そして、ループを繰り返すシュウジを止めて、同じ夢を諦められないでいる薔薇の目を醒まさせること。
彼女の髪の中を通った弾丸からララアの意思を受け取って、システムが起動した。脅威を悟った自律機能が緊急で離陸モードに入る。
ララアの覚悟がアムロに伝わり、操縦者保護を最優先に、自動操縦でコアファイターは離陸を開始したのだ。
「待ってよ、ジークアクス。あなたがここに連れて来たんじゃないの」
しかし離陸は強行される。マチュは絶叫してララアの名を呼ぶ。
どうしてジークアクスはここに自分を連れて来たのか。娼館ララアを助けるためじゃないのか。
この問いの先は、ジークアクスの向こうにいるエンディミオンユニット(アムロ)であり、高次元ララアだ。
ここに連れて来た理由は、マチュのニュータイプ能力を高めてシャアを説得するためだ。そのために、娼館で囲われている最高のニュータイプ、ララアと接触させたかった。しかし、この邂逅は、最終的にもう一つの大きな変化を呼んだ。
第12話でマチュは「誰かに守られる必要なんてない」と啖呵をきってニュータイプの姿を示す。
これほど過酷な環境にあっても、妹たちを護り、自分の居場所を護り続けてきたララアを経て、彼女がつかんだ結論だ。
この出会いがあったからこそ、マチュは最終回で「ララアはそんなことを望んでいない」と再びループに入ろうとするシュウジを「叱りつける」ことができたのだ。もはや自分では離脱できなくなっていたループから、彼女は彼を思いっきり蹴っ飛ばした。
そして、この啖呵が、薔薇の中で再び絶望しようとしていたララアを前に進ませたのだ。
ハロは、コアファイター内に残されていた。
このおかげで、マチュはララアと本当に一対一で、完全に一人でララアと向き合えた。マチュの成長を促す目的だとしたら、そのためにハロは(アムロによって)ここに残されたのだろう。マチュの自立を促すために。あるいは、「ララアの人生を破壊した」というアムロの控えめな贖罪もあるかもしれない。
結果は十分だった。「誰かに守られる必要のない強いニュータイプ」の、十分すぎるほどの姿をマチュはその目で見た。
自分の方が辛い境遇にあるのに、他者の自由のためにララアは行動する。
このあとカバスからどれほど責め叩かれるかを彼女は省みない。
強力な力をもっている人にねだって守ってもらおうとしない。
銃で脅されても、それでも背後にまもった人のために盾になる。
そして、ララアはシャアを待つ。それが彼女の仕事だからだ。
ララアを救い出すのは、シャアの仕事なのだ。マチュではない。
そのあるべき立ち位置を、ララアは自分の力で守っていく。
誰かに守ってもらう必要など、ない。
それを、マチュはここで思い知った。
これが本物。
これが本物のニュータイプ。
海の底へ
他の娼婦は逃げられたかも知れない。しかし、ララアだけが、カバスに連れ戻される姿を横目に、マチュは夜の森を脱出する。
闇の中にララアたちを残して、マチュだけが明るい世界に離脱する。
そして、コアファイターは海に飛び込んだ。
海は罪と本心の世界。深く深く、深層に隠された物語の真実が眠る。
シャロンの薔薇である。
それに寄り添うように、ジークアクスは背中を預けて待っていた。
この中にいるアムロは、かつて本物のララアを自分の手で殺した経験がある。申し訳なさと、恋慕の愛着が相まって、正対できないでいる。
マチュは接近とともに内部を幻視する。
娼館で出会ったララアと、そっくりな薔薇ララアの姿。
「似てる。どういうこと」と混乱するマチュ。
娼館でララアが語った「むこう側」のララアだ。
それが、ここにいるという異常をマチュは知る。
余談:オプションでなく標準装備だったジークアクスの「浮き」が示すシャアの計画
沈没位置まで、コアファイターが潜行していく。本機は脱出用飛行機であり、大気圏でも宇宙空間でも飛行が可能だ。ここまではわかる。
しかし、潜水機能は普通に考えて必要がない。まるで、シャロンの薔薇が地球の海底にあることを前提としていたかのような設計である。ジークアクス本体を含め、月面都市で開発されながら、本機とその脱出モジュールは、地球での運用を前提に設計され、シャロンの薔薇の深度まで到達できる潜水機能を付与されているのだ。
理由は考察①②の通り。この場所をシャアは知っていて、それを探させるために彼がジークアクスを作らせたからである。(先述のようにシャロンの薔薇消失時、入れ替わりに地球の海水が転移してきたところから予想したのかもしれないが、具体的な潜水深度の保証まで考慮されていたのは、実際にシャアが赤いガンダムで観測したからだと考える)
わたしのやるべきこととは
ジークアクス本体にコアファイターがドッキングし、オメガサイコミュが起動した。揚収用リフトバッグが展開し、マチュはゆっくりと水面に向かって浮上する。この装備は、最初から、いつ水中探査があってもいいように用意された基本装備だ。キシリアやシャリアが「確証はないけどシャロンの薔薇は地球にある」と考えていたのは、この設計の向こうに、シャアの存在を感じていたからだろう。
脱走してから一晩か二晩。オメガサイコミュの起動信号ないし、ジークアクスの位置情報から現着したソドンが降下。ジークアクスとマチュの証言が確認され、マッドアングラー隊が海中操作任務に出動している。
ところで、ゴッグの姿が見えるが、あの爪でどうやって玉掛したのだろうか。ゾゴックのようなマニピュレータに換装されているのか、あるいは、ソドン降下時に連邦と一戦交える場合に備えての、現地の水中戦力かもしれない。
何にせよ、沈没したモビルスーツなどを引き上げる技術が、地上ジオンにはあるようだ。
引き揚げ作業中、マチュは再び独房に入る。
ここでも結局、シュウジと会えなかった。
しかし、コモリやシャリアに何を言われてもふて腐れていたマチュとは、違う表情を彼女はたたえている。ここでマチュは、自分の位置や不足を知ったのだ。そして「私のやるべきこと」の端緒も。
薔薇のララアと娼館のララアが同じなのだと、マチュは直感している。
両者は同じ悲劇の鎖に繋がれているのだ。
薔薇のララアを救う事が、この娼館ララアを救うことにつながると、マチュは考える。
再び独房で膝を抱えるマチュの、その瞳には確かに意思の光があった。
大きな瞳に、一点だけ、つよいハイライトが反射している。
彼女は、この出会いで大きく成長するきっかけを得たのだ。
確保されたシャロンの薔薇を見つめる三者三様
「キシリア様にも良い報告ができる」
シャリアは、目下の使命である「赤いガンダムとシャロンの薔薇を手に入れよ」という命令に従って動いている。同時にこれを鍵として「ニュータイプを使った大量破壊兵器の開発」→「ニュータイプの戦争利用」と繋がっていく未来を、シャリアは懸念している。
晴天の海原にシャリアとコモリ。陽の当たっていた甲板上に、巨大なモビルアーマーが影を落とす。二人が影に包まれ、晴れ晴れとした目的達成感が、闇に包まれた。新たな謎そのものが付きつけられたのだ。
モビルスーツ二機分の玉掛けでやっと吊り上がった、存在しないはずのオブジェクト。エルメスである。
ハロは「薔薇、薔薇」と言っていたが、コモリが言うとおり「薔薇っていうより、チューリップみたい」と一般常識的にはそう見えることが分かる。
ハロのデータプリセットに、これが「シャロンの薔薇」だと入っていた証拠だ。
「屈折して見えます」
「この宇宙では不安定な状態なんでしょう」
「これって、宇宙船ですか?」
ある意味では宇宙船だ。このオブジェクトは、別の宇宙を渡ってここまで来た。
「これは我々の作ったものではないのです。開発中止となり、結果的に建造されなかった特殊なモビルアーマーです。なぜそれが我々の目の前にあるのか」
アルファサイコミュとビットの実物はあり、それを搭載するモビルアーマーを計画中に、まさにその完成体がシスルナ宙域に出現している。少しだけ先の、別世界からこの「シャロンの薔薇」は現れた。
常々この宇宙に違和感を憶えており、別の宇宙の存在を感じ取っていたマチュが、真っ先に疑問を投げる。
「あの子は、誰が乗っているのかと尋ねていました」
「さすが、新世代のニュータイプ。そこにも気づいていましたか」
世話の焼ける、というマチュの評価が、今回の大手柄で大きく好転した。
その彼女が連れて来た少女を、シャリアが見上げる。
時間凍結されたままのシャロンの薔薇の内部には、いまも一人の少女が眠っている。
「大佐も、ソロモンで同じ少女を見たのですね」
肉眼では観測できない宇宙が、この奥にあるのだ。
なぜシャリアはエルメス確保直後に地球で薔薇の少女を解放しないのか
ジークアクス第11話で、かなりしんどい思いをして、シャリアとマチュはイオマグヌッソ内の薔薇の少女を解放しに行く。
ところで、この水揚げ時点で目の前に道具立て(シャロンの薔薇とジークアクスとマチュ)が済んでいるのだ。ここで解放してしまえばよいはずだ。しかし、ここで決行できない理由がある。
マチュとはまだ信頼関係を構築できていない。(ソドンにとっては脱走者で、シャリア了承ずみだとしても形の上での処罰は必要)
「それではシート前のリミッターを拳銃で破壊しますので、マチュ君はシャロンの薔薇のフィールド内に右手を押し込んで時間凍結をキャンセルしてください」などと命令ができる状況にもないのだ。一人しかいないジークアクス起動能力者に、ヘソを曲げられても困ることもあるが、とにかくここでは実行しない。
(エグザベはいなくなっても、キシリア派に繋がる要員や、ソドン内にいるであろうシャアのスパイなど、監視はまだついているだろうから、この場ではできない)
これがシャリアの最終目的ではないからだ。
彼は「ニュータイプが兵器としてではなく、人間として生きられる世界」を目指している。
このために、ザビ家独裁という構造を崩壊させたい。片方を排除しても派閥戦争が起きて、ニュータイプが戦争に使われることになるので、同時排除だ。その後に、アルテイシア擁立。
これでニュータイプの世界の秩序を築く。
それがシャリアの目的だ。
その同時排除のために、このシャロンの薔薇は非常によい餌なのだ。
「イオマグヌッソ完成式典でギレンとキシリアが同時刻同じ場所にあつまる」という状況を実現できる。
なにせギレンは別荘に引きこもっていて、暗殺可能な場所におびき出すことが難しい。ただでさえこの兄妹が会うのは5年ぶりなのだ。両者の出席を確実なものとするには、いまは薔薇を差し出す必要がある。
同時排除の完了後、ゆっくり救出すればいいとシャリアは思っていた。
ところが、この段取りを守っている間にキシリアに先手をとられてしまった(第10話)。シャアやシュウジの思惑も絡み、現場は混乱していくことになる。
この第9話で、マチュは大きく成長した。
冒頭で、独房内のマチュは胎児のようにまるまっていた。人間は、ああしろこうしろと言われて成長したりはしない。特にマチュのようなタイプはそうだ。
自分より持たない人間から守られた。
自分のあるべき位置を決して離れない人間を見た。
そんな立派な存在を知って、はじめて人間はそうありたいと思う。
次回第10話のマチュは、もう、まっすぐ身体を伸ばして前を見つめている。
最終回で語られた「進化」という言葉
漫画「からくりサーカス」で、才賀勝は、進化の反対は退化ではなく、無変化だと語った。
上向きに良くなっていくことだけが進化ではない。人間が、バランスを取るための尻尾を失って直立二足歩行を手に入れたように、失うことを恐れず変化していくことが、その存在を強くしていくのだ。無変化の反対としてのこの歩みもまた進化。マチュもそうして進化していく。
マチュは自由を求めていた。しかし、守られていたものがすべて剥ぎ取られたとき、彼女はアンキーを責め、おそらくはニャアンを責め、シュウジを責めて、自分の醜さを知った。カバスの館で「サイド6に生まれた幸運」を思い知った。そして、何もできずに帰ってきたマチュは、深く内省する。
独房で、何もしなくてもよくなったマチュに「じゃあ何をしようか」という生きる自由が生まれた。
そしてこれは、傷つくことをいとわず戦わなければ、守れないものなんだ。そうありたい。わたしも、誰かに守ってもらう必要なんてないニュータイプでありたい。自分のなりたいものが、やっとつかめてきた。自分で決めて良いのだ。そうだ。これが────。
それが「進化」を続けながら彼女がつかんだ「自由」だ。
次回は、本作屈指の難解ポイントである、シャリアの木星語り。
