芋出し画像

【第1話】今倜、ご自愛させおいただきたす。

「もしかしお、お客様も“ゎゞアむ”ですか」

喫茶店のテヌブル垭。深い赀色の゜ファに座り、ノヌトに文字を曞き蟌んでいた私に声が降っおきた。

「えっ」

3ヶ月前の冬、私は「ご自愛」に出䌚った。





「ははん。さおはデヌトですな」

遅番スタッフの杏子あんずちゃんはニダニダしながら私を䞊から䞋たで芋おいる。い぀もず少し違う雰囲気の私服に着替えたからずいっお、すぐにデヌトず結び぀けるのはいかがなものか。䜕床も「違う」ず蚀っおいるのに、恋愛倧奜き・杏子ちゃんは「良子りょうこさんデヌトですね」ずうるさい。

「だから違うっお。家に垰るだけです〜」

杏子ちゃんを適圓にあしらいながら䞀぀に結んでいた髪をほどく。着おきたワンピヌスに䌌合うようシニペンに結び盎した。

「本圓かな〜。だっお良子さん明日䌑みじゃないですか」

「䌑みを䌑むために䜿う倧人もいるんです」

珟圹女子倧生の若さが眩しい。

「ふう〜ん。数ヶ月前たではパンツスタむルが倚かったのにな。でも最近の良子さん、元気になったずいうか。゚ネルギヌが増したずいうか。すごくいい感じ。だから䜕かあったんだろうなっお思うんですよ」

緊匵感が解けた曎衣宀は開攟的だ。新卒でこの倧型ショッピングセンタヌの運営䌚瀟に入瀟しお早8幎。私は䞀番端にある婊人服売り堎を担圓しおいる。

「今日のワンピヌスもずっおもよく䌌合っおたす。可愛い」

「嬉しい。ありがずう」

アルバむトでこのお店にやっおきた杏子ちゃんずはもう3幎の仲になる。今ではすっかり姉効のような感芚で話をしおしたう。

「あ、私もうお店に立たなきゃ。じゃあ良子さんお疲れ様でした行っおきたす」

「行っおらっしゃい。よろしくね」

入れ替わりでクロヌズたで入っおくれる杏子ちゃんを芋送り、ロッカヌの扉を閉じる。入り口付近にある姿芋の前で服装がおかしくないかず立ち止たった。ずっず欲しかったベヌゞュのワンピヌス。り゚ストがキュッず絞っおあっお、りェヌブ䜓型のスタむルがよく芋える。シンプルなデザむンながら、袖が少しボリュヌミヌで可愛い。やっぱりこのワンピヌスを着おいるず自信が持おる。

埓業員入り口で瀟員蚌をかざし倖ぞ出た。季節はすっかり春めいおいる。日が萜ちるずただ少し肌寒いものの、軜やかな空気は私をどこたでも連れお行っおくれそうだった。


20時。足早に垰宅し、䜜り眮きしおいたおかずを食べおサッず片付ける。垰る途䞭に駅ビルに寄っお買っおきた苺のタルトを冷蔵庫から取り出した。ショヌケヌスでも芋たはずなのに、キラキラず茝く赀い粒に「わあ」ずたた声が出た。

アロマキャンドルに火を぀ける。やかんでお湯を沞かしおいる間に玅茶の準備をしお、お気に入りのティヌポットずマグカップを取り出す。甘酞っぱい苺ず合うように、茶葉は枋みが少なくクセがないセむロンティヌにしようかな。ふ぀ふ぀ずお湯が沞く音を聞きながら、スマホの電源を萜ずしクロヌれットにしたう。

「杏子ちゃん、デヌトなんかじゃないんだよ」

薄暗くなった郚屋でぜ぀りず呟く。

今日は私にずっお倧切な「ご自愛」の日なんだ。





誰かの蚀葉が、行動が、心に匕っかかるようになったのはい぀からだろう。ニットにほ぀れができおしたうように、私の心には少しず぀䜕かが匕っかかり、小さな穎が生たれおいく。

埌茩が「転職するんです」ずキラキラした瞳で報告しおくれたずきも、友達が「子どもが生たれた」ず嬉しそうに話しおくれたずきも、詊着宀で今たで着おいたブランドの掋服が䌌合わないず感じたずきも、いちいち私の目の前で止たり、ほ぀れを䜜っおいく。匕っかかっおほしいなんお埮塵も思っおいないのに、今日も䜕かを受け止めおしたう。気が぀いたら自信がなくなり、䞍安で、虚無感で、心がずっずざわざわしおいる。

「うヌん。そう感じおしたう人もいるずは思うけど、俺はないかなあ」

゜ファにごろんず寝転がった健斗けんずに聞いおみおも、顔を䞊げずに蚀葉が返っおくるだけ。近頃はずっずスマホのゲヌムに倢䞭だ。

「そうなんだ」

「良子は考えすぎなんだよ。もっず気楜に生きたほうがいいよ」

付き合っお3幎。お互い30代。健斗は私よりも4぀幎䞊である。「これからのこずもそろそろ気になるんだけど」ず盞談しおみたくお口を開くけれど、やっぱりやめた。

仕事、ラむフスタむル、䜓型や肌の倉化。30代に突入するず静かに、倧きく䜕かが倉わり始めおいく。「いやいや30歳なんおただ若いじゃん」ず自分で自分を励たすものの、ふずしたずきに「私の人生っおこれでよかったんだっけ」ず途方に暮れおしたう回数が増えた。今たでは気にしおいなかったこずが、なぜかい぀たでも心の䞭でぐるぐるず回っおいる。もう随分ず自分を認めおあげられおいない。


穎が倧きく広がったのは、冬の倕暮れだった。

「良子さん、この商品本圓に私に䌌合うず思った」

垞連客の薫かおるさん。ショヌトカットでゆるくパヌマを圓おた銀髪は矎しく、私の母よりも少し幎䞊だろうか。い぀も穏やかで䞊品な立ち振る舞いを芋るたびに、どこか違う街に䜏んでいる人のように思っおしたう。ショッピングモヌルの、たしおや婊人服売り堎で買い物をする人ではないでしょうず口にしおしたいそうになる。

薫さんはお店に来るたびに私に掋服の盞談をする。婊人服売り堎に配属になり䜕床かやりずりするうちに、すっかり気に入られおしたった。

「  はい機胜面でもデザむン面でも薫さんにお䌌合いだず思いたす」

薫さんから少しトゲがある蚀い方をされたのは初めおだった。気品ある雰囲気を壊すたいず、限られた店内の商品から䞀生懞呜遞んでいる。い぀もは「良子さんに遞んでもらうず間違いないのよね」ずすんなり受け入れおくれおいたはずなのに。

「そうかしら  。私には良子さんが本圓にいいず思っおいるような気がしないのよね」

「申し蚳ございたせん」

勝手に口から溢れた。あれ。もっず他に蚀いたいこずがあるはずなのにうたく蚀葉が芋぀からない。どうしよう。

「今日はやめおおくわね。ありがずう」

「あ」ず思ったずきには薫さんはくるりず振り返っお行っおしたった。手元に残ったスカヌトを芋぀めおいるうちに、なぜか目頭が熱くなる。私はこの商品を本圓に良いず思っおいたのだろうか。䜕が良かったのだろうか。このスカヌトのどこが薫さんに䌌合うず思ったのだろうか。

ほ぀れがたたできた。

どこが良かったのかスラスラず蚀えない。なんでだろう。もしかしお私、そもそもなんにも考えおいなかったのかもしれない。

䞀旊バックダヌドに䞋がる。スカヌトをハンガヌにかけながら気持ちを萜ち着かせる。けれどプツプツずできた穎が䞀気に広がっおいく気がしお顔を䞊げられない。

これたで自分の人生を歩んできたはずなのに、なんだか党郚“足りなかった”ように感じおしたう。私っお䜕をどうしたいんだっけ。埌茩や同僚は䞀生懞呜頑匵っおいるのに。友達は資栌詊隓に向けお勉匷しおいるのに。結婚しお子どもが生たれおいるのに。私は䜕もできおやしない。ああ、党郚わからない。ボコボコず私に穎が空いおいく。もう䞞ごず捚おお買い替えたい気分だ。


すっきりずしない感情をどう敎理したらいいのだろう。仕事終わり、行き぀けの喫茶店に飛び蟌んだ。

目の前に眮かれたカフェオレから湯気が䞊がる。がんやり芋぀めながら、私は今䜕にモダモダしおいるんだろうず思った。薫さんに蚀われたから掋服をうたく遞べなかったから勢いよくカップを手に取り口を぀ける。熱々のカフェオレが喉を通る。どちらも違う気がした。

ボヌンず壁にかかっおいる幎季の入った時蚈が鳎いた。今すぐ叫びだしたい気持ちが党身を駆け巡った。

䜕かしんどい。ここ最近ずっずしんどい。なんでしんどいの。なんでみんな平気なの。気にならないの。焊らないの。悔しくないの。

叫びだしたい気持ちをグッずこらえお、カバンの䞭からノヌトずペンを取り出した。

すうっず䞀息吞い蟌んで、力任せに「しんどい」ず曞いた。しんどいしんどいしんどい。なんでなんでなんで。䜕が嫌なの。私はどうしたいの。ノヌトに曞き出した途端、これたで匕っかかっおいたモダモダや䞍安が連想ゲヌムのように䞀気に湧いおきた。

単語だったり、文章だったり、ずきには蚀葉が出おこなくおグリグリずノヌトを黒く塗り぀ぶす。仕事のこず、自分のこず、健斗のこず、将来のこず。ノヌトをめくり、ひたすら曞く。

これ以䞊䞀蚀も出おこないず思ったずき、どっず腕が重くなり我に返った。䞍思議な充実感が広がっお、なぜか枅々しい。たわりが気にならないくらい集䞭したのはい぀ぶりだろうか。カフェオレはもうすっかり冷めきっおいる。

「もしかしお、お客様も“ゎゞアむ”ですか」

「えっ」

突然降っおきた声にバッず顔を䞊げるず、氎を泚ぎにきたマスタヌが私を芋぀めおいた。䞞いメガネをかけ、髪の毛はオヌルバックですっきりずたずめおいる。背はそこたで高くなく、ややふっくらずした䜓型。幎霢は40代半ばくらい。い぀も泚文時ずお䌚蚈のずきに少し䞖間話をする皋床だったので驚いた。

「  あ、いやこれは別に。その、ただノヌトに曞いおいただけで」

ずっさにノヌトを閉じる。䞭身を芋られるのは恥ずかしかった。

「倧倉倱瀌したしたおっきりゎゞアむをされおいるかず思っお話しかけおしたっお」

“ゎゞアむ”ずはなんだろう。マスタヌは申し蚳なさそうにぺこりず頭を䞋げる。すぐに持ち堎ぞ戻ろうずする埌ろ姿に、思わず声をかけおしたった。

「あの、ゎゞアむっおなんですか」




20時40分。茶葉がしっかりず開いたティヌポットを傟けお、カップぞ玅茶を泚ぐ。ずくずくず流れおくる赀茶色を芋おいるず、荒れた心が静たっおいく。

「ご自愛は『自分を倧切に思うこず』です」ず優しく教えおくれたマスタヌを思い出した。あの日以来、私の䞭で「ご自愛」が欠かせないものになっおいる。

そもそも「自愛」っおなんだっけ。蟞曞で調べおみるず「健康状態に気を぀け、自分を倧切にするこず」ず曞いおあった。よく手玙やメヌルに「ご自愛ください」ず曞くけれど、マスタヌ曰く「ご自愛」は盞手だけではなく、自分自身にこそ行うべきずのこずだった。

「䜕事もたずは“自分”が基本です。自分を倧切にできおいないず、たわりの人も倧切にできないず僕は思いたす。人に優しくできるのも、誰かを助けられるのも、自分の心身が健康でないずできないし、続かない」

「自分が、基本」

「はい。倧人になればなるほど遞択肢が増えるので、自分を知らないずあっずいうたに迷子になっおしたいたすから」

䜎く、優しく話す声が響く。店内は他にもお客さんがいたはずなのに、今この瞬間は私たちの声しか聞こえない。

「ご自愛は、自分が今䜕を感じおいるのか、どうしたかったのか。自問自答をしお自分を慰めたり励たしたりする時間です」

マスタヌの声や䜇たいは今たでも知っおいたはずなのに、なぜかその日は初めお䌚った人のように思えた。

「もちろんご自愛のやり方に正解なんおありたせんし、感じ方も人それぞれです。䞀人䞀人にずっお『ご自愛ずは』の答えは違いたす。䜕よりも『今自分を倧切にしおあげられおいるな』ず感じられる瞬間を䜜るこずが倧切だず思いたす」

「倧人は簡単に我慢ができちゃいたすからね」マスタヌはそう蚀っお優しく埮笑み、カりンタヌぞ戻っお行った。


ご自愛を教えおくれたマスタヌの蚀葉を思い出しながら「いただきたす」ず䞡手を合わせる。苺のタルトをサクッずかじった瞬間、今日の私のご自愛が始たった。

䌑みの前日の静かな倜。私はい぀も数時間ご自愛をしおいる。決めたルヌルは5぀。

  1. スマホの電源をオフにするこず

  2. 䞀番奜きな服を着るこず

  3. 自分をゲストだず思っおもおなすこず

  4. 本音をさらけ出すこず

  5. その本音に疑問笊を぀けるこず

スマホの電源を萜ずしお、䞀人きりになっお、自分ず向き合う。今䞀番奜きな服を着お、気分を䞊げるために必芁なものを準備する。誰かを家に招いおおもおなしをするように、心地いい空間を考える。思っおいるこずを曞いおもいいし、歌っおもいいし、泣いおもいいし、叫んでもいい。嘘は぀かずに私が感じおいるこずを吐き出す。

そしお、吐き出した本音に䞀぀䞀぀疑問笊を぀けお、自分以倖の誰かに流されおいないか問いかける。

ヌヌみんな成長しおいるから、私も成長しなきゃ。

本圓にそう

ヌヌ早く結婚しなきゃ。

本圓にそう

ヌヌ幎盞応の栌奜をしなきゃ。

本圓にそう

いや、本圓はそうじゃない。

私にずっおのご自愛は「本圓はそうじゃない」を知る“儀匏”なのだ。






時蚈を芋るず2時間が経過しおいた。

今日のご自愛ではケヌキを食べ、玅茶を飲み、ノヌトに文字を曞いた。曞き終わったら読みたかった雑誌を読み、がんやりずしお、たた玅茶を飲んだ。たったこれだけのこずだけど、ご自愛は「私は私のたたでいい」ず思わせおくれる。ホロホロず広がったほ぀れを䞀぀ず぀繕うように。

ご自愛をし始めお、ニットに空いた穎は少しず぀枛っおきおいる。

私のご自愛ラむフは、ただただ始たったばかりだ。もっずもっずうたくなっお、自分を倧切に思いたい。うヌんず倧きく䌞びをしお、お颚呂の準備をしようず立ち䞊がった。

たた明日からも、頑匵ろう。

あの日、マスタヌがなぜ私に声をかけたのか。知るのはもう少し先の話。

「今床はどんなご自愛をしようかな」

息を吹いおキャンドルを消した。

ヌヌヌヌ


第2話はこちらから

第3話はこちらから

第4話はこちらから

第5話はこちらから

第6話はこちらから

第7話はこちらから

第8話はこちらから

ヌヌヌヌ

illustration byキコ

いいなず思ったら応揎しよう

田䞭青玗たなか あさ 最埌たで読んでいただきありがずうございたす短線小説、゚ッセむを䞻に曞いおいたす。たた遊びにきおください♪