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一杯のお茶から始まる「食の最上質」。京都・和束町で最初のLuxAGRI(Luxury×Agriculture)が形になった理由

こんにちは、TANAKA未来研究所 公式note編集部です。

創業200年となる2085年に向けて「新パラダイムの創発から具現化まで」を掲げるTANAKA未来研究所(以下、未来研)では、「貴少価値」(貴重にして希少な価値)の探究とその実体化に向けて、さまざまな研究プロジェクトが進んでいます。

「田中貴金属が扱ってきた金(Au)と釣り合うほどの“食”とは、どのようなものだろうか」

そんな問いから生まれたのが、「Luxury(本質的な「最上質」) × Agriculture(農業)」を掲げる「LuxAGRI」(読み方:ラグジュアグリ)です。農産物のおいしさ・安全・安心はもちろん、風土やつくり手の思い、歴史、伝統、そして食し方までの体験を含む、食の価値を捉え直そうとするプロジェクトです。

今回は、LuxAGRIを進める主席研究員の伊東 正浩と石橋 毅之に、プロジェクトのきっかけとなった構想や、最初の取り組みである京都・和束町の方々との協業を通じて見つけた「貴少農作物」への考えや思いについて聞きました。


金(Au)に続く「Precious things」として、食に向き合う

--まず、LuxAGRIがどのようなプロジェクトなのかを教えてください。

伊東:出発点は、田中貴金属が創業200年を迎える2085年、その先にも残る「貴少価値」とは何かを考えたことです。先日のシンボルマークに関するnote記事でもお伝えしたとおり、貴少価値を指す “Precious” は、田中貴金属の重要な企業価値であり、不変かつ普遍のコアバリューだと考えています。

石橋:これまでは貴金属という「Precious metals」のスペシャリストとして事業を営んできましたが、未来研独自の考えとしては、そこから “Precious” の軸が少しずつ増えていき、それぞれの軸から生まれてくるもの一つひとつが「Precious things」だという未来ストーリーを描いています。

伊東:ここに挙げたとおり、人が最終的に求める根源的な価値としての “Precious” な軸には、「香る」「聴く」など様々な領域が考えられます。その中の一つである「食」について、「金(Au)と釣り合うほどの食を探しに行こう」という「Precious agri」の文脈で始まったのがLuxAGRIです。

石橋:社内の有志メンバーと2085年の世界を考えた「超未来STORY」の中にも、食の話が繰り返し出てきました。60年以上先を考えても、きっと、人の食への関心はなくなりません。未来研として、食を扱うことは必然でした。

--LuxAGRIという名前が印象的です。どのような意味が込められているのでしょうか?

石橋:LuxuryとAgricultureを組み合わせた名前で、「食の『最上質』を創る」という考えを表しています。ただし、ここでいう「最上質」とは、単に値段が高い、見た目が華やかということではありません。非常に高い水準でおいしく、安全で、安心して食べられることが大前提で、さらに気候や土壌、水、地形といった自然条件、栽培技術、つくり手の哲学や思い、地域に受け継がれてきた歴史や伝統まで含めて、その食の価値だと捉えています。

--日々の暮らしに必要な食を確保することとは、少し違う視点なのですね。

石橋:食に対する価値観がますます多様化していく時代において、「食における貴少価値」とは何なのか。そこには、量や効率だけでは測れない価値があり、その背景を知ることで、味わいもさらに深くなると考えています。

私たちは、そうした価値を持つ農産物を「貴少農産物(貴重で希少な農産物)」と捉え、つくり手にも食べる人にも、その価値に対する誇りが生まれる状態を目指しています。

伊東:未来研では、農産物だけでなく、それを生み出す農業そのものもPrecious agriの一環であると考えています。目の前の農産物だけを切り取って見るのではなく、どのような土地で、誰が、どのような思いでつくっているのか、その背景まで見に行く。LuxAGRIは、そうした背景も含めて食の価値を捉え直すためのプロジェクトであり、事業と農産物の両方を表すブランドでもあります。

「品位保証」の文化を、農産物の価値を捉える視点へ

--田中貴金属が農業に取り組むことについては、どうお考えでしょうか?

石橋:商材は異なりますが、田中貴金属の事業の根幹にある「品位保証」という文化を、農産物の世界でも生かせるのではないか、と考えています。貴金属の世界には、GDB(Good Delivery Bar)と呼ばれる、品位をはじめとする一定の基準を満たした地金があります。共通の基準を満たしていることが、地金の信頼を支える一つの土台になっています。

私たちは、この考え方を農産物にも応用できないかと考え、「GDA(Good Delivery Agriproducts)」という構想を立てました。先ほどお伝えしたように、農産物のおいしさや安全・安心だけでなく、自然条件や栽培技術、つくり手の哲学や意図、地域に受け継がれてきた歴史や伝統まで含めて、その価値を支える根拠を捉えようとするものです。

--面白い考え方ですね。すでに具体的な認定基準は定まっているのでしょうか?

石橋:いいえ、GDAは現時点でまだ完成した認定制度ではなく、まだ未来研の中だけで試行錯誤している構想になります。いまはLuxAGRIの取り組みを通じて、何を農産物の「品位」と捉えるのか、どのような基準や伝え方がふさわしいのかを探っている段階です。将来的には、その食がなぜ貴いのかを、つくり手にも食べる人にも分かる形で示せるものにしていきたいと考えています。

身近なお茶に、まだこんな世界があったのかと驚いた

本社内設置のコンセプトルーム「DOCK2085」でのLuxAGRIプロジェクト展示コーナー

--ここまで伺ったLuxAGRIの考え方は、現在どのような形で具体化しているのでしょうか?

石橋:最初に形になったのは、京都・和束町のお茶です。ただ、最初から「お茶をやろう」と決めていたわけではありません。入口をつくってくださったのは、以前から色々とお世話になっていた、タケイファームを営む武井 敏信さんでした。

武井さんは、アーティチョークをはじめとする西洋野菜を手がけ、農産物を重さだけでなく、一枚、一個、一本ごとの価値として届けることを実践されてきた方です。生産者自身が農産物の価値を考え、価格に反映させていく。その姿勢が、私たちの考えるLuxAGRIとも重なっていました。構想を立ち上げた頃から、農業の現場をよく知る方として、さまざまな相談に乗っていただきました。

--武井さんへの相談から、和束町のお茶へとつながっていったのですね。

石橋:はい。別の農産物も含め色々と検討していった中で武井さんが紹介してくださった方のお一人が、和束町にあるNPO法人和束ティー・フレンズ 理事長の松石 三重子さんです。日本茶インストラクター・宇治茶伝道師としても活動され、地域のさまざまな生産者のお茶を知り、お茶の文化を伝えることに力を注いできた方です。

松石さんによる煎茶の淹れ方講座のひとコマ

石橋:最初に和束町を訪ねた時、松石さんが淹れてくださったお茶を飲んで、私たちが持っていたお茶のイメージが一変しました。40℃ほどの低い温度でゆっくり淹れると、苦味や爽やかさよりも先に、濃厚な旨味が広がります。ほんの少し口に含んだだけでも、余韻が長く残る。そこから湯の温度を上げていくと、同じ茶葉でも、今度は私たちが普段イメージする爽やかなお茶へと変わっていくんです。

伊東:私も、あの時のお茶にはかなり衝撃を受けました。これまで飲んだことのない味でしたし、身近なお茶に、まだこんな世界があったのかと驚きました。「これは、長い時間を経ても残る貴少価値になり得る!」と、素直に感じましたね。

--同じ茶葉でも、淹れ方によって、体験そのものが変わると。

石橋:その体験が、LuxAGRIの考え方を一段と深めてくれました。良い茶葉を選び、それにLuxAGRIという名前を付けるだけでは足りない。どの温度で、どのくらいの時間をかけ、どのように味わうのか。お茶を淹れる行為や、その背景にある文化まで含めて届けなければ、本当の価値は伝わらないと気づいたんです。

伊東:日本では、お茶は身近すぎる存在です。だからこそ、知っているつもりになりやすいのですが、長く受け継がれてきた文化を改めて見つめると、まだ知られていない価値が見えてきます。和束町のお茶は、LuxAGRIが目指すことを、最初に実感させてくれた存在でした。

「もう、腹を括ったる!」と、通い続けた先でつながった生産者の方

--松石さんと出会ってから、すぐにLuxAGRIの取り組みが始まったのでしょうか?

石橋:いいえ、最初から生産者を紹介していただいたわけではなく、松石さんからはまず、「どんなお茶が欲しいのか」と問われました。私たちはお茶の素人ですし、田中貴金属がなぜ農業に関わるのかも、すぐには伝わりません。企業として本気で続けるつもりがあるのか、しっかり見られていたのだと思います。

だからこそ、私たちも地域への理解を深めるべく、何度も和束町へ通い、町を歩きました。茶畑だけを見て帰るのではなく、土地の歴史や寺社、地形、地域に残る物語などに触れ、現地で見聞きしたことを自分たちなりに理解し、次に伺った時にお話しをしながら返していく。そうしたやり取りを重ねることで、私たち自身、和束町への理解が深まっていきました。

伊東:月に一度ほどのペースで通いながら、「長く残る貴少価値を一緒に考えたい」とお伝えし続けました。普通ではないことを言っているのは分かってもらえても、「本当にこの人たちはやるのか、やりきるのか」というのは別の話です。取り組みをご一緒するにあたって、私たちが本当に信用できる人間なのかどうかを見てもらう時間が必要だったのだと思います。

--信用してもらえた、と感じた瞬間はありましたか?

伊東:ある時、松石さんが「もう、腹を括ったる」と言ってくださったんです。そして紹介していただいたのが、和束町で茶づくりを続ける杦本 優治さんでした。

その言葉は、今でも強く覚えています。そこまで覚悟を示していただいた以上、私たちも逃げるわけにはいきません。こちらも改めて、真摯に向き合い続ける覚悟が決まりました。

--どんなお茶をつくるのかについて、杦本さんとはどのように話し合ったのでしょうか?

石橋:私たちが最初にお伝えしたのは、「大量には必要ありません」ということでした。その年にできる最もふさわしいお茶を、限られた量だけいただきたい、と。収量や味が年によって変わることは当然なので、量をそろえることよりも、その年の最良を見せてほしいとお願いしました。

当時、和束町には、まとまった量のお茶を求める相談が多かったそうです。その中で、私たちは「量はいらない」「毎年変わっても構わない」「最小限の量でよい」と、まったく違うことを言っていました。そこに、私たちの本気を感じていただけた部分もあったのかもしれません。

杦本 優治さん(写真中央)の畑で一緒に茶摘みを手伝っている石橋(写真左)と伊東(写真右から2番目)

--こちらから、味や仕上がりに関する条件や希望を細かくお伝えしたわけではなかったのですね。

石橋:むしろ、最初のロットはすべてお任せしました。お茶をどのように淹れ、どのような体験として届けるのかは松石さんに考えていただき、その淹れ方に合う茶葉を、杦本さんがその年の畑から選ぶ。必要であれば複数の茶葉を組み合わせ、最終的なお茶に仕上げてもらう。私たちは出来上がったものをそのまま引き受ける、というところから始めました。

伊東:人が中心にあるプロジェクトだからこそ、こちらの都合だけで条件や希望を押し付けることはできません。つくり手が見せてくれたものに、私たちが本当に感動できるか。その人の考えに共感できるか。そして相手にも、私たちのコンセプトに共感してもらえるか。その相互の信頼が、LuxAGRIを始めるための最初の条件だと思っています。

--体験価値を大事にするということで、実際に商品を届ける時にどのようなことを大切にしているのですか?

石橋:まずは、実際に目の前でお茶を淹れ、温度や時間によって味わいがどのように変わるのかを体験してもらうことだと考えています。茶葉と説明書だけを渡しても、私たちが松石さんのお茶を初めて飲んだ時の驚きまでは、なかなか伝わりません。ですから今は主に、未来研のコンセプトルームにいらっしゃった方に向けて、お茶を体験していただくようにしています。

伊東:弊社の社員に対しては、松石さんに直接、煎茶の淹れ方や抹茶の点て方、いただき方などをレクチャーしていただきましたね。

社員にレクチャーする松石 三重子さん

石橋:一煎目は低い温度で旨味を味わい、次は少し温度を上げて、違う表情を楽しむ。淹れる所作を見て、一煎ごとの変化を味わい、その背景にある和束町の文化や、松石さん、杦本さんが積み重ねてきたものに触れてもらう。そこまで含めて、LuxAGRIのお茶だと考えています。この先の届け方については、これからじっくり形にしていく課題だと捉えています。

伊東:良い茶葉に対して、ブランド名を付けるだけでは、つくり手が積み重ねてきたものを十分に届けることはできません。受け取る人が自分の感覚で「これは貴い」と思える入口をつくる。それが、私たちの役割だと思います。

LuxAGRIは「人に会いに行くプロジェクト」だと思っている

--和束町での経験を踏まえ、LuxAGRIは今後どのように広がっていくのか、お考えを教えてください。

石橋:お茶は、味、技術、歴史、文化、体験のすべてがつながっていて、LuxAGRIの考え方をとても分かりやすく示してくれました。だからこそ、次の対象を選ぶのは簡単ではありません。品目を先に決めるのではなく、まず人と出会い、その人が何を大切にしているのか、その土地で何が受け継がれてきたのかを知るところから始めたいと思っています。相手のある取り組みですし、農産物の収量や状態は年によって変わります。こちらの構想だけを先に大きくしてしまうと、生産者に負担をかけてしまうこともあります。和束町で時間をかけたように、急がず、互いに理解を深めながら進めることが大切です。

--最後に、お二人がこのプロジェクトを通じて、特にワクワクしているポイントを教えてください。

伊東:私は、LuxAGRIは「人に会いに行くプロジェクト」だと思っています。その方が生み出すものや思想に私たちが共感し、同時に、私たちのコンセプトにも共感していただけるか。そうした双方向の関係が、取り組みを始めるための第一歩になると思っています。

素晴らしいものは、まだ世の中にあまり知られていない場所にあることが多いです。だからこそ、行ってみないと絶対にわからないし、通わないと本当の良さが理解できません。これからもいろんな方に会えるというのが、本当に楽しみな部分ですね。

--まさに宝探しのような感覚ですね! 石橋さんはいかがでしょう?

石橋:このプロジェクトは、 “どこに旗を立てるか”が問われるプロジェクトだと思っていて、旗の立て方ひとつで、世界をガラッと変えられる可能性を秘めているところが非常に面白いところです。また、農業は、数千年にわたって人類が受け継いできた営みです。だからこそ、田中貴金属が200年、300年と続く企業を目指すうえで、学べることが数多くあるはずです。

そんな農業領域で活躍されている生産者の方々とお話ししていると、職人としての技と誇りの蓄積に驚かされます。そこに新しい価値の届け方が結びつけば、まったく違う世界が生まれるのではないかと感じています。食は誰にとっても身近なもので、かつ感情にも深く関わるテーマだからこそ、簡単ではありませんが、和束町で始まったように、つくり手の皆さまと一緒に食や農業の新しいあり方をつくっていきたいと思っています。

プロフィール

伊東 正浩(Masahiro Ito)
株式会社田中貴金属グループ TANAKA未来研究所 主席研究員

2005年大学院修了後、化学メーカーでの研究開発を経て、2006年に日本エレクトロプレイティング・エンジニヤース(現EEJA)に入社。技術部および研究開発部にてめっきの新技術開発等に従事した後、産官学連携プロジェクトに参画し、「革新的高性能有機トランジスタを用いたプラスティック電子タグ」の開発に従事。帰任後の2017年には、基板上に直接めっきパターンを形成する革新的な技術「DPP(ダイレクトパターニングめっき)」プロセスを立ち上げ、外部機関より高く評価され賞を受賞。その後、2022年の社内公募を経て「TANAKA未来研究所」主席研究員に就任。組織の立ち上げから各種研究プロジェクトの牽引まで、主に「実行・推進」のロールで全方位に活動している。

石橋 毅之(Takeshi Ishibashi)
株式会社田中貴金属グループ TANAKA未来研究所 主席研究員
博士(工学)
JJA(ジュエリーコーディネーター)

2010年大学院博士課程を修了後、田中貴金属工業に入社。筑波工場での技術開発や、大学への出向を通じた次世代技術の共同開発、技術開発部でのバイオケミカル領域における新技術探索、市場探索部におけるマーケティング調査など、多岐にわたる業務領域を横断的に経験。その後、2022年の社内公募を経て「TANAKA未来研究所」主席研究員に就任。組織の立ち上げから各種研究プロジェクトの牽引まで、主に「探索・推進」のロールで全方位に活動している。

 


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文:TANAKA未来研究所 公式note 編集部


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