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論文紹介 中国の勢力拡大にミャンマーはどう対応しているのか?

国際社会を構成するのは、大きな影響力を有する大国だけではありません。限られた影響力を駆使して生き残りを図る中小国も、数多く存在しています。中小国が急激に勢力を拡大する大国に対峙したときの典型的な反応は二つあり、一つは自国の能力を高めて相手に対抗するバランシング、もう一つは相手の能力に屈して従属するバンドワゴニングです。しかし、どちらの反応でもなく、中間的な対応をとることもあります。これをヘッジングといいます。

ヘッジングはバランシングほどには敵対姿勢をとりませんが、バンドワゴニングほどには友好姿勢をとらないという意味で、中立路線の性格が強い政策であるといえます。近年、その勢力を拡大する中国に対してミャンマーが採用する対外政策は、このヘッジングという類型で説明が可能であると主張する研究があります。それによれば、ミャンマーは直接的に中国と対立する事態は避けつつ、一定の範囲で協力する関係を構築しています。ただし、ミャンマーが中国に対してヘッジングを行う能力は国内外の状況によって左右されており、以前よりも衰えつつあるとも指摘されています。

Kobayashi, Y., & King, J. (2022). Myanmar's strategy in the China–Myanmar Economic Corridor: a failure in hedging?. International Affairs, 98(3), 1013-1032.

現在、ミャンマーでは中国・ミャンマー経済回廊(China-Myanmar Economic Corridor, CMEC)という事業が進められており、中国南部に位置する雲南省を、ミャンマーの南西沿岸部に位置するラカイン州と南部に位置する旧首都ヤンゴンを上下逆のY字に接続するように交通路を設定することを目指しています。中国の習近平政権が2013年に打ち出した一帯一路構想の一部と見なすことができますが、当時、国内で民主化の動きがあったミャンマーは中国の提案に対して消極的でした。

両国は2017年から交渉を本格化させ、2018年9月9日に北京で共同事業に関する合意を成立させました。しかし、合意が成立した後もミャンマーの動きは鈍く、2年にわたって事業は実質的な進展を見せませんでした。2020年1月に習近平国家主席が自らミャンマーを訪問し、個別の事業計画に関する合意を取りまとめたのは、こうした停滞状況を打破する狙いがありました。習近平は同年5月にミャンマーのウィンミン大統領と電話会談を行い、迅速に事業を実施するように要求しています。

これまでの研究では、中国・ミャンマー経済回廊の意味を中国の視点で考察する傾向がありました。著者は、確かに中国がミャンマーに交通路を設定することによって、インド洋に直接的に接近することができる経路を確保することができること、東南アジアや南アジアとの貿易を促進する効果が期待できること、またマラッカ海峡という狭隘な海上交通路に中国経済が依存する程度を縮小することができることを認めています。しかし、このような見方はミャンマーの主体性を軽視しており、この問題に対する理解を一面的なものにしていると著者は批判しています。

2011年にミャンマー大統領に就任したテイン・セインは、中国との経済連携には慎重な立場をとりました。彼が力を入れたのは、国内の少数民族武装勢力(ethnic armed organisation)との和平を実現することによって、国内の安定を回復することでした。ミャンマーの少数民族武装勢力は数百名の勢力から、数万名の勢力まで大小さまざまな規模で組織された武装勢力の集まりであり、地方で領域支配を確立し、中央政府の統治に抵抗を続けてきました。大まかな区分としては、中国との国境地域に根拠地を置くものと、タイとの国境地域に根拠地を置くものがありますが、中国との国境地域に根拠地を置く武装勢力の方が相対的に多数でした。タイの国境地域に根拠地を持つ少数民族武装勢力のほとんどが、2015年までに和平合意を成立させましたが、中国国境に近い少数民族武装勢力は和平に応じませんでした。これは中国との国境地域に根拠地を置く武装勢力が中国の援助を受けているためだと見られています。

中国と協力関係にあるミャンマーの少数民族武装勢力として著者が挙げているのは、ワ州連合軍(United Wa State Army)ミャンマー民族民主同盟軍(Myanmar Nationalities Democratic Alliance Army)民族民主同盟軍(National Democratic Alliance Army)ですが、これらの支配地域では通貨として人民元が使用されており、部隊では中国製の装備品が使用されています。また、これらの少数民族武装勢力は中国から提供されたと見られる軍用車両や防空火器などを保有しており、武力での鎮圧も容易ではありませんでした。2016年に南西部のラカイン州でアラカン・ロヒンギャ救世軍(Arakan Rohingya Salvation Army)が蜂起したことをきっかけとして、ミャンマーの西部の国境地域の治安状況が悪化ししましたが、2017年にミャンマー軍がとった暴力的抑圧、さらに集団的虐殺は事態をさらに悪化させました。深刻な難民危機が起こり、国際社会はミャンマーの人権状況を問題視し、外交的に非難するだけでなく、特定の指導者に制裁措置を課しました。外国からの投資が減少したため、ミャンマーはそれまで避けてきた中国との経済連携を深める政策を模索するようになりました。

しかし、ミャンマーでは中国との経済連携を強化することに対して根深い不信感があります。著者が2019年の世論調査の結果として示したデータによれば、ミャンマーの国民は中国の投資を嫌っており、一帯一路の構想を歓迎していません。中国がミャンマーで影響力を増すことを望ましく思わないというコンセンサスがあると著者は述べており、このために政府は2020年の選挙に際して中国との経済連携に関する決定を延期したほどでした。

ミャンマーで歓迎されているのは日本の政府開発援助であり、中国への依存を軽減する観点から日本との関係を重視しています。また、ミャンマーは韓国との経済関係を強化することにも取り組むようになっており、多角化の動きはインドやシンガポールにも及んでいます。著者は、こうした一連の取り組みはミャンマーが中国に経済的に依存する状況を緩和する狙いがあり、ヘッジングとして行われているものと評価しています。ただし、著者は日本の役割は「中国が果たしてきた役割と比べれば見劣りする」とも指摘しており、中国の影響力の拡大の速さを考えれば、今後もミャンマーが中国に対してヘッジングを続けることは難しくなってくると予想されています。

この論文では2021年に発生した軍隊によるクーデターの影響が詳細に分析されていませんが、ミャンマーの民主化が後退することになれば、対中政策がヘッジングからバンドワゴニングへと大きく変化し、それが基本の路線になることもあり得ます。こうした点に関しても調査が進められる必要があるでしょう。

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