論文紹介 日常の会話が築く連帯の未来:リチャード・ローティの政治哲学
20世紀のアメリカを代表する哲学者の一人であるリチャード・ローティは政治哲学の分野でさまざまな議論を残しています。彼の政治哲学における立場は自由主義(liberalism)の潮流に位置づけることができますが、抽象的な規範、法的・制度的な権利、正義の知識に基づいて社会を構築することに批判的でした。そうではなく、他者の経験を共有する会話から自然と生じて来る連帯(solidarity)を社会の中心に据えるべきだと考えていました。
Lamb, R. (2022). Richard Rorty and the demands of liberalism. American Political Science Review, 116(4), 1503-1515. https://doi.org/10.1017/S0003055422000065
ローティの政治哲学において連帯は、自由な共同体を成り立たせる基盤ですが、それは人間が持つ想像力から発生すると考えられています。私たちは、社会生活を送る中で数多くの他者と出会います。その一人ひとりに異なった人生があり、それぞれに生活を送っています。
ここで問題としている連帯は、個々人が自らの想像力を使って自分と他者の同一化を行うことから生じるため、どのような暮らしを送っているのか想像できない人々と連帯を築くことは難しいのです。
社会が取り組むべき問題が共通しているのは、人々が経験するさまざまな残酷さ(Cruelty)を最小化することにあるとローティは論じていました。残酷さは自由主義の政治哲学が取り組むべき最も重大な悪であって、これには個人の身体的な苦痛だけでなく、例えば他者の言動によって味わうことがある屈辱感や無力感も含まれています。
残酷さの経験を社会から取り除くことが難しいのは、それが社会のさまざまな場所に偏在しているためであって、いつ、どこで、どのような形で現れるのかを特定することができません。日々、ひどい残酷さに苦しめられている人がいたとしても、その人の経験が語られない限り、多くの人々はそのような生活があることを想像することすらできないのが普通です。
ローティは個人が私的な関心に閉じこもり、他者への関心を失うことは、日常の心の習慣として誰にでも起こり得ることだと警告しました。こうした他者への無関心、想像力の欠如が共同体の連帯を損なう危険を示すため、ロシア出身の作家ウラジミール・ナボコフの小説で描き出されている残酷さを紹介しています。ナボコフの主著『ロリータ』の登場人物ハンバート・ハンバートは、自己の性的関心にばかり意識が向かっており、他者の苦しさには極度に無関心な人物として描かれています。こうした無関心な状態が蔓延すると、社会の健全性を維持することが困難になります。
ローティは他者に対する人々の関心は法令や制度によって強制できる性質のものではなく、普段から何気なく交わす会話を通じて他者に関与する態度を道徳的に評価すべきだと考えました。日常的に私たちは自分が経験したことを他の人々と共有していますが、そうした会話を通じて私たちは自分の経験を外に向かって語るための言葉を作り上げています。このような作業がなければ、連帯を維持することはできません。
人々の関心が私的な場所に限定され、他者への関心を失い、社会の中のさまざまな残酷さが放置されるようになれば、それは危険な兆候です。世の中に現れる残酷さは無尽蔵であり、また形も多種多様であるからこそ、人々は絶えず新たな残酷さを発見し続け、それを理解して対応する必要があります。
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